第36話 塩分摂取

 一般人が温泉に求めることってなんだろうか? やっぱり効能かな?

 俺? 俺は足を伸ばせることだよ。家の風呂じゃ狭くて無理だからさ、足を伸ばして入れる温泉が大好きなんだよ。うん、だから効能とかどうでもいい。なんだったら銭湯でいいわ。


「家の外観でなんとなく想像ついてたけど、広い風呂だな」

「ふふん、もっと崇めなさい」


 別に崇めてはないんだが、まあ嬉しそうだから余計なことは言わないでおこう。

 うん、広い風呂なのは良いことだ。良いことだけど、二つ聞かせてくれ。

 タオル有りとはいえ、なんで混浴? 恋人どころか友達ですらないんだが?

 そしてもう一つ……。


「湯気でなんにも見えないんだけど?」

「何よ。そんなにあられもない姿の私を見たかったの? このスケベ」


 見たいってのは否定しないけど、そうじゃない。純粋に疑問なんだよ。もし火災報知器があったら一瞬で作動するレベルで湯気出てるんだけど、何が目的よ? さながらサウナに入ってる気分だよ。


「ガス代とか水道代については言及しないけど、このままじゃ倒れるぞ?」

「飲み物と塩飴を用意してるから大丈夫よ」


 それはまた随分と用意が……。待ってくれ、まさかこれって修行? 白と過ごせば過ごすほど、解呪師に対する解像度が下がっていくんだけど?


「汗だくの私と抱き合いたい気持ちはわかるけど、我慢しなさいよ? アンタじゃ逆立ちしたって私には勝てないんだから」

「そんな性癖は持ってない」


 汗だくで抱き合うのって気持ち悪くない? いや、やれば間違いなく興奮するんだろうけど、躊躇う気持ちがあるのもまた事実で……。

 いや、んなこたどうでもいいんだよ。


「何分入ればいいんだ? あんまり長時間入ると命に……」

「……」

「第一こんなことしてなんになる?」

「……」


 一貫してシカトかよ。お喋りなお前はどこに行ったんだよ、居留守使うなって。

 くそっ、暑さと意図のわからなさでイライラしてきたぞ。


「聞こえてんだろ? 返事ぐらいしたらどうだ」

「……」

「大体、ついこの間まで名前さえ知らなかった奴と混浴だなんて……いや、これを混浴と称するのは無理があるかもしれんが……ともかく……」

「ええい!」

「ぎゃあ!?」


 こ、こいつ、頭イカれてんのか!? いや、イカれてるのは知ってたけど、やっていいこととダメなことがあんだろ!?

 俺の言動が気に障ったのか、桶でお湯をぶっかけてきやがった。そう、浴室を満たすほどの湯気を出しているお湯を。


「火傷したらどうすんだ!」


 怒りに身を任せて、白の肩を掴みにかかる。


「いたっ!?」

「あっ、ごめん……」


 湯気で見えなかったのもあり、白の腕をひっかいてしまったらしい。

 やっちまった……女の子の肌を……。

 いや待て! 俺は大火傷しかけたんだぞ!? これぐらいは……。


「酷い……女の子の肌は弱いのよ? それを傷物に……」


 な、泣いてる? 湯気で患部が見えないからなんとも言えんけど、そんなに痛かったのか? 確かにちょっと爪が伸びてるけど……。


「すまん、そんなつもりじゃ……」

「これ傷が残るかもしれない……。もうお嫁に行けないかも……」


 既に、嫁入り前の娘にあるまじき行為をしまくってる気がするけど、そういうことじゃないよな。いや、そういうことな気もするけど……。

 落ち着け。謝るのは当然として、言葉に気をつけろよ。下手に責任取るとか言ってしまったら、後で地獄を見るぞ。

 そう、一時しのぎってのは必ず報いがやってくる。あの日から、誰よりも一時しのぎをしてきた俺は、そのことを誰より理解しているんだ。だから絶対適当なことを言うなよ。リボ払いで地獄見るヤツがこの世にどれだけいることか……。


「この修行はお気に召さないようだし、もう出ましょうか。ちょうど私も、元軍人のおじいちゃんとお話したいことができたし。ちなみにおじいちゃんは、粗悪な銃で二十人以上撃ち殺した伝説の……」

「白! もう少しキミとここに居たい!」

「辛いんでしょ? 無理しなくても……」

「白と一緒なら、どんな過酷な場所だって楽園だ!」

「しょ、しょうがないわね! そこまで言うなら付き合ってあげるわ!」


 ……一時しのぎはよくない? リボ払いは良くない? バカ野郎、人間生きてさえいればなんとでもなるんだよ。その場しのぎでも、とにかく生き残るんだよ。今を考えられないヤツが先を考えても良いことなんてないんだよ。




 暑い……。本家のサウナより低い温度だとは思うけど、それでも暑いものは暑い。

 いや、もしかしたら本家より暑いかもしれない……。


「な、なあ? お互いタオル一枚だろ?」

「全裸に見えるの?」


 いや、見えないよ。湯気のせいでなんにも見えないよ。見えないけどハッキリとわかるよ。感触で……。


「さすがに膝の上に乗るのは……」

「私のおじいちゃん、銃が無くても強いのよ。徒手空拳で敵兵を殺したことも……」

「白と密着できて幸せだよ、俺は」

「まったく、スケベなんだから。これ、修行よ? わかってる?」


 体は正直なようで、口ぶりに反して体が揺れ動いている。この体勢で動くのやめてくれよ。俺の体も正直なんだからよ。


「童貞のアンタにゃ大変だった? 美少女と裸の付き合いなんて」

「……一応楓達と……いや、うん、大変だな」

「何? 楓と何? 言ってみなさいよ」


 俺の一言を聞き逃さなかったらしく、向かい合う形に座り直して尋問してきた。非常にまずい体勢だ。

 やっちまったよ、くそっ。童貞って単語にカチンときて余計なこと言っちまった。


「いや、無理矢理お風呂に連れ込まれてだな……いや、呪いのせいでな?」

「言い訳すんな」


 言い訳じゃないんです……事実なんです……。


「私と出会う前でしょ? 別に責める気なんてないわよ」


 出会った後でも責められる筋合いはないんだが、だったらなぜ問い詰める? この体勢はさすがによろしくないと思うんだが。


「誤魔化そうとしたのが気に食わないわね。話変わるけど私のお父さん、中学時代は空手部の主将で、高校はボクシング、大学はレスリング……」

「白! 俺の意思で混浴したのはお前だけだ!」

「ふーん……私だけ……。それって……」

「そうだ! お前は特別なんだ!」

「そう……。ああ、そういえば傷がヒリヒリしてきたんだけど……こういうのって舐めればいいのよね? 位置的に舌が届かないわね」

「俺に任せろ!」

「んっ……あっ……」


 何やってんだろ俺……。しょっぱ……。

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