第35話 無防備の極み
おー! すっげぇ廊下だなぁ。旅館の渡り廊下的な感じ? 端から端まで、何メートルあるんだ?
で、なんで……。
「ほら! 男でしょ!」
「無理ぃ……」
なんで客人の俺が雑巾がけなんかさせられてんの? 死にそうなんだけど。
「女に負けて恥ずかしくないの? そんなだから似非ハーレムなのよ」
意味不明なことを言いながら、俺を追い越していく。
あっ……。すごっ……。
ヘトヘトだったのに、急激に力が湧いてきたよ。何が何でも追いつかなきゃいけないと、使命感に近い何かに突き動かされてるよ。
「おっ、なんか知らないけど元気出てきたじゃん」
出るさ、そりゃ。
小学二年生ぶりぐらいだぜ? この体験は。
聖のヤツ、気付いてないのか? なんで気付かないんだ? 無頓着というか、無防備すぎるぞ?
「さあっ、最低でも三往復はするわよ」
「何往復でもやってやらぁ……!」
息が上がってしまっているものの、やる気だけはじゅうぶんだ。
そういえば聞いたことがある。科学はスケベ心で発達したと。ヨタ話だと思っていたが、今ならわかる。
スケベは力なんだ。この宇宙を支える力そのものなんだ。それが規制やら、よくわからん団体によって簡単に奪われていくのは、それは、それは酷いことなんだよ。
「へぇ、男らしいところあるじゃん」
ああ、男らしいさ。良くも悪くも男らしいよ、今に限っては。
名は体を表すとはよく言ったもので、真っ白だな。肌も下着も。
おかげでやり遂げられそうだよ、この苦行を。
「死ぬぅ……」
汗だくだよ、くそっ。何往復したかもはや覚えてねえよ。
往復数で言えばそこまででもないのかもしれんけど、いかんせん距離が長すぎる。
ご褒美があったからなんとか頑張れたけど、もう一度やれって言われても絶対無理だわ。もし次があったら黒でお願いします。
「アンタ……中々……やるわね……」
お前もバテバテなんかい!
まあ、そりゃそうか。アスリートでもキツいだろ、これ。
「アンタが中々音を上げないから……ムキに……なったじゃない……」
あっ、俺に合わせたんだ。そんな、友達とシャトルランを競うノリでやるようなことか? っていうか何目的? 雑用を押し付けられただけな気がして、ならないんだけど。もしそうなら、その健康的な太ももに紅葉の痕を……。
「次……次いくわよ……」
まだ何かやるらしく、よろよろと立ち上がる白。もっと休ませてくれよ、呼吸がまだ整ってないんだよ。っていうか暑い……クーラーを求む……。
「次は……アレよ……」
……アレと言われても……なんていうか、その……。
「滝……?」
「そう、聖家の人工滝よ」
なんだよ、人工の滝って。滝って天然のもんじゃないの?
えっと、なんだろ……池っていうか、子供用のプールに無理矢理水を降らせてるような設備だけど、何これ?
ポンプか何かで組み上げてんのかな? 建築基準法とかに引っかからんのかな?
「まさか滝行? 冗談だよな?」
「本気よ」
言うが早いか、着の身着のままで滝のような何かに飛び込む。スカート濡らして大丈夫なんかな?
「ほら、早く来て」
「いや……替えの服ないし……」
あっても嫌だけどな。衛生面とかも気になるし。
「そこにタオル置いてるでしょ? それ巻いて入りなさいよ」
冗談きついなぁ、こいつ。なんで大して親しくもない同級生の前で、温泉ロケみたいな恰好しなきゃいけないんだよ。滝の水圧でポロリしたらどうすんだよ。
「人の家の庭でそんな恰好できると思うか?」
「男だから平気でしょ」
男をなんだと思ってんだよ。男にだって羞恥心ぐらいあるわい。
……しょうがない、ズボンだけ脱ぐか……。
「ちょっ! なんて恰好してるのよ!」
……タオル一枚よりマシじゃね? そりゃ女子の前でトランクス晒すのってアレかもしれんけどさ、お前だってパンツ晒してたぞ?
俺の眼前には常にお前のケツがあったんだぞ? それを思えば、これぐらい大したことないだろ。
「入るぞ」
「こ、来ないで! 変態!」
……これって俺が悪いん?
そりゃお前、狭い水場にいる女性のもとに迫るトランクス姿の男って絵面は相当ヤバいけど、俺は滝行を強要されてんだぜ? できることなら入りたくないんだよ、こっちとしては。
「じゃあやめるわ、滝行」
「それはダメよ! 早く来なさい!」
「ズボン濡らしたくないんだが……」
「じゃあその恰好でいいから、早く来なさいよ。私一人に辛い思いさせないでよ」
……もはや突っ込む気力も起きねえよ。頑なに目的を説明してくれないのも、腑に落ちないし。
……ん? こ、こいつ……。
「どーしたの? なんで後ろ向いてんの?」
そりゃだって……見せられないし……。
っていうか、真に後ろを向くべきなのはお前だと思うぞ? お前今、あられもない姿になってるぞ?
「いや、ちょっと待ってくれ」
「何をもぞもぞしてんの? かゆいの?」
「あっ、いや……気にするな」
目の毒すぎるって。お前どんだけ無防備なんだよ。
下着透けてるじゃねえか! そんなもん見せられたら、俺の恰好が見せられない状態になるだろ!
悔しい……こんなヤツ相手に勃起するなんて……男ってホントバカ……。
「いいからさっさと来なさいよ。私一人で凍えてなんの意味があるのよ」
二人で凍える意味もないんだが、それ以前に凍えるってなんだ? この気温なら、丁度いいぐらいじゃないのか?
局部が最終形態になったことを悟られないことを祈りながら、ゆっくりと水に浸かる。なるほど……こりゃ凍えるわ。
「入りたくないんだが? っていうかなんでこんな冷たいの?」
「修行だもの。水温低めにしないと意味ないでしょ」
修行……? 解呪師とやらの修行か? もしかしてさっきのぞうきんがけもその一環なのか? っていうか無理すんなよ。めっちゃ震えてるじゃん。
……入るか。入らないと帰れないだろうし。
「寒すぎて……喋るのもしんどい……な」
この時期に歯をカチカチ言わせることになろうとは、思わなんだ。
風邪でプールの授業をサボろうと、水シャワーとエアコンをガンガンに浴びた時のことを思い出すよ。
「情けないわね、本来なら全裸よ」
「嘘だろ?」
「なんの嘘よ。私は普段、全裸で頑張ってるのよ」
自分の家の庭とはいえ、控えめに言って頭おかしいだろ。知らん間に親の来客とかあったらどうするつもりだ? 一生モノのトラウマになるぞ。
っていうか、白装束的なのないのか? なんかあるじゃん? 修験者が着る服。ああいうの着ないの?
「アンタが優しければ……普段通りの修行が……できるのに……」
人工滝の音がうるさくて聞き取りづらいが、不当に貶されていることはなんとなくわかる。俺って基本、軽く見られるよね。
「どういうことだ? 俺の性格となんの関係がある?」
「だって、バカにするでしょ? 私の体型を」
……?
「今に見てなさい! グラビアアイドルが裸足で逃げだすレベルの女に、絶対なってやるから!」
高校二年生から、そんな急激にスタイル良くなることあんのかな? そりゃ多少の成長の余地はあるだろうけど。
っていうか、スタイル良くなっても恥ずかしいものは恥ずかしくない?
「別に今の体型をバカにする気はないが……」
俺がバカにするとしたら、この意味不明な修行だ。こんなアホみたいな設備を庭に作って、全裸で修業? カルト宗教のデタラメな修行と大差ないだろ。
「……じゃあ今ここで脱いでもバカにしないのね?」
「しないけど、脱ぐなよ?」
「見たくないなら見たくないって言いなさいよ!」
なんで怒鳴られなきゃいけないんだ? 百パーセント善意で止めたんだけど。
水温低いし、滝の威力凄いし、早起きと雑巾がけの疲労も凄い。精神が不安定になる要素がこれだけ揃ってる状況でね、怒鳴られたらね、うん。
「じゃあ脱げよ、今すぐ脱げよ。絶対バカにしないって命かけてやるから、今すぐ脱げよ。ほら、脱げ」
俺も冷たくなるよね、そりゃ。水温に負けないぐらい冷淡だよ。
「……見たいの?」
「当たり前だろ。聞くことかよ」
「……それは口説いてるってことでいいのよね?」
話の飛躍が凄いんだけど!
性的な目で見ることができるのと、異性として好きかどうかって、別の話じゃね?
もしかして俺がおかしいのか? まともじゃない女子とばっかり絡んでるから、一般的な感性がわからなくなってきたぞ?
「……修行の成果次第ね」
「え?」
「いいからっ! 集中しなさい! 修行中よ!」
また怒鳴られたよ……聞き返しただけなのに。
集中しろと言われても何をしていいのやら……っていうか、目の前に透けブラしてる女子がいるのに、集中できるわけないじゃん。
なんのために修行してんだろ……次は何をやらされんだろ……っていうか、滝行はいつまで続くんだろう……今日中に帰れるんだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます