第34話 軟禁

 すんげぇ疲れたよ。あいつら色々と欲求が溜まってたみたいだから、頑張って解消してやったよ。

 教室での赤ちゃんプレイを許可して、熊ノ郷と楓を甘やかしまくって……で、放課後は呪いを弱めるために黒川先輩とイチャイチャしまくって……。

 とりあえず土曜日に聖と会う許可は取れたよ。土曜の夜から日曜の夜にかけて、楓達をもてなすって条件でな。


「やべっ、寝坊した」


 疲れもあって、聖との集合時間に間に合いそうにない。っていうか遅刻確定だわ。

 だって六時集合だろ? 今、六時半だぜ? 目的地にワープしても遅刻だよ。

 もう怒って帰ってそうだけど、一応行くか。ま、連絡先を交換してない向こうにも非があるってことで、なんとか……。




 なんか膝から崩れ落ちてる女の人いるんだけど? コンビニの前で泣き崩れてる人いるんだけど?

 もしかして……。


「ひじ……白?」

「あっ……」


 俺が声をかけると、泣いてる女性が顔をあげた。ああ……聖だわ。

 やっちまったよ。


「坂本? もう七時前だよ?」

「すまん! 寝坊した!」


 弁解の余地がないので平謝りしておこう。大して親しくもない男を、こんな早朝に呼び出す側にも問題があると思うんだけど、それを口にしてしまったら余計に泣かれるだろう。ここは許してもらえるまで頭を下げ続けるしかない。


「私は二時間前から待ってたんだよ? 暇つぶしに買った雑誌を読み終えたよ?」


 いや、遅刻した俺も大概だけど、二時間前は頭おかしいって。集合の一時間前には来てたってことだろ?


「アンタのために休日割いてあげてるのに、遅刻なんてありえない」


 ぐうの音もでねえ。

 俺にも言い分はあるんだが、遅刻したという事実がある以上は言い返せない。何よりも、こんな公衆の面前で座り込んで泣きじゃくるようなヤツに対して、反論できるわけがない。


「すまない、この通りだ」


 半ばめんどくせぇという気持ちで深々と頭を下げる。

 なんでコンビニ前でこんなことをせにゃならんのだ。人通りも全くないってわけじゃないのに。


「ふんっ! そんな安い頭下げたって、なんの価値もないのよ」


 あっ、強気になった。弱々しいメンヘラ口調から、時代錯誤なツンデレ口調になってきた。おそらくだが、これは元に戻りつつあるということだろう。

 だが油断はしちゃいけない。ここで調子に乗ると、メンヘラに逆戻り、むしろ悪化する恐れがある。


「本当にすまない。俺の不注意、過失だ」

「ったく、こんなところで鬱陶しいわね。頭を上げなさい」


 こんなところで泣き崩れていたヤツに言われたくはないのだが、決して口にしてはいけない。


「私の時間は一般人の何倍もの価値があるのよ? それを浪費することがどれほどの重罪か、わかっているのかしら?」


 それは解呪師としての言葉だろうか。実態を知らないのでなんとも言えないが、自惚れには見えない。

 ただの生意気なメンヘラだとばかり思っていたが、実は凄いヤツなのか?

 そりゃ、黒川先輩の呪いを一目で見抜いたわけだし、ただ者ではないだろうけど。


「本当に申し訳ない。貴重な時間を……」

「謝る時間が無駄だわ。トイレに行ってくるから、その間にコーラを買っておきなさい。それで手を打ってあげるわ」


 そっか、二時間も待ってりゃ、トイレぐらい行きたくなるわな。尿意がなければ、説教長引いてたんだろうか。

 そして安いな。一般人の何倍も価値があるというわりには、コーラ一本で許してくれるんだろうな。

 意外とサッパリしてるというか、優しいのか?




 一体どこに向かっているのだろうか。黙って着いてこいという指示に従って歩き続けているのだが、そろそろ目的地ぐらい教えてほしい。

 それと、いい歳した女の子がコーラ飲みながら歩くのはどうなん? ストロー付きならまだしも、ペットボトルでグビグビ飲み歩くのって下品じゃない? 別にいいんだけどさ。


「ゴミ」


 俺のほうを振り返って、簡素且つ最大級の侮辱をする聖。え、なんで喧嘩売ってきたん? 俺なんかした?


「だから、ゴミ」


 何で二度言った? 遅刻してきたことをまだ怒ってるのか?

 それに関しては謝るけど、あくまでも一時間の遅刻だからな? なんか二時間遅刻したみたいな扱い受けてるけど。


「聞こえてるの? ペットボトル、その袋に入れてって言ってるのよ」

「え、ああ、そういうこと……」


 ゴミを処分しろってことね。言葉に気を付けたほうがいいぞ? 多分だけど、世の中の喧嘩って半分ぐらいは言い方の問題だから。

 っていうかもう五百ミリリットル飲み切ったんだ。スナック菓子も無しに、よくガブ飲みできるな。


「ったく、その察しの悪さは命に関わるわよ? 黒川雅に呪われてるってことを忘れないでよね」


 こいつ、メンヘラのくせに妙に核心を突いてくるな。思い返してみれば確かに、判断ミスが許されない状況は何度もあった。お得意の一時しのぎでなんとか切り抜けてきたけど、場合によっちゃ刺されてた可能性もあんのかな?

 まあいい、せっかく会話のチャンスが生まれたんだ、目的地ぐらい聞いてもいいだろ。


「ああ、気をつけるよ。それで、どこに向かってるんだ?」

「何? 目的地がわからないと着いてきてくれないの? 着けばわかるのにわざわざ聞くってことは、私が変なところに連れていこうとしてるって、疑ってるってことよね? 場合によっては帰ろうって魂胆ね、ええ、間違いないわ」


 なんだコイツ? 楓達とは違うベクトルでヤバいぞ。

 しかもその……呪いの影響じゃなくて、元からこういう性格のような気がする。なんとなくなんだけど、当たってる気がする。


「俺は白を信じてるよ」

「本当に? まだ出会ったばかりよ? 解呪師のなんたるかも知らないのに、信用できるの?」


 すげぇ、自分が信用ならない人物だと、的確に客観視できてる。これは逆に信用できるかもしれん。

 ほら、自称パソコン通より、趣味で触ってる程度だと謙遜してるヤツのが信頼出来るじゃん? 下手な例えかもしれんけどさ。


「白のことはまだよく知らないけど、なんとなく良いヤツだってのはわかるよ」


 ごめん、ちょっと誇張した。悪いヤツではないと思うけど、良いヤツかどうかは未知数だわ。

 善悪以前にヤバいヤツだし。


「何を根拠にそんなこと言ってんのよ。よく知らないなら、適当なこと言わないで」

「……これから知っていくよ。キミのことをもっと教えてくれ」


 興味持ってるアピールしつつ、情報を引き出す。これが正解のはずだ。


「ば、バカ! ムードもへったくれもないわね!」


 ……? ムード? なんの?


「不器用ながらに勇気を出したってのは評価してあげるわ」


 ……? ダメだ、噛み合う気がしねえ。ニアピン賞すら手が届きそうにない。


「まっ、面食いの私のお眼鏡には叶わないけど、アンタの気持ちはわかったわ」


 あっ……変な誤解受けてる気がする。呪い関係無しにこういう人いるんだ。もう迂闊に世間話もできないじゃん。


「まったく、急に下心丸出しにされたら、家に招くのが怖くなってきちゃったじゃない。まあ、私は強いから発情猿ぐらいワンパンだけど?」


 ……発情猿呼ばわりも気になるが、それ以上に気になる言葉が飛び出たような。

 招く? 俺を? え? 目的地って、聖の家? 今すぐにでも帰りたいんだけど?


「言っとくけどね、私は普通に戦ってもアンタより強いのよ? その私が目潰しや金的を解放した日には、アンタが百人いたって相手にならないんだから」


ビッグマウスにも程があるぞ。体格的に禁じ手無しでも俺が普通に勝つと思うし、そこは解呪師特有の術みたいなの使ってくれよ。ただの喧嘩エアプ、脳内でイジメっ子ボコる陰キャじゃん。


「聞いてんの? それとも力の差を体で知りたいの? 知る頃には穴という穴から液体が吹き出てるわよ」


 それは最早、俺の技じゃん。無双できないタイプのガチハズレスキルじゃん。

 調子に乗ってるのか、虚勢を張っているのか、そこまではわからないが意味がわからないことを早口で語り続ける聖。

 機嫌を損ねない程度に適当に受け流していると、やけに大きな家の前にたどり着いた。うわ、土地広っ! この辺の地価なんか知らんけど、土地代だけで豪邸建てられる額に届くんじゃないか?

 しかも家の外観は今風だ。こういう家って、古臭い木造建築が相場じゃないの?


「ここ、白の家だよな? 解呪師って、そんなに儲かるのか?」

「……ええ」


 俺の質問が下世話すぎて引いたのか知らないが、妙に歯切れが悪かったな。

 気にしすぎかな? まあいい、それより一体何をされるんだろう……。

 不安と緊張に包まれる俺を意に介さず、門をくぐる聖。えっと、着いていけばいいんだな? 親御さんに話通してるんだよな?


「踏み入れたわね?」


 急に振り返り、俺の足元を指差す。え、トラップ?


「一度踏み入れた以上、私の許可なく出ることは許さないわ。自分や家族がどうなってもいいなら、好きにすればいいけど」

「え……?」


 何その横暴なルール。小学生が考えたの?

 着いていかないという選択肢がなかった以上仕方のないことだが、非常にまずい状況なのでは?

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