第33話 メンヘラからの呼び出し
休み時間が来てしまった。なぜ休み時間は来るのだろう。
嘆いても仕方ない。あのメンヘラに会わないと何されるかわからんし、行くか。
「ちょっとトイレ……」
「逢引きでしょ? 行ってらっしゃい」
会ったら会ったで、何をされるかわからんらしい。何かをしてくる相手が変わるだけの話だ。
幼馴染の笑顔が怖い件。売れないラノベのタイトルみたいだな。
「誤解だって。俺は今日初めてアイツの名前を知ったんだぞ?」
なんだっけ? まっしろちゃんだっけ? ああ、ましろか。
「へぇ。即落ちさせたんだ」
何を言っても無駄かもしれない。っていうかヤンデレ具合が戻りつつないか?
「すぐ戻るから」
「戻らなくていいよ。しっぽりしてきなよ」
「……」
辛い。ただただ辛い。
なんでメンヘラとヤンデレと呪術師を同時に相手せにゃならんのだ。マルチタスクすぎるだろ。
「おっ、来たね」
トイレに向かう最中、廊下の壁にもたれかかっている聖に出くわした。
問題なく会えたのはいいが、立ち方が腹立つな。
「時間が惜しいから単刀直入に言うわ。次の土曜日、学校近くのコンビニに来なさい。朝六時集合ね」
「は? なんで?」
わざわざ休日に会う理由も気になるが、それはさておき早くね? なんで早朝に集合せにゃならんの?
「アンタの呪いの件よ」
「……と、言いますと?」
なんとなく察してはいた。前に会った時も呪いがどうとか言ってたし。
こいつはどこまで知ってるんだ? 何をしてくれるんだ? 何が目的なんだ?
「いい? 黒川雅に絶対知られちゃダメよ?」
「質問の答えになってないぞ?」
「最後まで聞きなさい。私は
解呪師? 聞いたことがないけど、名前でなんとなく想像がつく。つくんだけど、疑わしいな。
そりゃ呪術師が存在するんだから、呪いを解ける人種がいてもおかしくはないが。
「あんまり嬉しそうじゃないわね? せっかく呪いが解けるっていうのに」
「いや、解けるならそれは間違いなく嬉しいけどさ」
呪い弱まりつつあるし、今更感があるんだよな。黒川先輩との絆といえば絆だし。
まあ、解けるに越したことはないよ。楓達も解放されるわけだし。
でもなぁ……疑わしいんだよ。黒川先輩の呪いを第三者がどうこうできると思えないし、こいつが俺を助ける義理もないし。
そもそも聞いたことがないってのが、問題なんだよ。呪術師が噂になるなら、解呪師とやらも噂になるはずじゃ?
「何よ、煮え切らないわね」
「いや、本当に解けるのかなぁって」
早朝に集合させられた挙句に成果なしとか、やってられんぞ?
いや、成果がないだけならいい。四方手を尽くしたいとは思ってるから。
でもな、デメリットがあるじゃん? 休日に女と会ってるなんて知られたら、何をされるかわかったもんじゃない。
っていうか知られるだろ、確実に。俺とボードゲーム同好会の眼鏡っ子がスケベな勝負してたところを、実際に見られてるわけだし。
「なんで? なんで疑うの? なんで嘘つき呼ばわりするの?」
あっ……やべっ……。
「指切りげんまんしたのに、嘘ついたの? 酷いこと言わないって約束したのに」
そ、そんな酷いこと言ったかしら?
ちょっとした疑問っていうか、効果のほどが気になったというか、その……。別に嘘つき呼ばわりしたわけじゃなくて……。
あれ? してる? 疑ってるわけだし、それってつまり嘘つき呼ばわりに……。
「酷いっ……ただっ……ただアンタのために……」
まずいですよ、非常に。泣き出したよ、この人。
アカンって、アカン。こんな廊下で泣いたら……。
「オムツァーがまた女子を泣かしてるわ」
「さいってぇ……女の敵だわ……」
「きっと『俺のオムツを替えてくれ』とか迫ったのよ」
完全に俺が加害者になってる。いや、実際に泣かせてるわけだから、強ち間違いじゃないんだけどさ。
誤解の方向性ヤバくない? え、俺ってそんなに評価低いの? ヤバい女に迫られてる被害者のはずなのに、なぜだ?
「な、泣くなよ。えっと……聖さん」
「下の名前呼んでくれないの? さっきは呼んでくれたのに、もう私に飽きたんだ」
め、めんどくせぇ。ヤンデレほどじゃないけど、中々めんどくせぇ。
ただでさえ女を侍らせてるって噂立ってんのに、やめてくれよ。女を捨てようとしている現場みたいになってるじゃんか。
「ま、白」
「何? また酷いこと言うつもり?」
やめろって、本当に。周りの視線、主に女子からの視線が痛すぎるんだけど。
「な、泣くなよ。ほらっ」
涙と鼻水が酷いので、ティッシュとハンカチを渡してやった。ハンカチは使用済みだけど、まあいいでしょう。
あっ、こいつハンカチで鼻水かみやがった! なんのためにティッシュ渡したと思ってんだよ!
ダメだ、怒っちゃダメだ。さらに泣かれるから。
「ありがと……」
いや、返すな! 鼻水かんだハンカチをそのまま返すな! 洗ってから返せ!
「あげるよ、それ」
「え? それってつまり汚いって……」
「違う違う! えっと、ほら、花柄だから……俺より白に似合うと思って」
はぁ……なんでここまで気を遣わにゃならんのだ。まあいい、これでちょっとは周りの冷たい目もマシに……。
「見て、ああやって女の子をたぶらかしてるのよ」
「最低ね。きっと極薄のゴムしか使わないのよ」
「いいえ、ゴムさえ使わないわ」
「ありえないわ、責任取る気ないくせに」
「きっと平気な顔で『堕胎しろ。さもなくば腹を殴る』とか言うのよ」
なんで? 俺めっちゃ聖人ムーブかましたじゃん! なんで鬼畜扱いされてんの?
いくらなんでも言うわけないじゃん、そんな極悪非道なセリフ。今時、二次元でも中々許可降りねえよ。
「プレゼント? 私に? えへへ」
何この人……鼻水まみれのハンカチを嬉しそうに眺めてる……しかも、なんかブツブツ言ってるし……。怖っ……。
まあいいや、機嫌直ったみたいだし、細かいことは気にしないでおこう。これを細かいと表現していいのかは甚だ疑問だが。
にしても……シチュエーションは不気味だが、笑顔自体は可愛いな。同級生なのに手がかかる妹感があるというか。
「えっと、とりあえず朝六時にコンビニだな?」
「ええ! 遅れたら承知しないわよ!」
なんか知らんが急に元気になったな。ちょっと腹立つ気もするけど、こんな往来で泣かれるよりはいいかな。
さてと……ちょうど休み時間が終わるし、自分の教室に戻るか……。
「ふーん」
「あっ……楓……さん」
見られてたんだが? 女の子泣かせてるところ見られたんだが? それだけでも致命的だが……。
「土曜の朝から何をするつもりなのかな? モーニングセッ……」
「違う!」
「じゃあ何をするの?」
「それは……」
んなこと聞かれても知らないよ、俺だって。呪いを解いてくれるとは言ってたが、具体的に何をするかは知らないし、知っていたとしても説明しようがない。
「なんで早朝にコンビニに集合なの? はい! 答えは一つです! コンドームを買うから! それ以外に考えられません! はぁ……酷いなぁ、学校内での逢引きに留まらず、休日も逢引きするんだ。ゴムをつけるっていう最低限のモラルはあるみたいだけど、それって免罪符にならないよ? だってそうでしょ? ゴムをつけてようがつけてまいが、浮気には変わりないんだもん。椛ちゃんとか菫ちゃんはまだいいよ? でもさ、他の女の子は違うじゃん。あの二人は友達だからギリ、小指の甘皮ぐらいギリギリ許せるけど……いや、許せはしないんだけどさ、他のクラスの子は擁護の余地がなさすぎるよね? まっ、小五郎にしては考えたと思うよ? 別のクラスの子が相手なら、頑張ればバレずに浮気できるもんね。そっかぁ、小五郎は出張先でワンナイトラブしちゃう系男子かぁ」
な、なぜだ? 最近マシになってきたと思ってたんだが、なぜお経が復活した?
言われてみれば確かにキレはない。最初期のお経に比べたらわりと平凡というか、その気になれば誰でもできる程度のお経だが……それでも様子がおかしいことに変わりはない。
おかしいな、黒川先輩と放課後デートを繰り返してるから、呪いは弱まっているはずなんだ。それがなぜ?
「やっぱりGPSを体内に埋め込むしかないね。盗聴器もセットで……いや、いっそのこと、手錠で繋がるべき? そうだよね、小五郎と私と椛ちゃん、そして菫ちゃんの四人で手錠をしよう。うん、それがいい。ああ、でもそうなると一人だけ小五郎と直接繋げないね。あー、どうしようかな。あっ、そうだ! 菫ちゃんが常に抱っこしてるような状態になればいいんだ! そしたら私と椛ちゃんが両隣になれるし、菫ちゃんのママ欲も満たせる。小五郎よし、私よし、椛ちゃんよし、菫ちゃんよし、四方よしだね」
うーむ……デートで呪い自体は弱まったが、それによって嫉妬自体が強まった?
そして、白という新しいライバルが増えたことにより、感情が爆発した? いやまあ、白はライバルでもなんでもないんだが。
「でも手錠ってその気になれば抜けれるよね? 小五郎ってゲーム上手いし、わりと器用だよね? だったら関節を外すことぐらいわけないよね? 困ったなぁ……もう針と糸で縫い合わすしか……」
「楓、チャイムチャイム」
「え? ああ……じゃあ、後でまたキレ直すね」
「……おう」
土曜日大丈夫かなぁ……。
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