第31話 平穏期間最終日
最近、生きるのが楽しい。
高校生のセリフとしてどうなんだって感じがしなくもないが、嘘偽りない本音だ。
黒川先輩と友好関係を築いたおかげか、楓達がお経を唱えることもなくなり、学校生活が比較的平和なものになっている。
周りの生徒からの白い目は相変わらずだが、こればっかりはどうしようもない。
人の噂もなんとやら、そのうちなんとか……ならねえよ! 何年経とうが忘れられない所業を為したよ!
「不思議ね、シナシナなのに美味しいなんて」
「そうですね。他の店のポテトだと、こうはいかないんでしょうが」
よほど気に入ったのか、出かけるたびにハンバーガー店に行ってる。
飽きられても嫌なので高いほうも勧めたのだが、『この店のメニューを全制覇するまでお預け』とのことで、しばらくは安いハンバーガーしか食べられそうにない。
まあ、いいけどね? この店好きだし、金も限りがあるし、丁度いい。
「それにしても、駅一つ挟むだけで客層が大分変わりますね」
「ええ。言っちゃ悪いけど、陰キャが多いわね」
本当に悪いよ。失礼にも程がある。顔見知りのヤツもチラホラいるんだぞ。
まあ、聞こえたところで何もしてこないだろうけど。
「それで、最近どう? 周りの女の子達は」
「そうですね……ちょっと距離の近い友達って感じです」
「そう……」
呪いが弱まっている証拠と見ていいだろう。
黒川先輩と友好を深める前の状態だったら、放課後デートも監視されていたに違いない。だが、五回もお出かけしたのに言及は無し。土日、あいつら全員俺の家まで来たが、特に問題はなかった。普通にゲームして、アニメ見て、お泊りして、それで翌朝には解散。
男女が同じ部屋で寝落ちというのは少々不健全な気もするが、同衾ではないはずだからセーフだろ。同衾の定義は知らんけどセーフ。
「寂しい?」
「え?」
考え事をしていたら、不意打ちをくらってしまった。
なんて言った? 『寂しい?』って聞かれたような気がするけど。
「可愛い同級生たちにモテてたのに、急に距離が離れたのよ?」
それはまあ……全く寂しくないと言ったら嘘になる。なんやかんや良い思いもしていたし。お風呂とかね。
でも恐怖のほうが強かったってのが本音だし、丁度いい距離感になった気がする。
欲を言えば、もう少しだけエッチなことを仕掛けてきても……。
「本当ならハーレム作りたいだろうに、私なんかとデートするハメに……」
「そんな言い方しないでくださいよ」
「え?」
『え?』じゃないよ、もう。〝ハメ〟って何よ。
「先輩と過ごす時間好きですよ、俺は」
決して媚び売りなんかじゃない。
だってさ、呪いを解く条件って〝先輩を心から愛す〟だろ?
それってつまり、先輩から俺に対する好感度が上がったところで意味ないってことじゃん?
つまり呪いが弱まっているってことは、俺から先輩に対する好感度が上がってるということだろ? 要するに今のは本心ってことよ。
「でも私は大した話できないし……」
「映画とかドラマめっちゃ詳しいじゃないですか。ジャンルはちょっと偏り気味ですけど、普段見ないドラマを見る機会ができて楽しいです」
ドラマの話になると饒舌になるあたり、本当に好きだってのが伝わってくる。
俺と違う観点を持っているから新たな発見ができるし、本当に楽しいよ。
先輩に出会わなきゃ、ドラマの魅力に気付かないまま生涯を終えていたんじゃないかな。だって、見ない人はとことん見ないだろ? ドラマなんて。
「それに、公園とかゲーセンとか、普通の遊び場でも新鮮な反応見せてくれますし」
ジャングルジムではしゃぐ女子高生とか、中々見れないぜ?
大きい公園にあるような特殊なタイプならまだしも、普通のジャングルジムだぜ?
「……もしかしてだけど」
「……? はい」
言おうとしていることに対して確信が持てないのか、それとも確信しているからこそなのか、なんにせよ言いづらそうだな。
「呪いかけなかったら、私と小五郎君って……普通に……」
「カップルになってたでしょうね」
厳密には、先輩がグイグイこなかったらカップルになっていたって感じかな。
一度カップルになれば多少グイグイきても、なるようになっていただろうし。
待てよ? 上手く流れに乗れば、このまま呪いを解除してもらえるのでは?
「で、でも、私って暗いし……不気味な髪形だし……雰囲気も怖いし」
偉いなぁ、先輩は。自分のことを客観視できるんだもの。
「先輩や周りの人がどう思おうと、俺は好みですよ」
本当に嬉しかったんだからな、ラブレター貰った時。
……呪い受けてからは、楓達を意識し始めてるけど。
「じゃあなんで? なんであの時うやむやにしようとしたの?」
「だって……いきなり結婚とか血判とか、婚前交渉とか……早すぎると言いますか」
初手で親に挨拶ってハードル高いよ?
何もかも早すぎるんだよ。血判に至ってはスピードの問題じゃないし。
「ヤバい女だと思った?」
「あの時は」
「今は違うの?」
いや、違うことはない。今でもヤバい人だとは思ってる。
「今だからわかるんですよ。先輩も緊張してたっていうか、必死だったんでしょう? 絶対に逃したくないと」
変人ではあるんだけど、おっちょこちょいというか、意外と線が細いんだよな。
図太い人に見えて、意外と繊細なんだよ。
有り体に言えば、ただのコミュ障にすぎない。距離感を測るのが下手なうえに、口下手であがり症。誤解を受けやすいタイプなんだと思う。
早い話、今って普通じゃん?
悪い言い方をしたら根暗だけど、好意的な解釈をすれば大人しい女性だ。
人生で初めての告白をして、テンパってたに違いない。今ならわかる。
「……うん」
か、可愛い。
呪いの影響で他の人達に迷惑かけてるってのがなければ、落ちてたかもしれん。
皆にも教えてやりたいよ。この人には、こんな可愛いところがあるんだぞって。
「恨んでる? 呪いをかけられて」
「……俺が酷い目に遭うのは、告白を受け入れなかった報いだと思ってます」
受け入れるかどうかは自由だけど、それでも傷つけたのは事実。
多少の報いは甘んじて受けるべきだろう。オムツ事件とか、お漏らし事件が多少の範疇かどうかは別として。
「ですが、楓達の人生までめちゃくちゃになったことに関しては、怒ってます」
ほんの一週間かそこらで、勇気がある男になったな、俺。
いや、勇気が湧いてきたというより、先輩への恐怖心が薄れたってのが正しいか。
「それに関してはごめん」
意外にも素直な先輩。いや、今となっちゃ意外でもないか。
いけるか? このまま呪い解除までもっていけるか?
待て待て、急いては事を仕損じる。
ガツガツしたら失敗するって、先輩が教えてくれたじゃないか。反面教師になってくれたじゃないか。拒否する側に立たせてもらったじゃないか。
「過ぎたことは仕方ないですよ」
「ありがとう」
感謝の言葉と共にそっと俺の手に、自分の手を重ねる先輩。
あの……ポテトの油と塩がべったりと……。
「そもそもなぜ呪いをかけたんです? 恨んでいるのはわかりますが、俺のことを諦めてないなら、逆効果では?」
ハーレムに満足して、先輩以外の子を好きになったらどうするつもりだ? 実際、疎遠だった楓や、鬱陶しいと思ってた熊ノ郷、苦手だった委員長、本来なら知り合うことがなかったギャンブル中毒の眼鏡っ子と、色んな女の子に興味を持ち出してる。
この前も呪い絡みで変な女子に絡まれたし、呪いを解かない限り先輩にとって悪い状況になる一方なのでは?
先輩のことを嫌いになる可能性もじゅうぶんにあった。いや、嫌いになるのが普通だと思う。自分で言うのもなんだが、俺は変わり者なんだろう。
「逆効果じゃない。私には私の狙いがあった」
狙い……? 怒りに身を委ねたのではなくて?
えっと、ハーレムの呪いをかけると女の子が集まってくるわけで……そうなるとライバルが増える一方に……。
女の子を嫌いになるように仕向けた? でも……。
「それはどういう……」
真意を問いただそうとした、その時。
「お客様、申し訳ございません。店のほうが混雑してまいりましたので……」
タイミング悪く店員がやってきた。まさか、これも呪いのせいか?
「あっ、はい。すぐに出ていきます」
「恐れ入ります……」
くそっ、良い流れだったのに……。
そこまで長居してないはずだが、こればかりは仕方ない。この辺の店は、ウチの生徒に対してヘイトが溜まってるだろうし、多少の冷遇は受け入れざるを得ない。
それにしたって、なんで俺らよ。ほら、あそこのオタクグループなんか大テーブル二つも使ってるぞ。なんてゴネても仕方ないよね。
「小五郎君。またゲームセンターってとこに行ってみない?」
マジかぁ。静かに話せる公園に行きたかったんだが、ゲーセンをご所望か。
あんな騒音の中で、こういう話は難しい。お互いに声が小さいし。
結局この日は、詳しいことを聞くことができなかった。
明日の放課後にでも聞くかぁ。こういう話は流れに沿って解消するのが一番いいんだろうけど、仕方があるまい。
現時点で元の平和な日常に近づきつつあるんだ。急ぐ必要もあるまい。
ゆっくりと一歩一歩進んでいきゃいいのよ。怒涛の展開なんて、もうないはずさ。
なんて気楽なことを考えていました、この時は。
ええ、どこまでも考えが甘い男です。もう少し苦い男だったら、周りにも目を配れたんだろうか。
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