第30話 黒川家

 友達が少ないからイメージに過ぎないんだけど、こういう店って食べ終わった後もダラダラと会話し続けるってのが、学生のあるべき姿だと思うんだ。

 なのに、早く出ていけっていう圧力に負けちまったよ。別に店員に圧力かけられたわけじゃないんだけど、ほぼ満席の状態で長蛇の列ができてたら、出ていかざるをえないじゃん?

 いくらなんでも客多すぎだろ。社会人は定食屋に行ってくれよ、学生のために。


「次回は向かい側に行ってみますか? ちょっと歩かなきゃいけないですけど、こっちよりはゆっくりできるかもしれません」

「……本当にまた行ってくれるの? 一緒に」

「早ければ明日にでも行きたいと思ってるんですけど、何か問題が?」

「だって……さっきもウチの生徒達に後ろ指を指されてたし」


 後ろ指ねぇ。

 たしかに陰口言われてたけど、別に気にしちゃいない。令和の恐怖の大王は、違う意味で気になったけど。


「言わせときゃいいじゃないですか。嫉妬だと思えば心地よいです」

「嫉妬?」

「女子は知らないですけど、男子からすりゃ羨ましいでしょう。綺麗な先輩と放課後デートしてんですから」


 ぶっちゃけ言わせてもらうけど、先輩の陰口言ってるヤツらも内心では美人だと認めてんだろ? 俺にはお見通しよ。


「……」


 この無言は……照れてるほうだよな? キレてるわけじゃなくて。

 勘違いされたくないから言っておくけど、軽い言葉でたぶらかそうなんて思ってないからな? 言わないほうがいいこと以外は、正直に全部言うってのが俺のポリシーなんだよ。言ってもわからんヤツばっかりってことは、言わないとわからないヤツはそれ以上ってことだもん。どう? この持論。天才? ジーニアス? 目の付け所がシャ……。


「小五郎君は変わってるね、ふふっ」

「ははっ」


 先輩にだけは言われたくないが、笑いを返しておいた。言わないほうがいいことは言わないポリシーだからな。


「もうちょっとお話したいんだけど、落ち着けるところあるかな?」

「えっと、そこのショッピングモールの最上階に座れるところがあったかと……昔の記憶ですが」


 最後に行ったのは小学生の頃なので、まだあのスペースがあるかはわからない。

 多分飲食可能だし、ジュースでも飲みながら雑談するにはもってこいのはず。

 なんの利益にもならない無料のスペースだし、なくなってたらどうしようという一抹の不安を抱えながら、エレベーターで最上階に向かう。


「おっ、昔のまんまですよ」


 よかったぁ……失望させずに済んだよ。


「……お年寄りぐらいしかいないわね?」

「騒げないからじゃないですか?」


 カードゲームやってたら怒られたの思い出したよ。気のせいか知らんけど、カードゲームに対するアタリがキツい気がする。基本的にカードショップ以外でやらせてくれんよな。

 とりあえず、一番人が少ない席を選んだ。別に聞かれて困るような会話をする気はないけどね。あれだよ、男子トイレと同じだよ。わざわざ知らん人の隣の便器を使ったりせんだろ?


「ドラマもいいけど、せっかく人が少ないんだし、私の家のことを話しましょうか」


 困る話だわ。聞かれて困る会話する気だわ。

 お年寄りに聞かれていいの? 黒川家に関して、俺以上に知ってそうなんだけど。


「よろしいので?」

「私のことを知りたいって言ってくれたからね。ちょっとだけ話してあげる」


 第三者がいる空間で話してもいいのかって意味で言ったんだが、まあいいや。

 問題ないから話すんだろうし。


「私も正直あんまり興味ないから詳しくは知らないんだけど……」


 詳しく知らないって……一人娘じゃなかったっけ? いや、そこまでは言ってなかったっけ。

 なんにせよ実子なら、家の歴史とか叩きこまれてそうなもんだけど……。


「いつから続いてる家なのかは知らないけど、元々は台風やら豪雨やら、その辺の占いをしていたらしいわ」


 あっ、なんかそれっぽい話だ。

 うん、呪術師ってそういうイメージあるよな。実際は偏頭痛とか古傷で雨を感知してたんじゃないかってのが俺の説なんだけど、呪いが実在していることを考えたら、本当に不思議な力で予知していたのではないだろうか。


「不思議な力を持つ一族として崇拝されてただの、恐れられてただの、なんにせよ奇異の目で見られてたみたい」

「まあ……科学とかと無縁の時代なら、そうなるでしょうね」


 ふと思ったけど、大昔に懐中電灯とかライターを持っていったら、どうなるんだろうか。妖術使いとして、恐れられるんかな。


「今の黒川家にはできないけど、当時は豊作を祈願して、飢饉を凌いだと言われてるらしいわ」


 ほえぇ、慈善事業という表現が正しいかはわからんけど、世のため人のために活動してたんだな。もっとこう……呪いで豪族を暗殺したりとか、そういうヤバい一族だとばかり思ってた。


「いつから、今みたいな呪い専門の家系になったのかしらね。よその血が混じったことがきっかけらしいけど」

「……よそというのは、その……別の呪術師の家系ということですか?」

「さあ? なんにせよ、今の私達には、災害だの凶作だの、自然現象に干渉する力は残されてないわ。子孫がどうなるかは知らないけど」


 なんだろ、難しい話はしてないはずなのに、頭がパンクしそうだよ。

 人知を超えた力にまつわる話ってのもあるけど、先輩の情報があやふやすぎてイマイチ入ってこない。自分の家に心底興味がないのか、それともまともな文献が残されていないのか。


「今も脈々と受け継がれてるみたいですけど、仕事なんてあるんですか? 失礼な言い方かもしれませんが」

「いくらでもあるわよ? これ内緒話だけど、国と癒着してるし」


 呪術師と国が癒着?

 なんかきな臭いな。でもどうせ、詳しく知らないんだろうなぁ。


「財閥解体にも深く関わってたらしいわ。闇の部分だから詳しくは教えてくれなかったし、興味もないんだけどね」


 うん、これについては知らないほうが良さそうだ。

 絶対に難しい内容だし、人命に関わってそうな雰囲気がある。歴史とか世界史に疎いから大した推測はできないけど、知れば知るほど胸糞悪くなる気がする。


「最近で言えばあれね……無職の男達がスズメバチに刺されて死んだニュース。わりかし最近の話だけど、聞いたことないかしら?」

「ええっと……二十代半ばぐらいのアホ共がスズメバチの巣にちょっかいかけて、グループ全員が死んだんでしたっけ?」


 SNSとかネットニュースで見た気がする。

 某大型匿名掲示板でも馬鹿にされてたな。まあ、あそこの掲示板の人らって、不良グループ嫌いだしね。


「あれで死んだ人らね、国からの依頼で黒川家が呪いかけたのよ」


 流れで薄々察していたが、明言されると背筋が凍るな。

 思慮の浅いヤンキー達、古い言い方をすればDQN達が自爆しただけの話だと思ってたが、まさか黒川家が犯人とは……。

 しかしなぜ国がそんな依頼を? 要人とかならまだしも、無職の男達だろ?


「あいつらは未成年の頃に、女の子を集団リンチで死なせてるのよ」

「え……」

「報道規制がかかってるから詳細は一部の人間しか知らないだろうけど、聞けば聞くほど吐き気がする事件よ」


 聞くのが怖い。黒川先輩のことを知りたいとは言ったけど、もっとこう……フワフワした部分だけを知りたいんだよ。

 っていうか、その口ぶりからして、黒川先輩は事件の詳細を知ってるのか? 俺はどの事件のことを言ってるかさえ、わからないんだが。


「オブラートに包むと、暴行とか監禁とか強姦とかその辺よ」

「オブラートなんですか……それで」

「詳細を聞けば、まともな人間は間違いなく言うわ。『未成年だろうと全員まとめて死刑にしろ』ってね」


 それは相当だな。そもそも報道規制かかってるわけだし、よほど残虐な犯行だったことは間違いない。

 苦虫を嚙み潰したような表情をしていることからも、察することができる。


「未成年だから実名報道もないし、ちょっと少年院に行って、退院後は普通に娑婆で万引きだの暴行だの再犯を起こしてるわ」


 そうだろうな……更生の余地なんてあるわけないもん。

 まさかデート中に、司法制度の粗雑さに憤りを覚えることになろうとは。


「酌量の余地がないなら、未成年でも厳罰に処するべきだと思うんですけどね」

「食事を与えたり、手当をしたりしてたから殺意はなかっただの、なんだの。ええ、本当は叔母が呪う予定だったんだけど、私直々にかけてやったわ」


 ……先輩がかけたのか。

 呪いが間接的な殺人なのか、直接的な殺人なのかはわからない。だが、大量殺人に変わりはない。

 でも先輩に対する恐怖は感じない。事件の詳細を知らないにもかかわらず、正当な裁きに思えてならない。

 だって……。


「小五郎君。私が怖い? 最低だと思う?」

「いえ?」

「なんで? 面識ない人間を五人も死なせてるのよ? 妥当な刑罰じゃなくとも、刑期を全うした人間をよ?」

「軽い呪いならまだしも命に関わる呪いですよね? 先輩が不当な裁き与えたりしないでしょう」


 先輩は感情に任せて命を奪うような人じゃない。殺人を肯定するのはよくないかもしれないけど、先輩の判断は間違ってないはずだ。

 世間が先輩を非難しようと、俺は味方でありたい。


「本気で言ってるの? 私と関わっちゃいけないって思わないの?」

「そりゃ俺にかけられた呪いは完全に私怨ですし、不服ですよ。でも、先輩を嫌うなんて俺には無理です」


 楓達に迷惑をかけてることに関してはいつか謝ってほしいし、透明先輩もいつかは元に戻してあげてほしい。

 でも俺が嫌ったり避けたりするのは間違ってる。告白を受け入れる義務がないとしても、傷つけたことは確かなのだから。


「……他にもイジメで同級生を自殺に追い込んだヤツとか、無差別殺人犯とか、色んな人を処してるのよ? 基本的には私の親とか親戚だけど」

「処する必要があるから処してるんでしょう? 日本にとって必要な一族だと思いますよ」

「小五郎君……」


 黒川家についてはまだまだ知らないことだらけだ。知ってることのほうが遥かに少ないだろう。

 きっと、全部が全部正しいってわけではない。もしかしたら間違っている部分のほうが多いかもしれない。そのうち、目を覆いたくなるような衝撃の事実も知らされることだろう。

 一族の繁栄には暗部が付き物だ。その証拠に、さっきもチラッと財閥解体がどうだの言ってた。全てを受け入れる度量はないが、せめて正しい部分だけは全て受け入れたい。たとえ、世間が黒川家を恐れようとも。

 ……出会ったばかりの先輩に入れ込んでるなぁ、随分と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る