第29話 食育~庶民編~

 校門を出てから、およそ十五分程経過しただろうか。

 車通学に慣れている黒川先輩だが、今のところ不平不満を述べる様子はない。

 むしろ楽しそうに見える。一般的には不気味な笑顔に分類されるかもしれないが、俺には可愛く思える。

 根暗な二人だが、意外にも会話が途切れることはなかった。ドラマの話に切り替えたのが、功を奏したのだろうか。

 呪いについて理解を深めたいが、グイグイ行き過ぎるのもよくないだろうと判断して切り替えたのだが、ナイス判断だったらしい。

 それにしても……。


「ん? どうしたの? 小五郎君」

「あっ、すみません。先輩の笑顔好きだなぁって思いまして」

「……」


 さすがにわかってきたよ。

 先輩の無言って、キレてるわけじゃなくて、照れてるんだな。

 いや、キレて無言になるパターンもあるだろうけどさ。


「そういえば先輩、どっちの店行きます?」

「どっち……とは?」

「なんて言えばいいんでしょうか。安いほうと高いほう?」

「……どう違うの?」


 中々難しい質問だな。どっちもハンバーガーに変わりはないし、俺は安いほうしか行ったことないんだよな。


「学生が頻繁に行くのは安いほうですかね。一昔前に比べると、そこまで安くはないみたいですけど」


 俺に言えるのって、これぐらいなんだよなぁ。

 高いほうの情報がなさすぎるんだよ。学生が少ないってのも、イメージだし。


「……安いほうって不味い?」


 まあ、そう思うよね。

 たしかに安いハンバーガーを不味いって言うヤツはいるけど、賛同しかねるね。ボコボコにしてコンクリに詰めてやりたいよ。


「料理として見たら高いほうがクオリティも高いんでしょうけど、ファーストフードとしての完成度は安いほうが上だと思いますね」


 高いほう食べたことないんだけどね。完全にエアプなんだけどね。

 でも高いほうって、多分ジャンクフード感ないだろ? メニュー表からして、健康志向な雰囲気があるし。


「なんかこう……体に良くないものを食べてるっていう背徳感? 普段の食事と違うものを食べてる、外食してる、そんな実感が湧くと言いますか」

「ふふっ、じゃあそっちで」


 俺のプレゼンに惹かれたのか、それとも気持ち悪くて引いたのか、わからんけどとりあえず納得してもらえた。

 ……知らん店に連れて行くのが怖かったからゴリ押ししたんだけど、本当によかったのだろうか。

 ご令嬢にジャンクフードを食べさせることもそうだが、人ごみ嫌いって言ってたんだよなぁ。おそらくウチの生徒が、最低でも十人はいると踏んでいるのだが、大丈夫だろうか。




「ここがファーストフード店……」


 未知の建造物を見るような目で、建物の外観を眺める先輩が愛おしい。

 世間的には黒川家のほうがよっぽど未知だと思うんだけど。


「駅を挟んで向かい側にも同じ店があります」

「へぇ、何が違うの?」

「大した違いはないでしょうけど、おそらく向こうのほうが新しいかと」


 あんまり覚えてないけど、俺が小学生の時にはまだなかったような。なんでこんな近所に同じ店出すんだろね? 難しいことわかんない。


「見た感じ、結構混んでるわね」

「そりゃ駅前ですし、さらに言えばウチの高校も近いですから」


 俺も電車通学だったら、頻繁に通ってんのかね。

 漫画買いに来る時ぐらいしか、寄る機会がないんだけど。


「強制はしないんだけど……」


 店に入ろうとした刹那、先輩が手を差し出してきた。

 何? 握れってこと? なんで?


「……?」


 よくわからんが握っておいた。

 見た目通り体温が低いようで、ひんやりしている。夏場はありがたいかも。


「いいの? ウチの生徒達に見られるけど」

「何がまずいのかわからないですけど、とりあえず入りましょうか」


 カップルアピールがしたいのか、それとも初めての店で怯えているのか。どっちにしろ聞かないほうがいいだろう。

 それにしても、妙に気にしてるよな。同じ学校の生徒に見られることを。

 先輩は人目なんて気にしないタイプ、言ってしまえば唯我独尊だと思うんだけど。

 もしかして俺を気遣ってくれてんのか? 自分といたら変な噂が立つとか、イジメられるとか。

 ……今更気にすることか? 委員長と赤ちゃんプレイした時点で、俺の学校生活は終わってんだよ。もう何も怖くない。


「おい、あれ……」

「オムツァーの坂と、呪い女じゃん」


 おい、聞こえてるぞ。内緒話ならもっと小声でしろ。

 っていうかオムツァー広まりすぎだろ。


「あいつらできてんの?」

「激ヤバカップルじゃん。令和の恐怖の大王じゃん」


 手を繋いでるということもあってか、妙に注目を浴びている。

 なんだよ、令和の恐怖の大王って。もっと上手い例えがあるだろ。えっと……ワサビとカラシのオーロラソースとか。は?

 いかんいかん、注目の的になった居心地の悪さから、思考がバグってきてる。


「先輩は何を食べます?」


 周りが気になるけど、待ち列が短いから、さっさと注文を決めちまおう。

 カウンターでモタモタするの気まずいしな。


「え? 全然わかんない……」


 そうだよな、わかんないよな。こういうところの注文って、初見だと全然わかんねえよな。俺もそれが嫌でこっちの店にしたってのに、完全に配慮が欠けてた。


「チーズ食べれます?」

「うん」

「じゃあチーズバーガーが無難ですよ。極端に小食じゃないなら、ダブルのほうがオススメですね」


 チーズが平気ならチーズバーガーが安定というのが俺の持論だ。王道っていうかチュートリアル感あるじゃん?


「じゃあそれで……飲み物って何がある?」

「炭酸とかコーヒーとか、その辺ですかね。セットはポテトかチキンナゲットが選べますよ」


 なんか不思議な感覚だな。

 祖父母とか年の離れた兄弟ならまだしも、現役高校生にハンバーガーの注文方法をティーチングする日がくるなんて。


「えっと……どっちにすれば……」

「じゃあ俺がポテトで先輩がチキンでどうです? シェアってヤツです」

「……いいね、それ」


 うわぁ、めっちゃ学生っぽいことしてるなぁ。青春だわぁ。

 今までの人生でシェアなんてしてくれたの、楓だけだよ。友達少ねえな、俺。

 

「次お待ちのかたー」


 注文が決まったところで、タイミング良く俺らの番が来る。

 お手本を見せるべく、俺が先に注文をする。


「えっと……同じセットで……飲み物はアイスコーヒー……あっ、サイズ大きくできるんだ……じゃあ大きいので……」


 俺に続いて、たどたどしく注文する先輩が可愛い、可愛すぎる。

 さて、支払いはどうするべきか。

 めちゃくちゃ悩むな、これ。

 男が払うってのは古い考えだけど、チンチロで余裕がある俺としては払いたい。

 問題なのは、先輩がどっち派なのかということだ。

 家柄的に古風な考え方なのか、それとも先輩として奢りたい派なのか。

 昔ながらのデートに憧れているとしたら、俺が払うべきなんだろうけど……。


「カードは使えるかしら?」

「ええ、こちらに表示されているカードでしたら、ご使用いただけます」

「じゃあ、二人分まとめてお願い」


 あっ、奢ってくれる派なんだ。悩んだ時間を返してほしい。

 っていうかカード持ちなんだ、学生の分際で。


「あ、ありがとうございます」


 奢られるのって気を遣うから、あんまり好きじゃないんだよな。


「いいのよ、これぐらい」

「今度は俺に出させてくださいよ」

「……! ええ、お願いするわ」


 ……?

 なんか今、驚いたような顔した気が……かと思えば、なんか嬉しそうだし。

 情緒不安定ってわけじゃないんだけど、感情の起伏っていうか、ツボがわからん。

 そのうち大型地雷を踏んでしまうのではないだろうか。あいつらと違って、怒涛の勢いでお経を唱えられる心配がないってのが幸いなんだけど。


「小五郎君、この札ってどう使えば?」

「あのモニターに番号が出たら、注文を取りに行くんですよ」


 まあいっか、今は楽しもう。

 先輩と一緒なら、何気ない日常もきっと楽しいはずだよ。だって、注文札一つでオロオロしてくれるんだもん。色んなところに連れまわしてぇ。回転寿司のお湯が出るところで、『手を洗うところですよ』って言ってみてぇ。

 ちなみにファーストフードはウケが良かった。明らかに油と塩分がヤバいことで有名なポテトを、めっちゃ美味しそうに食べてたよ。

 食べるのに夢中で、ドラマの話なんて一切振ってこなかった。全メニュー制覇したいだの、三食ハンバーガーでもいいだの、とにかく絶賛し続けてたね。

 そんな最中、俺は見たよ。指についた塩を舐めとるっていうお茶目なシーンを。

 こりゃしばらくの間、デート先はこの店だな。お持ち帰りできることを教えたんだけど、『小五郎君と一緒に食べたい』って返してきたし。

 いやぁ、本当だったんだな。アニメとかでよくあるじゃん? 長テーブルでご馳走ばっかり食べてるお嬢様が、カップ麺とか駄菓子にハマる描写。あれって実際にあるもんなんだな。

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