第21話 安全地帯確保

「お前は凄いヤツだな」


 いつの間にか帰宅していた父さんが、ビールをチビチビと飲みながらしみじみと話しかけてきた。

 人がせっかく、一人で風呂に入れた喜びを嚙みしめていたというのに。

 しかし、家に三人も泊めている負い目があるため無視はできない。元々無視するつもりはないけど。


「なんの話さ?」

「決まってるだろう。女の子を同時に三人連れ込むなんて、俺にはできん芸当だ」


 そりゃアンタは無理だろ。小学生の頃から母さんと付き合ってたんだから。

 初めて聞いたときは凄いと思ったけど、俺の現状に比べたらよくある話よな。


「休日出勤で疲れてるのに、すまん」


 俺に非はないが、一応謝っておく。


「気にならないと言ったら嘘になるが、それに関しては責められん」

「なんで?」

「母さんが我慢しろと言ってるんだ。多少騒がしくても、多少寝不足になろうと、文句を言えないんだ」


 泣きそうになってくるよ。この人、なんでこんなに立場が弱いんだよ。

 大黒柱ぞ? 共働きならまだしも、四人家族の長ぞ。

 電化製品が普及してない時代と違って、家事が大変なわけでもないし、赤ちゃんがいるわけでもない。

 別に主婦が楽とは言わんし、むしろ大変だと思うよ? でも、夫を服従させられるほど、大変なことはしてないはずだ。


「少しぐらい強気に出たら?」

「……母さんはな、おきゃんなんだ」


 は? 母さんがオカン?


「お転婆って意味だ」

「ほぇぇ」


 方言? 死語? わからんけど、そういう言葉があるんですね。勉強になるな。


「昔の母さんはな、喧嘩が好きだったんだ」

「……そうなんだ」


 正直興味はないんだが、最後まで聞いてあげないと可哀想だよな。

 ああ、いかんいかん。可哀想だと哀れむことこそが可哀想なんだ。


「体格差が出始める中学生時代も、喧嘩のために男を挑発していた」

「……」

「俺も小学生の頃は何度も泣かされたよ」

「……」


 何を聞かされているんだろう。

 これ以上、父さんを可哀想な人だと思いたくないんだが。


「母さんはな、すぐに急所を蹴ってくるんだ」

「……まあ小学生ってそんなもんじゃないかな」


 聞きたくなかったよ、身内のそんなエピソード。

 もっと甘酸っぱい話を……いや、それはそれで嫌なんだけど。


「中学でもやってたよ。俺は小学生時代に屈服したから、中学では無事だったが」

「……はぁ」

「それでだな、俺はもう子供を作らない予定だ」

「……さすがに三人目は厳しいですか」


 思わず敬語になっちゃったよ。何が言いたいか全くわからないんだもの。

 ったく、ビールの一本や二本ぐらいで出来上がりやがって。


「三人目を作る気が無いなら……遠慮する必要はないって……母さんがな」

「……」


 かける言葉が見当たらなかったので、俺は何も言わずに部屋に戻った。

 せめて静かにしてやろう。俺がしてやれるのはそれぐらいだ。




「おせーぞ坂本。男が長風呂してんじゃねーよ」


 待ちくたびれた様子の熊ノ郷が、手厳しい出迎えをしてくれた。

 せっかくジュースとお菓子を持ってきてやったのに。


「父さんと話してたんだよ」


 話してたというか、話されてたというか。

 聞いて損したけどな。なんていうか、切なくて切なくて、辛いよ。


「とりあえず、父さん疲れてるから……今日は早く寝るぞ」

「えー……せっかくのお泊りなのに?」


 楓の気持ちもわかるけど、父さんの気持ちもわかってやってくれよ。

 この前なんか、『家に居場所ないから残業が気楽だなぁ』とか言ってたんだぞ?

 もう壊れ始めてるんだよ。普通の人間は、一分でも早く家に帰りたいもんだよ。


「小五郎ちゃん、もうちょっとだけアニメを見たいんだけど……」

「まあ、二、三話ぐらいなら……」


 晩酌してたし、一時間ぐらいなら大丈夫だろ。シャワー浴びることを考えたら、一時間半はいけるか?

 まあ、そろそろ駄作アニメ特有の粗が目立ってきて、委員長も飽きてくれるだろ。

 そんな淡い希望を抱いて、再生ボタンを押す。

 うん、キャラが増えてきて話がとっ散らかってきたな。

 スマホ要素も徐々に薄れてきてるし、迷走してるな。後はハーレムするだけだろ。

 ほら、熊ノ郷と楓は欠伸をし始めてる。かくゆう俺もだけど。


「この子、人間モードがあるのね」


 委員長はまだまだいけそうだな。

 俺も覚えがあるよ、初めてネトゲした時は本当にワクワクした。

 色々プレイした今となっては、クソゲーだけどな。

 初体験ってのは大きいよ、比較対象もないし、気持ち的にもプラス補正が入る。


「この主人公、中々頭いいわね」


 違うんだよ、委員長。

 主人公が頭良いんじゃなくて、周りのキャラがアホなんだよ。

 算数がない世界で四則計算を披露してるようなもんだよ。


「小五郎ちゃんは誰が好き?」

「え? ああ……褐色の子かな……」


 登場人物の名前とか全然覚えてないから、特徴的な子を適当に挙げた。


「きぐーだな。アタシもだよ」

「熊ノ郷も?」

「一番際どいカッコしてるくせに、初心なのが可愛いよな。あんなヤツいねえぞ」


 いるよ。

 お前じゃい!


「私はメインヒロインかなぁ……一番早く主人公と知り合ったし」


 ……楓、まさかとは思うけど……。

 自分と重ねてない? 実質幼馴染的な感じで。

 ってことは、委員長が好きなのは、この母性溢れてるキャラか?


「私もメインヒロインが好きね。マリアとかいう子は嫌いだけど」


 あれ? マリアってたしか、委員長みたいなバブバブママ系だよな?

 まさか同族嫌悪?


「なんで嫌いなん? アタシ結構好きだけど」

「ああ、ごめんなさい。別に熊ノ郷さんを否定したわけじゃ……」

「あー、いいっていって、気にしてないから」


 友達とアニメを語る時あるあるだな。下手に嫌いなキャラを挙げると、気まずくなるっていう。


「で? 何が嫌いなん?」

「だって……主人公は高校生なんでしょ? 子供扱いは失礼よ」


 え? どの口が言ってんの?

 このマリアってキャラ、せいぜい頭を撫でたり膝枕したりするぐらいじゃん。

 乳しゃぶらせたり、オムツ履かせたりまではしてないぜ?


「私が主人公だったら、怒るわね」


 ツッコミ待ちだろうか。

 俺に怒られても文句言えない状況だと、自覚してるってことか?


「菫ちゃんは厳しいなぁ。ヒロト君……アキラ君だっけ? 主人公喜んでるよ?」

「アキラだっけ? いや、まあなんでもいいんだけど、男なんて甘やかされたら一発だぜ? 結局のところ、愛に飢えてんだよ」


 委員長以外、キャラ名が曖昧なの笑うわ。

 面白くないなら面白くないってハッキリ言おうよ。別のアニメ見ようよ。

 全員が面白いって思えるアニメを見ようよ。時間は有限なんだからさ。


「小五郎ちゃんはどう思う?」

「……何が?」

「同い年ぐらいなのに甘やかしてくれる女の子」


 好きに決まってるけど、素直に答えていいものだろうか。

 委員長の甘やかしが悪化するのではないだろうか。

 かといって否定すれば、お経唱えられるのでは……。


「適度な甘やかしならいいんじゃない?」


 無難に返しておこう。

 願わくばこの返答がきっかけで、甘やかしを適度なレベルまで落としてほしい。


「こんな感じかぁ?」


 適度な甘やかしの定義を定めるためか、熊ノ郷が頬ずりしてくる。

 そうそう、これが適度っていうか限度。教室でやるとしたら、これが限度。百歩譲った上での限度。


「待ってよ椛ちゃん、それぐらいなら誰でもやるよ?」


 そうかな、やらないと思うけど。

 お前らの距離感が全体的におかしいんだよ。


「これはもう色んなアニメを見て、データを取るしかないわね」


 ただアニメ見たいだけだろ、アンタ。

 アニメをだしにして、俺に色々なアプローチかけようとしてない? そういう使い方、好ましくないと思うなぁ。アニメへのリスペクトに欠けるっていうかさ。

 原作知らないくせに、承認欲求を満たすためにコスプレする人いるじゃん? 露出したいだけの人。あれと同じ臭いがする。


「一旦寝ないか? もう遅い時間だし」


 まだ時間に余裕はあるが、早めにお開きにしたい。

 単純にアニメがつまらんってのもあるけど、変な知見を得られても困る。


「もうちょっと……今日だけでいいから夜更かしさせて」


 よほどアニメが見たいのか、俺にすがりつく委員長。

 明日も休みだから夜更かしするのはいいんだが……どうしたものか。


「ママじゃなくて、同級生として頼んでるのよ。坂本君」


 そう言われると弱いな。

 委員長のプライベートなんか微塵も知らんけど、お泊り会するようなタイプには見えないし、満足するまで付き合ってあげたいって気持ちはあるんだよ。


「……ずっと同級生として接してくれるなら……」


 勇気を出して、交渉してみた。

 今の交渉は多分通らないだろうけど、ママと同級生の使い分けを許しちゃいけない気がしたんだ。近い将来、絶対に後悔すると。


「学校では控えるから……教室では……」


 学校でいいじゃん、なんで教室まで狭めたの?

 でもここが妥協点かな。教室で赤ちゃんプレイされないだけでも、だいぶ変わる。

 呪いと無関係のヤツらは、容赦なく冷たい視線を向けてくるからな。


「約束だぞ? 委員長」

「マ……ええ、わかったわ」


 アニメを絡めれば、今後も委員長と交渉できるかもしれない。

 これは大きな一歩……いや、もしかしたら俺がコントロールされてる?

 まあいいや、教室の安全度が上がったことを素直に喜ぼう。


「じゃあ再生するわね」


 結局、アニメ鑑賞会は皆が寝落ちするまで続いた。

 アニメ見てて、気付いたら全員床で寝てたなんて、これも一つの青春だよな。

 春で良かったよ、冬だったら皆風邪をひいてたかもしれん。

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