第22話 友情崩壊の兆し

 俺の妹ってコミュ力たけぇよな。ホントに俺の妹か?

 三歳も年上のお姉さん三人と打ち解けてるもん。俺が中学生の頃なんて、高校生が大人に見えてたから、とても無理だったろうな。


「菫お姉ちゃん、下手すぎない?」


 言えねえわ、俺だったら絶対に言えねえわ。

 同級生相手でも、友達じゃなきゃ言えないわ。コミュ強凄いわ。


「ゲームを買ってもらえなかったのよ」


 そんな気はしてた。小学生の中学年辺りで、アニメ禁止されてたぐらいだしな。

 男子でゲーム買ってもらえないって、友達関係に大きく関わると思うけど、女子の場合どうなんだろ。


「委員長ってあれだよな。大人になったら、異常なハマり方するタイプだよな」


 熊ノ郷がニシシと笑いながら、俺に耳打ちしてきた。くすぐったいから普通に話してくれよ。傷つける可能性を考慮したのか?

 俺も熊ノ郷に倣って、小声で話すか。


「禁止する教育方針ってろくなことにならんもんな」


 なんでも買い与えるのもよくないんだろうけど、抑えこみすぎもよくないと思う。

 一概には言えないんだろうけどね。


「なあ、坂本」

「ん?」

「アタシはアンタと二人っきりがいいんだけど……委員長が心置きなく遊べる場を提供したいってんなら、止めねーよ?」


 ひょっとすると、俺って顔に出るタイプなんかね。

 アニメやゲームに熱中する委員長を見てると、家にあげることへの抵抗感が若干薄れるんだよな。あくまでも若干な?

 毎週来られるのは嫌だけど、たまに来るぐらいならいいかなって。無論、赤ちゃんプレイをしないっていうのが大前提だけど。

 なんにせよ、どうせ泊まりに来るなら三人まとめて来てくれたほうがありがたい。

 さすがに4Pに発展することはないだろうし、二人っきりよりは安全のはず。

 俺が付き合い方さえ間違わなきゃ、うまくやっていけるはずだ。

 よくありがちなヤンデレ同士の潰しあいも、今のところ無さそうだし。むしろ仲良いし、こいつら。


「……熊ノ郷って良いヤツだよな」

「急になんだし」


 照れてる照れてる。

 この感じ、可愛さをキープしてほしいもんだ。

 漏らしたり、お経唱えたり、そういうことさえしなきゃ可愛いんだよ。


「間に立つのが上手いっていうか、グループの和を保ってくれるっていうか」

「むず痒いんだけど!」


 褒められることに慣れていないのだろうか。それとも、相手が俺だからだろうか。

 どっちにしろ、これぐらいの褒め方が限度だと思う。これ以上は感情が昂って、お経モードに入りかねん。

 距離を詰めすぎず、開けすぎず。程よい距離感を保ってさえいれば、トラブルは起きないはずだ。いつ呪いから解放されるかわからないけど、俺の努力次第で最小限の被害に留められるはずだ。

 などと、この時の俺は考えていた。クレバーぶったことを。

 ハッキリ言って舐めていたよ、呪いを。




 おかしい。こんなはずじゃなかった。

 一緒に風呂入って、一緒にアニメ見て、一緒にゲームして、確実に親交を深めていたはずだ。

 なのになぜ、熊ノ郷と楓が取っ組み合いになってるんだ? よりにもよって、こんな教室のど真ん中で。


「なんでだよ、昨日はあんなに仲良かったのに……」


 日曜の昼頃に解散したわけだが、その時点では仲が良かったはずだ。

 このわずか二十時間で、どういう心境の変化だ?

 今のところまだ打撃技は出てないが、早く止めないと殴り合いに発展するかもしれない。しかしどうやって止める? 片方が一方的に襲い掛かってるならまだしも、二人とも戦意がある場合どうすればいいんだ?


「坂本君のせいよ」


 不意に後ろから声がかかる。


「委員長……」

「下手に止めると危険よ。他の子達は怯えているから協力は望めないし」


 よかった、委員長モードだ。話が通じそうだぞ。


「……俺のせいとは?」

「本気で言ってるの? バカなの?」


 真っ当な疑問をぶつけたつもりだが、罵倒された。

 去年までの委員長なら日常茶飯事レベルの物言いだが、ママモードに慣れているせいで心にくるわ。

 その冷たい眼差しもやめてくれ、心が冷える感覚に陥るから。


「誓って悪いことはしてません!」

「悪いことをしていない? 柊木さんと腕を組んで教室に入ってきたのに?」

「は? そんなんいつものことじゃ……」

「いつも悪いことしてるってことよ」


 どういうことだよ。一緒に登校なんて今更すぎるだろ?

 当たり前になりすぎて、最近は他の生徒も反応しなくなってきてんだぞ。


「熊ノ郷さんが坂本君に好意を寄せていると知りながら、よくもまあ……」

「そりゃ良い気持ちはせんだろうけど、髪引っ張り合うレベルまでいくか? 普通」


 喧嘩がエスカレートしてきたんだが、早く先生来てくれよ。

 他のクラスのやつも、覗いてないで大人を呼んでくれよ。お前ら火事現場で写真撮影して、SNSにアップするタイプだろ。


「あのねぇ……私だって参加したいくらいよ?」

「参加って……喧嘩に?」

「当たり前でしょ? 私だって貴方が好きなのよ? 教室で赤ちゃんプレイをするなって言いつけを、守るぐらいには」


 正常モードになってるわけじゃなくて、我慢してただけかよ。

 たしかに、よく見たら苦しそうだ。思い返してみれば、俺の名前を呼ぶ時に険しい顔をしてた気がする。


「二人が消耗しあってる間に、私は楽しませてもらうわ」


 どう楽しむつもりなのかと警戒していた俺の手を取り、恋人つなぎをする。

 なんのつもりだろうか。


「本当ならもっと過激なことをしたいんだけどね。もうすぐ先生も来るでしょうし、目立つことをして喧嘩の巻き添えをくらいたくないのよ」


 なるほどな。

 過激なことがどういうものか知らんが、あの二人にバレたら取っ組み合いの喧嘩に参加するハメになる。そうなればあいつらと一緒に、教師から指導を受けることになるだろう。


「俺の手なんか握って、何が楽しいんだ?」

「貴方は楽しくないの? 嬉しくないの?」


 女の子と手を繋ぐこと自体は嬉しい。それは否定しない。

 だけどな、友達二人が喧嘩してんだぞ? この状況で楽しめるかよ。


「離してくれ、無理してでもあいつらを止めるから」

「ダメよ。それでケガをしたら、あの子達はショックを受けるわ」

「うっ……」


 言われてみればそうだ。

 あいつらは無理やりキスマークを付けてきたりするけど、愛とは無縁の暴力は一切してこないんだよ。呪いを受けていようとも、根は優しいんだよ。

 ヤンデレの生態系に詳しくないからなんとも言えんけど、俺を傷つけた償いをする恐れがある。


「こういうのは教師に任せない。それよりも……」

「それよりも?」

「今は、私との時間よ? 他の女のことなんて考えないで」


 なんて冷たい言い方だ。

 夜通し一緒にアニメを見た仲だぞ?

 一緒にアニメ見ながら寝落ちなんて、相当仲良くないとせんだろ。

 急にどうしたんだよ、おまえら三人。頼むから仲良くしてくれよ。

 このままじゃ……。


「うおっ!?」

「きゃあ!?」


 衝撃音と共にクラスメイトの悲鳴が聞こえ、全員が一斉に振り返る。


「な、何やってんだよ、お前!」

「俺じゃねえよ! お前だろ!」


 教室のドアが壊れたらしく、近くにいた男子生徒二人が言い争いをしている。

 ドアの外れ方や衝撃音からして、意図的に蹴り飛ばしたとしか思えない。

 でも一体誰が? あの男子二人は、お互いに相手が犯人だと思い込んでるみたいだけど……なんかおかしいな。

 なんのためにドアを? 喧嘩に注目してたとはいえ、誰も犯行現場見てないのか?


「うっ……」

「どうしたの? 坂本君」

「あ、いや……なんにも? それより、あいつらの喧嘩収まってよかったな」


 取っ組み合ったまま固まる二人を指差して、うめき声を出した理由をごまかす。

 なるほどな、そりゃドアを蹴り飛ばす現場を誰も見てないわ。

 見えるはずねえもん。

 ありがとう、顔も名も知らぬ先輩。

 ドア破壊の容疑者になった二人には気の毒だが、楓と熊ノ郷が喧嘩で教師に怒られることはなさそうだ。本当にありがとう。

 でもな、それはそれとして、股間揉むのやめてくれ。声が出たらまずいから。

 それにしても、この三人はなんで急に……だから揉むのやめろって! 考え事に集中できないから!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る