第23話 ハーレム崩壊の兆し

 本日もやってまいりました。

 お昼休みという、ありがた迷惑な時間が。


「坂本、今日は自信作だぜ?」


 そうだろう、そうだろう。

 よほどの自信がなければ持ってこないだろう。

 重箱なんか。


「大家族の運動会じゃないんだから……」


 通学用のカバンと別にもう一つ持ってきてたから、薄々感づいてはいたが……いざ目の当たりにするとインパクトが凄いな。


「相変わらず相手のことを考えてないのね」


 椅子と弁当箱を持った委員長が呆れ気味に俺の席までやってくる。

 普通サイズの弁当箱だが、近くに重箱があるせいで相対的に小さく見える。幼稚園児用かな?


「なんでこっち来んだよ。あっちいけよ」

「それは坂本君が決めることよ」


 やはり険悪だ。

 普段であれば、四人で仲良く食べているところだが、今日はそういうわけにはいかないらしい。


「そういうの迷惑だってわからないかなぁ? 小五郎は、小さめのお弁当がいいんだよね?」


 いつの間にか近くにいた楓が、俺の机で弁当箱を開ける。

 おにぎり三つと卵焼き、タコさんウインナー。失礼な表現だが、コンビニなら五百円を切るタイプの弁当だ。


「なあ? いつもみたいに四人でおかず交換するだけじゃダメか?」


 昔は菓子パンを持ってきていたが、最近は母さんに弁当を作ってもらっている。言ってしまえば苦肉の策だ。

 この三人が作ってきた弁当を全部食べるのは現実的に無理なので、おかず交換に留められるようにと思って、母さんにお願いしてる。

 今までは『坂本家の味を学べる』ってことで、上手くいってたんだが……。


「小五郎のお弁当は私が食べるから、小五郎は私が作ってきたのを食べてよ」

「真似すんなよ、柊木」

「真似? 私が先に申し出たと思うんだけどねぇ」


 どうやら今日は、誰か一人の弁当を選ばなきゃいけないらしい。

 本気で言ってんの?

 一人選ぶって、逆に言えば二人を選ばないってことだぞ?

 ……透明先輩に協力してもらえば、全員分を食えるか? 多分俺が食った判定になるだろ。俺視点では弁当が亜空間に消えることになるだろうけど、こいつら視点では誰かが食べたことになるはず。原理はよくわからんけど。


「全員分食べるって選択肢は……」

「重箱だぞ? アタシの」

「……頑張る」

「頑張らなくていいんだよ。その言い方腹立つからやめろし」


 言葉選びをしくじったな。

 たしかに今のは迂闊、失礼な発言だった。


「お前らが俺のために頑張って作ってくれたんだろ? どれか一つ選ぶなんてできねえよ。俺のワガママを聞いてくれねえか?」

「小五郎? 皆に良い顔するって考えやめたほうがいいよ?」


 普通の恋愛ならド正論なんだが、この状況なら仕方なくない?

 その辺のラブコメ漫画みたいに、手当たり次第に女性を勘違いさせてるわけじゃないじゃん?

 全員と適切な距離感を取るってのはもう無理なのか? これからは、選択肢を迫られるたびに常に一人を選択しなきゃいけないのか?

 どうすれば……あっ、妙案浮かんだかも。


「じゃ、じゃあ俺は……誰のも食べない……ひっ!?」


 俺の妙案は、机を叩く音でかき消された。

 音の発生源は熊ノ郷だ。そんなに大きな音ではないが、逆に怖い。

 あれだよ、大声で怒鳴るより、小さな声でドスを利かせるほうが怖いじゃん?


「坂本ぉ……」


 怖いんだけど! 名前呼ばれてるだけなのに!


「選ばれなかった時は、今晩一人で枕を濡らしてやるよ……でもな、誰も選ばねえなんてクソみてえな選択肢取ったら……」

「取ったら……?」


 泣かれるのも相当辛いんだが、それ以上に酷いことになるっていうのか?

 聞きたくないんだけど。


「本気で蹴り上げっからな」


 非常にまずいですよ、これは。

 暴力も辞さない状態になってるのかよ。

 まあ待て……選ばれなくても、この場は納得してくれるんだよな?

 ってことは、理性をギリギリ保っていると見ていいはずだ。


「……今日の朝、喧嘩をしなかった委員長の弁当を食べる」


 おそらくこれが正解だ。

 どうせ選ぶなら、理由付けができる委員長を選ぶのが吉。

 これがきっかけで喧嘩をしなくなるかもしれないという、一縷の望みをかけた選択肢だ。俺って頭いいな。


「待ってよ小五郎! 私は椛ちゃんに襲われただけで……」

「見苦しいわよ、柊木さん」


 勝ち誇った顔で、俺に弁当を食べさせようとする委員長。

 ……食べていいんだよな? 楓と熊ノ郷暴れないよな?


「んだよ、こっち見んなよ。さっさと食えよ」


 不貞腐れながら、重箱を自分で処理する熊ノ郷。

 手がこんでるだけに、罪悪感がすげぇな。


「柊木さん泣いてるよ……」

「かわいそぉ……」

「熊ノ郷さんも、せっかくお弁当たくさん作ったのにね」

「同じクラスで三股ってヤバくない?」

「自分を好いてる子の前で、弁当食べさせてもらうってありえなくない?」


 俺さ、女子のこういうところ嫌い。

 裏で罵倒すればいいじゃん。なんで聞こえるように言ってくんの?

 性別による偏見って言われるかもしれんけど、確実に男女差あるよ?


「美味しい?」

「うん、とても……」


 美味しかろうな……この空気感じゃなければ。

 味覚なんざ所詮は脳の処理ってのが、よくわかるよ。気まずさ一つで味がよくわかんなくなるんだから。


「柊木さん、自分の席に戻ったら?」

「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」

「目の前で泣かれたら、食べづらいのよ」


 いや、わかるんだけどさ、よく言えたな?

 昨日は一緒にゲームしてたじゃねえか。めっちゃ熱中してたじゃん。年相応に大きな声出してたじゃん。


「気にすんなよ柊木。坂本が決めることだ」

「椛ちゃん……」


 熊ノ郷は、優しさを保っているな。

 でも喧嘩ふっかけたのは熊ノ郷なんだよな……。

 衝動的というか、感情的になりつつも、根っこは変わってないって感じか?


「坂本君、ハッキリ言ったら? 愛の巣に入り込んでくるなって」


 委員長は冷酷になってる気がする。

 思えば今朝も、理知的というか計算高かったというか……。


「委員長……仲良くしないなら、俺は自分の弁当を……」

「はあ? この期に及んで、他の女もキープしようっていうの? そうやって誰にでも良い顔するから、こんなことになってるのよ? 私だって委員長として皆と仲良くしたいのに、貴方がハーレム形成のために愛を無差別に振りまいたせいで、一触即発状態になっちゃったのよ? 自分が諸悪の根源だってのを棚に上げて、私を一方的に責めるなんて、貴方DVの気があるわよ? これはいただけないわね。私としては不本意だけど、ここは心を鬼にして教育を……」


 なんでだよ、俺は別に間違ってないだろ?

 もう無理なのか? 全員仲良くさせるってのは。


「ちょっとワガママがすぎるんじゃねえか? 自分はズケズケと耳が痛いことを言うくせに、ちょっと正論言われたぐらいで逆ギレしちゃってさぁ。それでよく学級委員長なんて務まるなぁ? 坂本が泣く泣くアンタを選んだってのに、アンタがそれじゃあ報われないにも程があんぜ?」


 熊ノ郷……。

 気持ちは嬉しいんだけど……。


「選ばれなかったからって、見苦しい嫉妬はやめてくれないかしら? まあ、心中察するわよ? 気合い入れて重箱作ったのに、結局空振りだものね。給料三か月分の指輪を用意したのに呆気なく振られる男みたいで、とても哀れだわ。私だったらショックで弁当箱ごとゴミ箱にダンクね。いいえ、貴女の場合はそれ以前の問題よね? その無駄な脂肪でアピールしたのにことごとく空振りで、佐々木君みたいな性欲だけは一丁前の弱者男性の目の保養に使われてるんだもの。ふふ、さながら娼婦……」

「今関係あんのか? 胸の話が関係あんのか? それこそ、スタイルに恵まれない弱者女性の見苦しい嫉妬じゃねえの? 遺伝子のせいにしてんだろーけど、アタシだって努力してんだぜ? 嫉妬すんのは人として普通かもしんねえけど、それをバネに自分を磨こうって考えにならねえ辺りが弱者女性なんだよ。清潔感を持とうって意識がないくせに、モテないのを周りのせいにする佐々木と同レベルだぞ?」

「言って良いことと悪いことの区別もつかないのかしら? 分別ふんべつって言葉、ご存じかしら? 分別ぶんべつじゃないわよ? 思慮分別しりょふんべつ、貴女とは一生無縁の言葉だけど、意味ぐらいは調べてみてもいいんじゃないかしら? たとえ親の仇であっても、まともな神経をしてれば『佐々木君と同レベル』なんて、人様に言えないわよ? 愚弄するにしたって、限度ってものがあるのよ? 貴女は知らないと思うけど、戦争にもルールがあるのよ。もう少し、人間として……」


 怖いよぉ……女の戦い怖いよぉ……。

 教科書に『〇〇の変』とか『〇〇の乱』みたいな感じで載るぐらい、怖いよぉ。

 あと、佐々木君を巻き込まないであげて。クズの代名詞みたいに扱ってるけど、それこそ倫理に反するよ?


「小五郎、今のうちに……」


 二人が喧嘩している隙に弁当を食べさせようとする楓。

 お前、自分を庇ってくれた熊ノ郷を出し抜こうとするなんて……。


「待ってくれよ、楓。今はそれどころじゃ……」

「いいから食べてよ。言っとくけど本気で怒ってるんだよ? 私というものがありながら、菫ちゃんのお弁当なんか食べちゃってさ……」


 そうか、俺は一つ誤解していた。

 選ばれなくても納得してくれるのは、あくまでも熊ノ郷だけだ。

 楓はそんなこと一言も言ってなかった。勝手に理性が残っていると判断していた。


「とりあえず吐こうか? 昔ね、テレビで格闘技見てたんだけどさ……金的くらった選手が吐いてたんだよ。なんで吐くのかわからないけど、原理なんて別にどうでもいいよね。とりあえずそれを参考に吐かせるね……」


 待て待て待て、吐かせるにしたって、もっと方法あるって。

 毒物を食べた時に吐かせたりするけど、その方法を選択するヤツおらんて。


「それとも腹をかっさばいて取り出す? うん、そっちのほうがいいね。金的は危険だからね。赤ちゃん作れなくなっちゃうかもしれないし」


 かっさばくのも相当危険だよ!

 鍵を飲み込んだモンスターじゃないんだから、そんな仕打ち受ける筋合いないわ。


「赤ちゃん? 今、赤ちゃんって言った?」


 なんで過剰に反応するんだよ。あんな小さな声、お経バトルにかき消されてるはずだろ。ママ力高すぎるだろ。


「……ふぅ。もういいから、さっさと食っちまえよ。今日のところは負けを認めてやっから」


 馬鹿らしくなったのか、熊ノ郷がお経バトルを中断する。

 やっぱり大人だなぁ。


「あら、熊ノ郷さん。負け熊だとお認めになるのね?」


 こっちは子供だなぁ……。

 まあ、争いが中断されてよかった。

 今日の放課後、死んでも黒川先輩に会わないといけないな。

 ……会えるかな? 最近、礼法室に行っても部屋すら開いてないし、そもそもこの人達が行かせてくれるかどうか……。

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