第24話 生娘
もうすぐ帰りのホームルームが終わる。
どうやって礼法室まで行くか、完全にノープランだ。
楓は部活に行くからいいとして、帰宅部の二人をどうかわす?
「じゃあ、お疲れっしたぁー」
やる気のない締めの言葉と共に、担任が教室を出ていく。
ゆっくりと立ち上がり、俺も教室を出ようとするが……。
「よっしゃ、帰るべ」
隣の席にいる熊ノ郷を出し抜けるわけもなく、あっさりと捕まる。
どうする? 前回礼法室に行こうとした時、猛反対されたんだが……。
「えっとその……」
まずい、委員長もゆっくりと近づいて来てる。
予想通りの展開だが、どうすればいい? 今更考えたところで遅いんだが。
「どしたん? 腹でも痛……うおおっ!?」
突然、火災報知器が鳴り響いた。
当然、騒然となる教室。本来であれば、俺もオロオロしていただろう。
だが、気づいた時には教室を抜け出していた。生存本能だろうか。
一直線に礼法室まで駆け抜ける最中、火災報知機を鳴らした犯人、もとい俺に助け舟を出した救世主の正体に気付いた。
おそらく透明先輩だろう。
近くにいた人が濡れ衣を着せられることになるのか、誤動作扱いになるのか、どっちでもいいが、とにかくありがとう。本当に頼りになる人だ。
「黒川先輩!」
万が一にも熊ノ郷達に見つかってはならない。その一心から、ノックさえせずに飛び込む。よりにもよって礼法室で礼儀を欠くことになるとは。
「あら、凄い汗」
部屋に飛び込んだら着替え中の美少女がいたなんていう、ありきたりな展開、いわゆるお約束はなかった。
その代わりと言ってはなんだが、五十センチほど宙に浮いている美少女がいた。
元々浮いている人ではあるが、物理的にも浮けるとは思わなんだ。
「あの? もしかして透明先輩を踏んでます?」
「あら、やっぱりそういうふうに認識できるのね」
当たってほしくない推理が当たったよ。やめてあげてよ、その人は俺にとっての救世主なんだから。
多分、これで四回目だろうか。
熊ノ郷から逃げる時に助けてもらい、不良を撃退してもらい、楓と熊ノ郷の喧嘩を止めてもらい、教室からの脱出を手伝ってもらい。俺、一方的に助けられてんなぁ。
いや、それはそれとして……。
「なぜ先輩を踏み台に?」
っていうか、これを他の人が見たらどう認識するんだろ。
白昼夢だとでも思い込むんかな。
「この女が火事のあれを鳴らしたから、バッシャーってなった」
……?
何言ってんだ? こいつ。
「えっと……急に火災報知器鳴って驚いて……何かこぼしてしまったと?」
「だからそう言ってるじゃない」
言ってないんだよ。
言ってるつもりになってるだけなんだよ。
「俺を助けるためなんですよ。どいてあげてください」
何をこぼしたか知らんけど、八つ当たりに近いだろ。
「嫌だと言ったら?」
「こうするまでです」
見ろよ見ろよ、見とけよ。刮目しろよ。
俺の座右の銘は……。
「何の真似?」
「見ての通りです」
〝鳴かぬなら 土下座をしよう ホトトギス〟、これが俺の生き様よ。
必要とあらば、体育館の壇上だろうが、東京駅だろうが、どこであろうと土下座してやる。プライドなんて犬にでも食わせちまえ。
「……小五郎君がどうしてそこまでするのかわからないけど、そこまでされちゃね」
俺の思いが伝わったらしく、降りる旨の発言をしてくれた。
まだだ、まだ顔を上げちゃダメだ。土下座というのは、要求が完全に通るまで続けなきゃいけないのだ。甘い世界じゃないんだよ、土下座道ってのは。
「面を上げなさい」
「はっ!」
なんだよ、今の。釣られてそれっぽい返し方してしまったけど、後から恥ずかしくなってきた。なんだよ『はっ!』って。どこぞの大物芸能人かよ。
それはさておき、黒川先輩は地に足をつけている。俺の望み通り、降りてくれたようだ。
「ありがとうございます」
「私をイジメた女を庇うのは気に食わないけど、未来の旦那の頼みだもの」
未来の旦那ねぇ。
呪いが悪化していることを考えたら、近い将来本当にそうなるかもしれない。
それだけは死んでも回避したい。
いや、死んだ場合でも呪い解けないんだっけ? なんか蘇るとかなんとか……。
「で? 何の用?」
「ええっと……最近、礼法室にいなかったみたいですが……」
家の事情かもしれないからあまり深堀はしたくないのだが、聞けるものなら聞きたい。会いたいときに会えないというのは、誇張抜きで命に関わる。
「大掃除をしてる時に、押し入れから見つかったのよ」
「な、何がです……?」
呪術師の名家の押し入れから見つかった物……それは一体……?
常時礼法室に入り浸ってると噂の黒川先輩が、学校を休んだり、まっすぐ家に帰ったりするほどの何かが見つかったというのか?
「小学生の頃に遊んでたゲームが見つかったのよ」
「……ふぇ?」
え、何それ。しょうもな……。
掃除中に見つかった漫画やゲームに時間を取られるって、そんな庶民あるあるを黒川先輩が……?
イメージが崩れるからやめてほしいんだけど。まあ、元々良いイメージはないんだけどね。
「今にして思えば、ちゃっちいわね。当時は宿題を後回しにしてまで、熱中してたはずなのに」
まあ、うん。ゲームの進化って凄いからね。
身構えて損したよ。特級呪物でも掘り出したのかと思ったじゃん。
「そうですか……何事もなかったようで安心しました」
「あら、心配してくれてたのね。お優しいこと」
そりゃ心配するよ。特殊な家庭だし。
「で? 本当の用事は?」
「はい、えっとですね……俺の周りの子……呪いの影響を受けている女子達の様子がおかしいんですよ」
「ふむ……」
なんだ? この反応は。
別に驚くことでもないけど、今初めて知ったって感じだな。多分だけど。
「昨日まで仲良く俺を攻略しにきてたんですけど、急に不仲に……」
こんな時に言うのもなんだが、自分で言ってて恥ずかしいな。俺を攻略って。
「どちらかと言えば今までがおかしかったのよ」
今までがおかしい?
それはつまり……。
「不仲なのが普通だということですか?」
「そりゃそうでしょ。しがらみだらけの上流階級ならまだしも、一般庶民が恋敵と仲良くするわけないじゃない」
上流階級のくだりはよくわからんが、不仲が当たり前というのは納得できる。
かくゆう俺も最初は、あの三人が俺をめぐって血を流すことを恐れていた。
「えっと、なぜ変化したのでしょうか?」
「呪いが強まったってことね」
なぜか不服そうに答える。
強まったことに対するショックはさておき、先輩的には良いことじゃないのか?
というか、先輩が強めたんじゃないのか? 勝手に強まったみたいな言い方してるけど、強弱に関しては先輩の管轄外ってヤツなのか?
「小五郎君。呪いを解ける条件は?」
「……先輩を心から愛することです」
「うん。逆に言えば、私への愛が薄れれば呪いは強まる」
何そのシステム? 迷惑なんだけど。
いやいや、待ってくれよ。急に愛が薄れたってのか? 心当たりないんだけど。
というかその理論でいくと、初期の好感度高いってことになるよな?
だってあいつら、本来ならありえないぐらい仲が良かったんだろ? 要するに、呪いが相当弱かったということであってだな……。
「モテない小五郎君は、先輩に告白されて舞い上がってた。違う?」
まあ、それはそう。告白された日、家に帰ってからもニヤニヤしてたと思う。
変な先輩、ヤバい先輩っていう認識はあったものの、喜んでいたことはたしかだ。
呪いをかけられてからも、別に嫌いになったわけじゃないし……。
「あの、昨日までは皆、仲が良かったんですよ。昨日の今日で先輩への気持ちなんて変わらないかと……」
「私も小五郎君の気持ちなんてわからないけど、女の子達に対する気持ちはどう?」
「あいつらへの気持ち……?」
そりゃ恐怖心とか、巻き込んだ罪悪感とか……。
いや、本当にそうか?
よくよく考えてみると、恐怖心は薄れてきている気がする。
家に来ることに対して、恐怖よりも面倒が勝っていた。むしろ、一緒にアニメを見た時ぐらいから、あいつらと過ごす時間を楽しんでいた。
翌日……まあ、昨日だな。妹を交えてリビングでゲームをしてるあいつらを見て、次のお泊り会が楽しみになった。
更に言えば、心のどこかで呪いを楽しんでいたような気がする。
我ながら最低な考え方だが、美少女達と仲良くできてラッキーだと思っていた。透明先輩もそうだし、俺がチンチロで巻き上げた眼鏡の子とかもそうだ。
次から次へと女性が寄ってくることに、喜びを覚え始めていた。普段は被害者ぶってるくせに……。
まさか、この心境の変化が原因か?
「最初の頃は私のことを、ラブレターをくれた女性として特別視していた。でも今となっては、好意を寄せる数多の女性達の中の一人。違う?」
「そう……かも……しれません」
なんてこったい。
境遇に順応すればするほど悪化するなんて、手の打ちようがねえじゃん。
「要するに、あいつらの愛を受け入れれば受け入れるほど、重くなると……」
「そうね。まあ、呪い抜きにしても愛ってそういうものだと思うけど」
それはそうかもしれんが、加重の量よ。もうちょっと刻むだろ、普通。
膝から崩れ落ちたいぐらいショックだが、嘆いている場合ではない。
可及的速やかに対処せねば、本格的にヤンデレ化したあいつらに監禁されかねん。
「く……黒川先輩」
「何?」
「デート……しませんか?」
多分、これが正解。というか、これしかないと思う。
先輩のことを好きになれば、その分あいつらが正常に近づくはず。
心から愛する以外の解呪方法を見つけ出すまでは、これで時間を稼ぐしか……。
「……」
「先輩? もしもし?」
もしかして怒らせてしまったか?
そうだよ、冷静に考えてみろ。
打算でデートに誘われるって腹が立たねえか?
これに関しては、俺も覚えがある。
小学生時代の話になるが、学校では遊んでくれないくせに、俺のゲーム目当てで家まで来るヤツがいた。
当時は友達扱いしてたけど、今にして思えば友達でもなんでもねえわ。利用されてただけじゃん。
「あの、せんぱ……」
「デートねえ……」
俺の言葉を遮って、溜息交じりに呟く。
相当お冠と見ていいだろう。いや、呆れているのか?
「めいけ……いや、
……?
なんて?
「えっと……?」
「ほぉら、ごらんです。大方、ノープランで勇み足に踏み切った貴方でしょう。この上なくわかりやすいことこの上ないわ」
…………は?
なんか急に日本語が無茶苦茶になったんだが?
翻訳サイトそのまま使った洋ゲーの紹介文みたいになってるぞ?
「先輩?」
「さぁ、いつ出発デートするのかしら? 今よね、今しか……きゃあ!?」
どうした!?
出発デートの意味もわからんが、なんで急に転んだ? こんな何もないところで。
「いったぁい!」
膝をぶつけたのか、さすりながら痛みを訴える先輩。この人、こんな顔できたんだな。表情筋の八割ぐらい死んでると思ってたけど。
いつもより高いというか、女の子らしい声だが……何があったんだ?
誰かに人格乗っ取られた? 呪詛返しくらった?
「いつまで寝転がってんのよ! バカ!」
え? 何? なんの……ああ、透明先輩か。透明先輩に躓いたのか。
なんで? この人、俺と違って見えてるはずだろ?
わからんけど、とりあえずフォローしといたほうがいいよな。試されてるかもしれないし。
「とりあえず保健室に行きますか?」
「なっ……急! 急すぎるわよ!」
声でかっ……。急に何よ? どうしたのよ?
なんで後ずさんの? なんでケダモノを見るような眼をしてんの?
「いや、ケガしてたら……」
「
きっと冤罪は、こうして生まれるのだろう。
本当にどうしたんだろうか。二重人格? 降霊術?
まさかとは思うが……。
「足大丈夫でしたら、とりあえず今からでもデートに……」
「ま、待って。準備……お化粧しなきゃ……」
……まさかな。
デートに誘われてテンパってるとか、この人に限ってないよな。
婚前交渉がどうとか言ってたし、この前も下着を見せつけてきたし。
……でもそれ以外に説明つくかな……。
よく見たら顔も赤いし……。
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