第25話 一般女子高生

「中々やるわね。将棋同好会の部長である私を、ここまで追い詰めるなんて」


 違う、俺が強いんじゃなくて、この人が弱すぎるんだ。

 部長ってあれだろ? 他の部員を幽霊部員に追い込んだから、繰り上がりで部長、もしくは自称だろ。

 自分以外幽霊部員ってことは普段打つ相手がいないし、そもそも別に将棋好きじゃないだろこの人。さすがに弱すぎるもん。


「それにしても遅いですね。えっと……」

「あの子のこと?」

「ええ、透明先輩……あっ、そういえば本名……」

「知る必要はないわ」


 いや、そろそろ教えてくれよ。俺、あの人と会話できないんだから。

 もう二度と親でさえ名前を呼べないんだろ? だったらせめて俺だけでも……。


「そもそも覚えてないのよ、私も」


 嘘だろ、こいつ。薄情にもほどがないか?

 いくらイジメっ子といえど、あんまりだろう。

 今だって、俺らのために熊ノ郷達が学校に残ってるかどうか調べてくれてるのに。


「何その顔? 怒ってるの?」

「え?」


 あれ? 俺そんな顔してた?

 自分でも気付かなかったが、透明先輩に対する俺からの好感度は高いらしい。だって、無意識に拳に力入ってたもの。


「いえ、黒川先輩が透明先輩に強く当たるのは当然のことですし……」

「そう……」


 興味なさげに答えると、再び駒を配置しなおす。まだやんのかよ。初心者狩りみたいでしんどいんだけど。


「黒川先輩。デートの件ですが、どこ……」

「うるさい。今、どう打つか考えてるのよ」


 ……一手目で?

 ローグライクじゃないんだぞ? ランダム要素が一切無いのに、一手目から考えないでほしい。


「角道をあけるわ」


 長考したわりには凡庸な一手だし。

 もしかしてだが……。


「先輩は行きたい場所ありますか?」

「もうちょっと考えて打ちなさいよ」


 俺の質問を無視して、一瞬で手番が返ってきたことに対して文句を言う先輩。考えろと言われても、こんな序盤で悩むヤツはいないだろ。

 多分、質問を繰り返しても、『邪魔するな』って怒られるだけ損だろうな。


「飛車道……? いや、矢倉を……」


 それっぽいこと言ってるけど、意味理解してんのかな? どうも様子がおかしい。

 将棋に脳のリソースを割くことで、デートから意識を逸らそうとしてるような気がする。でもなんで? 男性経験はないだろうけど、これぐらいで恥じらうようなタイプには……。


「プリクラとか撮ってみ……」

「っ!?」


 先輩が盤上の駒を弾き飛ばし、俺のセリフがキャンセルされた。

 女子高生がプリクラごときで、そんなに動揺する?

 男だけじゃ撮れないから、この機会に撮ってみようと思ったまでなんだが……。


「時代遅れね、ええ、時代遅れ。プリクラなんて今どきの高校生は撮らないわ。何よプリント倶楽部って。そんな部活あってたまるもんですか」


 わけのわからないことを言いながら、無茶苦茶になった盤上を元に戻す。

 うん、間違いなく動揺してるな。

 俺の憶測だが、男性から言い寄られることがないから、防御力が低いのか?

 距離感を掴むのが下手だから、強引に攻めるが、向こうからきた場合は日和る。そんなところだろうか?


「狭い個室に女を連れ込もうなんて、百万光年早いわ」


 光年は時間じゃない。距離だ。

 なんていう使い古されたボケはさておき、俺はどう動くべきだ?

 向こうに主導権握らせたら、気付いた時には家に連れ込まれてましたなんて展開もありうる。かといってグイグイいくと、トチ狂った先輩に何をされるかわからない。


「まあ、出かけずとも、先輩と駄弁りながら将棋指すだけで楽しいですけどね」


 どうよ? とっさに出た言葉だが、上手くないか?

 これなら他の人に見られる危険も少ないし、学校だから無茶なこともされない。


「……そうよね。それがいいわ。人ごみ嫌いだし、貴方ごときが女性をエスコートできるとは思えないもの。それに会話を他人に聞かれたら面倒だし、うん。貴方の面白味の欠片もない打ち筋に付き合わされるのは辛いけど、将棋部名誉部長として相手してあげるわ。光栄なことよ? 泣いて感謝しなさい」


 すんげぇ早口。

 でも快諾してくれてよかった。

 ……後はこの人を好きになれば……どうやって?

 好きでもない将棋をダラダラ指して、何が上がるんだ?

 恋愛漫画でヒロインと将棋指したりせんだろ? 将棋漫画でも、ヒロインとのデートはプールとかそういうところだろ? 将棋漫画なんて読んだことないけど。


「先輩って……指長くて綺麗ですね」


 せっかく戻った盤上が、再び崩壊する。もういっそのこと、アプリか何か対局したほうがいいのではないだろうか。


「……小五郎君」


 律儀に駒を戻しながら、消え入りそうな声を絞り出す。

 可愛い……。


「それ、今のご時世、あれ……あれよ。セクハラだから」


 やっぱり俺の推察は間違っていなかったらしい。

 この女、防御力ゼロだ。『防御力ゼロだけど、それ以外のステータスがマックスなので無双します!』みたいなラノベが書けそうだ。うん、絶対流行らん。


「先輩の第一印象って、カッコいいとかミステリアスとか、そっち寄りだったんですけど……」

「カッコいい? 私が?」

「実は可愛い系ですよね」


 再び崩れる盤上。もう直さなくていいのでは?

 俺的には軽いジャブなのだが、先輩的には渾身のストレートだったらしく恥辱に震えている。

 色白だから、赤面がわかりやすいな。前髪で表情がよく見えないけど、どんな顔してんだろ。さすがに前髪をどかせるのは、やりすぎだよな? やめとこ。


「そんなこと……両親にも言われたことないわよ。赤ちゃんの頃は、言われてたかもしれないけど」


 それは相当だな。娘って、七五三やらなんやら、行事ごとに可愛いって言われるんじゃないの? 俺の妹も、とめどない賛美と共に写真撮られまくってたよ。


「じゃあ俺が代わりに言い続けますよ。クールな仕草で隠しきれない可愛さが……」

「お手洗い行ってくる」


 ほめ殺しに耐え切れなくなったのか、おもむろに離席する。

 案外ちょろいな。このまま呪いも解いてくれないものか。

 あっ、今なにかを押しのけた。多分、透明先輩だな。いつからいたんだろ。




 黒川先輩が戻るまでの間、透明先輩と五目並べで遊んでみた。

 俺視点では碁石が浮遊してるんだが、第三者視点では、俺が一人で二人分指してるように見えるんだろうか。


「先輩が碁石動かしてるところは見えるんですが……先輩が着てる服とかは見えないんですよね。まさか全裸とか……いてっ!?」


 ビンタするのマジでやめて。気構えの問題なのか、見えない人間のビンタって、普通のビンタより痛い気がするんだよ。


「セクハラするつもりはなかったんですよ。見えるものと見えないものの違いが知りたくて……」


 たとえばの話、透明先輩が碁石を持ったまま廊下を歩いたらどうなる?

 碁石が浮いてるように見えるのか?

 俺の予想では見えないと思う。だって、それぐらいとっくに試してるだろ? 俺が同じ状況になったら、真っ先に試すよ。ごめん、嘘。初手は覗きだわ。

 なんにせよ、ポルターガイストの噂を聞かない時点で、俺の推察通りだと思う。

 あっ……そうだ!

 なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだろうか。


「そうだ! 文字を書いてくださいよ! それなら俺と意思疎通……」

「デート中に文通とは良い度胸ね」


 タイミング悪く戻ってきた黒川先輩が、いつもの調子で邪魔してきた。

 お手洗いで冷静さを取り戻したらしい。


「困るのよね。私をイジメた罰として認識されない呪いをかけてるのに、それに背く行為をされちゃあ」


 なるほど、そういうことか。

 俺が思いつかずとも、透明先輩のほうから文字を見せてくるはずだ。それをしてこないってことは、つまりそういうことなんだろう。


「透明先輩の呪いが解ける条件って……」

「私以外の女のことを考えないで」


 いかん、冷静モードだから取り合ってくれねえ。それどころか不機嫌になってる。


「怒らないでくださいよ。怒ってる顔も可愛いですけど……」

「貴方って人は……」


 よしよし、まだこの手法を使えるようだ。

 俺の呪いを弱めるためには、先輩への好感度を高める必要がある。

 こうやって可愛い一面を引っ張り出し続ければ、自然と好きになるはずだ。


「黒川先輩って普段は何をなさっているんですか?」

「……そういう質問は嫌いだけど、特別に答えてあげるわ。テレビを見たり、本を読んだり、いたって普通の生活よ」


 押し入れから出てきた昔のゲームに熱中したとか言ってたから、まさかとは思っていたが、本当に普通だな。

 呪術師の家系特有の過ごし方とかないんかな。


「すみませんね、嫌いな質問しちゃって」

「気にしなくていいわ。小五郎君は呪いを解きたくて必死だものね」


 まずい、打算的なヤツだと思われてる。この流れはまずい。


「解けるものなら解きたいですけど、呪い抜きにしても先輩と過ごしたいです」

「……時間の無駄とか思ってない?」


 疑っているというより、自分に自信がない感じだ。

 過去に酷いことでも言われたのだろうか。イジメられっ子らしいし。


「思いませんよ。むしろ、なんで思うんですかね。楽しいひと時なのに」

「だって私……話せることとか特にないし……」


 あっ、落ちる。恋に落ちそうな予感がする。

 こういう健気というか、儚げな雰囲気に弱いんだよ。『私可愛いでしょ?』って雰囲気の女は嫌いだけど、『私なんて……』みたいな子が好きなんだよ、俺。


「他愛のない話をしてるだけで楽しいですよ」

「本当に? 最近見たドラマとか、そんなしょうもない話をしても怒らない?」

「むしろ、それで怒る人がいるんですかね」

「いいのね? 本当にいいのね?」


 やたらと念を押してくる。

 過去に何があったんだよ。気になって仕方がないんだけど。

 でも今は我慢しよう。いずれ聞く機会がやってくるだろう。


「どうぞ」

「じゃあいくわよ? 途中で帰りたいとか言ったら怒るから」


 その後、オチもヤマもない話が三時間ほど続いた。

 話せることが特にないというのは、一体なんだったのだろうか。

 内容が無いようというボケを使いたくなるぐらい、中身の無い話が延々と続いたわけだが、妹と母親のおかげでそこまで苦にならなかった。

 要するに、先輩の話す内容は一般的な女性とさほど変わらないということだ。

 先輩の新たなる一面、いわゆる普通な一面を見て、未知への恐怖が少し薄れたような気がする。

 目論見通り好感度が上がったのではないだろうか。

 これであいつらが元に戻ってくれればいいんだが……。

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