第26話 元の日常

 運動部ってのは、中々すげぇな。六限目が終わってから四時間近く経つのに、まだ走り回ってるよ。なんでここまでやってるのに弱小なんかね?

 なんて気楽なことを考えていたら、下駄箱にたどり着いた。下駄箱に蓋があるタイプなので確認はできないが、熊ノ郷達もさすがに帰ってるだろう。

 鍵かかってないんだから開けてみろって? 女子の下駄箱開けてるところを見られたら、特別指導だわ。

 ちなみに黒川先輩は一足先に帰った。一緒に帰るつもりだったのだが、帰りの車を待たせていたらしい。いつから待たせていたのか知らないけど、住む世界が違うと感じたね。同じ世界に住んでるって思ったことないんだけど。


「あれぇ? まだ残ってたの?」

「あっ、楓。部活、今終わりか?」


 制服に着替えてるってことは、そういうことなんだよな。

 サッカー部とか野球部はまだ残ってるのに、テニス部は早いなぁ。まあ、女子テニス部だし、あんまり遅くなると危ないよね。


「うん! 一緒に帰ろうよぉ」

「そりゃ勿論いいけど……友達と帰らなくていいのか?」

「友達?」

「ほら、テニス部の……」


 こいつの交友関係なんて知らんけど、同じ部活なら一緒に帰ったりするだろ。

 断じて一緒に帰りたくないわけではない。友達付き合いを邪魔したくないだけだ。


「最近、避けられてるんだよねぇ」


 避けられてる? 楓が?

 俺なんかより遥かに友達が多そうな楓が? 避けられてるだって?


「そうか……なんかあったら言ってくれよ? 助けになれるかはわからんけど」

「小五郎は気にしいだなぁ」


 そう言って、俺に腕を絡める。

 ……これじゃね? 避けられてる原因、これじゃね?

 最近、楓の様子がおかしくなったってのは、誰の目にも明らかだ。

 そういえば熊ノ郷もギャル友と別行動してるし、委員長に話しかける女子も減ってきてる気がする。

 俺が告白を断ったせいで、こいつらの人生が無茶苦茶になっているのでは……。


「ねえ小五郎」


 ただ呼びかけられただけだが、心臓が跳ね上がった。

 この時間まで残っていたことについて言及されるんじゃないかと、懸念しているからだ。正直、誤魔化せる気がしない。


「誰と逢引きしてたのかは聞かないからさ、その代わり私の悩みを聞いてくれる?」

「……なんでしょうか」


 どうやら悩みさえ聞けば、この件については追及しないでくれるらしい。

 逢引きだと確信されていることに関してはスルーしよう。強ち間違いではないし。


「私、椛ちゃんと菫ちゃんに酷いことしちゃったかなって」

「喧嘩のことか?」


 気にしてるのか? あれだけバチバチにやりあってたのに。

 ってことは呪いがある程度、弱まったということか?


「大事な友達なのに……私……私……」


 よほど後悔しているのか、唇を噛みしめて涙を堪えている。

 俺の好感度を上げるための演技って線もなくはないが、見たところガチっぽい。

 泣き真似ができるほどの名優とも思えんし、変に邪推するのは避けたほうがいいかもしれない。変な予想はよそう……ってな。ふふっ……。


「あの二人も同じこと考えてると思うぞ?」


 呪いが弱まっているならという但し書きがつくけどな。


「そうかな? 私はおかしくなってたというか、思ってもない言葉が出ちゃったんだけど……」

「あいつらもそうだと思うぞ。熊ノ郷なんか、喧嘩相手のお前を気遣ってただろ」


 委員長とは敵対してたけど、楓には情けをかけていた気がする。

 取っ組み合いの喧嘩で打ち解けたのか、弁当対決で選ばれなかった者同士のシンパシーなのか、それとも元々の性格の良さなのか。いずれにせよ、楓の味方についていたように見える。本当に呪いが弱まったなら、今頃頭を抱えてんじゃないかな。


「でも私は出し抜こうとしたんだよ? 椛ちゃんを」

「気にするようなヤツじゃないと思うけど、明日謝ってみたら?」


 俺が第三者だったなら、良いアドバイザーだと思う。

 でも当事者、むしろ巻き込んだ張本人なんだよな。間違った意見は出していないはずだが、自分の物言いに腹が立ってくる。俺が言えた義理かよと。


「怖いよ……許してもらえなかったらどうしようって」

「でも謝罪ってそういうもんだろ? 許されるために謝るんじゃなくて、申し訳ないって気持ちを伝えるための行為なんだから」


 本当にどの口が言っているのだろうか。

 そんな殊勝な心持ちで謝罪したことあるか? 今までの人生で。

 責任の追及から逃れるためなら、どこにゲロの跡があるかわからない飲み屋街でも土下座できる男が、何を偉そうに……。


「小五郎……凄くいい言葉だよ。勇気が出た」


 心が……心が痛いです。

 きっと俺は、人の親にもなれないし、教師にもなれない。

 自分を棚に上げて聞こえの良い言葉を並べることに、抵抗を覚えているのだから。

 高校生の俺が語るのもなんだが、盗人猛々しいヤツじゃないと社会人としてやっていけないんだろうなって思う。常々思うよ。


「じゃあさ、小五郎。明日は菫ちゃん達と話し合うためにも、一人で登校したいんだけど、いいかな?」

「…………ああ。俺のことは気にしないでくれ」


 即答するのはまずいと思って、一拍置いて返事した。

 もし即答していたら『なんで? 私と一緒に登校できなくても平気なの?』って感じで、お経が飛んできてたかもしれない。

 やだなぁ、ホント。

 返事一つとっても、ギャルゲー以上に気を遣わなきゃいけないんだもの。


「じゃあ今のうちに充電するね……」


 天下の往来だというのに、真正面から俺に抱きつく楓。

 抱き返してやるべきだろうか。そもそも俺にその権利があるのだろうか。

 わからないが、とりあえず気が済むまで無抵抗を貫いてやった。




 楓に起こしてもらう日々に慣れていたが、問題なく一人で起きることができた。

 別に自慢しているわけではない。ただ、安堵しただけだ。一人で起きれない体になったらどうしようという懸念があったからな。

 それにしても眠い。黒川先輩と話を合わせるために、先輩のオススメドラマを見てたから、死ぬほど眠い。


「楓ちゃんと喧嘩したの? アンタ」


 起こしにくるのが当然になっていたので、母親が勘ぐってきた。

 あのな? 普通は起こしにこないんだよ。

 頻繁に泊まりにくるのも、本来はおかしいことなんだよ。ご近所さんだぞ?


「用事があるってよ」

「本当に? もし怒らせたなら、男のほうから頭下げるのよ」


 随分と疑り深いな。

 そして、その処世術は言われるまでもなく身に着けている。前時代的な考え方だと思うけど、多分向こう数十年は変わらないだろうなぁ。


「お兄ちゃん。楓お姉ちゃん達を泣かせたら、私がお兄ちゃんを泣かせるからね」

「わかってらぁ」


 そうは言うけど、絶対に誰か泣くことになるだろ。最終的には誰か選ばなきゃいけないんだから。

 ……誰も選びたくないんだけどな。呪い抜きでも俺を好いてくれるなら、話は別だけど。


「じゃあ行ってくる」

「ちゃんと仲直りするのよ? しなかったら家に入れないわよ」

「だから喧嘩なんかしてないっての」


 信用無いんだな、俺。

 そりゃ女の子を三人も家に連れ込む男だもんな。

 ……母親と妹が三股を推奨してくるのは、さすがに呪いの影響だよな? 呪いが解けたらどうなるんだ? 浮気性の息子として、矯正されるのか?




 なんか他の生徒から、めっちゃ見られてるな。

 楓と登校してないからか? 母親みたいにあらぬ誤解してんのかな。


「あっ、きたきた」

「おせーぞ! 柊木がいねえと、重役出勤になんのかよ」


 教室に着くや否や、楓と熊ノ郷が出迎えてくれた。

 重役出勤って、遅刻した時に使う言葉では? 二十分以上は余裕があるんだが?

 あっ、委員長もいる。三人とも仲直りしたっぽい?


「坂本君。昨日の私達は、少しおかしかったみたいなのよ」


 いつだっておかしいよ。呪いをかけられた日からずっと。

 呪いの強弱による感情の変化については、自覚症状があるんだな。でも、呪いをかけられる前に関しては、よくわかっていないと。


「アタシ達は昨日のことを水に流しあうことにしたから、アンタも忘れろよ?」

「ああ、お前らが気にしてないなら、俺は別に」


 話し合いの内容が気になるけど、とにかくよかった。仲直りしたんだな。

 これからまた四人で仲良く……と、いきたいところなんだが、そんな単純な話じゃないんだよな。

 こいつらとの関係を受け入れすぎると、呪いが強まって再び喧嘩になる恐れがあるらしいし、どうしたもんか。


「抜け駆け禁止って固く誓ったよ」

「……そうか」

「だから、また四人でお弁当交換しようね」


 よかった、ひとまず安心だ。

 昼休みの度に胃痛に悩まされるなんてごめんだからな。


「そんでだな、アンタの放課後も大事にしようって話になったんだよ」

「俺の放課後?」

「ああ、そーだよ。なんか知んねーけど、アンタ放課後も学校残ってんだろ? 本当なら同行してえけど、アンタにもプライベートがあるかんな」


 え、マジ? これ、マジ話?

 これから堂々と黒川先輩に会えるってことか?

 じゃあ勝ちゲーじゃん。先輩との時間作れば、情報も集まるし、呪いもある程度、弱められる。負ける気がしねえよ。敗北が知りたい。


「その代わり、もっと頻繁に家に行くかんな」


 プライベートはどうした、プライベートは。

 といっても楓が毎週来るのはほぼ確定してるし、抜け駆け禁止ってのは、つまりそういうことなんだよな。


「母さんが許可してくれるなら、別にいいけど……」


 言ってみたはいいものの、断るビジョンが見えねえ。

 むしろあの人は大歓迎だろ。俺が親なら、絶対に苦言を呈するけどな?


「任せてよ。お義母さんと仲良いから」

「アタシもお義母さんとは、上手くやってけそうだよ」

「私が世話をする許可は既に貰ってるわ。安心してダメ男になりなさい」


 ……………………。

 一件落着だな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る