第18話 ホテル坂本

 わっかんねぇ、全てがわっかんねぇ。

 妹と母親が買い物から帰ってきたんだけどさ、特に何もなかったんだよ。

 息子が女の子二人も家に連れ込んで、しかも洗濯機回してんだぜ?

 明らかに風呂を使った形跡があるし、なぜか二人分の靴を干してる。

 何かあったとしか思えない状況だが、「あらぁ、小五郎のお友達? 凄く美人さんねぇ」とか呑気なこと言ってんだぜ? おかしくない?


「椛お姉ちゃん、ゲーム好きなの?」

「結構詳しいぞ? よく親父とゲームしてっからな」


 妹もすっかり懐いてる。

 俺と楓をくっつけようとしてたはずなのに、他の女を連れ込んで何も言わんのか?


「椛ちゃんは明日、用事とかあるの?」

「いえ、ないッスけど?」

「じゃあじゃあ、泊まっていきなさいな」


 お母様!?

 男子高校生の同級生女子だぞ!? 普通泊めるか!?


「あのぉ、私も……」

「勿論よぉ! 多めにお肉買ってきて良かったわぁ」


 待ってくれ、どういう状況なんだこれは。

 妹も喜んでるし、何がどうなってるんだ。

 これも呪いの影響なのか? それとも俺の家族がおかしいのか? もしくは俺の価値観がズレてんのか?


「後で小五郎の部屋にお布団二つ運んどくわね」

「やめて?」


 なんで俺の部屋で寝かせようとしてんの?

 やはり母さんも呪いの影響でおかしくなってるのか? そうとしか思えんぞ。


「三人で寝るから大丈夫ッスよ」


 熊っさん?

 シングルベッドで三人はちょっと……。いや、それ以前の問題なんだが。


「若いって良いわねぇ」


 アンタの若い頃が知りたいよ、俄然興味が出てきたよ。

 二十年前って、そんなにただれてたの?


「お父さんの冷凍ウナギ、夕食に出してあげるわ」

「やめてあげて」


 サラリーマンの楽しみを奪わないであげて。

 少ない小遣いで買ったとっておき、いわば虎の子なんだから。


「次の企画会議通ったらツマミにするって言ってたよ? やめよ?」

「通らないから大丈夫よ!」


 信じてあげようよ、夫を。

 っていうか息子に精力つけさせてどうすんの? なんでこのタイミングで精をつけさせるの? 女の子二人だよ? 息子が畜生道に落ちてもいいの?

 さっきのシャワーから、ずっと我慢してるんだぞ? 欲望を。


「ウナギとか本当にいらないから。ゲームして、そのまま寝るだけだから」

「この甲斐性無し!」


 え、この人、今ビンタした?

 二股でビンタされるのはわかるけど、二股をかけないことでビンタした?

 そっちで怒られることある?


「お兄ちゃん? たった二人の女の子を幸せにできないなら、男なんてやめたら?」


 妹よ、その洗濯バサミはなんだ? なんでカチカチいわせてるんだ?

 お前らは何を望んでるんだ? 袖の下でも貰ったのか?


「今日は深夜でもシャワー使っていいわよ」

「私も許可するよ」


 その配慮いらんわ、本当に。

 黒川先輩を問いたださなきゃいかんな。でも最近礼法室にいないんだよな。


「いや、父さんが仕事で疲れてるだろうし、それは……」

「明日は日曜だから大丈夫よ」


 そういう問題かなぁ。

 父さんがどんな仕事してるとか、年収とか、詳しいことは知らんけどさ、多分大変だと思うよ? 嫁さんと子供二人を養うなんてさ。

 労わってあげようよ。熟睡させてあげようよ。


「この二人は友達だからな? 誤解してない?」

「グダグダ言ってると小遣い抜きよ」


 経済制裁しないでください。子供にとって小遣いは生命線なんですよ。


「俺は人情派にして純情派なんだよ」

「じゃあそのキスマークは何よ!」


 人を指差すな。子供の見本になる行動をしたらどうだ、このクソババア。

 もうやだ、この家……。


「俺ちょっとコンビニ行ってくるわ……」

「ゴムならあるわよ?」

「行ってきます」


 無視したった。ガン無視したった。




 さてと、どう時間潰すかねぇ。

 結局ゲーム買えなかったし、ショッピングモールまで行くか? あんまりゲームの品揃え良くないけど、当分は行きつけのゲーム屋に行けねえからなぁ。


「しっかし、どこもかしこもシュリンクしてんなぁ」


 立ち読みできるコンビニって、本当に減ったよなぁ。

 迷惑っていうか、みっともないからあんまりしない派だけど、今日みたいに時間を潰したい時に困るわ。


「立ち読みなんて、万引きに近いから仕方ないわよ」

「あいかわらずかってぇな、頭が」


 ん……?

 いい加減にしてくれよ、ホント。このパターン多いぞ?


「委員長……家この辺なんだっけ?」

「いいえ? 小五郎ちゃんの家に寄る途中だったのよ」


 そっかぁ、たまたま用事があったんだな。うん、いい加減にして。


「委員長、さすがに公共の場で、ちゃん付けはちょっと……」

「……委員長呼びを許してるんだから、それぐらいいいじゃない」


 妥協してくれてるんだな。それなら食い下がるのはやめとこう。

 コンビニのトイレでオムツを履かされても嫌だし。


「ところで、その雑誌何? ファッション雑誌?」


 やけに大きい買い物袋を指差す。

 委員長ってレジ袋貰う派なんだな。トートバッグとか持ち歩く派だと思ってたよ。


「育児雑誌だけど?」


 聞かなきゃ良かったかな。

 それをレジに持っていく勇気が凄いわ。


「母親になるためには知識がないと、不幸にしちゃうのよ」


 それはごもっともなんだけど、数年早いって。世情って数年も経てば変わるよ?


「赤ちゃんの間に皮をむいてあげないと、大人になってから困るのよ。知ってた?」

「皮? なんの?」

「女の子に言わせちゃダメよ。メッ!」


 ああ、今のでなんとなくわかったよ。

 それに関してはもう突っ込まんけど、公共の場で『メッ!』はやめてくんない?


「ほら、さっさと買い物しないと迷惑よ」


 そう言って、俺の手を取る委員長。

 本当にやめよ? 最寄りのコンビニでこういうことされると、行きづらくなるからさぁ。行きづらいし、生きづらくなる。店員さんに変な覚えられ方するからやめてくれないか?

 コンビニ店員ってのは、客にあだ名をつけることだけが生きがいの悲しい生き物だから、やめよ?


「委員長、先に出てくんない? 買い物済んだんでしょ?」

「ダメよ、一人で買い物は早いわ」


 この国の教育水準ってそんなに低くねえんだわ。治安もいいし、この年で買い物できない人間のほうが少ないんだわ。俺、多数派なんだわ。

 かといって、ここで食い下がるとダメージが増えるだけ損だ。大人しく従おう。

 でもなぁ、この人、今しがた育児雑誌買ったんだよなぁ、ここで。

 誤解されそうで嫌なんだけど。


「そーいや委員長、今日はポニテじゃないんだな」

「ええ、休日は縛らないわ。楽だもの」


 ああ、やっぱり縛るのって面倒なんだ。

 っていうか痛そうだよな、引っ張られて。


「学校でも縛らなくてよくない? 縛れなんて校則ないし」

「縛らないほうが好きかしら?」

「いや、どっちでも可愛いと思うけど」


 しっかしこの喋り方、新鮮というか懐かしい気がするな。

 最近の委員長って、でちゅね口調ばっかだし。


「小五郎ちゃん、後でたっぷりと頬ずりしてあげるわ」

「気持ちだけでじゅうぶんです」


 一つ知見が得られたな。

 学校では遠慮しないが、コンビニみたいな公共の場では弁えてくれると。

 そういや、教師がいる時はあいつらも大人しい気がする。

 だから、最低限の理性とかはあるってことよな。

 今のうちに話せるだけ話しておくか。普段はまともに会話できないし。


「委員長は赤ちゃんが好きなのか?」

「まあ、結構好きね」


 結構? だいぶ控えめな表現だな。赤ちゃん狂いじゃないのか?


「小五郎ちゃんみたいに頼りない子を甘やかすのが好きなのよ」


 ああ、赤ちゃんが好きっていうより、赤ちゃんプレイが好きなのね。

 早熟すぎるよ、アンタ。


「……佐々木君でよくない? 俺より頼りないよ?」


 とりあえず佐々木君を売っておこう。佐々木だから問題ないだろ。


「んー、男としての魅力が無さすぎるのよねぇ」

「……そこも重要なんだ」


 呪いとか関係なしに、佐々木君はダメそうだな。

 ここで意識させといて、呪いが解けた後の矛先にしようと思ったんだが。


「佐々木君だっけ? あの子をお風呂に入れてあげるのはちょっとねぇ……私だって母親である前に女なのよ」


 誰の母親でもないんだが、そこは置いておこう。

 この言い方から察するに、俺をお風呂に入れようとしているんだな、こいつは。

 呪いとかなくて完全にフリーなら望むところなんだがなぁ。

 しかし呪いがないと、入れてもらえない。本当にままならん。


「あら小五郎ちゃん、貴方、コーヒーを飲むの?」

「え? うん」

「一本だけよ? 夜眠れなくなるわよ」


 過保護やなぁ……。

 っていうか今日、夜寝れるんかね? 寝かせてくれるんかね?


「委員長もなんか飲む?」

「あら? 母の日はまだよ?」

「いらないんだな」


 疲れてきた……家にいると疲れるから外出したのに、余計に疲れたよ。

 あいつら今頃何してんだろ……外堀が着々と埋まってんのかなぁ。

 などと、考えたくもないことを考えながら会計を済ませる。


「そーいえば、俺の家に来る予定って言ってたけど……」

「ええ、ご挨拶も兼ねてお泊りを……」


 お前もう学級委員長を降りろ。

 お泊りってアポなしでやるもんじゃないから。

 タチの悪いことに、俺の親は多分受け入れる。

 まあいいか……もうどうでも。


「安心しなさい。粉ミルクとおしゃぶりを持ってきたから」

「うん、不安になったよ、一気に」


 普通の親なら門前払いだからな? 息子が連れてきた女が、赤ちゃんプレイする気満々って、敷居跨げないからな?

 でも……。


「あらあら、若いっていいわねぇ」


 若さだけでなんでも認めてくれるんだよ、ウチのオカンは。

 若さって、そんなに便利な言葉じゃないからな?


「菫お姉ちゃん、お兄ちゃんのママになるの?」

「ええ、小五郎ちゃんは私が責任を持って育てるわ」

「私もお兄ちゃんを赤ちゃんにしていいかな?」

「いいわよ、勿論」


 よくないよ。

 妹よ、仲良くするのはいいが、変な道に行かないでくれ。

 妹にまで赤ちゃんプレイされたら、俺は後戻りできなくなる。


「小五郎、お昼は納豆二パック食べなさい。しっかりと精を付けるんだよ」

「いえ、お義母様。小五郎ちゃんは赤ちゃんだから大丈夫です」

「あらあら、いいわねぇ」


 ……早く呪いを解こう。一刻も早く解こう。

 そのうち十人ぐらい泊りに来そうだし。

 母さんは歓迎するだろうけど、父さんがひたすら可哀想だよ。

 せめて休日は、ゆっくり寝かせてあげたいんだよ。

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