第12話 鉄火場
俺はもうダメだ……生きていけない……。
委員長に早朝から呼び出されているため、必然的に登校時間が早まったわけだが、その件について楓から詰問を受けた。
まあ、例のお経だ。浮気だの逢引きだの、なんだのって。
んで、あのバカね、何を思ったかマーキングしだしたの。
マーキングつっても、犬みたいに尿をかけたりとか、そんなんじゃないよ。
言ってしまえば、キスマークだね。首やら頬やら、見えるところにつけやがるもんだから、隠しようがない。
せめて絆創膏で隠したかったけど、それをする勇気はなかった。確実に怒りを買うもん。キスマークじゃすまなくなるよ。
で、予定通り学校に着いたら、さっそくママを自称する変態のおでましだ。
俺と熊ノ郷と委員長と楓、この四人しかいない教室で、俺はオムツを履かされた。
楓か熊ノ郷が助けてくれるのを期待してたんだが、アイツら一切助け舟を出してくれなかったよ。むしろ、委員長に協力しやがった。
赤ちゃんプレイの邪魔をしない代わりに、自分達の行動も一切邪魔するなってことらしい。ヤンデレ同士で潰し合いされるのも辛いけど、徒党を組まれるのも辛い。
意外だったのは、熊ノ郷が男性器を見慣れてなかったことだな。軽くパニック起こしてたよ。
そういう初心な反応をされるとね、我慢できなくなっちゃうのよ。生理現象を。
死ぬほど恥ずかしかったよ。
追い打ちをかけるように委員長が、『あら小五郎ちゃん、いいところ見せようとしたんでちゅかあ? カッコいいでちゅよぉ』とか言うから、余計惨めな気持ちになったわ。泣きそうになったけど、泣いたら赤ちゃんプレイが悪化するから耐えたよ。
朝からキスマーク大量につけて、女子三人に脱がされてオムツ履かされて……この時点で生きるのが辛いけど、体育の時間にさらなる追い打ちくらったよ
学校に行ったことない人でも知ってるよな? 体育の時間って、体操服に着替えるんだよ。うん、そうだね。クラスの男子達にオムツを見られる恐れがあるんですよ。
当然トイレで着替えたよ? 教室で着替えるわけにいかんから。
でも、トイレ行く度に個室に入って、体育の着替えもトイレの個室に入るって、当然怪しまれるわけですよ。
ええ、バレました。脱がされましたよ。
ええ、皆さん大層驚いてましたね。俺を脱がした奴らって、ノーパン説とか、パジャマを下に履いてきた説とか、そういう疑いが犯行動機だったらしいんだけど、まさかのオムツだもん。そりゃ驚く。
この一件で俺は〝オムツァー〟という、栄えある称号を賜ったよ。いやぁ、感涙ものだね。陰キャの俺が二つ名をいただけるなんて、涙が止まらないよ。
「結局今日も黒川先輩いねぇし……やってらんねぇ……」
まあ、いたところで特に聞きたいこともないんだけどな。
精神的にボロボロだが、唯一の救いは自由の身だということだ。
俺の落ち込みを察してか、一緒に下校する予定だったあの二人が、俺を一人にしてくれたんだよ。なんか男子達に声かけてたのが気になるけど、まあいいや。
声かけられてたのが、俺をオムツァー呼ばわりしてイジメてきたヤツばかりだったけど、まあいいや。偶然だろ。
「帰るか……」
せっかく一人で下校できるんだ。
こんな機会、しばらく訪れないかもしれないし、今は楽しもう。
そうだよ、過ぎたことを嘆いても始まらないんだよ。
「ちょいちょい、そこのプレイボーイさんよ」
「昭和のバトル系アニメでも見て、頭を空っぽにしよ……」
ノリだけで進行する、ご都合主義のバトルアニメ。色々考えちまってる時には、ああいうのを見るのがいいんだ。多分。
「ちょいちょいちょい、アンタだよ、アンタ」
「ん? プレイボーイって俺のことですか?」
「他に誰がいんだよ。見える所だけでも、キスマーク三つ以上あるじゃんよ」
まーた変なヤツに絡まれた。
何この女? 平成半ばの不良って感じだな。喧嘩しないタイプの不良って感じ?
えっと、青色の上靴ってことは三年か? ちっこいから先輩感ないな。
「アンタ、危険な香りすんぜ」
「と、言いますと?」
楓の匂いが付きまくってるけど、そういうことじゃないんだろうな。
雰囲気の話だと思うんだが、まさか呪いが見えてる? いや、ただの中二病か?
「同じクラスのヤツに三股かけてるとか、赤ちゃんプレイしてるだとか、堂々とキスマークつけてるとか、お漏らしプレイしてるだとか、オムツ履いてるだとか、色々すげぇ噂持ってるみたいじゃねえか」
えらく情報が早いな。まあ、学校という狭いコミュニティじゃ、この手の噂話は爆速で広がるか。
「しかも黒川先輩のところに連日、出入りしてるみてえじゃんか? さっき礼法室に入るところ見たぜ?」
一番見られたくないところを見られたな。
この学校じゃ、赤ちゃんプレイよりもヤバい行為だろ。礼法室への出入りは。
ん? 聞き間違いかな、コイツ今……先輩呼びした? 同じ三年だろ?
「あの、それで? 俺になんの用ですか?」
「なぁに、大したこっちゃねえ。ウチの鉄火場で遊ばねえかって誘いよ」
鉄火場……?
製鉄所? 鍛冶屋?
なんだ鉄火場って? 鉄火巻と関係あるのか?
「オメーも男ならギャンブル好きだろ? 断言していい、ギャンブルに惹かれねぇ男なんざいねぇ! いちゃならねぇ!」
いや、いるだろ。いてもいいだろ。むしろ最近は、やらない人のほうが多いんじゃねえか? ましてや学生だぞ?
まあでも、鉄火場がなんなのか思い出した。
そういや、小説だか漫画だかで、目にした単語だわ。賭博場のことね。
「麻雀とかブラックジャックとかチンチロとか、メジャーどころしか知りません」
「おっ、中々できる口じゃねーか。最近の草食共とはちげーな」
ギャンブルしない人って草食なんだ。酷い偏見。
むしろ肉食のほうが、ギャンブルやらないイメージなんだけど。
ギャンブルって結構複雑だし、頭もわりと使う。パチンコぐらいしかできんから、ギャンブルに深入りしないってイメージあんだけど。
「面白そうですけど、お金ないんですよ。バイトとかしてないし、あんまりお金くれないタイプの家庭ですし」
そうなんだよなぁ、お小遣いもそんな貰えないんだよね。
でも別に文句言ってるわけじゃないよ? スマホ持たせて貰ってるし、お年玉も最低限貰ってる。金が欲しけりゃバイトしろって話だしな。
……でもやっぱり、平均より少ないから、小学生の頃は辛かったな。文字通り桁が違って、格差にショック受けたよ。
当時の俺は思ったよ。小遣いとかお年玉の額は、全国で統一したほうがいいと、本気で思ったよ。
腹立つんだよな、俺が半年節約して貯めた額よりも、アイツらが毎月貰う小遣いのほうが高いって。しかも小遣いとは別にゲームとか漫画買ってもらってるし。
ああ、いかんいかん。そういうこと考えちゃダメだ。キリがない。
「金なんかいらねぇ! オメーが持ってる狂気! それがチップだ!」
え、何言ってんのこの人……。
狂気? 凶器? なんだって? どっちも持ってねぇよ。
「道すがら説明すっから、まあ着いてこいや」
「……帰りたいんですが」
特に用事があるわけじゃないけど、それでも帰りたい。
これ以上変な知人を増やしたくないし、狂気がチップとか意味不明すぎて怖い。
「かてぇこと言うなよ」
そう言って、財布から五千円札を取り出す先輩。
なんの真似だろうか。くれるのかな?
「初回サービスってことで、五千円分のチップくれてやるよ」
「……それをスったら?」
「赤が出るギャンブルはしないから安心しな。溶かした時点で降りるもよし、追加チップを購入するもよし、勝ち逃げするもよしだ」
……あまりにも美味しすぎる。
俺が変な気を起こさなければノーリスクなわけだが、ここまで条件がいいと逆に怪しいぞ。
「勝ち金を力づくで回収したりとか、無理矢理追加チップを購入させたりとか……」
「するわきゃねーだろ。んなのギャンブラーじゃねぇ」
ギャンブラーであってはいけないんだけどな、そもそも。
日本は賭博禁止法あるし、学生がギャンブラーになるなんてもってのほかだろ。
「そもそも一人で不良三人も倒すヤツ相手に、暴力で巻き上げねーっての」
本当に俺のことなんでも知ってんな。
尚更怪しいぞ……。
「ハッキリ言うが、アンタの喧嘩はまともじゃねえぜ?」
「……と、言いますと?」
「不意打ちで一人倒すとかならわかるけどよ、真正面から三人の股間を潰すなんて神業だぜ? 聞けば、それ以外の攻撃はしてねえらしいじゃん」
まあ、そもそも俺は攻撃してないんだけどな。
言われてみれば神業だよな。普通、一人やられた時点で警戒するし。
「それだけの達人なら、自分のやったことの危険性もよくわかってんだろ? それを承知の上でやったわけだから、相当狂ってるね」
このチビ、狂人を求めてるのか?
……透明人間がやったとか言ったら、さらに狂人扱いされそうだな。
「イケメンでもねえのに、女三人ひっかけたっていう手練手管も気になるな。アンタ程、ギャンブルしがいのある男はいねぇ」
「……過大評価ですよ」
全部、黒川先輩のせいだし。俺なんもしてないし。
あの人と絡みさえしなきゃ、こんなことになってないし。
「警戒しながらも律儀についてきてんのが答えだろーが。きなくせえと思っても、スリル求めてんだよ、アンタは」
なんだこの女、節穴か?
俺はゲームの世界でも、カジノとか使わない派だぞ?
カードゲームとかでも、ギャンブル要素を限りなく減らす傾向あるし。
「ほら、ここがアタシの城だ」
城ねぇ……。
「ボードゲーム同好会……?」
こんな同好会あったんだな。
これ、将棋同好会と分ける必要ある?
「例のオムツァーを連れてきたぞー」
その紹介やめて。マジでやめて。
なんでウチのクラスで流行ってるアダ名まで知ってんの? 今日の昼頃についたアダ名だぞ?
「おー……これが赤ちゃん先輩ッスか」
「狂人だって聞いてたけど、なんかフツーの顔ね」
「……坂本さんですよね? よろしくお願いします……」
ボードゲーム同好会の部室には、俺を連れてきた先輩を除いて三人いた。
ボードゲームよりスポーツが好きそうなチビと、大人っぽいお姉さんと、文学少女っぽい子。いずれも女子だ。
やっぱり、きなくせぇ……想像以上にな。
本当に素寒貧で来ていい場所だったのか?
ああ、さりげなく鍵閉めてやがる。
俺は無事に帰れるんでしょうか……。
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