第13話 大勝

 赤ちゃんプレイやキスマークについて根掘り葉掘り聞かれると思ったが、特に雑談することもなく、この鉄火場についての説明が始まる。

 一言一句聞き逃さないつもりで、しっかりと聞こう。

 詐欺師ってのは、大事な情報をサラッと自然に混ぜ込むんだ。俺は何があっても自腹を切らんからな。そういう条件で足を運んだんだからな。ぜぇったいに赤字だけは出さねぇ。


「ほれ、これが五千円のチップだ」


 チップとかあるんだ……本格的だなぁ。

 部費降りるんかね? さすがに自腹か?


「あっ、どうも……」


 クラウンっていうの? 裏面に王冠のマークが入ったカジノチップだ。

 独特な手触りだが、こういうのってどこで買ってくるんだろう。

 実際の値段はわからないが、なんとなく高級感がある。クラウンのせいか?


「数字がそのまま金額だと思っていい」

「なるほど……えっと、千円のチップ一枚と五百円が二枚……後は百円ですかね」

「ああ、そうだ。必要に応じて両替してやるから安心しな」


 別にそこに関しては心配していないが、妙に緊張するな。

 本当に張っていいのか? 俺、一円も出す気ないんだが。


「チンチロリン知ってるって言ってたよな? 今回はそれで行こうと思うんだが」

「え、ええ。構いません」


 リアルでやったことはないが、ルールぐらいはさすがに知っている。漫画で読んだことあるし、テレビゲームで少しだけやったことがある。面白さはイマイチわからなかったが。

 それにしてもチンチロかぁ……。

 正直安心した。さすがにチンチロならイカサマはないだろう。

 サイコロに磁石とか重りを仕込むって方法もあるんだろうけど、すり替えさえ警戒しておけば大丈夫だ。多分。

 少なくともカードよりは気楽だな。傷の有無とか、シャッフルとか配り方とか、色々と気にすることが多すぎる。

 麻雀も一対三じゃ話にならんしな。


「ブチョー、なんスか? そのチンチンロリロリって」

「チンチロリンだ、バカ」


 このスポーティな子、頭悪そうだとは思ってたが、本当に悪いのか?

 これはこれで可愛げあるけど。

 ん? 部長、ちょっと顔赤くない? 日の当たりかたの問題かね。


「お金かけるんですよね? じゃあ、私が……」


 引っ込み思案そうな子、文学少女っぽい子が、対戦相手に名乗り出る。

 この子が積極的なのも意外だが、それよりも……。


「タイマンですか? チンチロって普通大勢でやるもんじゃ」


 二人だと、親の楽しみなくない?

 いや、親ってのはギャンブルの話であって、委員長じゃないぞ。

 そもそも委員長は親じゃなくて……。


「素寒貧混ぜて多人数はなぁ」


 なるほど、言いたいことはわかった。

 たしかに、俺の親番の時に張りづらいもんな。


「後で揉めても嫌だから、ルールを軽く説明しとくぞ」


 そう言って、サイコロを使って軽くルール説明をし始める。

 俺の知っているとおりで安心した。

 サイコロを三つ振り、二つがぞろ目になった場合、残りの一つが目になる。

 たとえば、三、三、四と出た場合、目は四。

 相手はそれ以上の目を出すか、役を作らないと負けとなる。

 なお、一の目は強制的に負け。逆に六の目は、問答無用で勝ち。

 三回振っても目が出なかった場合、サイコロがこぼれたり、重なった場合も負け。

 別に金額倍払いとかはないらしい。


「役は、ヒフミ、シゴロ、アラシを採用してる」


 役も俺が知ってるとおりだな。

 ヒフミは文字通り一、二、三の連番だ。出せば負け。

 シゴロは四、五、六の連番。出せば勝ち。

 アラシは……三つともゾロ目だな。


「倍率は?」

「ヒフミが二倍払い、シゴロが二倍取り、アラシは三倍だが、ピンゾロとオーメンは五倍だ」

「オーメンって、六のゾロ目ってことですか?」

「そのとーり」


 最大で五倍払いってことは、下手に大きく張れんな。

 そりゃタイマンになるわ。


「賭けチップは百円単位だが、五倍でも払える金額がマックスベットだ」

「わかりました」


 なんかオラ、ワクワクしてきたぞ?

 他人の金でギャンブルなんて、こんなにありがてぇ話はねぇぞぉ。


「チップが五千円以上の時は、勝負をやめていいぞ。もちろんその場合は五千円を返してもらうけどな」

「五千円を下回ってる時は?」

「チップが五百円以下になるまで打ってもらう。別に負け金を払う必要はない」


 話が上手すぎるな。

 どうせ逃がしてくれんし、こうなったらとことん楽しむか。




 多分三十分くらい経過したかな。

 特にイカサマをされている感じもなく、少額のチップが俺と文学少女のもとを反復横跳びしている。

 途中、いきなりマックスベットを張ってきた時は警戒したが、普通に俺が勝った。

 その後、小さな負けを繰り返したが、微妙に俺が勝っている。

 今やめれば六百円の勝ち逃げか……時間を言い訳にして逃げるか?


「あの、部長さん」

「おっ? どしたん?」

「このサービス五千円って今日限りですよね? この五千六百円ってのをキープしたまま、明日また勝負とかは……」

「ああダメダメ。やめるなら六百円受け取って帰りな。明日からは、普通に張ってもらうよ」


 ……それなら、全部スる覚悟で打つか?

 負けたとしても、どうせ俺の金じゃないんだし。


「えっと、千百円で」


 とりあえずマックスベットでいこう。チマチマ攻めても仕方ねぇ。

 一万円を越えるまでは、これの繰り返しでいいんじゃないかな。


「あらら、ヒフミです……」


 おいおい、マックスベットにした瞬間に二倍取りかよ。

 幸先が良すぎて逆に不安になるぞ?

 調子乗らせてイカサマでかっさらう気か?

 いや、イカサマをした素振りは……。

 などとあれこれ思案を巡らしていたが、特に波乱がないまま勝負が続いた。


「んー……もう一時間経ってますし、この辺で……」

「ええっと、八千二百円だから、三千二百円の勝ち越しだな」


 マジか、普通に清算してくれるのかよ。

 ありがてぇな。臨時収入としては上々だぞ。ノーリスクでこれは……。

 いかんいかん、ハマっちゃダメだ。他人の金だからできた勝負なんだ。今後ここに出入りすることはない。

 ギャンブル卒業を固く心に誓い、金を受け取ろうとする俺だが、文芸少女に制止される。


「まだ一時間じゃないですか。もっと遊びましょうよ」


 えー……。


「やめ時は俺の自由では?」

「それはもちろんそうです。だからお願いしてるんです」


 往生際が悪いなぁ……。

 これ、結局負けるまでやらされるんじゃないか?

 ……面倒だな、よし。


「じゃあ、丁半の一発勝負にしましょうよ。八千二百円賭けますよ」


 チップを全て差し出す。

 これが一番手っ取り早いよ。負けたら負けたでいいし、勝てば一万六千四百円。五千円返しても一万千四百円手に入る。


「本当ですか? ありがとうございます!」


 勝負の延長を受けてやっただけなのに、俺の手を取って大喜びする文学少女。

 ギャンブルに脳が焼かれてるのか?

 負けたらエゲつない額の金を失うんだぞ?


「ただし、俺が振らせてもらいますね」

「いいですよ。丁で」


 躊躇ねえな……イカサマされるとか考えないのか?

 まあ、できねえけどさ……。

 おおっ!? 一、二の半! 俺の勝ちじゃん!


「やるなぁ、オムツァーの坂ちゃん」


 部員がこっぴどく負けたってのに、俺の肩に腕をまわしてはしゃぐ部長。


「ダテにオムツァーやってませんからね」


 いやぁ、どうも。オムツァーの坂ちゃんです。

 本当にいいのか? こんな臨時収入を得ちゃってさぁ。震えがとまらんぞ。


「負けたぁ……」


 可哀想に、ヘコんでるよ。

 そりゃそうだよな、高校生が賭けるには高すぎる金額だぜ。


「坂ちゃんよ、同情なんかしなくていいぜ? 負けたヤツが悪いんだよ」


 いや、まあ、返す気はないけど、同情はするよ。

 天井見上げて放心してるじゃん。

 …………。


「……納得いかないなら、もう一勝負してもいいですよ?」


 我ながら無茶苦茶な張り方だなぁ。チンチロも単純な勝率でいえば、そこまで勝ち越してるわけでもないのに。

 まあ、どうせ泡銭だし? 負けたら負けたでいいし?


「ほ、本当にいいんですか!? じゃあ、今度こそ丁!」


 すげぇな、この子。

 負けたら三万以上失うってのに、始める前より生き生きしてるじゃん。

 果てしないプレッシャーを感じるよ。これ、負ける流れだな……。

 と、半ば諦め気味にサイコロを投げたのだが、見事に勝利。

 俺、強くね? ギャンブル強くね?


「すげぇなぁ……チマチマ張ってんの見た時は…………ちん……がついてないんじゃねえかって、思ったけどよ」

「……? 何か言いました?」

「いや……」


 小声でよく聞き取れんかったけど、まあいいや。

 えっと三万二千八百……ってことは二万七千八百円か。

 おいおい、半年分の小遣いより多いぜ。


「どうぞぉ……」


 ぐったりとしながら、大量のチップを俺に差し出す。

 なんか、可哀想だな。自業自得とはいえ……。まあ、貰うんだけど……。


「じゃ、じゃあ換金してもらえますか?」

「待ってくださぁい」


 なんだよ、まだやる気なのか?

 現時点で罪悪感覚えてるのに、これ以上は……いや、まあ、勝てるとは限らんが。


「実は二千円ほど足りなくてぇ……」


 ああ、そういうこと。

 むしろ三万あるんだな。高校に持ってきていい額じゃないぞ。


「どうする? 坂ちゃん? 待ってやるか? それとも……」

「それとも?」

「体で受け取るか?」


 何を言ってんだ、この部長。

 二千円やぞ。


「いや、足りない分はいいですよ。勝ちすぎましたし……」


 ちょっと惜しいけど、こんだけ勝てば十分だろ。

 二千円ぐらい誤差……。


「あ? ギャンブラー舐めてんのか?」


 なぜか俺の胸倉を掴みながらキレ散らかす部長。

 あの、怖いっていうか、顔近いです。


「コイツは金がねえのにギャンブルしたんだ。足りねぇからって見逃すんじゃねえ」

「いや、ないものは仕方が……」

「だから体で払ってもらえってんだよ」


 嘘でしょ……。

 校内で賭博してるだけでも問題なのに、不足分のカタに体を売らせるなんて、まずいなんてもんじゃねえぞ。


「坂本さん、ごめんなさい……私の体なんて嫌ですよね……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 可哀想に……大敗したショックでおかしくなってるんだな……。


「部長さん、もし見逃すって言ったら……」

「仲間を侮辱したっつーことで、お前の…………きん……あれを……ひきちぎる」


 小声だったので上手く聞き取れなかったが、俺が痛手を負うことはわかった。

 うん、それはさすがに御免被る。

 ……しゃあないな。


「わかったよ。じゃあ、不足分はキミの体で……」

「は、はい! 気が済むまでどうぞ!」


 覚悟決まりすぎだろ。

 大の字に寝転がって覚悟決めるって、硬派な不良がやるヤツじゃん。『そいつの代わりに俺を殴れ! 気が済むまで殴れ!』ってヤツ。


「じゃあ、失礼」

「は、はい!」


 そんな緊張せんでも……二千円で酷いことせんって……。

 さてと……恥ずかしいけど、やるか。

 ゆっくりと彼女の上体を抱え起こし、ゆっくりと抱きしめる。

 ああ、落ち着く……。

 これだよ、ハグってこれだよ。

 人間離れした膂力で締めあげられたり、ママを名乗る変態にあやされたり、そういうのはハグじゃないんだよ。バグだよ。


「はわ、はわわ」


 なんか後ろで部長が変な声出してるけど、気にしたら負けだ。

 ……一分ぐらい経ったかな? もういいよな?


「はい、ありがとう。たしかに受け取った」

「え? あ、あの? 坂本さん?」

「何? やりすぎって言いたいの?」

「いえ、そうじゃなくて、あの……ハグだけですか?」


 だって二千円だもん。

 二千円で女子高生と一分間ハグって、普通にコスパいいだろ。


「気が済むまでって言ったのはキミだろ」

「私なんか、手を出す価値がないですよね……そうですよね」


 あまりにも自己肯定感が低すぎる。

 そりゃアンタ、俺もね? どっちかといえば、あの足組んで見学してるお姉さんのほうがよかったよ? どっちかといえばね。

 でも二千円でこの子とハグできたら、それはもう良い買い物なのよ。下品な言い方だけど。


「いや、むしろたった二千円でハグできて、お得感たっぷりだよ。ありがとう」

「坂本さん……」

「丁半勝負の時に手を握ってくれたろ? 俺みたいにモテないヤツからすれば、あれだけで二千円以上価値があったんだよ。キミを好きにしていいと知ってりゃ、もっと大勝狙ったんだけどね、ははは」


 何言ってんだろ俺、キモッ。フォローになってねぇっての。

 さてと、さっさと換金して立ち去るか。これ以上、変な展開になっても困る。

 この人らの名前を聞くことなく、お金を受け取った後、逃げるように部室を出た。

 もうここに来ることはあるまい……。

 部長と文学少女の様子がおかしかったけど、気にしないでおこう。あんまり深入りすると、呪いが発動するかもしれん。

 ……それにしても大勝したなぁ……。部長に返した五千円と、ハグ代の二千円を差し引いても、二万五千八百円か。

 これを元手にもう一勝負……いや、いかんいかん。ギャンブルってのは、やめ時が肝心なんだよ。良い思い出で終わらせよう。

 そうだな、うん。ギャンブルにハマってもいいことないし、この金はさっさと使いきっちまおう。よし、ゲームを買おう。うん、それがいい。

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