第7話 呪われる前
俺、料理しないから詳しいことは知らないんだけどさ、急に品数増やすのって多分大変だと思うんだよ。
俺の一時しのぎのせいで急遽、楓が泊まることになったんだけどさぁ……。
「今日ってなんかの記念日だっけ?」
夕飯が異常に豪華っていうか、多いんだよ。
どうしたんだよ、母さん。いつもは父さんに『おかず少ないんだよなぁ』って言われるぐらい、質素な晩飯じゃん。今日は皿がやけに多いんだが? おいおい、副菜の小鉢なんて久しく見てなかったぞ?
余談だけど、品数にクレームを入れた父さんは翌日、干からびてた。腰痛を訴えながら、出社してたよ。何があったんだろうな。
「ごめんね、お赤飯は用意できなかったのよ」
「おや、歳のせいかな? 耳が遠くなったらしい」
あだっ!
「小五郎、お義母さんにそんなこと言っちゃダメでしょ?」
俺の皮肉をマジに受け取ったのか、ほっぺたを引っ張る楓。
幼馴染とこういうやりとりするのって、良いシチュエーションなんだけどさ、また見えたんだよ。文字が可視化されたんだよ。
「さぁ、楓ちゃん。ウチの味を覚えていってね」
ダメだダメだ。ウチの味は門外不出、トップシークレットだ。持ち出しは許さん。
だから覚えないでくれ、頼む。
「お兄ちゃん、いつ式をあげるの?」
妹よ、余計なことを言わないでもらえるか。
まずいな、母さんと妹を攻略されたら、自動的に父さんまで攻略される。母さんと妹が黒って言えば、父さんも黒って言うんだ。意志薄弱犬畜生なんだよ。
「はい、小五郎」
「自分で食える」
なんで母親と妹が見てる前で、バカップルみたいなことしなきゃいけないんだ。
あとな、恥ずかしいとかそういうの抜きにして、揚げたての唐揚げを手ずから食べさせられるのはキツいって。
「お兄ちゃん照れてるぅ」
「若いわねぇ」
早く呪い解けねぇかなぁ……。
自宅でも心休まらないなんて、俺早死にしちゃうよ。
早く食べて部屋に逃げ込みたいが、おかずが多すぎる。ご飯も山盛りだし。
昼飯二人前食べたから、夜は減らしたかったんだが……。
「ほら、食べて」
「いいって」
食べさせたがる系女子って人気出そうだけど、当事者的には辛い。
自分のペースで食わせてくれよ。
「小五郎、貴方それでも男なの?」
「お兄ちゃん、女の子に恥をかかせちゃダメだよ」
クソ、自宅なのにアウェイだ。援護射撃やめてくれ。
……お前らは何も知らないから、そんなこと言えるんだよ。
だって呪いだぜ? 言ってしまえば洗脳みたいなもんだろ?
そんな状況で愛を受け入れるのはいかがなもんかと。
呪い抜きなら、俺だって受け入れるさ。
委員長の赤ちゃんプレイだって、受け入れてたさ。
向こうが乳を吸わせてくれるって言うんだから、遠慮なく……。
「小五郎? 私のこと……嫌いなの?」
その顔と声をやめろ。
罪悪感を覚えるから。
「嫌いなわけないだろ」
泣かれても困るので、仕方なく差し出された箸に食いつく。
うん、やっぱり唐揚げ一口はキツい。
おい、妹よ、なんだそのリアクションは? 恋愛ドラマのキスシーンを見る生娘みたいなリアクションは。いや、実際生娘なんだろうけど。
おい、母さんよ、アンタがそのリアクションはキツいぞ。年齢を考えろ。
「小五郎、私も好きぃ」
待て! 俺は別に好きとは言ってねぇ!
ああもう! 外野二人が無言なのにうるせぇ! リアクションがうるせぇ!
「ありがとう存じます」
適当に流して、喉を詰まらせない程度のペースでご飯をかきこむ。
一刻も早く食べて、一刻も早く部屋に逃げ込む。それしか道はない。
「小五郎、私にも食べさせてぇ」
こちらに顔を向けて、雛のように口を開く楓。
エロいのか下品なのかわからない。
おい、母さん、その選手を信じる監督みたいな顔をやめろ。食卓で腕を組むな。
「甘えるな」
相手にせず食事をむさぼる。
別に食べさせてあげるくらいいいんだけど、一回やるとエスカレートするじゃん?
「嫌いなの? 私のこと」
「わかったわかった」
ずるいよなぁ、ホント。
「あつっ!?」
そうだよ、熱いんだよ、唐揚げは熱いんだよ。だから俺も拒否したんだよ。
「ひりひりすふぅ」
こら、舌を見せるな。
「女の子を傷物にしちゃったね、お兄ちゃん」
「男なら責任を取りなさいよ」
なんで俺と楓をくっつけようとしてるんだよ、コイツら。
恋バナ好きなのはわかるけど、俺を話の種にするな。三文ドラマでも見てろ。
「ほら、お茶」
「ありがとぉ」
……疲れる、ひたすら疲れる。
俺はさ、もっとこう……ドキドキするような恋愛がしたいよ。
呪術師とか、透明人間とか、自称ママとか、そういうの望んでないから。
相対的に見て、透明先輩が一番まともってのが辛いよ。
「ごちそうさま……」
いつもより量が多い上に、ペース上げたからしんどい……。
本当にどうしようかね? このままじゃもたねえぞ?
ギャルゲー中途半端なところでやめたから、モヤモヤするな。
かといって、今やるわけにもいかんだろ。いつ部屋に入ってくるかわからんし。
それにしても、呪いが発動してからまだ一日目か。
濃密すぎて、胸焼けするぜ。食いすぎて実際に胸焼けしてるし。体も精神も焼けまくりよ。日サロかってな。はい、おもんない。
「こごろー」
はい、きました。胸焼けの原因が。
知ってたけどね、俺の部屋に来るの。
「どうぞー」
渋々入室を許可する。部屋の前でお経唱えられても嫌だし。
「ごめんねぇ、食後の休憩中に」
「謝ることじゃないよ」
「こごろー!」
幸せだなぁ、可愛い幼馴染にハグされるなんて。
女子高生離れした膂力じゃなければなぁ!
な、なんだこのバカ力は……テニス部って、こんなに筋肉がつくのか……。
もう純粋な気持ちで、女子テニス部のケツを眺められねぇ。元々純粋じゃない気もするけど。
「か、楓……」
「んー? どしたの?」
『どしたの?』じゃねえよ! 苦しそうな声で悟れよ!
お前だって胸痛いだろ? この力でハグしたら。
「お、女の子が……むやみやたらにハグするもんじゃ……ないぞ?」
女の子って呼ぶのもおこがましい膂力だけどな。
正しい呼称はマウンテンゴリラだよ。
「幼馴染なら普通だよ?」
「い、今までやってこなかったろ……」
そ、そろそろ呼吸が……
ヘビに全身砕かれる直前のネズミの心境だよ……。
「うん、ごめんね」
わ、わかってくれたか。助かっ……。
「今までハグできなくてごめんね? 辛かったよね、わかるよ。だって私も辛かったもん。ずっとね、後悔してたんだよ? ハグしておけば、あの日裏切られることもなかったって。ずっと一緒に登校してたのに、ある日突然裏切られるなんて、誰が予想できるの? 私は、私のことを心底嫌いになったよ。私が美人だったなら、私がスタイル抜群だったなら、小五郎に捨てられることもなかったはずだって。私ね、本当はテニスが強い高校に行く予定だったんだけど、小五郎に進路を合わせたんだよ? 中学の頃はチャンスがなかったけど、高校になればチャンスが訪れるかなって、一撃必殺のチャンスを狙うヒーローみたいに虎視眈々と、待ってたんだよ? でも一年生の時は別のクラスになっちゃったもんね。クラス分け発表された時、まあ吐いたよね。言うまでもなく、おしっこも漏らしたよね。大きいほうが出なかっただけでも、奇跡だって言う他ないよ。それぐらいショックだった。小五郎を狙うメスがいるんじゃないかって、気が気じゃなかったよ。まあ結果として、特にそういう人はいなかったみたいで、それはそれで悲しかったね。自分の男が恥をかかされたみたいで」
だから怖いって!
いや、待て? なんつった?
進路を合わせたって? 吐いた? 漏らした?
ちょっと待てよ、待ってくれって、その辺って呪い関係なくね?
っていうか、どんどんハグが強く……。
「ま、待て、別に捨てたわけじゃ……」
「じゃあなんで? なんであの日、私より早く登校したの?」
困るんだって、その質問よぉ。
記憶にないの、全然ないの。
「気まぐれだ……うぐっ……」
「気まぐれ? 気まぐれで私の情緒を破壊したの? 小五郎の気まぐれで、私は漏らしたの? だとしたら罪深いにもほどがあるよ? 私は寂しくて寂しくて、小五郎のボールペンで自分を慰……」
「楓お姉ちゃん! お風呂わいたよー!」
た、助かった……妹よ、ナイスタイミング! 今度アイス買ってあげるからな!
「せっかくだし、お兄ちゃんと入ったら?」
「そうだね、幼馴染だもんね、それがいいよ」
絶対買ってやらねえ! アイスなんて金輪際買ってやらねえ!
就職したら初任給でコスメ買ってやろうと思ったけど、ジュースの一本も買ってやらねえからな!
「お、お前ら二人で入ってこいよ。女の子同士積もる話もあるだろ?」
「お兄ちゃん、チキった?」
お前には絶対、何も買ってやらんからな! お年玉もあげないから!
「楓、昔みたいな関係になったの、今日の話だろ? お前とはもう少しゆっくりじっくりと、関係を深めたいんだ。わかってくれ、四年分の青春をじっくりと取り戻したいんだよ」
「小五郎……嬉しいよぉ! 私を大事に思ってるんだねぇ!」
く、苦しい……けど、ひとまず助かった……。
……また一時しのぎしちまったなぁ……これって結局、ただの先送りだから後でツケが来るんだよなぁ。
……まぁ、大事なのは嘘じゃないんだけど……。
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