第8話 初体験

 妹が楓に懐いてくれて助かったよ。本当によかった。

 でなけりゃ、俺の部屋で寝るとか言い出しかねんからな。

 ……本当によかったのかな。

 妹と寝るって、外堀埋めるってことと同義だよな。

 まあ、直接本陣を攻められるよりマシか。

 それにしても、俺に惚れるヤツと惚れないヤツの違いってなんだろう。

 黒川先輩は呪い関係ないから除くとして、今のところ……四人か。

 根拠の薄い仮説にすぎないが、元々好意を持っていた人間にだけ呪いが影響するんじゃないか?

 自分で言うのも恥ずかしいが、楓が俺のことを好きなのは確定だろう。

 早口でよく聞き取れない部分も多いが、呪いにかかる前から俺絡みで色々ヤバいことやってるみたいだし。いや、進路を合わせるのはヤバすぎだろ。重いって。

 熊ノ郷も……一年の頃からやたらとちょっかいかけてきてたし、まあそういうことなんだろう。男遊びしてそうな見た目だけど、アイツとヤったっていう話全然聞かないし、俺以外に胸元見せたりもしてないよな。

 思い返してみれば、俺に胸元見せた後、ちゃんとボタン閉めてたわ。普通に乙女だったわ。佐々木がチラ見して胸倉掴まれてたけど、よくよく思い返してみればあの時の熊ノ郷、ちょっと顔赤かったわ。生娘だったわ。

 俺に好意があるから、頑張って誘惑してたんじゃないかな。自惚れって言われたらそれまでなんだけどさ、少なからず好意はあったはずだ。

 そりゃ大好きってわけじゃないだろうけど、おそらく少しでも好意持ってたら影響受けるんだろうな、きっと。

 透明先輩は……唯一見える男だから、気になったんじゃないか? 誰からも認識されないって、普通に精神狂うだろうし。

 元凶である黒川先輩と険悪な感じもなんとなくなかったし、誰であれ自分が見えるヤツを大事にしたいんじゃないかなぁ。

 でも、その説でいくと委員長がわからん。俺を好きになる要素あるか? むしろ、俺みたいなちゃらんぽらんな人間が嫌いそう……。

 いや、待てよ。あの女、赤ちゃんプレイしてきたよな? 出もしない母乳を飲ませようとしてきたよな?

 アレは多分、素なんだよ。素でママなんだよ。ママ委員長なんだよ。

 つまり、元々そういう願望があるってことだよな。そう考えると、俺みたいに頼りない男は、母性本能を刺激するのか?

 ……明日からどう立ち回ろう? そういえば、熊ノ郷から逃げたんだよな。ああ、会いたくねぇ。佐々木、また巻き添えくらったらごめんね。




 体が動かん……。また金縛りだよ。おそらく人力の金縛り。

 昨日とは違う感覚だ。昨日は俺の上に五十キロぐらいの重量物が乗ってたけど、今日は巻き付かれている。目を開けずとも、容易に犯人が想像できる。


「おはよう、楓」

「あっ、おはよー」


 俺は果報者らしい。

 朝起きると幼馴染が上にまたがっていたっていうシチュエーションと、幼馴染の抱き枕にされていたっていうシチュエーション。

 男の夢を二日連続で叶えたんだからな。

 さてと、もうしばらく楽しみたいところではあるが、早く起きないとな。ここで下手に問答すると、朝からお経をくらうかもしれないし。


「起こしに来てくれたんだな、ありがとう」

「……」

「とりあえず着替えようか?」

「……」

「楓? 離れてくれないと、起き上がれないんだが?」

「……」


 怖いんだけど!

 例のお経も怖いけど、無言も怖いんだよ。なんで返事してくれねえの?

 暗くてよく見えないけど、楓だよな? 楓の声だったよな?


「楓?」

「あ、ごめん……眠くて……」

「おいおい、起こしにきたお前が二度寝しちゃ話にならんぞ」

「起こすつもりはなかったんだよぉ……まだ三時だからぁ……」


 スマホで時間を確認できない俺に、現在時刻を告げて眠りにつく楓。

 なるほど、楓に抱き着かれたせいで目覚めたってだけの話ね。起こす気はなかったのね。そっかそっか、まだ予定時刻まで後四時間はあるのか。そら部屋の中暗いわ。

 ……いや、眠れねぇよ! もう眠れねぇよ!


「んん……」


 んで、お前はもう寝てるのかよ! 早すぎだろ!

 人の睡眠を妨害するだけして、ぐっすり寝やがってよ。いや、起きてたらそれはそれで迷惑なんだけど。


「んぐ……ぐぐ……すぅ」


 かろうじて動くほうの手で、鼻を抓んでみた。

 うん、この反応は狸寝入りじゃないはず。昔、妹にやった時と同じ反応だ。

 よし、後は起こさない程度に少しずつ抜け出すか。名残惜しいと言えば名残惜しいけど、命のほうが百倍惜しい。寝ぼけて全身砕かれちゃかなわん。

 よしよしよし、寝てるだけあって拘束がゆるいぞ。

 ……この状況、緊張するけど頑張って寝るか。寝ないと体がもたない。




 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。今度こそ朝だろう。

 いやぁ、なんやかんやあったけど、無事に睡眠を取れたようで何よりだ。

 で? なんで俺は楓と向かい合ってるんだ? 背を向けて寝てたのに。

 いや、寝返りとかあるから、それはいいよ、そういうこともある。

 問題なのは、両腕をガッチリと掴まれていることだよ。なんだったら、足もロックされてる。っていうか顔が近い。昨日何を食べたかわかる距離なんだけど。


「楓、おはよう。腕を離してくれると助か……」

「気持ちの良い朝だね、小五郎。睡眠は健康のためにも、美容のためにも、欠かせないからね、取るに越したことはないよ。でもね? 今日ばっかりは寝不足になるべきだったんだよ。誰だって夜更かしぐらいするからね、一日くらい問題ないよ。なんで熟睡したのかな? いや、なんで熟睡できたのかな? 無防備な幼馴染を目の前に、なんで二度寝ぶっこいたのかな? キスしようと思えばできたし、おっぱいやお尻を触りたおすこともできたよね? 思春期の男子ってのは、言い換えれば発情期の男子だよね? 英語の授業でシックスとかソックスって単語が出ただけで、興奮する生き物のくせに、なんでこの状況で睡眠を選択できるのかな? スカートの中を覗く方法とか、事故を装っておっぱいを揉む方法とか、親にバレずにエッチな本を所持する方法とか、合法的に性欲を満たすことに脳のリソースを割く生き物が、なんで合法的に触り放題、揉み放題の幼馴染に手を出さないの? 責任さえ取れば契約できる、解約不可のヤリホーダイプランに加入する権利を持っているのに、なんで契約しないの? 無防備な私の唇をむさぼって体中まさぐれば、目を覚ました私と合意の上でヤることができて、そのままヤリホーダイプランを契約できたっていうのに、なんで睡眠なんていうしょうもない選択したの? はい、答えは簡単です。私に女性としての魅力が皆無だからです! 画質の悪いエロ画像や、加工しまくりのグラビアアイドルに欲情できる発情猿が、見向きもしない醜女。周りの野菜が、虫や鳥に食い荒らされている中で、一切狙われない腐ったトマト、それが私だよ。捨てられたあの日から、何一つ変わってないんだよ。こう見えて頑張ったんだけどなぁ……。私のスマホの検索履歴見せてあげようか? バストアップとかダイエットとか、そんなんばっかだよ? アフィリエイト目的のデタラメな記事の中から、必死にお宝情報を探してさ、結局目に見える効果は表れなかったんだけどね。『バストアップ 中学生』とか『バストアップ 食事 運動』とか『ダイエット 拒食症 薬』とか、色々検索したねぇ。大した情報載せてないゴミサイトが何度も何度も引っかかってね、相当苦労したよ。検索ワード変えても同じサイトが引っかかるんだもん。どういうメカニズムなのかわからないけど、あれは癒着だね。検索エンジンと詐欺サイトの間で癒着があったに違いないよ。ともかくね、私の検索履歴は情緒と同じくらい無茶苦茶だよ。ダイエット、バストアップ、勝負下着、誘惑方法、媚薬の作り方、催眠、洗脳、既成事実、そういう健全な恋する乙女にありがちな検索履歴になったね。まあ、結局何も得られなかったんだけどねぇ、えへへ。捨てられた日から一歩も前に進めてないんだ。私が夜な夜な涙とおしっこと吐しゃ物をまき散らしてる間、小五郎はエッチなゲームで、私が求めている物をティッシュに向けて……」

「か、楓!」

「未来の子孫の命を……ん? なぁに?」

「お、おはようのチュー!」

「んんっ……」


 あっ、柔らかい……。

 俺は、ただただ唇の柔らかさを堪能した。

 何も考えられない、何も考えちゃいけない。そんな気がしたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る