第3話 どっちの弁当ショー

 綺麗だなぁ、桜。

 俺って随分ともったいないことしてたんだなぁ。こんな綺麗な景色を、何も考えず素通りしてたんだからさ。

 空も綺麗だ。なんで俺は下ばっか向いてたんだろうな。小銭でも探してたんかね。

 あの車、カッコ良いなぁ。都会だから車なんて逆に不便そうだけど、それでも男に生まれてきた以上は、ああいう車を乗り回してえなあ。


「なぁ、アイツら……」

「ヒュー! 熱いねぇ」

「おい、聞こえるぞ」


 おっ、あれは雀かな? なんか痩せてるな。春だからかな? これ、換毛期っていうんだっけ。


「あれって柊木さんと、坂本君よね?」

「うん、できてるのかな? かな?」


 しっかし、春だってのに寒暖差激しいよなぁ。春だからか?

 夜はあんだけ寒いってのに、今暑いもんな。暑いっていうか熱いわ。


「小五郎、なんか今日は見られてるね」

「気のせいだろ」


 学校、遠いな。いつもより遠く感じる。いつの間に移設したんだ?


「ねぇ、なんで握り返してくれないの? 私だけ一方的につないでるんだけど」

「……男だからさ、力入れたら痛いかなって」

「えへへ、小五郎は優しいねぇ」


 ええい、まだ着かないのか。スキップ機能を早く実装してくれ。




 からかわれましたねぇ。ええ、クラスメイトから。

 カップル爆誕だのなんだの、まあいいけどね? 別にカップルじゃないし、仮にカップルだとしても、それは誉れ高いことであり……。


「坂本、おい」


 あん?


「アンタ、今日もパンだろ?」


 めんどくせぇのが絡んできたな。

 人に絡む前に、制服ぐらいちゃんと着ろよ。

 ああ、オタクに優しいギャルなんて、陰キャの妄想の産物だよな。現実は、いつだって厳しいんだ。ギャルなんて皆、オタクに厳しいんだよ。


「悪いか、ほっとけ」


 俺にウザ絡みしてくるギャルこと〝くまごう もみじ〟を適当にあしらう。

 イカツイ苗字のくせに、可愛い名前しやがって。何が椛だよ、虎か竜とかそっち系だろ。


「邪険にすんなし。せっかくお弁当作ってきてやったのに」

「あ? オベントウ? ……弁当だぁ?」


 卵焼きさえ作れなさそうなヤツが、弁当を作ってきただと?

 しかも俺のために? 嘘だろ? そんな展開……。

 …………黒川先輩か? あの人の呪いか?


「本当は屋上に忍び込んで食べようと思ってたんだぜ? 屋上の鍵も、朝から壊しといたしさ。でも、教室で食べて皆に見せつけることにした。アンタが悪いんだ。早起きして弁当作ったのに、アンタが女と同伴出勤してきたのを見ちまったアタシの心境、察するに余りあるだろ? 弁当を投げ捨てようと思ったわ。弁当もろとも身を投げようかと思ったわ。柊木なんざノーマークだったのによぉ、不意打ちもいいとこだよなぁ? こんな美乳ギャルと隣の席だってのに、なんであんな女ごときに尻尾を振ってんだ? 違うだろ? アンタは私に腰を……」


 お前もか、お前もお経を唱えるのか。坊さん系女子なのか。出家するのか?


「何してんのかなぁ? ちょっとお手洗いに行ってる隙に逢引きだなんて、さしもの私も予想がつかなかったよ、うん。一生の不覚と言っても過言ではないよねぇ。鬼の居ぬ間に洗濯とはこのことかな。私のことを鬼だと認識してるのもショックだけど、幼馴染のマリアナ海溝より深い愛情が、おっぱい一つ、いや一対かな、みっともなくまろび出てる贅肉の塊に負けるなんてね。私も着崩すしかないよね? 小五郎以外の男のいやらしいまなこを集めるのが嫌で控えてたけど、そんな悠長なこと言ってられないもん。こっちも必死や、いざ御開帳……」


 勘弁してくれよ、お経のセッションしないでくれ。っていうか、脱ぐな、脱ごうとするな。それはまずいから!


「出すな出すな出すな」


 ボタンに手をかける楓の両腕を掴み、阻止する。


「だって! おっぱい出さないと浮気されるもん!」


 やめろよ、お経セッションでクラス中から注目の的だってのに、大声でそんなこと言うなよ。お経なら、風前の灯火になってる俺の人権のためのレクイエムを頼むわ。

 ほら、女子達がゴミを見る目で俺を見てる。養豚場の豚っていうより、小動物を犯しているチンパンジーを見る目だよ。


「俺は胸で人を判断しないって、落ち着け」


 俺のフォローは正解だったんだろうか。

 もともと正解なんてないんだろうけど、不正解の中でもとびっきり悪いのを選んだかもしれん。


「坂本、坂本」


 クイクイと俺の袖を引っ張るギャル畜生。

 なんだよ、引っ込んでろよ。楓はお隣さんなんだぞ。このままじゃ、アサシンとご近所さんになっちまう。


「今のってつまり、胸じゃなくてアタシの人間性に惚れたってことだよな?」


 いつの間にか俺が惚れてることになってるー!

 お前なんて面倒なクラスメイトにすぎねぇよ! 今となっては、面倒な上に恐ろしいクラスメイトだけどよ!


「ほら、弁当食べようぜ? ほら、この鮭な、小骨を一つ一つピンセットで取り除いたんだぞ。どうだ? ギャルにしては案外繊細だろ? アタシのこういうところが好きなんだろ? アンタも骨抜きに……」

「それぐらいで良妻賢母気取り? 横恋慕の限界、正体を見たりってところかな? ほら、小五郎。朝からポテトサラダを作ってきたんだよ。大した料理作れないギャルちゃんにはわからないだろうけど、すっごく手間かかるからね。少しでも鮮度を保ちたいから、早起きして作ったんだよ。もちろんそれだけじゃないよ? 育ち盛りの男子だからね、唐揚げを……」

「栄養バランスって知らねえの? アタシは不足しがちな魚をメインに作ってきたんですけど? 単純に手間暇かけて自己満足してるだけのオメーと違って、坂本の健康面を……」


 やめろやめろ、お経でラップバトルすんな! アンサーお経をやめろ!

 パンでいいんだよ、俺は。

 パートのオバちゃんが『早く定時こないかしら?』って、自分のことだけを考えて無心で量産してるパンでいいんだ。お前らの愛情は胸焼けする!


「なぁ、とりあえず早口やめよ? な? 怖いから」

「早口だぁ? なんの話だ?」

「小五郎、何言ってるの?」


 なんで無自覚なんだよ! より怖くなったわ!

 どうすればいいんだ? コイツらの弁当食べなきゃ殺されかねんし、食べたら食べたで地獄だぞ?


「つ、作ってくれるなら前日に言ってくれよぉ。ほら、このパンの賞味期限近いからさぁ、早めに食べないとぉ。すまんな、ありがとうなぁ」


 小食だって言い張ろう。この場はそれで逃げよう。そんで、放課後はコイツらをまいて黒川先輩のところに……。


「おい佐々木ぃ!」

「え、あ、あ、あ、な、なにっ?」


 え、何してんの、このギャル。

 俺以上の陰キャ君に絡みだしたんだけど。やめてやれよ、泣きそうじゃないか。

 泣くな佐々木、俺が熊ノ郷に怒ってやるから。心の中でだけど。


「このパン食え、今すぐ」

「え、でも、あの……」


 えー!? 俺の逃げ道を潰しにきてるぅ!

 他人を巻き込むなよ、彼は弁当食べてるところじゃないか。幕の内弁当食ってるところに、甘ったるい菓子パンなんて食えんだろ。しかも特大メロンパンだぞ。


「さっさと食えよ、聞こえねえのか? タマキン蹴り潰されたいなら、最初からそう言えよ。ああ、もういい。望み通りアタシの美脚で、グチャグチャに蹴り潰してやるから泣いて感謝……」

「熊ノ郷! 食べるから! お前の弁当食べるから落ち着け!」

「マジ!? 坂本わかってんじゃん! あ? こっち見んなよ佐々木、このメロンパン持って帰れバカ」


 ごめんな、佐々木君。まああれだ、ギャルに絡んでもらえたってことで、勘弁してくれよ。良い思い出になるよ、きっと。

 女の子の口から卑語が飛び出たのを思い出しながら、夜な夜なシコ……。


「なんで? なんで私の弁当じゃないの? 料理できない小五郎でも、このお弁当に捧げられた膨大な時間ぐらい、なんとなくわかるよね? 時間が愛だと言うつもりはないけど、でも私の時間だって有限なんだよ? 別に徒労だとか、そんなふうには思ってないよ? 小五郎のために自分の時間を費やすこと自体は……」

「お前のも食べるから! 食べるから!」


 返してください。私の幼馴染と、隣の席のアホギャルを返してください。

 帰してください。私を無事に家まで帰してください。

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