第22話 Human.(EP8)

9月7日。日本全国の宅配会社は悲鳴を上げた。携帯各社、ー大手から新興までーから一斉に「モバイルバッテリー」が契約者宛に漏れなく発送されたのだ。通常なら数日に渡って分割されて発送される品物が一斉に発送された。まるで何かに追われるように・・・

 追い込んだのは佐川である。佐川の号令下、警視庁及び総務省が圧力をかけた。驚くことに、モバイルバッテリーの代金は「ツケ払い」である。正しくは数か月後から総務省から支払うが、今はとにかくバッテリーを送れと言う命令だ。4万ミリアンペアの大容量のモノが送付されたが、在庫確保に苦しんでいる携帯各社は2万ミリアンペアのモノで代用するしか無かった。この日、日本のモバイルバッテリーの在庫はほぼ払底した。いわゆる「飛ばしスマホ」も例外ではない。9月7日の時点で「生きている回線」は全て対象となった。「飛ばしスマホ」は犯罪で使われることが多い。各社とも「飛ばし」だと判断した契約は即時、無効にしたが、「飛ばしスマホ」は毎日量産される。国民の中には、多少の違法に目をつぶり、たった1万円のために15万円のスマホ契約を結ぶ者もいた。


「佐川、お前何を考えている?」「スマホを活用させるんですよ」「どう言うことだ?」「kaleidoscopeのキャパシティにはまだ余裕があるんです。もっと発信を増加させます」「そこから情報を拾い上げるのか?」「その通りです。あと、このモバイルバッテリーの送付は第一段階です。数か月以内に新たなモバイルバッテリーを市場に投入します」「メーカーじゃあるまいし・・・」「メーカーが売り出したら、訴訟で会社が傾くような代物ですよ」「はあ?」


「今のスマホはミドル機以上に”全固体電池”を使っています。このおかげでスマホの設計に大きな余裕が生まれました。主流は薄く軽くですね。折り畳みスタイルもすっかり定着しました。この国は情報戦、つまりスパイ対策はザルだと言いますが、中々どうしてガードは意外と硬いんです。スマホはいわゆる”技適”認証が無いと売れない。技適では特定国からの輸入スマホを恣意的に弾く内規がある。C国などは日本に輸出出来ないので、迂回国を通そうとしてますが、パーツ単位で弾くので無意味です。そもそも、全固体電池の国際特許の65%は日本が握っています。アメリカのような友好国には破格の使用料で使わせてはいますが。そこで、新たなモバイルバッテリーの出番です。チャージが異様に早いが容量は少ない。当然、充電も頻繁に行うわけです。中身は古いリチウムイオン電池ですが、仕掛けを施します。充電する場所は必ず、ユーザーの生活圏でしょう。更に、バッテリーにもGPS機能を持たせ、信号を送ると発火する機能も搭載します」


 佐川の計画は、とにかく怪しい端末を炙り出すと言うものだった。そして、ここぞと言うタイミングで発火させることも出来る。リチウムイオン電池を最適の条件で発火させた場合、人体に与える損傷は並大抵のものではない・・・

「佐川、貴様は自分が何をしようとしてるのか・・・」「テロ行為ですよ。日本中に爆弾をばら撒くのに等しい」「ソレが分かっていながら何故やる?」「僕の目算では、発火させるバッテリーは2個か3個。勿論、発火した時点で容疑者を確保。リチウムイオン電池は全回収します。詫びのクーポンと引き換えにね」「そう上手くいくものか。回収不能のバッテリーが出てくる。いずれは発火するかもしれない。そうなったら、俺はお前を逮捕する」「無いです。政治ってもんは怖いですね。モバイルバッテリーに手を出す層は、回収のアナウンスとクーポンの話を知れば、我先にと申し出ます。それほどまでにこの国は貧困化した、いやさせられたんです」


 犯行グループがこのモバイルバッテリー作戦に引っかかるわけが無い。桐山はそう思った。ところが、「ヘンペル班」の報告は違っていた。

「犯行グループは特異な行動を故意にしない可能性がある。国民の中に紛れ込むことが身を守る最善の策だと考えているかも知れず、その確率は50%」としてきた。逆に言えば、今kaleidoscope班が行っている捜査で犯行グループを割り出せる可能性も50%と言うことだ。kaleidoscope班は主にSNSを監視して、特異な行動や発言する者を割り出そうとしている・・・

 国民の中に隠れられたら特定不能だ。この点で「ヘンペル班」のアプローチが活きてくる。ヘンペル班が作り上げた「リスト」の数はもう想像がつかない。様々な観点でフィルターを制作し、「犯行グループである可能性がゼロの人物」を特定していく。この完全に「シロ」と判定された国民の数は数時間に1回、更新されるが、その数は増えることもあるが、減っていくこともある。つまり、「怪しい人物」の数が増えることもあると言うことだ。そしてヘンペル班はこの「リストに上がる人物」をさらに別のフィルターで「濾す」のだ。条件Aでは怪しいが、条件Bでは「シロ」、条件C・Dでもシロの場合、その色は限りなく「白」に近づく。もちろん、逆もある。ヘンペル班が「シロ」と判断した人物は、12時間に1回、kaleidoscope班がリストアップした「嫌疑アリ」の人物と突合され、除外されていく。kaleidoscope開発関係者、富裕層のリストから嫌疑アリとされた人物の半数は「シロ」と判断された。そして、新たな嫌疑のある人物は激増した。一旦は100余名にまで絞り込まれたはずが、今では2千人に増えている。まるで答えのないクロスワードパズルを解いているようだ・・・


「佐川、捜査員を貸してくれ」

「貸す?ココの捜査員のことですか?」

「そうだ、数人でいい」

「何を言ってるんですか。ここの捜査員は桐山さんの部下でもある。僕の許可は不要です」

「タバコを買いに行かせてもいいのか?」

佐川は両手を腰の辺りで広げ、「どうぞ」とジェスチャーで返した。

「冗談だよ。ちょっとやってもらいたいことがある」

「桐山さんの自由です」


数分後、2名の課員が桐山のデスクにやって来た。


「マイナンバーカードの取得者で、自動車免許を持ちながら直近5年間は無事故無違反の者をリストアップしてくれ」


桐山は先ず「合法の範囲内」で容疑者を絞り込もうとする。このリストアップは15分で終わった。「該当者、15万人です」「多いな・・・では次に、居住地東京都で」数分で終わった。1万人ほどに絞り込まれた。


「桐山さん、何をしてるんですか?」佐川が声をかける。

「犯行グループのリーダーはリストに上がらないように行動しているはずだ」

「待ってください。犯行グループが使った盗難車のドライバーが全員、無事故無違反だったと言うのですか?」

「いや、リーダーは運転を”していない”んだ」

「何故分かるんですか?」

「刑事の勘さ。僅かでも警察に捕捉されるようなことはしていない」

「なるほど・・・で、続きは?」

「プロファイリングも当てにならん。主犯は都内に住んでいる」

「何故?」

「事態に対する反応が速いんだ。だから証拠が残らない。ならば東京に住んでいた方が情報が速い。この国では地方格差が広がり過ぎた」

「いや、SNSの発達で、情報の伝播速度はどこも同じですよ?」

「何故、女川夫妻の事件は東京の郊外で起こった?主犯が状況把握を優先させたからだ」

「女川夫妻の事件では、情報統制が行き届いてますから、例え現場付近に住んでいても、特別な情報は伝わっていないはずです」

「甘いな。Sテレビの坂井は今どうしている?」

「東京拘置所と赤坂署を毎日往復していますが?」

「今すぐここに引っ張って来い。この庁舎内だ」

「桐山さん、それこそ違法ですよ。時計を見てください」

「夕方6時だろ。残業するからいいんだ」

「だから。この時間に取り調べは違法なんです。坂井は今日もみっちりと取り調べを受けて、拘置所で食事を終えた頃ですよ」

「関係ない。こんな取り調べなんざ、昔からやっていたんだ」

「違法ですよね?」

「ふん。容疑者が訴え出なければ問題ない。司法取引付きだ、大歓迎だろうさ」

「坂井と取引をするんですか?」

「しない。空手形ぐらいは切ってやる」


 八丈島の夏は暑い。海で囲まれた島は気温よりも湿度で人を消耗させる。日野署の木田は相棒の大久保を伴って、この島の民宿に宿泊していた。目的地は「青ヶ島」である。定期便は1日1回の往復をする貨客船と、ヘリコプターだけだった。この季節、秘境を求めて多くの観光客が青ヶ島を目指す。定期便はここ数日は予約が取れないままだ。木田は暇つぶしと称して、小さな漁港の堤防で釣りをしていた。


「木田さん、勘弁してくださいよー、木田さんが釣るから、毎日ムロアジばかり食べている気がします」

「昨日はトビウオのフライだったじゃねーか(笑)」

「もう飽きました。とんかつでも食いたい気分です。ウナギでもいいんすけど」

「仕方ないだろう?ここでは豚肉はそこそこ高級品で、ウナギに至っては3万円はする」


 木田と大久保は「青ヶ島」を経由して密輸入されてくる「ヤバい物」の捜査と言う名目で、青ヶ島に派遣されていた。全て木田と日野警察署長が仕組んだことだ。日野市にあるペットショップが密輸品の保管や移送に関わっている。「ベンガルヤマネコ」と言う。アジアに住む野生種だが、近年は絶滅危惧種となり、取引が禁止されている。令和初期に取引された個体から繁殖させた個体は全て管理され、売買に規制がある。つまり、好事家の欲しがる「猫」である。持ち込みは容易ではない。通常輸入はされない。怪しい個体はDNA検査を受け、ベンガルヤマネコと判明すればその場で没収され、出身場所に帰される。勿論、輸送中に死ぬ個体も出る。この絶滅危惧種に関する認識が甘いと国際社会から非難されて久しい。今では厳格な体制で臨んでいる。

 ところが、ベンガルヤマネコを「青ヶ島経由」で持ち込む者が出ていた。子猫の場合、家猫と判別しづらく、適当に体毛を汚されていたら判別が難しい。それでも本土に持ち込む場合は検査を受けるのだが、抜け道があった。

 青ヶ島で野生化した「家猫」を捕獲して、本土に連れて帰り里親を探す団体がいくつかあり、その団体の一部が「保護猫」と同じケージに入れて持ち込むのだ。動物愛護と言われれば、行政は及び腰になることを利用しているのだ。木田と大久保はこの「密輸」の摘発のために青ヶ島に派遣されたと言うのが建前だ。


木田はkaleidoscopeが実際に稼働すると察して、逃げ出したのだ。


「俺がZoo.の事件に巻き込まれたら、日野市の治安はどうなる?H市では不法滞在の外国人相手に”M市紛争”の再現まで起こるかも知れんのだ」

「木田さんがヒーローねぇ・・・無いですね」

「うるせぇ。お前だって逃げた方がいいと判断したから、俺の誘いを受けたんだろうが」

「お陰様で筆談の経験値が上がりましたよ」


木田と大久保は、当たり障りのない会話はするが、この逃走やkaleidoscopeに関する話は全て筆談で行っていた。そろそろ警察関係者も「嫌疑アリ」と言うことで盗聴され始める頃あいだ。

 大久保がkaleidoscopeについて知ったあの日、退勤後に呼び出されたのは小高い丘のある公園だった。そこで木田は筆談でこの逃避行の説明をした。(署長が青ヶ島に派遣してくれると言っている。お前も連れて行く。Zoo.の事件は危険だ。俺はタッチしないことにした)


 海のうねりが高い日。木田と大久保は確保できたヘリコプターに搭乗して、青ヶ島に降り立った。

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