第21話 Human.(EP7)
9月6日の夕刻。桐山はマルテ捜査本部のあるフロアの喫煙所にいた。マルテを引き継いだ福島を待っているのだ。なるべくなら旧部署の捜査員と接触しないで欲しいと言われていたが、禁止されているわけではない。桐山は気長に待つつもりだった。どうせKS班に戻っても仕事は”まだ”ないはずだ。佐川と桐山は一応は交代制で勤務しているが、退勤するしないは自由だった。桐山は大体15時間は勤務し、佐川はいつでもKS班にいるように見える。(そう言えばあの男、いない時があったか?)そう考えて愕然とした。最初に出会った時、佐川はマルテ捜査部に来ては、捜査状況を知りたがり、手が空けば携帯ゲーム機で遊んでいた。そして18:00には消えていた。日勤だったと言うことだろう。桐山も日勤の時間帯に勤務し、夜間は当時の副本部長の福島に任せて、帰宅していた。何か重大な進展や事案があれば呼び出してくるだろう、と。今の佐川はどうだろう?桐山は主に日勤帯の時間を担当しているが、佐川がアシストしてくれている。右も左も分からないKS班では、佐川の助言が無ければ捜査員の動かし方も分からない。そして桐山の退勤後は、佐川がKS班の指揮を執る。
(あの男、ここに住んでいるのか?)
と言う妙な考えが浮かぶ。実際、庁舎内で寝泊まりすることは可能だった。仮眠室もあれば、個室もある。シャワー室もあれば、金融機関の出張所もある。食事も可能だ。いや、食事に関しては民間団体よりも恵まれていると言える。佐川は睡眠時間以外はKS班に詰めているのか?
3本目のタバコを吸い終え、2杯目のアイスコーヒーを買おうと立ち上がった時、長身の男と目が合った。福島本部長だった。福島は一瞬目を見張り、それから恐る恐る近づいてきた。目が真っ赤に充血している。自分もマルテの指揮を執っていた時はあんな感じだっただろう。
「桐山本部長?」「今の本部長はお前じゃないか(笑)」「どうしたんですか、こんなところで?」「お前を待っていたんだ」
「僕を?桐山さんは今何をしているんですか?噂では・・・内調にいると」
「俺か?内調の使いっ走りさ、雑用係ってところだ」
「内調って・・・スパイですか」後半が小声になる。
「公安が手を出しにくい事案さ。詳しいことは言えない。すまんな」
「それはまあいいですが。それで僕に何か用ですか?何かZooに関して情報を掴んだとか?」
「逆さ。マルテの捜査がどこまで進んでいるか知りたい」
「僕にも守秘義務があるんですよ?」
「そうだな。雑談でいい。どうなんだ?」
「あの佐川って若造は何なんですか?捜査の主導権を握ってるようなもんですよ?」
「ああ。佐川だろ、アレは公安管轄だ。人捜しなら公安。合言葉じゃないか」
「だからって、ああもポンポンと指示だけ出して現場には一切出ないって、おかしいですよ」
桐山は心の中で独り言ちた、Zoo.に関して言えば、あの男が最前線にいるんだ・・・
「指示?進展があったのか?」桐山はとぼける。
「女川夫妻の事件、知ってますよね?」
「ああ。救出作業中に犯行グループにより、爆殺されたそうだな」
「僕も臨場していました。実行犯はまだ分かっていませんが、僕の考えでは・・・」ここで言いあぐむ。
「雑談さ、気楽に行こうぜ、なぁ?」
「あの時、檻を爆発させたのは・・・自衛隊かも・・・」
「何故そう思う?」
「日光を遮断する目的で設置してあったパネルの向かって左側を外した瞬間に爆発が起こりました。タイミングを合わせたように・・・その・・・」
「福島」
「何でしょうか?」
「自衛隊が関与したと言う事実には緘口令を敷け。じゃないとクビじゃすまないと、捜査員全員に言い聞かせろ」
「はっ!」
「だから硬くなるなって。俺が知りたいのは今、マルテが把握している情報だ」
「それは佐川に訊いてください。今、現場にカメラを仕掛けたSテレビの社員の事情聴取を終えてきたんです。あと、Sテレビに情報を売った若者の事情聴取もです」
「それで?」
「全部、佐川の指示でした。証拠はあるからガラを押さえてこいと」
「その通りだったんだな?」
「ええ。任意聴取ではなく、逮捕状の執行です」
「速いな・・・よほど硬い情報があったか・・・?」桐山は最後までとぼけるつもりだ。
「そりゃ、深夜に逮捕状が出たんですから、緊急性が高いって判断でしょう」
「ところで、だ。福島、お前の考えはどうだ?」
「何がですか?」
「マルテの捜査で坂井だったか?と、他の若者を逮捕出来たか?」
ここで福島は大きくため息を吐く。
「マルテの捜査は継続していますが、現場に残されたビデオカメラの線を洗って、坂井の任意聴取までは・・・独自でイケたはずですが、若者までは特定不能だったでしょう」
「佐川の情報は正しいってことか」
「そうですね」
「高山祥子の事件は?」
「手詰まりです。関係者を数人引っ張って、情報は無しです。Zoo.と呼ばれる同一犯の犯行だろうと言うところまで進んで行き止まりです」
「ふむ。正直に言ってくれ。Zoo.を逮捕出来そうか?」
ここで福島は桐山の発言の意図を確かめるように、桐山を見詰めた。桐山は僅かに顎を引いた。
「無理だと判断しています。捜査を投げ出しているわけではなく、一連の犯行に、犯行グループ特定の情報が無いんです。相手の失策待ちです。大きなミスや物証を残せばって話ですよ、情けないことに」
「佐川はどう言ってる?」
「何も。指示がない以上、マルテは独自で動けますから」
「どう動くんだい?」
「現場付近のカメラ映像、Nシステムの洗い直しですね。どこかに何かが残っているはずですから」
桐山は知っている。女川夫妻の事件はもう終わっている。捜査は進展しないだろう。
「俺がお前に渡せる情報があればいいんだが・・・コレだけは言える。敵は高度な知能犯だ。出てくる証拠は疑ってかかれ。その証拠は”犯行グループ”が故意に残したものかも知れない」
「どう言うことですか?」
「菓子メーカー連続脅迫事件、あったよな?」
「僕が入庁する前の事件です」
「俺もだよ。昔の事件だがあの時、警察は現行犯逮捕するチャンスがあった。しかし取り逃がしてしまった。上の指示を信じたばかりにな。警察は知能犯にはとことん弱いままだ。肝に銘じておいた方がいい」
「分かりました」
「助言程度だが、役に立ってくれればいいと願っている。部下にも言っておくべきだな。容疑者確保のチャンスがあれば、独断でやれと」
「はい」
桐山はポケットから財布を取り出し、紙幣を数枚抜いて福島に渡した。
「もう休め。家に帰れないなら、コレでサウナにでも行って、汗を流して飯を食って寝ろ。酷い顔だぞ、お前。事件は2~3日は動かないから」
「どうしてソレを知ってるんです?」
桐山は人差し指を唇に当てて「うっかり言っちまったリークだよ」と答え、喫煙所を後にした。
KS班では佐川が桐山を待っていた。詳細不明の通話記録が残っていたのだ。
「桐山さん、どこへ行ってたんですか?」
「デジタル庁さ」
「どうしてですか?何かありましたか?」
「いや、ニューナンバーカードについて知りたくてな」
「なんだ、そんなことなら僕に訊いてくれれば良かったのに」
「なんだ、お前詳しいのか?」
「詳しいも何も、ニューナンバーカードの仕様概論は僕が書いたんですよ」
「仕様概論?」
「そうです、技術的に可能な仕様です。ほぼ100%が活かされています」
「ふーん。そのお前さんが落ち着き払っているってことは、隠し機能は無いってことか」
「そのことですか。あのカードは完全な意味での個人証明書になります」
「デジタル庁もそう言ってたが、だったら新しいマイナンバーカードの更新で切り替えればいいじゃないか?」
「政府が持つ個人情報と紐付けすると言う意味では”切り替え”で済むんですが、個人を証明するために新たな情報を使うんです」
「ソレは何だ?」
「ニューナンバーカードは常時、政府のサーバーと繋がるって話は聞いてきましたよね?」
「ああ。自慢げに言っていたさ、持たざる者は人にあらずってな」
「そうです。だからこそ、完璧な個人情報が必要になるんです。偽造も貸し借りも出来ないようにね」
「それで?」
「あのカードに載せる情報に、DNA情報があるんです」
「待て待て待て。そんなもんどうやって調べるんだ?」
「国民が自発的に登録するんです」
「聞いていないぞ?」
「飴とムチです。登録すれば高額の支給金が貰える。しなければ現行のマイナンバーカードの期限切れまで不都合を感じながら生活して、期限が切れたら保険も免許もリセットされる」
「ソレは脅しじゃないか。マイナンバーカードの時に批判が出たじゃないか」
「あの時は曖昧に誤魔化しました。2回ほど給付金を出す形で。ニューナンバーカードも同じですよ。普通に暮らす国民に不都合は生じない。困るのは犯罪者だけです」
「崇高な理念だな。事実はどうなんだ?」
「事実も何も、犯罪さえ犯さなければいいんです。脱税みたいな犯罪は根絶されるでしょうけど」
「どうせ上級国民様用の抜け道があるんだろう?」
「当然用意しました。この話は続きがあるんですが、Zoo.の事件が先ですね」
「何かあったのか?」
佐川は部下に命じて、島根県本川町で目撃された”檻”の情報と、その目撃現場付近から発信された不審な通話記録を再生させた。幸い、女川夫妻の事件を受けて、各通信会社がログを残そうとしていた。功を奏したことにもなる、が・・・
通話回線で送られていたのは、硬いモノ同士をぶつけているような断続音だけ、通話時間も2分と言う短さだった。
「情報の詳細を」佐川が命じる。課員が近づいてきてA4用紙を2枚差し出してきた。内容を確認すると、そのまま桐山に渡した。
「妙でしょう?」
「ちょっと待て。全部読んでいない」
「読みながらでいいから聞いてください。この通話は島根県本川町から、宮城県にあるスマホに向けて発信されています」
「そのようだな」と、桐山は用紙を読みながら答える。
「コレ、北海道の端末なんです」
「イマドキ、12時間あれば列島の端から端まで行ける」
「違うんです。この端末は北海道にあるんです」
「何だそりゃ?投げて届く距離じゃねーぞ」
「だから妙なんです。受信した端末も東京にありました」
桐山は心当たりがあるように思えて、記憶を探った。
「台湾モデルだ・・・」
「何ですって?」
「佐川の年代じゃ知らないのも当然か。台湾危機は知ってるよな?」
「3日間戦争のことですか?」
「そうだ。台湾進攻が起こると同時に、アジア、東南アジア各国が連合軍を組織して南沙諸島を陥落させようとした」
「それで侵攻が止んだって話ですよね」
「そうだ。侵攻は3日間で終わり、南沙諸島防衛に回らずを得なくなった」
「未だに緊張状態ですよね、あそこ」
「そりゃそうさ。東南アジア連合軍だけでも戦えたのに、アメリカがバックアップして、自衛隊も虎の子の潜水艦をレンタルに出した」
「えっ?自衛隊もですか?」
「非公式だが、元々潜水艦なんてモンは何隻保有してるかさえ他国には漏らさない。数年に1隻程度はお披露目するが、その陰で何隻を建造したかはトップシークレットだ」
「思い出した。坂井だ・・・」
「そうさ。Sテレビは独自取材と称して、自衛隊の保有戦力を他国に売ろうとした。未だにあの事件は公安の捜査対象で、内調だって動いたはずだ」
「その戦争とこの端末に何の関係が?」
「あの時、台湾人を”人道的支援”として、鹿児島に避難させた」
「今もキャンプが残ってますね」
「歴史と言うか、そう言うモノは動きが読めないな。あのキャンプを模範として、国内に外国人を受け入れる”避難民キャンプ”が出来た。東京のM市事件はレアケースだろう」
「M市事件はまた別の市で起こりますよ」
「W市か」
「あとは北海道、兵庫。福岡は抑え込みに成功していますが」
「まぁいい。Zoo.事件には関係なさそうだ。あの時に台湾人が大量に持ち込んだ違法スマホが、通称台湾モデルと呼ばれた」
「どんなモデルです?」
「クローン・スマホさ」
「理論上、作れないはずですが・・・」
「そうだ。コピーは作れても”クローン”は作れない。同一って意味でな」
「IMEIがある」
「そう。スマホに割り振られた個体番号はコピー不能だ。この仕組みで携帯各社は自社の販売した端末を管理してる」
「ですよね」
「そこでだ。台湾人が持ち込んだ端末には違法改造されたものがあった」
「どんな改造です?」
「国内正規品の端末を使った詐欺があると言う土壌が先ずあった」
「どんな詐欺です?」
「ま、新興宗教なんぞが使った手口さ。半信半疑で入信を迷っている人に言うんだ。”あなたのスマホのクローンは宮内庁で保管されて、常に盗聴されている”ってな。すると、IT系に弱い主婦や若者は騙される」
「何でですか?」
「こんな国家機密を知っていて、あなたを導こうとする教祖様は凄いんですってやる」
「待ってください。宮内庁に何の関係があるんです?」
「日本人てヤツぁ、刷り込まれてるんだ。天皇陛下こそ最高権力者だってな」
「そう言う人は憲法も知らないんでしょうね・・・」
「そう言うことだ。全ての”黒幕”だって宮内庁だと信じ込まされる。一時流行った”DS”もそうさ」
「ディープ・ステート、影のアメリカ政府・・・」
「さあそこでだ。アメリカは割と御しやすかった。日本ではどうかって話さ。宮内庁を出せばいいじゃないかとなる」
「ちょっと意味が分からないんですが?」
「今は知らんが、20年前のスマホは特定の操作をすると、GPS情報がリセットされて、現在地を千代田区1-1と表示することが多かった」
「あ、皇居・・・」
「そうだ。こんなことで騙される人が多かった時代さ。ちなみに関西圏では何故かK国大使館になることが多かったそうだ。コレも愛国心を刺激した」
「へぇ・・・つまり、国民はスマホに関しては何も知らないと」
「新技術の普及時にありがちなことだ。そして、台湾モデルは一見”クローン”に見える」
「実際は個体番号以外をコピーした端末ですよね。使えないじゃないですか」
「先ず、コピーしたい端末をスキミングする。専用ソフトが売られていた。今もあるだろうがほぼ無効だ。そして初期化した端末を用意して書き込んで完成さ」
「ですから、使えないですよね?」
「お前、詳しいのに分らんか?台湾モデルはコピー元の端末の回線にタダ乗りするんだ」
「あ・・・」
「携帯各社に洗わせろ。日本全国で”不審な通信記録”、主にダブりだな。があるかどうかだ」
「この島根県本川町から宮城への通話記録は?」
「サンプルとして残せばいいだろう」
「桐山次長。GPS情報は追いますか?」
「あ?無駄だよ。台湾モデルなら、GPS回路は外に設けられて任意でオンオフ出来るんだ」
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