第20話 Human.(EP6)

Zoo.の檻を発見し、Sテレビに情報を売った男。”A"は9月4日深夜に拘束された。まだ容疑者逮捕と言うわけでは無いが、急を要するので深夜の「任意同行」となったのだ。マルテはこの男がZoo.の関係者、端的に言えば「実行犯」の嫌疑をかけている。任意同行してから証拠を捜し、テロ防止法で起訴する腹積もりである。ところが、”A"つまり山田正一は一切関係は無いと主張し、素直に経緯を話した。仲間の2人も、ただ単に山田の「お小遣い稼ぎ」に便乗しただけと主張するのみである。


女川夫妻事件の現場に臨場していたマルテ捜査本部長の福島は、所轄である高尾署で事情聴取にあたっていた。既にSテレビの坂井も任意同行が決まっていた。当分は自由の身にはなれないだろう。そしてこの山田と言う若者も・・・だ。


「山田って言うのか。職業は?」

「マンション管理人」素っ気なく答える。

「マンション?お前のような若造がかか?」福島は雑談することもなく、真実のみを明かそうとする。あの忌々しい佐川とか言う若造に「捜査は機敏に、焦ることなく確実に」と釘を刺されている。どうもあの佐川はマルテの上部組織の管理職らしい。詳細は知らないが、佐川のいる部署から「極秘」とされている情報が流れて来る。その情報に基づいて被疑者を拘束するのもマルテの仕事となった。


(桐山さんがいれば・・・あんな若造に仕切らせたりしないだろう)


まさかその桐山が、佐川と同じ部署で指揮を執っているとは、福島も知らない。


「家が土地持ちでさ。今は整備特急があるから、こんな田舎でも都心まで20分で出られる。高級賃貸は最近の流行りさ。駅から西に向かうと価値は下がるけど」

「で、そこの管理人をやって、楽をしている。そうだな?」

「そうだよ。何もしないでいい。トラブルは管理会社に丸投げさ」

「収入は?」

「金額のことかい?月収で20万。あとは親がくれるお小遣いってとこだ」

「その恵まれたボンボンが、なんで夜明け前の陣馬山なんぞに行った?檻の発見なんぞ、不自然過ぎる。正直に言えよ」

「脅してるのかい?」

「任意聴取ではなく、女川夫妻事件の容疑者として身柄を拘束することもある」

「あー、俺がZooだって疑ってるんだ」

「当たり前だろうがっ!檻が発見された脇道は、普段は人が入ることも無い行き止まりじゃないか」

「行き止まりじゃないさ。車が通れないだけで、林道は山梨県にまで抜けている」

「そうか、しかしお前は車であの道に入ったんだよな?」


kaleidoscope班の解析で、3日から4日の山田の足取りは完全に掴めている。


「罠が仕掛けてあるんだ」

「はっ!檻の次は罠か。動物相手にしてんじゃねーぞ、人が死んでるんだ」

「秋以降はイノシシが掛かるんだよ。多くは無いよ、年に2~3頭。多い時には10頭掛かったこともあったけど」

「イノシシぃ?」

「ジビエって奴さ。高値が付くんだ。デカい奴だと100万の値が付く」

「無許可か?」

「俺は害獣駆除業者の資格を持ってる。後ろ暗いところはない」

「獲物の横流しもか?」

「捕獲するだけでいいんだよ、この市では。猟師が激減したせいで害獣が増えた。鹿を専門に狙うやつらの方が多いさ。ここの警察署に訊いてみたらいいよ」

「で、本題だ。どうして昨日の朝に限って3:00みたいな夜明け前からうろついていた?」

「仲間とドライブさ。津久井湖にある充電ステーションまで走って、道の駅で軽く休憩して帰って来る。今は不良外人も多いから、パトロールも兼ねてる」

「パトロール?」

「そうさ。外人が入り込み過ぎたんだよ。全部市長の責任だが、そんな不良外人の対策は民間人がやる。警察は甘々の対応しかしないから」

「対策?甘々ではないって、殺すのか?半殺しにでもするのか?」

「現行犯なら腕の1本や2本は折るさ。たいていがレイプか強盗だから」

「強そうには見えないがな、山田さんよ?」

「俺の車を捜していいよ。イノシシ狩りに使う電気銃や捕縛網、最近出てきた”音響銃”も積んである。全部許可済みでね。許可証はコレだ」


そう言うと、山田正一は5枚の許可証を机に並べた。


「ふん、マイナンバーカードに入れてないのか?」

「1枚で済むってことは、1枚無くしたら終わりってことだ。山の中を駆けずり回るんだから、そんなリスクは取らないよ」

「話がズレたな。なんであの檻を発見出来た?今のお前の話では、まだイノシシ狩りには早いようだが?」

「ねぇ、刑事さん?」

「なんだ」

「捜査にコレだけ協力してるんだ。タバコ吸わせてくれないかな?」

「どっちだ?」

「紙巻きの方。もう加熱式はメーカーが撤退して入手困難だろ?」

「いいからここで吸え。終わるまでこの部屋から出さん」

「おーおー、容疑者扱いだね。まぁいいや。灰皿は?」


福島は記録係の警察官に缶コーヒーを買って来るように命じた。


「小銭くらいは持ってるよな?」容疑者と目されている山田に「奢る」のはご法度だ。

「シケてやんな。いくらだい?」

「400円。2本飲ませてやるから、1本飲んだらソレを灰皿にしろ」


 「夜明け前に街道を帰ってきた時さ。バードウオッチングのおっさんに車を止められた。ああ、デカい双眼鏡を持ってたし、装備も本格的だった。あの双眼鏡で若いもんの車を捜したんだな、きっと。で、車を止めてやった。なんならヒッチハイクでも乗せる。バッテリー代くらいは貰うけど。で、そのおっさんがあの林道にZooの檻みたいなもんがある。揉め事はごめんなんで、君たちが通報してくれないか、とさ」


 kaleidoscope班の解析では、確かに山田正一の車は数分だが街道で停止した後、林道に向かっている。山田に接触した人物のGPS情報は無かった。この時点ではノーマークだった山田たちの盗聴記録は無い。ログは流れている。kaleidoscope班の解析と「ヘンペル班」は並行して山田たちの動向を調査した。年度上半期のGPSログは通信キャリアが記録している。山田たちだけではなく、交友関係・・・同じ中学校を卒業した程度でも・・・までログを遡り、ヘンペル班は山田たちを「シロ」と判断した。若山事件から始まった一連の犯行時に、全く関与した形跡がない。スマホからの発信・着信記録まで調べたのだ。ヘンペル班は「嫌疑0%」と結論した。


早朝の4:00の街道は通る車も少なく、ドライブレコーダーの画像は少なかった。勿論、「バードウォッチングの男」の映像は無かった。物陰に隠れて山田たちの車を引っかけたのだろう。山田の車はドライブレコーダーの前方カメラが壊れていた。


 今の車はドライブレコーダーの搭載が努力義務となり、新車には必ず搭載されている。交通課の警察官が目視で確認出来るように、作動中のレコーダーには小さな赤いパイロットランプが光る。山田の車の前方カメラのパイロットランプは消灯していた。バードウォッチング用の双眼鏡ならば、このランプの確認も容易だっただろう。ここまで計算づくなら、証拠は残さないだろうことも予想出来た。kaleidoscope班も「ヘンペル班」も、若山・高山事件発生時点のGPSログの総当たりを行っている。現場付近にあった携帯端末はほぼ全てが特定され、怪しげな動きをした端末は追跡対象になった。年度上半期であったことが幸いして、ログはある程度残されていたが、この間に解約された端末は追尾出来ていない。そして、「ヘンペル班」は解約された端末の持ち主は「嫌疑無し」と判定した。kaleidoscope班は契約中の端末の追尾を続けていたが、怪しい動きをした端末は、全てが報道関係者だと分かった。現場周辺にいて、事件の最中から事件後の現地付近をうろついた・・・報道関係者の取材だろう。Zoo.の事件に関わった人物は全て、監視対象にはなった。通報者、知らずに協力した人物。全員がごく普通の生活に戻っている。kaleidoscope班が割り出した「リスト」、つまり、kaleidoscopeの開発に携わった人物のリストは2千人に達した。プログラマー、システム開発者。設計から制作まで。確かに外注された部分は無かったが、このシステムを部外者に口外した者もいたはずだ。「守秘義務」が厳格に運用され、民間ではありえない厳罰が与えられるのだが・・・


「ヘンペル班」はリストを2つ作った。「kaleidoscopeの開発関係者」と、「所得の多い者」のリストだ。日本の高所得者は国民の5%になっていた。貧困層は逆に増加し、65%が貧困にあえいでいる。趣味に使える金すら持たぬ者が娯楽を求めれば、自然とSNSやインターネット・コンテンツになっていく。毎月、数千円の回線契約料を払えば、あとは無料で楽しめるサービスが大量にある。SNSで情報を集めて「ルサンチマン」となる者が続出している・・・

 年齢や犯罪歴、モラルのある無しでフィルタリングされ、リストに残ったのは500名になった。このうち、200名ほどは「Zoo.」の構成員ではなく、資金提供をすることが可能と言うポジションにいる。ここで、2つのリストを突合させると、人数は一気に絞られた。容疑者である可能性があるのは120余名。


「動機は?」桐山が佐川に意見を求める。桐山はZoo.を動かしている原動力は「義憤」だと踏んでいる。保守、左派と弁護士に怨恨を持つ者など、そうはいるものか・・・

「僕は犯罪心理に詳しくないので。桐山さんの考えは?」「義憤だ。イデオロギーではない。標的にされているのは”国民の敵”だけだ」「僕もその考えに同意します。そして、動機が義憤であると言うことは、事件解決が困難になると言うことでもありますね」「解決困難?」「そうです。前にも言いましたが、模倣犯が現れたら事件の終息が見えないことになります」「模倣犯?ここまで見事と言うのも変だが、証拠を残さない手口まで模倣出来ると言うのか?」


「桐山さんは国民を甘く見ています。捨て身の犯行を行う人物、今までにも多かったでしょう?」

「佐川次長っ!」kaleidoscope捜査員が声を上げた。「なんだ?」「タレコミです」「ふむ、信頼度は?」「現時点では不明ですが、アタリの可能性が高そうです」「言え」

「島根県川本町で、檻を乗せたトラックを見た、と」「待て。その檻はZoo.が使った檻のことか?」「不明ですが、かなり大きな檻だったので記憶に残っていたと」「当たれ。その時間と前後2時間ずつ。目撃地点付近にあった端末を全て割り出せ」「現在、解析中。まだ回線の通話記録が残っています」「急げ、もしかすると大当たりかも知れない」


桐山はその時、デジタル庁にいた。使えるモノは何でも使う気だった。目的は「ニューナンバーカード」である。10数年前にデジタル庁の肝いりで強引に普及させた「マイナンバーカード」の後継である。マイナカードは導入が本格化した直後に「あり得ない不具合」を連発し、廃止寸前まで追い込まれた。当時の大臣は引責辞任したはずだ。桐山の訪問に、デジタル庁は事務次官を出してきた。マルテから内調に異動した桐山のキャリアを重視したのだ。実質は、桐山は内調捜査官では無いが、表向きは内調所属である。

「えーと。ニューナンバーカードのお話を訊きたいと窺ってますが?」次官の言葉遣いは丁寧だ。「そうだ。まだ普及前だったな」「もう交付は始まってます。今の時点では、公務員に向けてですが、希望があれば一般国民にも交付します」「何も聞いていないが?」「公務員と言っても、国家公務員は一応除外なんです。試験運用の側面もありますから」「また不具合か?」

「マイナンバーカードの顛末はご存じですね?そうです、一気に普及させた直後に不具合を連発して、2年後に新しいマイナンバーカードに切り替わりました」

「無駄なことを・・・どこが儲けたんかね?」

「経済系コンサルタントじゃないですか?企業のトップにもコンサル系が多いですし」

「そして10年を待たずに、今度はニューナンバーカードか」

「既定路線です。実は、マイナンバーカードの不具合は故意に起こしたものです」

「まぁ予算とかそんな話はいいわ。理由は?」

「テクノロジーの進化が思いのほか速かった。マイナンバーカードの交付が始まった時点で、次世代型のカード技術が開発されたんです。交通系ICカードを使ったことはありますか?」

「俺の持ってるヤツは無賃乗車専用だがな」

「決済は?」

「上限額まで使える。勿論、使った分はすぐにチャージされる」

「交通系ICカードの技術は、当時でも世界一だったんです。当時、他のICカードのタッチ決済がいくつもリリースされましたが、勝負にならなかった。S社の技術は本当に優れていました。今でも使われているのがその証拠です。とうに”枯れた技術”と言うのが強みですね」

「ニューナンバーカードは?仕組みは交通系ICカードと同じなのかい?」

「マイナンバーカードの現行版では使われていますが、ニューナンバーカードは更に機能が進化しました。この進化したカードを普及させるために、デジタル庁は大臣の首を飛ばしてまでマイナンバーカードを廃止に追い込もうとしてるんです。当時の大臣は、次期では早いが未来の総理候補ですね。国民の抱き込みに余念が無かったほどです」

「SNSか・・・」

「賛否はありましたが、概ね好意的に受け入れられたようです」

「で、ニューナンバーカードはどうなんだ?」

「電磁式なのは旧来のカードと同じです。ただ、ニューナンバーカードの場合、端末にタッチ・・・いやかざすことさえ不要です。電磁場の人口カバー率は95%以上になる予定ですから。つまり、国民は電磁場の中で生活することになりますね」

「健康被害が出そうなもんだが?」

「実験では安全だと。少なくともテレビモニターなどから出る電磁波よりも弱いですから」

「どこまで、何が出来る?」

「チェックポイントを通れば記録されます。様々ですね、国税庁からは、金融機関にチェックポイントを義務付けるように言われてますし、警視庁からは、繁華街や指定ポイントでチェック出来るようにしろと言う命令が来ました」

「個人の特定ってことか?」

「そうです。日本人なら全員がニューナンバーカードを所持するように仕向けます。訪日外国人の場合、パスポートの所持が義務付けられていますが、今後は厳格に所持義務を課します。今はまぁ、ザルですから」

「ビザ持ちは?」

「同じですね。入国時に使い捨てカードにパスポート情報を写しますから」

「それだけか?隠し機能は無いのか?」

「何を仰っているのか分かりませんが、”100%確実な身分証明書”です。国内にいる人間に例外は無い。持たざる者は犯罪者だけと言うことになります」


 デジタル庁を後にした桐山は、所詮は事務方のやることだな。身分証明なんざ、怪しければ引っ張れる警察がいて、kaleidoscopeに至っては危険なレベルだ・・・と思っただけである。ニューナンバーカードで得ることが出来る情報は、kaleidoscopeの下調べ以下だ。違法合法なんでもござれだ。ここまで考えて、桐山の心に何かチクっとした棘が刺さった。ソレが何かは数分考えても分からなかった。「違法と合法」・・・

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