第19話 Human.(EP5)

 Sテレビの副デスク坂井は9月5日に拘束された。女川夫妻の死亡から2日後のことである。容疑は「テロ防止法違反」及び「特定秘密の保護に関する法律違反」さらに「女川夫妻殺害容疑」である。勿論、坂井はこれらの法律に抵触していない。女川夫妻発見と報道は「報道の自由」の行使である。ただ、坂井の場合は「女川夫妻発見」の通報よりも取材を優先させていたことから、悪質と言うことで引っ張られたのだ。また、何故都心部にあるSテレビ局員が、高尾山中にあった”檻”を発見出来たのか?取り調べではこの点を明らかにしたい。坂井が「Zoo.」のメンバーと接触していた可能性が高いのだ。

 佐川率いるkaleidoscopeはこの情報を1日で解析した。女川夫妻発見地点付近のGPS端末のログを追っていたのだ。


マルテ捜査部の本部長、福島が直接取り調べを行う。


「坂井さんさ、どうやって檻を発見した?」坂井は黙秘を貫こうとしたが、ここで福島から恫喝を受けて折れた。

「黙っていてもいい。このまま起訴する。いいか?テロ犯として裁かれるんだ。女川夫妻を殺したとあっては、無期あるいは極刑だ。覚悟してるんだよな?」

 坂井は渋々話し始めた。3日の朝方、局にタレコミの電話があった。半信半疑ながらも、Zooの事件ということで、その場にいた自分がスタッフ2名を同伴して現場に赴いた。そこで本当にZooの檻を発見し、隠しカメラを仕掛けてから通報した。それだけだ。


「なぁ坂井。タレこんできたヤツはどんな人間だ?会ってるだろう?」

「高尾駅で落ち合った。あとはその男の運転で現場に行った」

「正確な時間を訊きたいんだがな。タレコミの時間はこっちで調べた。AM3:42だったよ。で、お前はすぐさま経理に駆け込んで750万円を出させている」

電話の少ない時間帯だったので、坂井が受けた電話の特定は容易だった。発信は公衆電話からだった。

「その後は?」

「俺はすぐに高尾駅に向かったさ、大スクープかも知れないからだ。到着したのは6:00過ぎだ。そこで落ち合った」

「何故通報しなかった?」

「現場を確認しないで通報しろと言うのか?」

「今回はそうした方が良かったんじゃねえかな?通報だけで済ませれば、今頃は涼しい部屋でのんびり出来ていただろう」

「タレコミが事実なら独占取材できると思ったんだよ。分かるだろっ!?」

「まぁ事件屋のお前さんたちが考えそうなことだ。しかしな?被害者を確認しているのに取材を優先させたことは犯罪だ」

「報道の自由があるだろう」

「報道は自由さ。坂井?お前は発見してから1時間も何をしていた?」

「隠しカメラの設置ぐらいはしないと、独占スクープにはならない。今までの事件でも、警察は現場から報道陣を締めだしたじゃないか」

「そりゃそうさ。相手は大規模テロ犯だ。どんな情報だって易々とは出させない」

「報道の自由を否定するのか?」

「テロに関しては報道規制をしてるんだ、分かってるだろう?勿論、他の事件で報道の自由の邪魔はしない。お前さんの逮捕と容疑はどうするね?まだ伏せてあるが、Sテレビではニュースにしたくてうずうずしてるぞ」

「馬鹿な・・・」

「お前もニュース系バラエティー番組のネタになるわけだ。そうそう、5年前だったな。お前の局が国家機密である自衛隊の展開の情報をC国に売ろうとしたのは。アレが漏れていたら、あっという間にこの国は占領されていた」

「占領とは大袈裟な・・・」

「おい、舐めてんじゃねぇぞ?自衛隊の保有する戦闘機の数、配備。スクランブル発進から空域着の見込み時間。開戦シミュレーション。F3の配備計画。おまけに誰も知らないはずの潜水艦の位置情報まで売ろうとしやがってっ!」

「潜水艦?」

「そうだよ。我が国の防衛の要は潜水艦さ。アレがどこに潜ってるのかなんて情報は、海自司令部でさえ秘匿していた。お前、事件の内容を知らんのか?」

「俺は、局長クラスがC国に機密を流そうとして・・・」

「死んだよな。犯人は未だに不明さ。もうあんな騒ぎは懲り懲りだよなぁ、坂井さん?」


 坂井は全て自白した。嘘は通用しそうにない。警察は坂井の当日の行動をすべて把握していた。通報後、現場で警官に報告した後、引きとめる警官を振り切って、隣の西八王子駅に夕方までいたこと。


「その現場に案内した男に見覚えは?」

「無い。タレコミで会っただけだ」

「写真はあるか?」

「用心深い男でね。カメラを取り出す隙も無かった」

「テレビ屋のお前らがぁ?」

「本当ですよ。スマホの電源まで落とせと命じられた」

「単刀直入に訊く。そいつらはZooだったのか?」

「分からん。裏取りしようとしている時に逮捕されたんだよ」

「長い拘留になる。差し入れは少々自由が利くようにはしてやる。よく考えろ、思い出せ。事件解決のきっかけになることも多いだろう」


 佐川は桐山と共に事件翌日から情報収集を始めた。kaleidoscope班のサーチにヒットする情報はかなりのものだった。当日、つまり9月3日の坂井たちの足取りはGPS情報で簡単に割り出せた。


「次長」

この呼びかけに佐川も桐山も振り向いた。二人は「次長」と呼ばれている。

「いえ、佐川次長・・・いや、桐山次長も聴いてください」課員は自分のデスクのスピーカーの音を大きくした。「この情報、信じていいんすかね?」「空振りでもいいさ。そうなったら、あっちでのんびりして帰ろうや。局の空気は辛気臭くて反吐が出る」「俺はすぐに帰社しないと、カメラマンの仕事に支障が出るんすよ」


 コレはスマホから送信されてきた「盗聴」の内容であった。「佐川っ!」「何ですか?」「お前、完全にプライバシー権の侵害、いや蹂躙だぞ?」「もうそんなことは言いっこなしでしょう。事件に関係ないと判断された場合は即削除なんですから」「じゃぁ何でこんな盗聴内容が残ってる?」「Sテレビの坂井副デスクは明日、逮捕されますから」「明日の予定?事件のシナリオまで書くのか?」「違いますよ。坂井副デスクはZooと接触している可能性がある」

 盗聴は3日午前6:15過ぎに突然切れている。坂井たちの端末の電源が落とされたのだろう。坂井たちに接触した”A”と言う男の端末から続きが盗聴され、記録が残っていた。「俺たちを探るな」と言う言葉があった。この情報は「アタリ」かも知れない。少なくとも、完全犯罪と思われているテロ事件で初めて、Zoo.が犯した失策かも知れない・・・


”A"が犯行グループの一員ならば。


 GPS情報のログから、”A"を含む3人の人物が割り出された。早朝の高尾駅で、坂井の端末に近づいた第三者が”A"である。”A"はこのあと、30分ほど坂井と行動を共にし、「タクシーでも呼べや」の言葉を残して別れている。その後、”A"は2人の人物と合流。各々に200万円ずつ渡している。値上げ分の150万円は自分のポケットに入れたようだ。この3人も、すぐに別れている。車内と思しき場所でも言葉少なであった。そしてスマホの電源は落とされた・・・

 盗聴機能は働かないが、GPS情報は筒抜けである。「おい、この3人の所在は?」桐山が課員に訊く。「既にマルテの捜査員を向かわせています。引っ張りますか?」佐川が割り込む。「確保だ」

 桐山は一つのヤマを越えたと思い、室長室の自分のデスクに戻った。課員のいる大部屋でもタバコは吸えるが、あのキーボードを叩く無機質な音が嫌いだった。ポケットに手を突っ込むと、タバコの箱が触れた。引き出そうとして、硬い金属がチャリっと微かな音を立てた。


(コレは使いたくないな・・・)


桐山はタバコを咥えて深々と吸い込んだ。左にある室長デスクは今日も無人だ。

(ここは謎が多過ぎる。室長がいなければ、実質、佐川と自分が最高権力者だ。kaleidoscopeについて詳しく知らない自分と、捜査のその字も知らない佐川。お互いに補完し合ってはいるが、どこまで、何をすればいいのか?)


 佐川は桐山の後、数分後に室長室に戻っていた。無言のまま、桐山の向かいのデスクに座る。何か逡巡しているようだ。更に数分後、佐川が口を開いた。


「”A"のこと、どう思います?」「Zoo.に繋がる可能性がある」佐川はため息を吐く。

「そうでしょうか?」

「そうでしょうかって、お前・・・そのためのkaleidoscopeだろう?」

「今の日本で、このシステムを上回る捜査方法はありません」

「そうだろうさ。法律無視でやりたい放題だからな」

「まぁいいでしょう、その通りです。で、この先は?」

「お前が疑問を持ってどうするんだよ。Zoo.の主犯を逮捕するんだ」

「ねぇ桐山さん」

「何だ?」

「僕の予想では、次の事件がタイムリミットです。未然に防げれば大金星。次の事件後すぐに主犯を逮捕出来れば上出来です」

「タイムリミット?」

「僕のチームが危険な兆候を検知しています」

「危険な・・・?」

「模倣犯ですよ。必ず模倣犯が現れるはずです。その前に・・・いや多少の余裕はあるでしょうが、逮捕しないと」

「模倣犯ねぇ・・・ちょっと大掛かり過ぎないか?」

「檻を用意するとか、そんな話じゃないんです。”国民の敵”を狙うグループが出てきます」

「それこそkaleidoscopeの餌食じゃないか。出来るんだろう?」

「歯止めが利かなくなったら?」

「歯止め?そんなもんあるのかよ」

「大規模テロを起こした場合、必ず極刑になる」

「そうだろうさ。昭和の時代はテロ犯に甘かっただけだ」

「そうです、テロで死者を出しても釈放された左翼メンバーさえいます」

「アレはまぁ・・・死んだだろ?」

「警察の部隊は優秀ですね」

「バカヤロ。それこそ”存在しない部隊”さ」

「では、このZoo.の一連の事件では?」

「逮捕されたら必ず吊るされる」

「そこが問題なんです。僕が言っている歯止めとは、テロには厳罰で臨むと言うことです」

「当たり前だ。Zoo.に便乗しただけで極刑は免れないだろう」

「僕たちもZoo.に揺さぶりをかけました」

「揺さぶり?いつだ?」

「女川夫妻ですよ。自衛隊別班を出したのはうちなんです」

「はぁ?政府閣僚の意志じゃないのか?」

「当然、そう言う打診が警視庁のSATにありました。うちが泥を被ることにしたんです」

「何故だ?」

「恩を売っておけば動きやすくなるからです。女川夫妻事件の責任を負わなくていいと言う取引です。あ、言っておきますが、うちが別班を出さなくとも、SATが実行したはずですので、怒鳴らないでください」

「まぁいい。で、Zoo.にかけた揺さぶりって言うのは?」

「犯行グループは知っているわけです。自分たちが殺したわけではない、と」

「そうだろうな」

「で、この先逮捕された場合、弁護士は付くでしょうか?」

「あ・・・仲間を殺されたも同然か。それでも金で転ぶ弁護士は出るだろうさ」

「それは無いんです」

「何故だ?」

「必要があれば、警視庁でも政府でも、弁護士会に圧力をかけて私選弁護人がいないことに出来ます」

「そうすりゃ楽だな」

「必要があれば圧力。その必要が無いんです」

「何故だ?国選弁護人だけで公判を進めるのか?Zoo.はそこまで馬鹿じゃねーぞ」

「テロ防止法で懲役30年コースを争うんです」

「死刑だろう?何人殺したと思ってるんだ?」

「Zoo.は”殺し”をしていないんです」

「いや待て。死んでるだろうが」

「若山事件、憶えてますよね?」

「最初の事件だ」

「誰が若山を殺しましたか?」

「Zoo.に決まってるじゃないか」

「若山の死因は熱中症による衰弱死。高山の場合は自殺でした」

「真相を知る者は少ないだろう?」

「桐山さん、矛盾していますよ。kaleidoscopeの違法性を問うなら、若山・高山事件の真実を隠蔽するのも違法です」

「うっ・・・」

「そして女川夫妻は僕のチームの判断で殺しました。つまり、テロ防止法で起訴できても、殺人罪が成立するか微妙なんです」

「いや、それでも結果がアレでは”未必の故意”はあった」

「そうです。国選弁護人はこの点で争うでしょうし、最高裁の判決が確定するまで20年はかかる。しかも、こちらには隠したい事情も多い。必ず新たな証拠が出て来て控訴控訴の繰り返しとなります。吊るす前に主犯も共犯者も寿命を迎えます」

「確実に犯行を行った人間なんざ、お得意の別班でも出すがいいさ」

「国民が見ているんですよ・・・」

「国民には何も知らせない・・・そうだよな?」

「kaleidoscopeの存在は知らせません。しかし、必ず内通者が出ます」

「なんだそれは?」

「例えば現場にいた自衛官。警官もそうです。”国民の敵”を葬ったZoo.に与する者が出る」

「そんな警官や自衛官は特定して逮捕、長期刑だろう」

「その頃にはもう、kaleidoscopeは無いんです」

「どう言う意味だ」

「この先の展開が読めません。僕たちがどうなるのかも明言出来ません」

「俺には言えるよな?」

「室長に。室長から聞くことになると思います。今は容疑者逮捕に全力を尽くすだけで精いっぱいですね」

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