第15話 Human.(EP1)


「誰かが俺たちをハメようとしている」「知ってたさ。アレはあっちの仕業だ」


日曜日の公園は賑やかだ。2本の遊歩道が接する場所に置かれたベンチ。背中合わせにまだ若いと言える男が二人座っていた。

「どうするんだ?このままじゃアレだぞ」会話は代名詞を多用している。「アレ」とは、今日の場合は「濡れ衣」ぐらいの意味だろう。小声で言われた言葉に、柳瀬隆二は素っ気なくこう答えた。「アレってことになればちょうどいいさ。リアルに確保された席に座る気は無い。指定席は空席のままさ」「指定席券なんざ欲しくも無いがな」「そう言うことだ。そろそろうちのが戻って来る。挨拶ぐらいしてやってくれ」「ああ」「そうだ、明日は家にいるか?」「休日だしな。あまりうろつくなって言うのはあんたの命令だろう?」「明日明後日と、午前中に宅配便が届く。置き配と言った感じでな。品目は書籍だ」「俺は置き配指定はしてないぞ」「俺が置くんだよ(笑)ドアの音がしたらさっさと受け取ってくれ」「何を寄越すんだ?」「コンタクトレンズ。明後日は約束の品だよ。八百万の神々がいれば当座は不幸にもならんだろ?」「ありがたいこって・・・コンタクトレンズは?」「次のプレイタイムが終わるまでは、外に出る時に入れておけ。ゲームセットを迎えたらもう見えなくていいだろう」


 陽光眩しい中、木陰に置かれたベンチに若い女性が近づく。彼女は耳が聴こえない。彼女は、夫が階下に住む男と隣り合って談笑しているのを見てほほ笑んだ。夫はあまり友達がいないのだ。この点で彼女には自責の念がある。休日はほぼ必ず、夫は自分の相手をしてくれるから・・・


 階下の男、斉藤翔は女性にぺこりと頭を下げると、繁華街方向にある公園出口に歩いて行った。


 ドアを蹴り破りそうな勢いで桐山が室長室に駆け込んだ。今の今まで、課員の勤務するKS班にいたのだ。自分のデスクに置いたノートパソコンで、女川夫妻のライブ映像を観ていた。音は出していない。課員の集中力の妨げになるかも知れないと言う配慮だった。そのライブ映像は夕方になって動きを見せた。現場の検分が終わると、直射日光を避けるために白いパネルで覆われた。たまに自衛官が中に入ったり、マルテの福島がパネルを眺めたりする様子が見て取れる程度であったが、日の暮れかけた時間に、自衛隊員が正面から見て左方のパネルを取り外した。直後と言えるタイミングで大爆発が起こった。若山事件と同じ規模であった。桐山は呆然としたが、すぐさま課員たちを見た。全員が黙々と作業をこなしているように見えた。佐川に指示を出させようと、室長室へ向かった。

「おいっ!女川夫妻が死んだぞっ!」

「知ってますよ、ここにも情報は届きますから」

「今すぐKS班に指示を出せ」

「桐山さんが出せばいいじゃないですか」

「俺はここの命令系統を知らない」

「どこも一緒ですよ。上司がやれと言う。部下は分かりましたと答える」

「どう動かせばいいのか分からんのだ」

「桐山さんはどうしたいんですか?」

「う・・・情報収集からだ」

「そこ。桐山さんのデスクのパソコンに報告が届いてますよ」

「佐川っ!お前はなんでそんなにのんびり・・・!」

「報告を読んだからです。桐山さんも読んだら如何ですか?」

 桐山は自分のデスクのパソコンを起動させた。5分前にレポートが届いていた。KS班の動きは存外、機敏なのかも知れない。

報告書のとある部分を読んで、身体がカッと熱くなった。左方から飛び込んだドローンが爆発を起こした・・・?


「佐川っ!」

「怒鳴らないでくださいって。何かありましたか?」

「ドローンだよな?」

「そうみたいですね。大型ですね、10分後には動画解析で機種名まで出るんじゃないですか?」

「お得意のkaleidoscopeはどうしたっ!ドローンを操作した者の特定は?」

「ああ・・・終わってますよ」

「犯行グループが割れたのか?」

「残念ながら・・・ドローンを操作していたのは陸自別班ですので」

「なんだとっ!」

桐山はいきり立って椅子を後方に倒して佐川に挑みかかった。

「落ち着いてください。結論を先に言うと、女川夫妻には死んでもらうしか無かったと言う上の判断です」

「待て貴様。国民二人を惨殺したのが”上の指示”だと?」

「そうです。もう女川夫妻の件は終わりです」

「ふざけるのも大概にしろよ・・・陸自別班は殺人許可証まで持ってるってか、あ?」

「そんなフィクションじみた話は無いですよ。勿論、ドローンを操作していた者は逮捕されます」

「確実に極刑じゃないか」

「桐山さんは”フーファイター”を知っていますか?」

「Who?誰でもない戦闘者?」

「語源は違いますが、おおよそその通りです。今回のドローンの操縦者も逮捕起訴され、あとは”Who”と入れ替わります。死刑執行を受ける者も”Who Person”です」

「意味が分からんぞ。犯行を行っていない誰かを吊るすのか?お前の言ってることは滅茶苦茶だぞ?」

「国民、いや閣僚だって実際に”執行”を見るわけでは無いですよね?つまりそう言うことです」

「・・・誰も罰せられないと言うのか?違法なんてレベルじゃない・・・」

「今まで、この”Who”を使った事件がいくつかあります。実行犯は逮捕されたが、何らかの配慮で刑の執行を免れた」

「クソがっ!」桐山はデスクを拳の小指側で殴った。

「桐山さんはちょっと誤解してますね。何もこの優遇を受けるのは上級と呼ばれる国民だけでは無いんです」

「どう言う事だ?」

「逮捕起訴され、あとから判決に疑わしい証拠があっても、司法の”メンツ”で判決を覆せない場合。あとはそうですね、少年法に護られたクズでも、コネがあればまぁ優遇されることもあります」

「司法の崩壊じゃないか。凶悪犯罪者が無罪放免かっ?」

「コレは警察の責任もあるんですよ。逮捕起訴までは警察が関わる領分じゃないですか」

「ソレはそうだが、極刑ともなると、冤罪は限りなくゼロに近づいている」

「無罪放免?ソレは無いですよ。体内にGPS発信装置を埋め込んで、公安の監視対象から外れることは一生無いんです。それに、娑婆に出す前に整形手術やら居住地の制限やらもあります」

「女川夫妻が殺された理由は?」


 政府と警察が手を組んでいた。この女川夫妻の扱いに困ったのだ。Zoo.の犯行は「必殺」を旨とすることが察せられた。つまり、このままでは女川夫妻は死ぬのだ。かと言って救出手段は無さそうだとの報告もあった。このまま警察関係者や自衛隊の見守る中、餓死や熱中症死を迎えたら・・・

そう、確実に「弁護士会」が猛抗議の会見をするだろう。しかも女川夫妻は「移民問題の急先鋒」である。この女川夫妻の死を、弁護士会は「ゴリ押しのためのカード」として使う。政府は移民・難民問題に頭を悩ませている。3年前東京都M市において、外国人参政権が議決され、1年の間に複数の民族が”自治区”を形成した。民族同士が争うことも多く、M市の治安は悪化した。「日本で唯一、夜間の外出だけで死ぬ街」とまで言われたのだ。政府与党はこの街の治安を取り戻す責務があった。M市民のためではない。増税に次ぐ増税、少子高齢化に対する無策や失政。もとより、M市に住所を置く議員の安全も確保したい。国民を平気で見放す与党も、自分たちの立場が危ういと知れると、人気取りの政策を執ろうとする。すぐさま、自衛隊別班が内偵を開始した。移民・難民合わせて2万人。長引かせるつもりは政府には無かった。M市の「外国人参政権」は10年以上前から発議されては「僅差」で廃案になってきた。市長が中共に魂を売った結果が禍根となっていたのだ。そしてとうとう3年前に外国人参政権が認められ、この参政権を目当てに、多くの民族がM市に流入した。当初の「特定アジア圏」を対象とした優遇が、多くの民族にも与えられたのだ。陸自別班は内偵を進め、8月15日にM市で決起集会が開かれることを掴んだ。この集会には、難民問題などに理解を示すM市議員も複数参加していた。この日をX-dayとした陸上自衛隊は、政府による「治安出動命令」に備えて装備を更新した。


 8月15日は「日本の終戦記念日」である。アジア圏の国民にとっては「解放記念日」とも言える。戦中にインフラ整備されたことを「恩義」と思う国がある一方、不当な侵略を受けていたと教育する国もあった。まさに「日本侵略を目論む外国人」にとって”うってつけの日”だった。この日、M市民会館には多くの外国人が集い、市民会館周辺は異様なまでに緊張した。この日、市民会館付近を歩いていたと言うだけで、レイプや強盗に襲われる日本人が複数出た。外国人同士のいざこざで、消防庁の車両は赤白問わず出動を強制される。警察は何故かだんまりを決め込んでいた。市民会館を中心に半径1㎞の縁を、地図上で赤く囲っただけだ。この赤線内で「事件が起こる」ことを通達されていたのだ。M市長の要請も無いまま、午後12:00に武装した自衛隊の「治安維持出動」が始まった。不良外国人もいたが、武装は当然していない。体格と「日本人とは違う倫理」で日本人を追い込むことが彼らの手口なのだ。一般的な日本人なら、相手がデカい外国人と言うだけで恐れをなすことを知っている。そして、一般的日本人ではない「ヤクザや半グレ」には手を出さない。


 一方的な殺戮であった。始まりは自衛隊の姿を見て、投石で応じた集団だった。投石と金属バット。数丁の拳銃・・・自衛隊は最初から1個大隊を投入していた。小銃で武装した自衛官の相手をするには無理があるのは自明の理である。最初の衝突から、外国人集団から情報の共有が行われたが、多勢に無勢、装備も違うのだ。自衛隊員は先ず、包囲することから始めた。この時点で「投降」した者は入管に収容され、生き永らえた。抵抗を続け、自衛隊員に攻撃を加えた者は容赦なくその場で殺害された。この日本国で起きた「戦後初の国内紛争」として歴史に名を刻むであろう。市民会館を中心にした包囲網は瞬く間に縮小されていく。本丸は市民会館である。この時、市民会館にいた外国人集団もM市市議も事態を甘く見ていた。まさかこの「外国人参政権を掲げる自分たち」まで攻撃の対象とは思っていない。しかし自衛隊員に下された命令は「不満分子を含む過激外国人勢力の殲滅」であった。3時間で本丸である市民会館を包囲し、「投降」を促した30分後に突入の命が下った。抵抗する外国人は拘束され、またはその場で射殺された。市議会議員の中には顔を真っ赤にして抗議する者もいたが、1人が射殺されると震えあがった。


赤線内の紛争は4時間で決着した。市内全域に広がっている外国人たちは、早々に逃走するか、家に閉じこもった。


 政府発表の犠牲者数は38人。自衛隊側の死者8人。この数字は「在留資格を持つ者」のみをカウントしたものだ。不法滞在者や違法難民、仮放免中の者はカウントされていない。正確な数は誰にも分からない。遺体はすぐさま自衛隊によって回収されたのだ。M市から不法滞在者が消え、外国人参政権が廃案となるまで1か月を要した。この間、日本の反社勢力が拡大を目論んだが、こちらは警察の取り締まりを受け、あらゆる罪状を使って拘束され続けた。比較的「穏当な」反社団体だけが「民間自治」を請け負うことで見逃されただけだった。


SNSでは「持ち主の帰らないパスポート」と言うハッシュタグが流行したが、その持ち主全員が不法滞在者だと知れるにつれ、日本人ユーザーの熱も冷めて行った。


 女川夫妻の死亡の責任を負わされた場合、政府はまた「M市事件」を覚悟しなければならない。この事件の報道は意外にも少なかったが、非難されて当然の所業である。「難民擁護の弁護士団体」に付け入る隙を見せないと決めた政府は、「警察や自衛隊の失態」ではなく、救出作業中に「犯行グループによって殺害された」と言うシナリオを書いたのだ。そして、このシナリオは成功したかのように見えたのだが・・・

「女川夫妻を殺したのは自衛隊」と言う呟きがあっという間に拡散した。政府閣僚も警視庁の上層部も、何故こんな話が流布されたのか分かっていなかった。

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