第14話 Elephant.(EP5)

kaleidoscope班。桐山はコレを「KS班」と呼び、佐川は「うちのチーム」と呼ぶ。呼称に特別な意味はない。桐山も佐川も同じ捜査員たちを見てそう呼ぶだけだ。kaleidoscopeの室長の提言で、SNSの規制が撤廃されることに決まった。「大量の情報」こそが重大なソースを含むとの主張は、政府も渋々認めたが、SNSの無法さを危惧する声もあった。福島室長の「犯罪性の高い発信者も簡単に検挙できるんです」の一声で、SNSは完全に開放されることとなった。Zoo.事件以前から規制されていた「有害情報の発信」も自由になった。短文SNSの規約に「有害情報へのアクセス、また有害情報の発信はユーザーの責任において行う」と言う条項が盛り込まれたが、そこまで気にしているユーザーはごく少数だった。もちろん、違法性の高い情報を発信したものは漏れなく特定され、時には逮捕されることとなる。


「佐川、今KS班は何をしているんだ?」「フィルター制作です」「フィルター?」「大事なんですよ、フィルターってもんは」「情報の選別って意味か?」「そうです。桐山さん、意外とうちのチームの適性があるんじゃないですか」「ふざけろ」吐き捨てる。違法捜査を嬉々として行うチームになんざ入るものか・・・


「整理しますね。先ず、マルテの持つデータは全て役に立ちません。まぁ地取捜査の情報は僕たちも参考にしますが、ここから先はマルテを忘れてください。犯行グループの情報は僕たちからの一方通行で通達されます」

「捜査員はどうでもいいのか?」

「大事ですよ。現場で犯行グループを確保する役目がありますから」

「俺はどうなんだ?」

「はい?桐山さんですか?」


「そうだ。役立たずのNo2ポジションの俺のことだよ」

「指揮官として優秀だと判断したから、桐山さんはここにいる。独自の方法で犯行グループを割り出すのも、うちのチームの情報を頼るのも自由です」

「ふん・・・どこまで捜査は進んでるんだ?」


 年齢35歳から40代後半まで。男性で未婚。居住地は静岡県または愛知県。商業地域に住み、現在は無職。知能指数は130以上。大卒。渡航歴アリ。


 kaleidoscope班に伝えられた「プロファイリング」は以上だった。このプロファイリングをどんどん更新していき、最終的に個人を特定するのがkaleidoscope班の任務だった。また、共犯者も多いと思われるが、詳細は不明。女性メンバーが少なくとも2人いる。

「とにかく、女川夫妻が出てこないと何も出来ませんよ。ここに集まる個人情報を全部見ようだなんて無理なんですから」


明後日が9月1日となる。この日から日本国内のインターネットは情報で溢れる。真贋はさておき、kaleidoscope班は「有意の情報」を選別して報告し、必要があればログを残し特定作業に入る。プロファイリング像からやや幅を持ってフィルタリングされる。Zoo.事件の犯行グループの行動を見逃さないために、先ずは20歳以上で渡航歴のある人物の発信を収集することになった。

 桐山は疑問をぶつける。静岡県に限定した理由も気になるし「渡航歴」と言う妙なくくりにも納得しにくい。第一、日本国民で「渡航歴のない人物」の方が少数派だろう。

「静岡県と愛知県は高速で1本です。つまり首都圏と条件は同じ。あくまでも主犯レベルの人物に限定しました。共犯は多いでしょう。日本全国にいくつかの拠点を持っているはずです。コレは今後の情報の精査で判明するはずです。女性共犯者がいることについては、犯行パターンから推測しただけです。繊細な部分を担当。厄介なのは主犯のIQですよ。今の日本では小中高の入学時にIQテストが義務付けられています。コレは「天才児の発見」のためではなく、ありていに言えば”授業に付いてこれない子供”を発見するためと言う側面が大きい。もちろん、ずば抜けた数値を出した子供はリストアップされますが、”自分の知能を隠す”天才児がたまにいることが問題なんです」

「ギフテッドか・・・」

「そうです。彼らギフテッドは自分が周囲の子供と違うことを察知すると、周囲に合わせて姿を隠してしまう。小学生時代に平均3回はIQテストを受け、高い数値を叩きだしても、中学校高校と進む中で埋没してしまう。故意に平均であろうとする。主犯がギフテッドだった場合、データ上の「高IQ児」には入っていない可能性がある。IQだけでフィルタリング出来ればたったの2.4%なんですけどね。渡航歴は知識の豊富さから類推しました。Zoo.の手口はどこか垢ぬけていると言うか洗練され過ぎている」

「ハッ!垢ぬけてる?洗練された犯罪?どこがだ。檻に放り込んで、出ようとしたらデカい爆弾で吹き飛ばす手口がか?」

「桐山さん、嘘はナシにしましょう。”言わないことがある”のは自由ですが、虚偽の発言は捜査に影響を与えます。気づいているんじゃないですか?Zoo.の手口は鮮やかで、しかし動機は日本人特有のものがあると」

「・・・犯行グループは生粋の日本人だと踏んでいる」

「そうです。ターゲットが非常に分かりやすい。日本人なら殺したいほど憎いだろう人物だけが狙われている。逆に、外国人、在留永住を問わずですが、外国人に利益をもたらす人物も容赦なく狙われている」

「女川のこともか?」

「女川夫妻は移民政策を推し進め、難民認定も甘くする活動を始めていました」

「どこの情報だ?」

「当の難民団体からの情報です。入管でMEKAWAと言えば処遇が変わると言う話まである」

「越権行為だ」

「そうです。ただ、この難民団体、複数ありますが、交渉が上手くいっていない」

「交渉?」

「外国人が日本国内で自由に活動出来るようにするには”お布施”が足りない。政府も女川を初めとする人権派弁護士も金が足りてないと突っぱねることも多い」

「腐ってやがる」

「そうそう、難民として入国してきた集団が自治区を作ろうとしてますが、失敗に終わるでしょう」

「政府の後押しがあっても?」

「ケルベロス、憶えてますか?」

「ああ、お前が口を滑らせたアレだな。どうなんだ?」

「ケルベロスは知っていますよね?」

「3つ頭の犬だろう?」

「そうです、地獄の入り口を護る番犬ですね」

「地獄?」

「この国ですよ。いつの間にか地獄になった感じですね。で、ケルベロスの頭のうち、2つはマルテとうちのチーム。残る1つは、陸自別班です」

「別班だぁ?あいつらは日本のCIAじゃないか。国内問題は管轄外だろう」

「別班は単一組織じゃないんですよ。陸自が身分を隠して活動するユニットの通称です」

「何をさせる気だ?」

「察しがいいですね。別班はkaleidoscopeの実働班です。主に破壊活動でしょうか?」

「でしょうか?国内で自衛隊を暴れさせる気かっ!」

「まあまあ。武力を止めることが出来るのは、より大きな武力って話は聞いてますよね?」

「国内で通用する論理じゃないぞ」

「これからは通用します。S県W市、東京都H市にはすでに即応班が一部ですが入っています」

「H市?」

「ニュースぐらい読んでください。H市は外国人参政権を認めるつもりですよ。M市と同じ運命になります」

「治安出動・・・か?」

「アレで何人死んだでしょうね。H市はまだ条例決議まで行ってませんが、W市はもう一触即発になってます」


 女川夫妻発見の報は9月3日の早朝であった。

「8月31日のログからチェックしろ。キーワードは「開始」や「スタート」等の合図のような呟き。それからダイレクトに”女川”、付随して”原発”、ハッシュタグでZooは今後、徹底して追跡しろ。発見時の状況は、都内八王子市の丘陵地帯で檻の中にいる状態だった。夫婦で檻に入っている。キーワードは随時更新する。残された時間は48時間乃至60時間。これ以上は女川夫妻の体力がもたない。灰色なら”黒”だ」


 流石はこのkaleidoscope班のリーダーである。佐川は矢継ぎ早に指示を飛ばす。課員にはその指示を待たずに動いている者もいた。桐山はその様子を見ていたが、現場の様子が気になる。「なあ佐川。現場からの中継をモニタに出せるか?」「はぁ、簡単ですがあまり意味はないんじゃ?」「俺達には無意味でも、現場に指示を出すには状況把握が不可欠だ」

 佐川は課員に「先入観を持たせたくない」という理由で、室長室のモニタを使うことを提案した。桐山としても、何も大型モニタに映し出す必要は無いと考えていた。


室長室の40インチモニタに映し出されたのは、緑深い空き地に置かれた檻。その中に男女が閉じ込められている。


「人定は?」

「女川夫妻で間違いないそうです」

「檻の中にあるバスケットは何だ?」

佐川はズームアップする。バスケットの中には果物が沢山詰め込まれていた。

「一応は飢え死にはしないってことか・・・」

「桐山さん、犯行グループがそんなことをするでしょうか?この檻は”必殺”ですよ」

「じゃぁ何で果物みたいな、ある意味理想的な食い物があるんだ?」

「えーと、情報来ましたね。あの果物は全部毒入りだそうです」

「コンチクショー、辛ければ自害しろってことかっ!」

「いや待ってください。モニタを観てください」

「ん?アレは何をやっているんだ?」

女川夫妻の夫が立ち上がり、檻の中にある台に乗り上がって何かをいじって、すぐに降りた。

「さぁ?現場が少し混乱してますね。情報の伝達が遅い・・・」

「八王子市か・・・現場に行っていいか?」

「桐山さんは駄目です。万が一巻き込まれたら大変ですから」

「そうそう簡単に爆発などするものか」

「高山の例を考えて下さい。女川夫妻が周囲を巻き込んで自決する可能性だってあるんです」

 現場からの情報はまとめてから送って来るらしい。当分、爆発の危険性は無いのだろう。女川夫妻は30代後半、体力もあるだろう。

すると、今度は女川の妻が台に昇って何かをいじって降りた。ここで情報が入ってきた。現場には自衛隊の即応隊が入っている。警視庁から1チーム12人、爆発物処理班が6名体制。情報収集と送信のため、まだ檻にカバーはかけられていない。今年の夏はしつこい。9月に入っても暑さになんら変化はない。このあと、十分に状況を映像で送信して来た後は、また白いパネルで囲って冷風機、スポットクーラーを稼働させるのだろう。


「桐山さん、現場の自衛隊から報告です。檻の内側にアクリルパネルが張り巡らされているそうです。檻の内部温度は現在40℃。脱水が気になるので、1時間以内に冷やし始めるそうです。ただし、この檻はかなり厳重ですね。通気口だと思われますが、アクリル板が2重になった部分に穴がある。しかし穴の位置がかなりズレている。補給は難しいようです。2重になった部分のすき間が1㎝程しかないと言ってますね」

「センサーはどうなんだ?またとんでもない数のセンサーで囲っているのか?」

「いや、その前に・・・女川夫妻の行動の謎が分かりました。あの台に昇って押しボタンを操作しないと爆発すると、女川が言っています。ほぼ30分おきですね・・・アハハっ!」

「てめぇっ!笑い事じゃない。人が死ぬかもしれないんだぞっ!」

「いやだって、桐山さん。コレ、”かわいそうな象”のパロディじゃないですか」

「パロディ?なんだそれは。笑い事になるのか、この事件が」

「桐山さん、憶えてないですか。子供の頃に呼んだ絵本」

「絵本?」

「戦時中の話と言う設定で、空襲を受けて猛獣が逃げ出さないように殺処分する話です」

「おぼえがある・・・あぁ象の花子と太郎だったか?」

「本によって違いますが、象は毒餌を与えても食わず、ちゃんとした餌を貰おうと、芸を続けるんです。結果は餓死しました」

「ふざけやがってっ!毒餌と台に乗る”芸”の披露。そして餓死か?爆発させる仕掛けは?」

「・・・厄介です」

「判明したのか?」

「kaleidoscope班のところに行きましょう。課員にも伝えなければならないので」


 檻の周囲4面に張り巡らされたアクリル板。一部は二重構造になっていて通気口として機能している。今回の檻を難攻不落にしている爆発物とセンサーは、かなりの省力型である。センサーは4か所、前後のアクリル板には1か所2個が取り付けられている。この前後のセンサーは三角コーナーのような突起に仕掛けられ、左右の壁にあるセンサーと連動している。つまり、僅かでもアクリル板を動かすと、センサーの検知が途切れ、起爆装置のスイッチが入る・・・

 マルテ本部長に昇格した福島も臨場していた。同じ都内だ。高尾駅まで出て、そこから迎えの覆面パトカーに乗り込んで15分。そこが現場だ。


「なんでこんな駅の近くで・・・」「本部長。この場所は人目に付かないんです。この整備された道路は陣馬山に通じる登山道に連絡します。しかし、檻・・・女川夫妻が発見された場所は、整備された道路に入ってすぐに脇道に逸れた空き地です」

「どうやって運んだんだ?」

「若山幹事長の時と同じですね。盗難車、ユニック車ですが、既に市内K町で発見されています。盗まれた会社もK町にあるレンタル建機会社です」

「また合鍵か?」

「そうです。昨夜に盗まれて、10時間で車は遺棄されたようです」

「待て。つまりこの檻は車で5時間以内の場所にあったってことだな?」

「どうでしょうか?檻を運んできたトラックなり何なりがあれば、中継地点があったとも考えられます」

「付近の防犯カメラやNシステムはどうだ?」

「ここはほとんど車が通らないんです。路線バスが終わればほぼ無人。Nシステムは現在解析中です」

 膠着状態が続く。福島は呪いの言葉を吐いた。毎回毎回、檻の仕掛けを解除出来ないじゃないか。今回は檻の柵にセンサーは無い。しかし、内側のアクリル板の壁が厄介だ。この壁をずらすだけで爆発するだと?


「おい、自衛隊に伝えろ。人が出入り出来るぐらいの穴を開けることは可能か、と」

数分後、自衛隊の迷彩服に身を包んだ若い男がマルテの集まる一角に走ってきた。

「中央即応集団陸曹、佐々木でありますっ!」

「穴を開けることは出来るか?」

「難しいと思われます」

「理由は?」

「手前の鉄柵を切り取ることは容易ですが、アクリル板が複雑な構造です」

「複雑?」

「1枚のパネルではありません。意図してこうしたのか、大きなアクリル板が入手出来なくて貼り合わせたのか、あるいは両方の理由で、パズルのように組んであります」

「それで?」

「アクリル板がどの程度、強固なのか不明です。軽く押すぐらいなら動かないのか、僅かな力でズレるのか分かっていません」

「自衛隊の予想は?」

「上端を軽く押すだけで倒れると判断しました」


 発見から6時間が経過した。真夏のような陽の光は容赦なく檻を熱した。自衛隊が持ち込んだ各種の冷却装置をフル稼働させても、檻の中の温度は30℃から下がらない。このままではあと数時間で脱水症状が出るだろう。


「おい、蓋を開けるってやり方はどうだ?」福島本部長はマルテ課員に尋ねた。上手くすき間を空けてアクリル板が倒れないように固定して、天井を「抜く」ことで、女川夫妻をヘリで吊り上げる・・・

「自衛隊に問い合わせましたが、センサーはピアノ線で繋がっていると言っています」

「では、先ずはアクリル板の固定だっ!固定すればセンサーもズレないだろうっ!」

「難しいそうです。アクリル板は檻の鉄柵に貼りついていないことが判明したそうです。精密な作業精度を確保出来れば可能かも知れないが、この場で行うのは困難だと」


 冷却策が多少功を奏した。午後5:00になっても女川夫妻は動けるだけの体力があるようだった。それでも最低12時間は飲まず食わずである。山の端の日暮れは早い。そろそろ夜が忍び寄る頃、檻を囲う白いパネルの左方が取り外された。


「おい、アレは何をしているんだ?」

「分かりません。日が暮れたので檻の様子を観察・・・するんでしょうか?」

「もう十分観察はしただろう。何か策でもあるのか、自衛隊のテントまで走って来い」

「はっ!」

福島の部下が走り出した瞬間のことだった。

 開かれた檻の左方から大き目のドローンが飛び込んだ。爆音と共に現場にいた関係者は伏せるしかなかった。若山事件とほぼ同じ規模の爆発物が仕掛けられていた。

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