第13話 Elephant.(EP4)

「違法捜査だっ!」室長の奥村からkaleidoscopeの概略の説明を受けてすぐ、桐山は大声を上げた。個人情報どころかプライバシー権まで侵す無茶な捜査方法だ。


「そうです。kaleidoscopeで行う捜査には違法な部分が多々あります」

「国民が許すと思うのか!?」

「私たちは国民に知られることの無い存在だと説明しましたが?」

「だからと言って、こんな捜査が許される理由はない」

「ねぇ桐山さん。今までにも捜査方法の違法性を問われ、無罪放免になった犯罪者がいますよね」

「アレは・・・捜査側が失態を演じただけだ」

「そして、違法薬物の使用反応が出ていたジャンキーを釈放して、結局はそのジャンキーが1年後に人を殺した。そんな事例があった。いや、違法捜査があったからと言うだけで釈放された犯罪者の再犯率は80%にも上る」

「それは・・・監視が甘かったせいだろう」

「ですよね。では、私たちが犯罪を未然に防ぐために犯行グループを”監視”することはどうでしょう?」

「その方法が違法だと言ってるんだ。これじゃまるで・・・」佐川が割り込む。

「全国民が容疑者なんですよ。今のところはね」

「ふざけるなっ!」桐山が切り捨てる。奥村は佐川に黙るように命じた。

「桐山さんは誤解しておられる。このkaleidoscopeはZoo.事件解決をもって解散するんです」

「詭弁だ。これほどのシステムを、はい終わりましたで解体なんぞするものか」

「表面上、存在が確認出来れば無いも同じ。もう一つ。私が責任をもってシステムに制限を加えます。Zoo.事件が解決したらね」

「制限?」

「このシステムの権限者は私と、そこの佐川だけなんです。権限の委譲はまだ規定もありません」

「ハンっ!こんな美味しいシステムを国が手放すと思うのか?」

「いや、政府は手を出す気にもならない。そうなるように仕向けます」

「どうやってだ?」

「ソレはまだ秘密。私たちの考えは政府や政治家には理解不能でしょう。桐山さんなら理解してもらえると思いますが、ソレは時が来たらお教えしましょう」

「お前の言葉は信じないが、俺がここから出てしまえば完全にお前や政治家の思惑通りになる」

「いえ、桐山さんはもうここの一員ですよ。出ることは出来ません」

「俺が完全拒否したら?」

「そのお話もしておきましょう。桐山さん、装備品は?」

「身に付けている。現場に急行ともなれば、いちいち許可を取ってる余裕はないからな」

「机の上に出してください。コレは命令です」

桐山は忌々し気にホルスターごと拳銃を出した。警察バッヂもデスクに置いた。

「S&W、SAKURAモデルですか。桐山さんはかなり保守的なんですね」

「支給品で十分だろうさ」

「射撃の腕はどうです?」

「25mレンジで的に100%当てる」

「ヘッドショットの精度では?」

「60%判定が出た」

奥村は桐山の装備品を右腕でデスクの端に追いやり、別の拳銃と警察バッヂを置いた。

「コレがここの装備品です。M92、扱ったことは?」

「無い。どこから持ってきたんだ、こんなもん」

「まぁソレは秘密です。オートマチックなので装弾数は15発。あとでスペアマガジンも2つお渡ししますよ。この拳銃は”綺麗な”ものです」

「マエが無いってことか?」

「流石は桐山さん、察しがいいですね。ライフルマークの登録はされていません。実際に使用しても所有者が割れることがない。扱いに慣れるための試射は警視庁の射撃場では行わないでください。警視庁に弾を回収されると登録されますから」

「何をそこまで警戒している?」

「kaleidoscope全体の意志です。我々は誰にも屈しない。誰をも支配しない」

「ケッ!大きく出たもんだ」

「一つ警告しておきます。我々の引き金は非常に軽いですよ」

「どういう意味だ」

「桐山さんが着任拒否をしたらと言う意味も含んでいます」

桐山は軽く両手を挙げて、ハイハイと意思を示した。


 マルテ捜査本部から桐山が消えた。理由は転属と説明された。この転属を機に、桐山は変わったと、マルテ捜査員は噂した。稀に庁舎内で見ることはあっても、ほとんど会話をしないし、どうかすると警視庁の捜査員を無視さえした。マルテの指揮は副本部長だった福島に任された。福島はそれまでの「桐山の捜査方法」を踏襲した。他に捜査方法を知らないし、この捜査手法こそ警察のあるべき姿だと信じて疑わない。


高山祥子議員の死亡から半月が経ち、捜査は行き詰った。福島は過去の事件の「洗い直し」を命じた。謎がいくつか残されていたのだ。いや、謎として残された事実だけが手がかりなのだ。

 先ず、3月の犯行予告と思われる事案で犯行グループが残した謎。「右手が義手の男」の特定は容易だと思われた。右手が義手ならば、国内の外科医院に記録があるはずだ。捜査員は地道に病院を訪れ、右手が義手の男を探した。たとえ手術カルテが残っていなくとも、医師の記憶や診察はどこかで受けているはずだ。また、「大型犬用の檻」の出どころも捜査された。特殊な檻である。犬舎を扱うメーカーのカタログにも載っていない特注品ならば、持ち主の特定も容易いだろう。使用された赤外線センサーの販売ルートも特定されつつあった。素人がおいそれと購入するようなモノではない。複数のメーカーの品が混用されていたが、ホームセンターや通販で売られたセンサーの総数は4千個弱と判明した。檻に使用された総数は248個。コレなら追いかけることが出来ると期待された。

 ところが、この捜査は全て空振りに終わった。右手が義手の男は全員がその所在を突き止められたが、全員にアリバイがあるか、犯人像と一致しなかった。30代男性で身長175㎝程度と言うフィルターをかけただけで、その人数は大幅に絞られたのだが。また、犬舎についてもほぼ空振りである。メーカーに照会したところ、製造した社は判明した。あの檻はカタログには載せていないが、最近10年間で20ほど製造されていた。ペットショップの中にはこの大型犬舎を知っていて、大型犬とセット販売する店があった。その檻の持ち主の記録はあるが、1つを除いて全てが所在確認された。残る1つは高知県で盗難に遭っていた。この盗難された檻が事件で使用された檻だと判明したが、持ち主は3年前に死去。空き家になった住宅の庭から、いつの間にか盗まれていたと言う。盗難届は出ていない。空き家を相続する家族もいなかった。赤外線センサーの販路から判明したのは、「売られていた」と言う事実だけで、「誰が買ったのか?」まで判明したのは僅か300個ほど。他は販売記録(レシートまで洗われた)はあるものの、レジを映していた防犯カメラの記録が残っていない。

 高山事件でも同じだった。使用された機材や資材は全て盗品で、防犯カメラも無いところから盗み出されていた。内部事情に詳しい者の関与も疑われたが、捜査範囲をかなり広げても該当者がいない。ただ、高山事件では「共犯者」がいた。大型トラックを貸した男と、高山の乗る公用車の運転手である。動機は不明だが、この2名は5回に及ぶ事情聴取を受け、「シロ」と判断された。最後まで残された謎。なぜ、公用車は正規のルートを通らずに、あの一方通行に入ったのか?


「ここです」捜査員が地図をモニターに映し出して、ポインタで示した。本部長に昇任した福島は渋い顔でその地図を見た。「ココがどうかしたのか?」

「高山議員は公用車での移動を好んでいました。東京から奈良程度なら公用車を使っても当たり前だったと言います。で、講演依頼のあった奈良の商業ホールに向かう道。この五差路が問題です」

「何がだ?」

「公用車の運転手は奈良の土地勘があるわけでは無いので、カーナビを使っていたと言います。そして、カーナビではあの一方通行が表示されることは無いんですが、手前の五差路でナビゲーションが曖昧な表示をするんです」

「どういう意味だ?」

「左方に進路が2つ、真っすぐ進む道が1本。右に行く道が1本ありますが、運転手は左方「斜め」に進む時に、うっかり手前から2つ目の進路を取ってしまった。そして、このルートを走ると、幹線道路に出るあの一方通行がナビに現れるんです」

「本当か?」

「真っすぐ進む場合も、微妙に左に向かうんです。捜査員が実地で車を走らせて確認しました」

「いや待て。運転手が道を間違えたのなら、犯行グループは待ち構えることが出来なかったはずだろう」

「2つ、理由が考えられます。1つは、正規のルートに入りにくい道路事情があった。もう一つは、正規ルートにも人目に付かない一方通行があるので、そこにも大型トラックを用意していた」

「大型トラックがもう1台?なんだそれは・・・」

「事件のあった一方通行から700mほど離れた一方通行が正規ルートですから、犯行グループは2つの一歩通行のどちらにでも行ける位置にいた。合計6人ですから、2つの班を編成したと考えるのは無理があります。そこまで大規模な人員は用意しにくい。爆発物もです。いや、犯行があまりにも鮮やかだったので、我々もそこに気を取られていましたが、何も大型トラックである必要も無い。運転手を車外に誘い出すことが出来れば、あとは5分から10分で公用車を檻にすることが出来たんですから」

「公道で堂々と犯行を行うと言うのか?」

「可能でしょうね。目撃者が出るとは思いますが、犯行グループが変装をしていればもう、特定は困難ですから」


「政府は悪手ばかりを打ちますね」佐川がぽつりとつぶやいた。桐山がkaleidoscopeに招かれてから2週間が経っていた。来週には9月に入る。あのあと、室長室から勤務室、いやそれはホールと呼べるほどの規模であったが・・・に案内された桐山は目眩すら覚えた。課員の数はざっと見て100人はいそうだ。理由は分からないが、白衣を羽織った者が10名ほどの集団でホールの隅にいた。全員の前にパソコンがあり、奥の壁と、ホールの中ほどの左右の壁に大型モニターが設置されていた。驚いたことに、この空間は分煙である。

「ストレスが溜まりますからね、ここは」と佐川が涼しい顔で言う。煙草を吸いたければ黄色く塗られた床の上、2坪ほどの場所で吸うことが出来る。このスペースでは高性能の空気清浄機が稼働している。他に、飲み物の販売機と長いソファーが並んだ一角がある。「出勤」してきたら、終業時までこの部屋を出ることは出来ないと言う。食事も配膳される。「僕と桐山さんは特別ですよ、出入り自由ですから」そして特に「持ち場は無い」と言う。課員の「司令塔」としてその任に当たればいい。


「何が悪手なんだ?」

「SNS規制ですよ。公然と検閲までやってます」「検閲は禁止だろう」「検閲を狭義で言えばそうですね。ところがSNS運営各社は利用規約で縛ってますから、運営の考え次第で発言を禁ずることも出来るってことです。その指示を出しているのが政府ですから、まぁ検閲と言えますね」


 若山事件から始まった情報統制は、高山事件で完全に言論封殺となった。もちろん、そんな事実は公表されていない。単に「都合の悪い情報」は、タイムラインに表示されなくなっただけだ。ユーザーたちは気付いているが、暗に「影番」と呼んで、表面上は平静を装っていた。「影に押しやられる番」にはなりたくない。


「ところで桐山さん?」

「なんだ?」

「松下はいいとして、女川夫妻は発見できないんですか?」

「松下はどうでもいい?相変わらず配慮の無い言い方だな」

「ここで何を言おうが構わないでしょう。それに松下はまだ生きていますよ」

「何か掴んだのか?」

「いえ、犯行グループの最後の切り札が松下だと踏んでいるだけです」

「・・・まぁいい。女川夫妻も行方不明のままだ。kaleidoscopeと言っても、大したことも無いんだな」

「捜査方法の違いですよ。警察は事件を追う。僕たちは犯人個人を追うってことです」

「じゃぁなんで追わないんだ?」

「言いませんでしたっけ?kaleidoscopeに残るログは3日間しか無いんです。データ量が膨大過ぎますから。ただ、ロックオンした場合はどこまでも追いかけますし、ログも完全にいつまでも残ります」

「ロックオン?」

「そうです、犯行グループが動いたら、速やかに発見して追跡します。あとは警察の仕事ですね。僕たちは現場を知りませんから」

「俺とお前は現場にだって出られるだろう?」

「必要があれば臨場しますよ。息抜きに喫茶店に行くことも自由ですからね」

「しかし、お前は真面目にここか室長室でゲームしてるじゃないか」

「マルテ本部と違って、ここはゲーム環境もいいですからね」

「本当の理由は?」

「いずれ話しますよ。そうだ、これだけはお伝えします。SNS規制は9月1日に撤廃させます」

「何故だ?」

「国民に自由に発信させた方が情報を得やすいからです。その裏で”緊急事態条項”が可決されるのも知っておいてください」

「何だとっ!この国に戒厳令を敷く気か?」

「そのようですね。人権を簡単に制限出来るわけですから、不要不急の夜間外出は禁止とか。犯罪者には頭の痛いことでしょう」

「野党が黙って無いだろう」

「ところがです、緊急事態条項の発議は野党が行ったんです」

「自殺行為だ・・・」

「違いますね。死にたくないから国民の自由を奪うんです。先生方はZoo.のターゲットは自分たち政治家だと考えているようですし」

「俺もターゲットは政治家だと思うが、今回の女川夫妻はどうなんだ?」

「ノイズ。あとは合図です」

「なんだそれは?」

「とにかく、女川夫妻が出てこないとkaleidoscopeも無意味です」

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