第6話 Tiger-1

若山幹事長の死因は「熱中症」と発表された。自衛隊のモニタリングでは体温は逆に低下していったが、脱水による熱中症は起こり得ることだ。この死因発表についてはかなりの紛糾があった。まさか「爆死」とは発表できない。それでは現場にいた警察が無能でしたと白状するようなものだ。実際、爆発前には若山の死亡が確認されていたので、強ち「嘘」とも言えない。しかし、警察上層部には1つの危惧があった。ほぼ時を同じくして、国参党の党首・松下も拉致されているのだ。少なくとも、同じ事件が「もう1度起こる」と言う意味だ。警視庁はそれこそ躍起になって松下の行方を捜していた。拉致後、殺害されて発見されればその方がいいとまで言う幹部もいた。また「檻の中」で発見されてしまったら・・・今度はどう発表すればいいのだろう?季節は夏になる。若山と同じように衰弱死すれば「熱中症」と発表も出来る。しかし、秋になれば・・・冬になれば・・・死因をどう発表すればいいのだ?更に、檻に仕掛けられた爆弾が死因となれば、警察の無策が責められることになる。犯行グループは「Zoo.」と名乗っている。動物園の檻の中で無残に殺すと言う意味だろうか?いや、今回は大きな「はったり」で、被害者を殺してしまったが、次回は「交渉の場に出てくる」可能性も大きいと考えることも出来た。


 若山の遺体は司法解剖後、出来得る限り丁寧に修復されて遺族に渡されたが、千切れ飛んだ体の一部は欠損し、爆風に晒された顔面は厚い包帯で巻かれていた。遺族の確認は身体の特徴で行われたのだ。

一方、現場では鑑識の詳細なレポートが作られつつあった。自衛隊のデータから「衰弱死」と判断され、爆発を起こした檻の実況見分については事件3日後にほぼ終了していた。自衛隊が撮影していた現場の模様から、天井と床がほぼ完全に同時爆発していたと思われた。撮影していたカメラの性能はあまり高いモノではなく、120fpsのフルHDであり、詳細なタイムスケジュールは分からなかった。ただ、鑑識の意見では、爆発は5つのブロックが同時に起爆することで破壊力が増しているのではと言うことだった。

 天井と床に仕掛けられた爆弾は同時に起爆した。コレは上下の爆弾が「同じ構造だった」と考えることが出来る。先ず、中央部と、中央部を囲う前後左右のプラスチック爆弾が炸裂。これは電気信管なので簡単に起こせる。更にそのプラスチック爆弾を起爆剤にして、周囲の「アンホ爆薬」が炸裂。高度な技術で作られたと思われる「アンホ爆薬」は均質で、上下共に同じ量だったと思われた。カメラの画像解析では、ほとんど同時に5つのブロックが爆発していた。正確に言えば僅か1/100sec単位のズレのせいで若山の身体は正面の鉄柵に叩きつけられていたが・・・


鑑識からのレポートが提出されたのが、事件後4日後。松下正義党首の行方は杳として知れないままだ。


 マルテ捜査本部は、松下党首の失踪も、若山事件と関連があると判断していた。あまりにも出来過ぎたタイミングである。しかし、なんの物証も無いのも事実であった。真相は「孫娘の誘拐で脅迫されて、自分の運転で自宅から北に15㎞ほど離れたコインパーキングに赴いた」のだが、「誘拐を匂わせる事実」は無い。つまり、警察は松下の行動の「理由」が分からない。孫娘の小枝子はいつも通りに学友と食事をし、カラオケを楽しんでから門限前に帰宅していた。松下が自宅に一人でいたことで、松下の外出理由を知る者もいない。松下が外出する15分前に国参党の議員と電話しているが、変わったところは無かったと言う。20:30、松下は現金2千万円を携えて、自分の運転で家を出ている。この時にスマートホンを家に置き、念のための持ち物である「GPS」を仕込んだネクタイピンを身に付けていた。ここから先は仮説だが、「松下は何らかの脅迫を受けて2千万円を用意した。万が一を考えてGPS機器を身につけて行った」と言うことだろう。

なお、GPSを内蔵したネクタイピンも、現金を入れたバッグに仕込んだGPS機器も、翌朝、コインパーキングに残されていた。


(完全に見透かされている)


マルテ捜査員はそう感じていた。全裸になった松下党首は直後に白いワゴン車に押し込まれている。コインパーキングにある監視カメラにはその様子が映っていたが、犯行グループの特徴を映してはいない。身長178㎝前後の人物二人が「被り物のお面」を付けて、松下をワゴン車に押し込んでいる様子だけが見て取れるのみだ。この二人が実行犯で、運転手は別にいる。犯行グループは現金の入ったバッグに目もくれていない。拉致後、付近の防犯カメラや走行中、停車中の車のドライブレコーダー画像も収集されたが、このワゴン車は深夜を回った頃に立川市郊外で発見された。盗難車であった。

 「祖父を預かっている」と告げてきた電話の発信元はすぐに特定された。神奈川県の相原にある公衆電話からであった。住民の少ない地域であったので、この公衆電話を映していたカメラは無い。所轄は無駄足と知りながら、この公衆電話を捜査した。もちろん、指紋さえ検出されていない。電話内に残された硬貨から20個ほどの指紋が検出されたが、こんな「ポカ」をするような犯人ではない。指紋の無い100円硬貨が5枚。どれを使ったのかさえ分からないのだ。発信記録から、テレホンカードを使った形跡はない。


 警察の記者会見は短い時間で終わった。質疑応答の時間さえなかったのだ。「警察発表」と言う一方通行である。

「若山幹事長は5月8日深夜から翌未明に麻布付近で拉致されたと思われる。犯行グループ、この事件は組織犯罪と思われる。「ズー」つまり動物園を名乗る犯行グループ・・・スペルはゼット・オー・オー。により山形県丘の下町の丘陵地帯で檻に入れられた状態で発見された。通りがかった市民の通報により事件が発覚。救出を試みたが、檻の作りが強固で難航した。更に時間は経過し、翌朝の10:00頃、死亡が確認された。熱中症であった。以上」

報道各局はこの事件を大きく取り上げたが、事件の概要のみは発表されただけだ。事件後、1週間が経過しても「硬い情報」は出ていない。ただ1社、現場を見下ろす位置に超望遠カメラを搭載したドローンを浮かべていたが、警察当局により、この動画を出すことが出来ないでいた。報道部は色めきだった。「報道の自由を護れ」と警視庁に直談判までしたが、「公開したら放送法による停波も辞さない」と回答され歯噛みしただけだ。「停波」ともなれば、戦後初の事例になる。コレを「名誉の停波」とする過激思考の者もいたが、スポンサーとの契約で停波を受け入れるのは不可能と思われた。巨額の賠償金が発生しかねないのだ。不慮の事故ではない。テレビ局が自ら「停波を覚悟して放送した結果」である。責任はテレビ局にあると訴えれれれば勝てる見込みはない。

 事件を知る関係者には徹底した緘口令が敷かれた。直接知る者は当然として、各都道府県の警察署長レベルには、「色を付けた情報」が知らされた。都道府県によって、情報の一部に「違い」を持たせたのだ。これで情報が漏洩した場合、どこの警察関係者からの漏洩か判別出来る。もちろん、そんな「色付き情報」であることは警察署幹部なら理解している。

若山を発見した川久保は「別荘暮らし」となった。被疑者でもないことは確認されたが、「人の口に戸は立てられぬ」と言うことで、上等な宿舎と食事を保証される代わりに、通信手段は完全に断たれていた。新聞も本も読める。テレビだって観ることが出来る。インターネットにも接続出来る環境だが「発信手段」は一切ない端末があるのみだ。この年代を知り尽くした警察関係者が与えた処遇であり、期間は「事態の収拾が予測出来るまで」とされた。


 報道各局は乏しい情報を「小出し」にすることで視聴者を繋ぎ止めることに躍起になった。発表された情報のみでは2日間が限度であった。視聴者はより新しい情報を求めてザッピングする。そんな視聴者を繋ぎ止める「情報」は無いので、毎日のようにコメンテーターを替えながら「検証」とやらの憶測ニュースを流すしかない。

在京の出版社が「独自記事」として、「国参党党首、行方不明の怪っ!」と言う大見出しで特集を組んだのは事件後4日が経過してからだった。ただ、コレも「事件発覚の翌日に松下党首が行方不明になった」と言うニュースだけで、あとは記者の憶測記事であったが。


そして事件は起こった。


ドローンで撮影された動画が「海外の動画紹介サイト」に転載されたのだ。国内では発表することが出来ない「爆発の瞬間」まで公開された。国内であれば「BPO案件」にある「人の死を放送する」ことと同義だと思われた。曰く、「警察発表は熱中症による衰弱死だが、この動画では爆死に見える」と言う注釈付きだ。この動画はあっという間にSNSで国民に拡散された。同時に、取材陣が現場付近で聞き込みで得た「爆発音がした」と言う情報を裏付けるものでもあった。公開されたのは中東の小国で、このサイトからの転載されていた。当然、この転載サイトの管理人は事情聴取を受けたが、動画の存在を知ったのは「偶然」だったとして、頑として口を割らなかった。アラビア語で「الأمين العام واكاياما」と検索したらヒットした言う。正しいアラビア語ではない。ただ、捜査員が試行してみた結果でも同じ動画がヒットした。もちろん、動画をリークしたのは報道局で、その動画の検索方法を指南したのも報道員だ。この事実は後に警視庁の知ることとなり、報道員は騒乱罪の「首謀者」として逮捕起訴されたが、「何故、動画拡散の方法まで警察が知ったのか?」は謎のままだった・・・

 短い梅雨が明けた。7月14日の天気は眩しいほどの晴天だった。気象庁は夏の水不足に警戒するように異例の強い発表をしていた。その日、保守派無所属と言う変わった立ち場の国会議員、高山祥子は地方遊説のため、奈良県を移動していた。警視庁はZoo.のターゲットとなり得ると判断して、国会議員の周囲の警戒を厳しくしていたが、全ての国会議員に複数のSPを張り付かせることは人員的に不可能だった。高山祥子は無所属ゆえ、国会でも注目されることは無かった。つまり「重要人物」とはされず、国会期間中に2名のSPが付くだけで、あとは行動の詳細をマルテ捜査部に申告するだけで良かった。


高山祥子。彼女は「保守派」を名乗りながら、実際は中国共産党とパイプがあり、「貧困対策」と銘打ち、主に女性救済の施策をしていた。法を変える力量は無いが、NPOを陰で運用し多額の資金を政府から得ていた。それでも与党の有力議員とは桁が2つ違うが、高山祥子の悪辣なところは、救済したはずの若い女性からも搾取している点だ。そして、ある日を境にその若い女性は行方不明になる・・・

 もとより、NPOに保護されるぐらいなので、社会性の乏しい女性は行方不明になっても事件化しないことが多かった。与党議員の中には高山祥子の活動を称賛している者までいたのだ。


 奈良県は初めてであった。公用車の運転手はカーナビを見ながら運転している。その車が幹線道路を逸れた。高山祥子は何も知らない。公用車が次の大きな幹線道路に出ようとした時である。路肩に大型トラックが路上駐車され、ドライバーと思われる作業服の男性、30代後半だろうか、が手を振って公用車を停めようとしている。

「先生、どうします?」と運転手が前を向いたまま高山に問いかける。高山の父はトラックドライバーの仕事に熱心で、その収入を高山の学費に充てていた。高山にはトラックドライバーへの親近感があった。

「話しぐらい聞いてあげたら?」

公用車はトラックの後方15mの位置の路肩に停車した。高山はスマホを見ていた。


「どうかしましたか?」と運転手がウィンドウを降ろして男に質問した。

「いや、ちょっとコレを見てくださいよ、酷ぇもんだ・・・」と、トラックドライバーは自分の太ももを指さした。真っ赤に・・・いや青い制服のせいで黒っぽく濡れていた。

「おい、どうしたんだっ!?」と、公用車の運転手が車から飛び出した。トラックドライバーが腰を屈めたからである。この時、やっと高山はスマホから目を逸らして車外を見た。


ヂヂヂヂヂっ!


トラックドライバーが隠し持っていたスタンガンが運転手の首筋で爆ぜた。運転手は声も上げずにその場に崩れ落ちる。その瞬間、公用車の後ろから走り寄ったマスクの男が運転席に滑り込んだ。失神した運転手は別の男によって後部座席に押し込まれた。目の前にある大型トラックの後方扉は開け放たれ、公用車のタイヤ幅に合わせたレールが2本、伸びていた。

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