第3話 Lion-2
「誰かー、誰かいないかー」
小高い丘の中腹にその男はいた。いや、居たと言うよりは「閉じ込められていた」と言った方が正確だろう。大きな・・・人が住むには狭い程度の檻の中に。丘の頂にはちょっとした公園と自販機があるので、メンテナンスやドリンクの補充のため、狭いながらも車が通れる道が真っすぐに伸びていた。その中腹、道路脇の空き地に檻は鎮座していた。GWも明け、また忙しい日常が帰ってくる。そんな5月の中旬。晴れて少々暑いくらいだ。30分もおらび続けていただろうか、空き地の横を通りかかった若い男が気づいて、近づいてくる。
「おっさんか。何やってんだこんなところで」
「見て分からんか。閉じ込められてるんだ」
「檻の中だな、面白ぇや」
「いいから助けろ、礼はする」
「助けろ?偉そうだな、おっさん」
「お前、俺を知らないのか?」
「なに?げーのー人?偉い人?スポーツの監督?」
「テレビくらい観ないのか?」
「は?動画配信サイトがあれば不自由しねえし。テレビはあれだ、偏向報道ってヤツ?」
「近頃の若いもんは・・・」
「おっさん、いいこと教えてやるよ。あんたらの世代は”最近の老害”って呼ばれてる」
「いいから助けろと言っておるんだっ!」
「礼は?金額次第だぞ」
「・・・10万でどうだ?」
「コレさぁ、犯罪臭がするんだよな。巻き込まれるリスクを考えると、桁が1つ足りないわ」
「100・・・分かった200万でどうだ?」
「まいっか。どれ、こんな檻なんざ壊せそうかな?」
若者は無造作に檻に近づいていく。犯罪の匂いを嗅ぎとりながらも警戒心はゼロに近い。
「ま、待てっ!近づくなっ!」
「何だよー、近づかなきゃ出してやれないじゃないか」
「違うんだ、ば・・・爆発するんだっ!」
若い男が一瞬怯んだ。だが礼金200万は魅力だ。現金で頂けば税務署だって気付かないだろう。若者は金には困っていないが、遊興費はいくらあっても足りないぐらいだ。
「あ?こんな鉄柵、サンダーで切ってやるよ。5分でな」
「だから分からんのかっ!爆発すると言っておるだろうっ!」
「偉そうやな。時限爆弾だろ。今からサンダーを取りに行って、15分もあれば出してやれるって」
若い男は檻の鉄柵に手を伸ばそうとした。
「やめろっ!触るだけで爆発するんだっ!」
「何だよそりゃ・・・仕掛けがあるってことか?冗談だよな?」
「知らん。知らんが、そう説明されたんだ」
「それじゃ助けようがねーよ。おっさん、どうして欲しいんだよ」
「俺はあんたが、閉じ込めた連中の仲間かも知れないと思っただけだ」
「俺は犯罪はやらない。善人でもないけどな」
「警察を呼んでくれ」
「はぁ?そんなもん、自分のスマホで呼べばいいじゃねーか」
「取り上げられたんだ。あんた、持ってるだろ」
「まぁいいけどな。電話賃はいくらだい?」
「金を取る気か?」
「出さないなら見なかったことにするよ。おっさん、金持ちなんだろ?」
「10万でどうだ?」
「おっさん、やっぱ金持ちだわ。パンピーとは金銭感覚っつーの?が違うわ」
「どうなんだ?」
「分かったよ、警察を呼ぶだけでいいんだな?」
「そうだ」
「じゃ、先に金だ」
「無理だ」
「何でだよ、それなりにいいカッコしてるじゃねーか。所持金ゼロはないだろ」
「全部取り上げられたんだ。ここから出たら必ず払うから頼むっ!」
「仕方ねーな・・・ちょっと待ってろ」
「おい、どこへ行くんだっ!?」
「いいから待ってろって」
10分後、若い男はペットボトルを2本持って空き地に戻ってきた。
「おっさん、暑いだろ。差し入れだ」冷えて水滴のついた麦茶のペットボトルを差し出してきた。檻の中の男、年齢は60代後半だろうか、ペットボトルを見て喉を鳴らしたが。
「駄目だ。受け取れない」
「アレも駄目コレも駄目じゃ話になんねーぞ。隙間から押し込んでやっから」
「駄目なんだ・・・」徹夜だったのだろう、真っ赤になった目には涙が溢れてきた。
「おっさん?」
「この檻の柵の隙間にはセンサーが通っていて、一瞬でも遮ると爆発する・・・」
「警察の仕事だな、コレ。もう通報はしたからよ、警察が来るまでここにいてやるよ」
「本当かっ!」
「ああ、世の中、悪戯好きな馬鹿もいるしな。おっさんの言うことを信じてやるよ。それに、通報だけして姿を消したら、俺まで追われることになりそうだし」
「詳しいのか、あんた?」
「ジジョーチョーシュってヤツだろ。面倒はご免だから、この場にいた方が得策だろ」
「すまんっ!」
檻の中の男は、胡坐をかきながら頭を垂れた。若い男はその正面の地面に、これまた胡坐をかいて座った。何もしなければ爆発はしないだろうと考えたのだ。
「で、おっさんは誰?」
「本当に俺を知らんのか?」
「知らねーから、警察には”丘の中腹に閉じ込められた男がいる”って伝えただけだ」
「俺は国友党の議員だ」
「へぇ、市の議員さんかい?」
「国会議員だ」
「そりゃいいや、このあと警察が来る。で、おっさんは知人を呼ぶんだろ?その時に約束の10万円、払うように言ってくれよ」
「俺が払う・・・」
「ダメダメ。おっさんはさ、今異世界にいるようなもんだ」
「異世界?」
「そうだよ。おっさんはそこから出られない。こっちもおっさんに手を出せない。全く違う世界にいるんだ。だったらこっちの世界にいる知人から貰った方が確実だ」
「くそっ・・・10万円すら払えずに借りろってことか」
「文無しじゃしゃぁねえべ?しかも檻の柵にも触れられないんじゃなぁ」
通報を受けた山形県警から捜査員が来ることになった。その前に所轄の交番から制服の警官が3人やって来た。通報から10分後のことである。交番の警察官には、県警出動まで1時間はかかると説明があった。通常なら市警に詰めている捜査員が出てくるので、そんなに時間はかからないはずだが、何故か「1時間、現場の保全と通報者の確保」を命じられた。まだ、被害者が国会議員だと知れる前である。
先ずは遠巻きに警官が現場を観察した。空き地の広さはテニスコート1面分ぐらい。その奥に「檻」が置かれていた。土の露出した地面を観察すると、明らかに檻を運んできたと思われるトラックのタイヤ痕があった。ところどころに下生えがあり、その部分にタイヤ痕があるかは分からなかった。檻の中には初老の男、その正面に座っているのは通報者だろう。言葉少なに何やら話し込んでいるようだ。他に人影は無いようだ。一番若い警官が素早くデジタルカメラで状況を撮影した。50代だと思われる警官が若い男に話しかける。
「あなたが通報してくれたんですか?」
「ああ、俺だよ」
「ご協力ありがとうございます」ここで警官は檻の中の男に目をやって、驚愕の表情を浮かべた。
「もしかして、若山さん・・・いや若山国会議員ですか?」
檻の中の男はぶっきらぼうに応じた。「そうだ、政府与党の幹事長の若山だ」警官はその場で姿勢を正し、敬礼した。
「いい、いい。敬礼なんざどうだっていいんだ。ここから出る方法を考えてくれ」
50代の警官は、無線機ではなく携帯電話を取り出した。県警本部に重要事項として報告するためだ。通話ボタンを押して2コールで相手が出た。
「県警の横田だ」
「横田警部ですね?」
「そうだ。何か用か?」
「本官は山形県丘の下交番の川田と申します。先ほど、通行人から”檻に閉じ込められている男がいる”との通報を・・・」
「その件に関しては既に本部から捜査員が向かっているが、何か進展があったのか?」
「いえ、進展はその・・・無いんですが、現場の保存をする際に、囚われている男の人定をしたところ、国会議員の若山幹事長だと判明しまして」
「なんだとっ!」怒鳴り声の後ろで椅子が倒れる音がした。
「はい、間違いありません。若山幹事長です。捜査員の到着が遅いのは何か関係があるのでしょうか?」
「無い。市警に命じて、手空きの者を動員する。君たちはその現場を離れず、完全に保存するように。ところで通報者の特定は出来ているのか?」
「はいっ!通報者は現場に残っております」
「そうか、通報者は確保してるんだな?絶対に逃がさないように」
「了解しました」
1時間を待たず、空き地の前に4名の私服刑事が立った。
「警視庁捜査一課の岡原だ」と、バッジを肩の高さに突き出してきた。
「お待ちしておりました」
「よし。先に鑑識班を入れる。全員、今いる場所から動かないように」
通報者の若い男は、目の前の議員に小さな声で伝えた。「ほらな?」議員も小さな声で応じた。「すまんな・・・」
丘を登る道は封鎖された。幹線道路にあるNシステムの画像も収集され始めた。道路上にある、一見「速度取り締まり機」(オービス)とそっくりだが、道路を走る自動車のナンバーを収集しているのがNシステムだ。情報量が膨大になるため、今も幹線道路にしか配備されていない。ただ、最近は民間の防犯カメラやドライブレコーダーの活用も進んでいることから、Nシステムの増強は先送りになったままだ。
現場に、背中に「鑑識」と書かれた6人の集団が入り、交代するように、通報した若い男と50代の警官が空き地から追い出された。警官は岡原の横、少し離れた場所に立つ別の刑事にペコペコと頭を下げながら、事情を説明してから帰って行った。一方、若い男はキツめの対応をされていた。まだ「被疑者」扱いと言うことだろう。この場では「聴取」も出来ないので、先に人定だけを済まそうと言うつもりなのだろう。
「名前は?」
「川久保修治」
「身分証はあるか?」
「免許証でいいんだろ、コレだ」
「なんであの檻を発見したんだ。通り道ってことは無いだろう?」
「散歩だよ」
「散歩?」
「この丘を登りきると小さな公園があるだろ。そこで缶コーヒーを飲んで煙草を吸うんだ」
「今日は平日だが、余裕があるんだな、ん?」
「フリーターでね。今は無職だ」
岡原警部は「無職」と言う言葉に薄い反応をしたが、刑事の勘と言うヤツで、この若い男は無関係だと判断した。しかし、それでも「被疑者」の可能性がゼロでは無いので、このあと、県警本部まで「任意」で同行を願うことになる。
「無職ね・・・その割にはさっぱりとした顔をしているじゃないか」
「年の半分は派遣工で稼ぐんだ。残り半年は適当にアルバイトしてりゃ金も残る。派遣も続けて勤務すりゃ、慰労金がデカいけどね、あの仕事は心を押し潰すんだ」
「ひとつ伺いたい。何を作る工場だい?」
「車さ。正確に言えば車のドアの内装側。毎日毎日だ、ほら、カッターだこがあるだろ?」
川久保は右手を広げて見せた。ドアの内装の「バリ」を削る作業で出来るたこが硬く盛り上がっている。
「23歳か。就職はしなかったのか?」
「高卒だよ。遊ぶのが楽しくてこの歳になっちまった(笑)」
「ソレでその余裕か?」
「食うに困らない、遊ぶ金もある。贅沢は出来ないが楽しいんだよ」
川久保の身柄が県警本部に運ばれる頃、警視庁から「マルテ」と呼ばれる特捜部が招集された。通常時は各警察署の捜査一課に勤務する者もいれば、情報収集に従事する者もいる。「マルテ」とは、「対テロ」の「テ」を意味する。テロが起こらなければ出番も無いが、対テロの最前線に立つ捜査班だ。
「で、コレはテロリストが起こした事件なのか?」
特捜部長の桐山が会議室のテーブルに両肘をついたまま部下に訊く。
「そう判断します。今年の3月の事件、憶えてますか?」
「あー、確か動物園がどうとか・・・」
「アレです。あの事件は捜査の進展が無いまま、捜査本部も縮小されました」
「ふむ。関連があるのかね?」
「今、資料を・・・おい、倉田」
倉田と呼ばれた刑事がバインダーを桐山の前に置く。「Zoo.」と呼ばれている「広域事件」の資料だ。最終更新が1か月前になっている。ほぼ1か月で捜査は暗礁に乗り上げたらしい。
「なんだこのいい加減な捜査報告は」
「物証に乏しく、所轄だけではなく警視庁からも人員を出しましたが、何も分かっていないのが実情です」
「それで、この事件をこの”Zoo.”と関連付けた理由は?」
「檻の作りが第一です。長野県警に届けられた仕様書と全く同じでした。もう一つの理由はコレです」倉田が1枚の写真をテーブルに乗せる。
「コレは?」
「若山幹事長が閉じ込められている檻の正面、屋根の真下に吊るされた銘板です」
「Zoo.か・・・」
桐山は渡された資料、特に「仕様書」を丹念に読んだ。もしもこの通りの仕様で作られた檻ならば、檻の柵の間に「赤外線センサー」が2つずつ仕掛けられ、隙間がほとんど無い。赤外線の幅次第だが、5㎜もあればいい方だろう。このセンサーが檻の周囲4面にあるわけだ。センサーが反応した瞬間、仕掛けられたプラスチック爆弾に起爆信号が送られる。
「おい、このセンサーから起爆信号が出て爆発するまでどのくらいかかる?」
「鑑識の見立てでは、瞬時に爆発するそうです」
「チッ、厄介だな」
「鑑識の説明では、回路が仕様書通りなら、確実に作動するそうです」
「確実?」
「そうです。私も素人なりに考えてみましたが、笑って否定されましたよ。このセンサーは外部バッテリーで動いていますから、バッテリーを潰せばいい。ところが、バッテリーが停止、つまり電源供給を遮断した場合、起爆装置が作動するそうです」
「起爆装置もバッテリーが必要だろうが」
「仕様書の左下にある小さな回路図がソレです。電磁石で固定された鉄のスイッチが、磁力喪失で落ちて、起爆装置を作動させます。ちょっとしたアナログ仕掛けですが、これも作動は確実だそうです。起爆装置自体はモバイルバッテリーで作動しますので、電源関係に隙は無いそうです」
「電磁石なら、電源が無くなっても数分は磁力が残るんじゃないか?」
「そこのところは分かっていませんが、設計値がギリギリなら持って数秒だそうです」
「爆弾の規模は?」
「仕様書には無いですが、作動すれば確実に檻の中にいる者を殺せるんじゃないでしょうか?」
「何故分かる?」
「北海道で発見されたプラスチック爆弾ですが、盗難届が出ていないわけです。ちょろまかしたと言う程度なら、まぁ大きな花火で済むでしょうが、犯行グループは自家製のプラスチック爆弾を持っています」
「待て待て。プラスチック爆弾なんてモンは簡単に作れるのか?」
「材料・・・そうですね、ある程度しっかりと調合された材料があれば、中学生でも作れるそうです。その材料も、化学薬品さえあれば、キッチン作業で作れると」
「薬品?」
「ニトログリセリンや有機溶剤。各種の強酸類。あとは豊富な水・・・」
「一般人には無理だな」
「いえ、過去に一例だけあるんです」
「何が?」
「高校生がTNT爆薬で一軒家を吹き飛ばした事件があります」
「そんな事件、知らんぞ」
「情報を隠蔽しました。一般人が作れると知れたらどうなります?この事件はガス爆発として報道されたんです」
「そんなに簡単なのか?」
「日本の高度教育の弊害ですね。高校生程度の知識や理解力があれば作れてしまう。黒色火薬程度なら中学生でも作れるでしょう。更に問題となるのは・・・」
「なんだ、言ってみろ」
「ダイナマイト1本で人を殺せるかと言う話をしていただきました」
「鑑識にか?」
「そうです。実験での話ですが、ダイナマイト1本、標準的な物ですが・・・コレだけで確実に人を殺せるとは限らないそうです」
「仕掛けられているのはダイナマイト1本分のプラスチック爆弾ってことか?」
「そうじゃないんです。北海道で発見されたプラスチック爆弾は15gでした」
「要点を言え」
「同時に発見された軽油が話のキモです。実は、ダイナマイトを起爆剤にして、より大規模な爆発を起こせるそうです。”アンホ爆薬”と言うそうですが、コレを作るのが非常に簡単で、犯行グループは”アンホ”もあるんだと示唆してきたと言うのが鑑識からの意見でした」
「アンホォ?」
「製法を知っていれば誰でも作れる爆薬ですが、起爆剤にダイナマイトクラスの爆発物が必要らしく、過去の過激派たちも、起爆用のダイナマイトは盗んでいたと聞きます」
「”アレ”か・・・どういうことだ?」
「起爆用のプラスチック爆弾は少量でいい。爆発力はアンホ爆薬でいくらでも強く出来るということですね」
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