第2話 第1章 Lion-1
「本件を広域重要指定1〇4号とする」
警視庁小会議室で開かれた捜査会議で、捜査第一課・重野雄一が宣言した。被害者は出ていないが、警視庁日野署・長野県警・北海道警にまたがる事案を「一つの事件」と断定したのだ。日野署に宅配便で送られてきた「プラスチック製の檻の模型」と、長野県警にはその檻の「仕様書」が郵送され、同日、「Zoo.」と署名のようなものが添えられた文書は「本物のプラスチック爆弾」と共に発見されている。「Zoo.」は、日野署に届いた檻の模型の中に置かれたプレートと合致する。日付をピタリと合わせての「挑戦状」だと、警視庁一課の重野は怒気を孕んだ声で告げたあと、各部の報告を促した。重要度の高い順、つまり北海道警・長野県警・日野署の順である。
「不詳ではあるが、本件の被疑者と呼ぶ。被疑者が北海道弟子屈郡の農具小屋に遺棄、または設置した”爆発物のようなもの”の鑑定結果から。コレは本物のプラスチック爆薬、通称C4と呼ばれるものであり、1つは自衛隊が使用しているものと判明。同じく発見された爆発物は手製のC4と判明。自衛隊に確認したところ、盗難された事実はない。また、同爆発物と共に発見された電気式雷管も起爆させるに十分なものであった。更に、小屋内を捜索したところ、窒素系肥料を積んだ場所に”軽油”の入った小瓶が置かれていた。コレは被疑者が”アンホ爆薬”も作れると示唆したものと思われる。同爆発物が置かれた時間は大まかなものだが判明している。同日午後04:35分頃、小規模な地震が起こり、小屋内の梁から埃が落ちたようだが、爆発物が入れられていた金属製の缶には埃が付着していなかった。つまり、午後04:35から、発見通報までの約40分の間に置かれたと思われる」
「犯行場所付近に監視カメラ等は?」
「同地は過疎が進み、付近に人家は無し。またこの時間帯に付近道路を通った車もいなかったと思われる。同農具小屋の前を通る道は一本道で、2㎞先にコンビニエンスストアがあるが、不審車両は映っていない」
「次。長野県警」
「本署に届いた”檻”の仕様書について。大きさは230㎝四方、高さは165㎝と、かなり大型の物で、いわゆる大型犬用の物である。太さ1㎝の鉄製の柵で囲われ、床材は木製である。市販品では該当物が無く、特注品と思われる。現在、製作元を探している。被疑者によってある改造が施されている。詳細は資料を見ていただきたいが、柵と柵の間、6㎝ほどであるが、ここに赤外線探知装置が2台ずつ設置されている。目的は不明だが、恐らくは柵の間からの侵入を探知するためだと思われる。総数248台の探知機が設置されていると思われる。出入口は1か所のみ。扉を閉めると、柵が面一になる設計である。工作器具等での破壊は比較的容易であるが、人力のみでは破壊不能な程度の強度アリ。この仕様書は専門家が作図している。目下、この仕様書を作成した会社・事務所・デザイナーの割り出しを行っている」
「指紋、または微物は発見されたのか?」
「指紋は検出されていません。また微物についても分かっていません。開封時に付着したと思われる本署課員のDNAと照合中の物が6サンプル」
「次、日野署」
「日野署管内での捜査状況から報告します。先ず、長野県警に届いた仕様書に関して。差出人が当署第一課となっておりますが、この事実はありません。長野署から報告を任されておりますが、この仕様書の入った封書は当署管内の郵便ポストに、前々日の夜間から未明にかけて投函されたものだと判明しております。住宅地のはずれにあるポストであり、監視カメラや付近走行の車のドライブレコーダーに記録は無い。漏れはあると思われるが広域捜査とはなっていないので、住民等に対する呼びかけは行っていない。届いた檻、大型犬用の物と思われる犬舎の模型だが、仕様書に忠実に作られている。素材はプラスチックではあるが、非常に精密な物で、恐らくは専門家若しくは模型を作り慣れている者が制作している。使われている材料、接着剤は日本全国のホームセンターや100均ショップで入手可能であり、ここから被疑者を割り出すのは困難だと思われる。ただし、模型は差出人払いで同じく日野署管内のコンビニエンスストア、国道20号線〇〇店から発送されている。店内防犯カメラには差出人、被疑者とは断定出来ないが若い男が映っている。こちらは特定が出来次第、参考人として任意で事情を訊くことになる」
「その男の特定は可能なのか?」
「差出人はこのコンビニエンスストアを利用することが多かったと、店員が憶えていた。宅配便を出すことが初めてで、かなり大きな物だったので記憶していたようだ。数日中にも特定出来ると思われる。本署署員が交代で張り込んでいる」
特に質疑応答は無かった。全員が配られた資料で事件の概要は掴んでいたからだ。最近の会議では時間のかかる質疑応答を避けるため、予め「知りえた全て」を資料として配布する。なまじ質疑を行い、各員がメモを取るよりも正確だからだ。そして、質疑応答の内容をまた資料にして・・・と言う無駄な手間も省ける。
会議を終えた各担当署の面々は三々五々散っていく。急ぐでもなく、のんびりとでもなく染み付いた機敏な動きで。
「なぁ、どう思う?」日野署の木田は運転席に座る同僚に聞くともなく聞いた。コンビニを監視出来る場所に覆面パトカーを停めて、コンビを組んで3年目の若い刑事、大久保とここにいる。
「コレ、一課の仕事ですかね?」大久保はぼんやりとコンビニを見ながら答えた。「広域指定で爆発物。更には警察への挑戦ときたら、面子もあるしな」木田は煙草を咥えながら返事をする。
「僕は上からのお達しには逆らいませんが、この線は無いかと思います」
「そうだ。被疑者は・・・Zooだっけ?神経質なぐらい証拠を残していないのに、この宅配便だけは妙に”雑”なやり方だ」
「宅配便の発送は確実に対面ですからね。フリマサイトあたりなら無人投函ポストもありますが、それだって監視カメラの目からは逃れられない・・・」
「だから雑なんだよ。送られて来たのは檻の模型だ。この事件で必須な物じゃない」
「何故です?」
「爆発物、プラスチック爆弾を置いてから、それこそどこでもいいから警察署に自分で通報して、長野県警に送った”仕様書”で警告でも書けば用は足りた」
「警告って?」
「爆発物所持。犯行を起こすことも出来る。それだけでいいんだ」
「僕も大筋では同じ考えですが、模型を送ってきた真意はあると思います」
「なんだ?」
「よく分かりませんが・・・自己紹介ですかね?」
「なんだそりゃ」
「示威行動とも思えますが、ソレは木田さんの言う通り無駄だと。しかし思惑無しにこんなリスクの高いことはしない」
「で、理由が”僕たちはZooと言います”と自己紹介ねぇ・・・」
15分後、コンビニの非常灯が一瞬赤く光って回転した。ほんの1秒ほどだが、打ち合わせたとおりだ。宅配便を差し出した若い男が来店したのだ。ぼんやりと見ているようでいて、大久保は若い男が徒歩で来店したことを把握していた。
「車ではないようですね」
「よし、行こうか」
大久保は車をコンビニの駐車場に入れた。国道沿いとは言え、この辺りのコンビニには駐車場があることが多い。都区内では考えられないことだ。エンジンを停めてシートベルトを外し、ドアロックを解除した。店内レジの店員が頭上に大きく円を描く。「今出ていく客が差出人です」と言う合図だ。店から出てきたのは金髪にピアスの、いかにもな風体だった。近所に住んでいるようで、サンダル履きにジャージ姿だ。
「最近の若いのを見ると、ちっとばかりこの国の将来が心配になるわ」
そう言うと、木田は車外に出た。金髪の男はコンビニの袋をぶら下げてダラダラと歩いていく。大久保も出てきて、リモコンでドアをロックした。
「どうします?」大久保が囁くように訊いてくる。「何もこんな場所で話かけんでも、静かな路地にでも入ったところで任意同行を求めりゃいいさ」木田はもうやる気を失っている。どう考えても「行為指定事案」の被疑者には見えない。木田の勘では、被疑者は相当な知能犯に思えるから、この金髪の兄ちゃんが関係者とすら思えない。コンビニを出て左方向に歩く若い男。すぐに路地に入る。路地は入ってすぐに「1mほどの段」をあがるように伸びて、その先は住宅地になる。斜面を登ったところで大久保が若い男の前に出て正面に立つ。「日野署の者だ、ちょっと話を聞かせてくれないか?」警察バッヂを見せながら話しかける。瞬時に若い男の顔が引き攣った。大久保は(この餓鬼、当たりか?)と思ったが、強引なことは出来ない。最近は「人権」とやらで、あとあと面倒なことになる可能性もある。大久保と若い男の時間が数秒、凝固した。そして若い男は振り向いて走りだそうとしたが、そこには木田が立っている。また振り向いて、今度はコンビニの袋を振り回しながら大久保に突っ込んでいく。大久保はコンビニの袋をよけながら、横をすり抜けて行こうとする若い男の足を引っかけた。派手に転んだ若い男の尻を踏みつけながら「公務執行妨害で逮捕」木田が時計を見て告げる。「13:17、緊急逮捕、だ」
取調室の椅子に座らせた。要請したパトカーで署に戻ったのは木田で、大久保はコンビニに置いた車両を引き揚げてから取調室に来る。
パイプ椅子に座った若い男は不貞腐れたように椅子を傾けては揺するように前後させている。
「工藤新一、おいこれ本名だよな」思わず噴き出しそうになる。若い男は小さな声で「バーロー」と答えたので、木田はこらえきれずに噴き出した。「チックショ、こんな名前のせいで・・・」
「で、工藤さん。何で逃げようとした?」
「別に何でもねーよ。びっくりして、ソレだけだよ」
「工藤さんは補導歴があるよな。こんなのはすぐにバレる。またやったのか?」
「やってねーよ。もう葉っぱもクスリもやってない」
「じゃ、逃げなくてもいいじゃねーか。アレか、やってないけど売ってますってか、あ?」
「やってねーって言ってるだろ。俺は何で捕まったのかも分からねぇ」
「公務執行妨害だよ」
「なんだそりゃ?」
「丁寧に説明して欲しいか?工藤さんは公務で職務質問をしようとした大久保刑事、あの若い刑事だが、の顔をコンビニの袋で殴打して現場を立ち去ろうとしたので、俺が緊急逮捕したコレで分かったか?」
「殴ってねーし」
「で、この後だがな。正式に逮捕状が出て、そうだな10日間は留置場に身柄を置くことになる。10日間、土日を除いて毎日午前午後の3時間ずつ、俺とゆっくり話せるな。友達になれそうかい、俺は」
「ふざけんなよっ!分かったよ、電話させろよ。弁護士を呼ばないと何も話せねぇからよ」
「補導歴3回で多少の知恵はついたみたいだな。残念だが無理だ」
「何でだよ、勝手なことを言ってんじゃねーよ」
「おい、小僧。警察を舐めるのは辞めた方がいいぞ。お前に殴られた大久保って刑事の診断書、出そうか?警官や刑事への暴行傷害は意外と罪が重いんだよ。弁護士なんざ、診断書1枚で黙らせることが出来るんだ」
「殴ってねーってっ!」
「コンビニの袋を振り回したよな?」
「・・・あぁ」
「アレが大久保の顔面に当たったんだ。分かったか?」
「当たってねー、お前だって見てただろうが」
「袋が大久保の顔に当たるのを”見た”っけな・・・」
「ふざけんなよっ!」
「ところでよ、俺は割と不真面目な刑事でな。まだ逮捕状の請求をしていないんだ」
「なんだよソレ」
「なぁ工藤さん?お前さんはまだ正式な手続きを踏んで逮捕されたわけじゃ無いんだ。ちょっとばかり正直に話を聞かせてくれるなら、今すぐ”任意の事情聴取”に切り替えてやることも出来る。嫌なら3時間後には逮捕状が出る。どうする?」
「別件逮捕かよ」
「別件も何も、工藤さんが大久保を・・・なぁ?」
「分かったよ、話すよ。でも何を話せばいいんだよ?」
「工藤さん、取り敢えず恐喝の件は置いとくな?金を返せば大ごとにはしないって、学友って言うのかい?彼がそう言ってたが、胸倉を掴んで脅したら強盗致傷でほぼ実刑になる」
「てめぇ、脅してるのか?」
「俺の名前は木田だ。よろしくな工藤さん」
「チッ・・・」
「分かればいい。大久保も警察病院からここに向かってるはずだ」
「で、なんだよ訊きたいことは?」
その時、ちょど大久保が取調室に入ってきた。
「あー、また木田さんは記録係もつけないで」(笑)
「いや、任意だしな。工藤さんは俺の友達になってくれると言うし」
「調べは進んだんですか?」
「いや、ちょうどこれからだ。記録頼むわ」
「はいはい・・・」
「工藤さん、4日前にあのコンビニで宅配便を発送したよな」
「ああ、送っただけだけどな」
「おい、言葉遣いを直してやるために逮捕状の請求はしたくねーんだぞ」
「すいません」
「分かりゃいさ。その荷物を送ったのは間違いないな?」
「ないっす。アレ、何かヤバいブツだったんですか?」
「ちゃんと話せるじゃねーか。お前、中身を知らずに出したのか?」
「アレは頼まれたんだ・・・頼まれたんです」
「ああ、いい、いい。普通に話した方がペラが回りそうだ。誰に頼まれた?知り合いか?」
「違うよ。なんと言うか・・・代理で出してくれって、ポストのところで」
「コンビニの傍の郵便ポストか?」
「そうだよ。リーマンっぽかった」
「そんなお願いをホイホイと請けたのか?」
「1万円くれるって言うからさ・・・ヤバいのか?」
「あの荷物に仕込まれた毒物で3人が死んだ」
「マジかよっ?」
「嘘だよ。ただのプラモデルだった」
「脅かすなよ、ビビるじゃんか」
「1万円のチップを払うなんて、マトモなこっちゃないのは分かってるよな?」
「あのリーマンが危険な物じゃないからって言うし、金欠で困ってたし」
「いい勉強になったな。余計なことをするとこうなることもある」
「・・・・・・」
「急に黙り込んだな。大久保、お茶と弁当を出してやれ」
「ソレ、拙くないですか?」
「利益供与?いや、昼時に来ていただいて、せっかく買った弁当も台無しじゃこっちが悪いみたいじゃないか」
「仕方ないっすねぇ、冷えた弁当しか無さそうですが・・・」
「さて、工藤さん。黙り込んだってことは”お察し”ってことだろう?」
「そのリーマンのことっすか?」
「そう言うこと。割と頭いいんだな」
「飯で釣る気か?」
「いや、こっちのやり方はさっき教えた。飯はサービスさ」
「あのリーマンさ?」
「おう、腹がいっぱいになったら話すパワーも出たか?」
「知りたいのはあのリーマンのことだろうって」
「そうだ。単刀直入に訊く。どんな男だ?30代ってとこか?」
「知ってんじゃないっすか・・・」
「知らんよ。ただ工藤さんの世代がおっさんと呼ばないから察しただけだ」
「顔はよく分からない。眼鏡をかけて、白いマスクをしてたし」
「今はどこもマスクばっかりで人相も分からんなぁ」
「でも・・・」
「でも、何だい?」
「なぁ。コレは殺人とか大きな事件じゃ無いんだよな?」
「ソレはこれからってことだ。あの荷物が鍵を握ってるかも知れんってだけだ」
「証拠とか無いっすよ。1万1千円渡されて、発送票を渡そうと思って店を出たら、もういなかったんだ」
「そうか。で、貰った1万円はどうした?」
「ソレがさ、荷物が大きかったんで千円では足りなかったんだ」
(そこまで計算済みか・・・)
「で、どうした?」
「預かった1万円があるし、そこから出したよ。1400円ぐらいだったと思う」
「正味9600円のバイトか。割はいいな」
「言っとくけど、あの日の金は全部銀行に預けたから」
「貯金が趣味かい。そうは見えないが」
「引き落とし、分かるっしょ?」
「そこまで金欠ならアルバイトもしたいよな」
「身長は俺と同じくらい、175㎝はあった。デブではないけど痩せてもいない感じ」
「特徴無しか・・・」
「あのリーマン、義手だったよ」
「おいっ!ソレは本当か?」
「憶えてるんだ。札を持った手は動かなかった」
「義手とは限らんだろう」
「親指と人差し指で挟んで差し出してきたんだ。クリップから引き抜いた感触だったよ」
「どっちの手だ?茶碗を持つ方か?箸を持つ方か?」
「そんな言い方すんなよ。右手だった」
工藤と言う男はその後すぐに解放されたが、「重要参考人」として当面は警察が警護する可能性もあると言い渡された。木田が言うには「やんちゃ坊主にちょっとお灸」と言うことらしい。それに事件の進展次第では、被疑者が「接触した人物」を消す可能性もあったからだ。
捜査は完全に行き詰った。見事なまでに物証が無いのだ。一縷の望みがあった宅配便の線も消えた。荷物を渡されたと言う場所は郵便ポストから3m離れていて、ここから4mほどは監視カメラの死角になっていた。また、付近の監視カメラの映像をしらみつぶしに当たっても、一斗缶ほどの荷物を持った人物は映っていなかった。東京方面に向かう反対車線から渡ってきたと結論された。反対車線の歩道には監視カメラが無い。発送票の筆跡もお手上げだった。男女すら分からないほどの綺麗な文字で書かれていた。残るはこの筆跡を追うしかない。「動物園発警察署行き」の荷物を出した人物を特定出来ればあるいは・・・
そして、何の進展も無いまま2か月が過ぎた。
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