Zoo. (連載形式)
四月朔日 祭
第1話 ~模型~ プロローグ
その模型が東京都日野警察署に届いたのは3月の下旬であった。春陽眩しい季節、桜の開花宣言が間もなく出される、そんな穏やかな日だった。一斗缶ほどの大きさに梱包された”ソレ”は、特に重くも無く、茶色の事務的な包装紙に丁寧に包まれていた。差出人は市内の動物園となっていたが、確認したところ「送った事実はない」との返事があっただけであった。差出人不明と言うことで署員には多少の緊張が走ったが、結局は「未決」のまま数時間放置されていた。勿論、簡易的ではあるが「爆発物チェック」は行われはしたが。
15:00のやや弛緩した空気の中でその荷物は梱包を解かれた。夕方以降は警察業務も忙しくなり、女性署員も勤務から解放される。その前に「生活安全課」の女性巡査がその任を請け負った。包装紙を剥がすと、今度はECサイトでよく使われる薄くて白いボール紙の箱が現れた。巡査は箱の蓋を留めているセロハンのテープを丁寧に剥がした。この荷物が犯罪に関係した物なら、あらゆるものが「証拠」になる。丁寧に、丁寧に梱包を剥がされた箱から出てきたのは「檻」のような模型だった。
「警部。ちょっと来て下さい。ちょっと不審と言うか、妙な物が出てきました」日野警察署では最も事件への嗅覚が敏感、つまりは「鼻の利く」と評されている大森正二警部が女性巡査のデスクに近づいていく。
「なんだコレ?」
「私には分かりません。どうも大型犬の犬舎の模型のように見えますが・・・」
「プラスチック製に見えるが?」
「実際は金属製の檻になると思います。大型犬が暴れた程度では壊れないような」
「ふーむ。差出人は?」
「市内の動物園になってますが、送っていないと回答がありました」
プラスチック製の模型とは言え、かなり精巧に作られていた。大森は(模型屋が作った物でなければ、余程の熟練者の手によるものか?)と考えた。
「同包物はあったか?」
「このプレートが檻の中に置かれていました」
「Zoo?動物園のことか?」
「英語では」
「偽装された差出人も動物園なんだろう?Zooは動物園ってことだろ」
「どうします?」
「一応、鑑識に回して。それからこの情報は各警察署と共有してくれ」
「共有ですか?」
「悪戯にしては手が込みすぎていて気になる」
同じ頃、長野県警捜査一課には一通の封書が届いていた。差出人は日野警察署生活安全課となっていた。組織を同じくする日野警察署からの封書であったので、配達後すぐに開封された。捜査一課宛と言うことは「重大事案」に関する情報と思われたが、こちらも差し出した覚えはないと、すぐに回答があった。開封した捜査一課課長の山佐が取り出した三つ折りの紙の上部にはタイトルのように「仕様書」と書かれ、2.3m四方の「檻のようなもの」の図が印刷されていた。その下にはこの「檻のようなもの」に関する様々な仕様が箇条書きで書かれていた。
すぐさま、この模型に関する情報は共有されることになった。仕様書には「爆発する」と言う文言が3か所あったためだ。そして春の日が暮れる時間帯に、こんどは北海道弟子屈郡にある農家共有の農耕機械保管所に爆発物のようなものがあると、北海道警察釧路方面弟子屈警察署に通報が入った。弟子屈郡は北海道東北部にあり、普段はパトロール程度で業務が終わる平和な地域である。そこへ降ってわいたような「爆発物」の報せであった。駐在所では手に余ると、本署の応援を乞うと連絡があった。大きな事件は滅多に無い。警視庁から転勤、悪く言えば左遷されてきた副署長が指揮を執り、爆発物の処理にあたることになった。しかし、急遽編成された爆発物処理班は肩透かしを食う形になった。通報によると、小屋の中に不審物があり、「爆発物」の文字が見えた。農家もあまり本気にはせず、一応は通報したと言うことだった。この爆発物はのちに「本物」だと判明したが、敢えて爆発しないように細工されていた。大きなクッキー缶にはクレジットカードほどの大きさの「粘土のような物」が2つ、離して入れてあった。厚さは5㎜ほど。また、小さなビニール袋の中に、厳重にこれもビニール製のテープで絶縁された小さな電気部品が入り、クッキー缶から30㎝離れた場所に置かれていた。クッキー缶の蓋には「爆発物注意。通報せよ」と印字されたA4の紙が貼られていた。
「おい、鑑識を呼べ。爆発はしないようだが信用なんねぇ。処理班はここに残って鑑識の応援に従事。鑑定結果が出たら俺の机まで持ってこい」
鑑定結果は、2つの粘土塊に見える物の片方は驚くことに「自衛隊」が使うプラスチック爆弾(C4)であり、もう一方は手製のC4であった。電気部品は恐らくは確実に動作する「電気信管」と思われた。更に手製の方のC4には「爆発物マーカー」が含まれていなかった。つまり、手製のC4を実際に使われた場合、簡易検査では発見できないと言うことである。また、通報者は気付かなかったが、小屋の隅に積まれた窒素系肥料の横に軽油の入った小瓶が置かれていた。
看過できない重大事案として警視庁にすぐさま知らされた。クッキー缶に貼られたA4のプリンター用紙には、最後に「Zoo.」と、署名とも思える英単語が添えられていた。
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