第3話 それができないから
「あー、疲れた」
鉄面皮であるソノコ部長が唯一、素の自分に戻れる場所―高層マンションの自室。ソファに座り、明かりをつけることもなくアロマポットのスイッチを入れる。
『お帰りなさい、疲れたでしょ。お風呂沸かしておいたよ。くつろいで』
甘い男性の声は、執事AI セイジ。適度に話しかけ、独身であるソノコの話し相手になる。幹部社員であるソノコの部屋での会話内容は完全に秘匿され、一定時間で消去される。プライバシーを侵害される心配もない。傲慢さも図々しさもない。人間の男性よりも遥かに有能で話しやすい。ボディもなく、スペースをとることもない。
「また面倒ごとよ」
『知っているよ。僕は社のサーバーと接続できるからね。お疲れ様』
「まったくね―。私もやりたくてやっているわけじゃないのよ。今のご時世、解雇は法律的に認められていないし、退職は社外への印象が悪いし上への説明も面倒。社外への情報漏えいのリスクも抱えることになるから社内で処分するしかないのよね―」
実際、ソノコの所属するコンサルティング部門では結構な人数の社員が精神疾患や過労で退職に追いやられている。そしてそのほとんどが、リヒトと同じように社内システムの生けるリソースとして活用され、消えていっている。
御子神コンツェルンの中でも、生体コンピューター部門と、複製人格AI開発部門が目覚しい実績を上げているのは皮肉なことだ。
『辛い立場だね』
「辛くなんてないわ。でもバカよね。なんで下の人間って上の言うことを素直に聞いてしまうのかしら。私だったら上の無茶な要求なんてはなから無視するのに」
「―それができないから、みんな困っているんでしょ?」
響く女の声。瞬時にソノコは臨戦態勢に遷移し、刀を構える。暗闇の中で迫る死の気配にソノコはたまらず抜刀する。
一回、二回。交錯する刃と刃。飛び散る火花が一瞬、相手を映し出す。
「お前は―。ぐっ!」
驚いた瞬間にできた隙を逃さず、侵入者は刀の柄をソノコの腹へと叩き込む。身体をくの字に折り曲げて意識を失うソノコ。
「―運んで」
言葉と同時にもう二人の男が、暗闇から姿を現わす。三人の侵入者は手際よくソノコを縛ると、ベランダの外に浮遊している大型の光学迷彩ドローンに格納し、夜の闇の中へと消えていった。
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