第2話 アイドルの意義

 ステージは好きだ。眩しいライトに照らされて、一瞬目がくらむ。割れるような歓声で、会場が揺れている感じがする。ステージに上がってから数歩は、足元がゆらゆらして、なんだか雲の上に立っているような気がした。


 緊張と高揚感で浮ついている。客席中にあふれているペンライトの光と、こちらに伸ばされている手を見ながら、ずっとこのままでいたいと思う。


 イントロが流れる。大きな音と歓声で、自分の声はほとんど聞こえない。だから届いているのか不安で、必死に声をあげる。


 歌い慣れた曲を歌ううちに、段々気持ちが落ち着いてきた。いつものステージ、いつもの観客、いつものメンバー。きっと地上の人たちから見ればものすごく小規模なこの空間が、私は好きだ。


 ライトの眩しさでぼやけていた視界がようやくはっきりしてくる。客席では赤と青と黄色のペンライトが揺れていて、なんだか信号機みたいだなといつも思う。真ん中に赤色のペンライトが多くて、右と左に青と黄色が同じくらい。


 やっぱり朱里のファンが1番多い。SNSでバズったからじゃなくて、デビューしてからずっとそうだった。センターはいつも朱里だったし、歌詞の振り分けが1番多いのも朱里。セイラはわからないけれど、私はそれに不満はなかった。朱里が1番輝いてたし、圧倒的に視線を集めるのは朱里だから。


 でも、セイラも歌が上手いのに、歌詞分けを減らされるのはもったいないなと思う。1度彼女がどうしてもと言って、セイラがメインの曲を作ってもらったけれど、彼女のバースデー以外でその曲が使われたことはない。


 黄色のペンライトを振っているファンと目が合った。ハッとした表情をしている彼に指をさして、ウィンクも送る。その辺一体のペンライトが一斉に震えて、ファンサを無事に受け取ってくれたのがわかった。この瞬間がどうしようもなく好き。


 私が何かアクションを起こせば、喜んでくれる。ファンにとっては当たり前かもしれないけれど、私にはそれがどうしようもなく嬉しい。アイドルが天職なのかもと思うくらい。


 時々、アイドルってなんだろうと考える。パフォーマンスをして、ファンがそれにお金を払う。でもそれは歌と踊りに払っているというより、アイドルという存在に払っている。じゃあそのアイドルって、なんなんだろう。


 応援してくれる人を増やして、どんどん大きなステージに立てるようになって、それから行きつく先って、どこなのだろう。私たちは何を目指して、アイドルをやっているのだろう。


 応援してくれる人が増えるのは、嬉しい。私が何かやることで喜んでくれる人が増えるってことだから。私が笑うだけで、嬉しそうにしてくれる人がいる。ありがたくて、幸せなことだと思う。


 いつも通りMCを挟んで数曲やり、ライブは終わった。客席に手を振りながら舞台袖にはけていく。あんまり惜しまれる雰囲気がないのは、この後に握手会が控えているから。


 楽屋に戻ると、自分の体が熱いせいか空気がひやりとしているように感じた。額と首元に流れた汗を拭って、メイクを直す。少しだけ休憩してから、握手会のためにまた楽屋を出た。


 握手会の待機列。ペンライトと一緒で、やっぱり朱里の列が1番長い。いつものこと、と思いながらも、唇を噛みしめているセイラを見ると、残酷だとも思う。


 セイラは頑張っている。歌も踊りも、技術的な部分はきっとセイラが1番上手だ。でも、朱里の持っているセンスのようなものがそれを上回ってしまう。


 朱里とセイラはいつも対極にいた。練習に何時間も費やすセイラと、なんとなくで振りをマスターしてしまう朱里。ボイスレッスンにきっちり通っているセイラと、自己流の歌い方でメインを務める朱里。


 センスに頼っているから、朱里はたまにあやふやになる部分があるけれど、セイラにはそれがない。私はそれを頼もしいと思っているけれど、セイラはきっとそんな朱里が不満なのだろう。


 そんなことを考えながら、じゃあ自分には何があるのだろうと思う。



「今日も可愛かったです!」


「ファンサ、最高でした!」


「次も来ます、ずっと応援してます!」



 何もない私にそんなことを言ってくれるファンは優しい。せめて精一杯応えるように、笑顔を浮かべる。娯楽を与える立場のはずなのに、私が嬉しい言葉をもらってばかりだ。


 私の列が終わって、ちらりと横目で他の2人を見る。セイラの列も終わっていて、ファンに対応しているのは朱里だけだった。


 セイラはまっすぐ前を向いて、笑顔を絶やさない。悔しいだろうにそれを顔に出さない彼女はプロだ。そんなセイラのことを、彼女のアイドル像を尊敬している。


 私には何があるのか、何ができるのか。この3年間で1度も出たことのない答えを、ぐるぐると探していた。

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