いちばんぼしのとなり

阿良々木与太

第1話 絶対的なセンター

「また朱里の動画流れてきたんだけど、最悪」



 衣装のリボンが上手く結べずに苦戦していると、2つ隣の席からそんなひとりごとが聞こえた。この楽屋には私と彼女の2人しかいないのだから、本当はひとりごとではなくて私に聞かせていると思うのだけれど。



「セイラ、そんなこと言わないの」



 綺麗なネイルの施された指でスマホをいじっていたセイラは、キラキラのアイシャドウが塗られた瞼をきゅっと細める。耳のあたりでくくられたツインテールが不満げに揺れた。美人なのに、そんな顔をしていたらもったいない。



「ひなたはムカつかないの」



 スマホに目を戻しながら、彼女はそう投げかけてくる。私は言うことを聞いてくれないリボンをほどいて結びなおしながら、軽く首を傾げた。



「ムカつくなんて、言える立場じゃないからね」



 セイラが口を尖らせたのが雰囲気で分かった。思わず苦笑いをして、こんなもんかと妥協しつつリボンを整える。


 朱里は、私たちのグループ『アストラリズム』のセンターだ。アイドルとは言っても所詮地下で歌って踊る素人グループだが、3年前に結成してからそれなりの人気が出て今も活動を継続している。


 朱里は、数カ月前にSNSでバズった。なんてことのないダンス動画。ライブ前に楽屋で撮ったそれが、ライブが終わった頃には今まで見たことのないような数字で拡散されていた。


 それで多少名が知れたのは朱里だけで、私やセイラはおろか、アストラリズムなんて名前を知らない朱里のフォロワーも多いことだろう。


 朱里は可愛くて、ダンスが上手くて、女子高生たちの憧れ枠。味を占めた彼女はSNSに力を入れていて、セイラはそれがお気に召さないらしい。



「朱里がいないと、やっていけないし」



 正直朱里はどこかで見つけられるだろうなと思っていた。こんな地下じゃなくて、地上で。朱里がセンターじゃなかったら埋もれていただろうし、1年も活動を続けられていたかわからない。


 彼女は、一番星みたいな人だ。見上げたら最初に目に入る人。視線が吸い寄せられて、目が離せなくなるような、そんなアイドル。だから、3人の真ん中だし、朱里がセンターじゃなかったことはない。



「で、そのセンター様は今日も遅刻ですけど」



 セイラのその言葉には何も返せなかった。SNSに力を入れ始めた朱里は、最近こちらの仕事が少し疎かになっている。彼女のパフォーマンスは落ちていないし、ファンからの指摘はないけれど、朱里をライバル視しているセイラとの空気が悪い。



「辞めてくれたらいいのになあ……」



「朱里がやめたら、解散でしょ」



 朱里がいないと、アストラリズムはやっていけない。それはセイラもわかっている。わかっているからこそ、朱里に腹を立てているのだろう。その気持ちはわかる。私だって、朱里にちゃんとしてほしいと思う瞬間はある。


 気まずい沈黙が流れたとき、バンッと派手な音がして楽屋の扉が開いた。



「ごめん、遅れた! 撮影長引いちゃって」



 朱里がどたどたと入ってきて、暑そうに顔の周りを手でぱたぱたと仰いでいる。衣装にも着替えていないし、髪だってぼさぼさ。メイクだって、ステージ用のじゃない。けれど、それでも可愛いのクオリティが高い朱里は、やっぱりちょっとずるい。


 朱里は鏡台の前に座り、慣れた手つきでロングの髪をひとつにまとめていく。高い位置で結んだポニーテールは彼女のトレードマークだ。彼女が髪を整えている間に、ラックから衣装を取って手渡す。



「ひなたごめん、ありがとう」



 私から衣装を受け取った朱里は、屈託のない笑顔を浮かべる。やっぱり私はこの笑顔にかなわない。いつだってキラキラしている朱里の笑顔は眩しい。


 朱里が衣装に着替えている間、セイラはずっとそっぽを向いていた。それを朱里が気にしている様子はない。胃がちくりと痛む。最近のグループの雰囲気が、少しストレスだった。


 きゅっとスカートのジッパーをあげて、朱里はくるりと鏡の前で回る。いつも通り、アストラリズムのセンターのできあがり。



「ひなた、SNS用に写真撮ろうよ」



 そう言う朱里の隣に並ぶ。インカメにされた画面に映った2人は、やっぱり圧倒的に朱里の方が可愛い。ノーマルカメラでこんなに盛れるの、いいなあ。


 でも朱里は、自分だけ可愛く映った写真を使ったりはしない。何枚か取って、2人ともそこそこ可愛いやつをアップしてくれる。



「私用のも撮っていい?」



 もちろん、と頷いてくれた朱里とのツーショットを、今度は私のスマホで撮る。私の方だけ加工つけると比べられそうだから、こっちもノーマルカメラで。


 2人共の投稿にセイラがいなかったら不自然かなと思ったけれど、露骨に話しかけないでほしそうなオーラを出している彼女に写真を撮ろうとは誘いづらかった。でもコメントで不仲とか言われたら嫌だしな、なんて葛藤する。



「そろそろ本番―」



 そう迷っているうちに、マネージャーに声をかけられてほっとした。写真は後で上げよう。終演後にセイラとも撮って、2枚ともあげればいい。


 3人の写真は、セイラが朱里を敵視しだしてからほとんど撮っていない。カメラロールには、赤と黄色か、黄色と青かの写真しかなかった。



「セイラ、行こ」



 真っ先にとびだした朱里の背中を睨んでいた彼女の手を引く。セイラはむすっとしながらも、大人しく立ち上がった。彼女が朱里にここまで嫌悪感を示すようになったのは、いつからだっただろう。


 また、胃が痛む。

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