プロローグ1. 友達だよ
ルミィさんと怠惰で最高な四連休を過ごしたのち、憂鬱ながらも仕事に行って――十日が過ぎた。
迎えた週末、金曜日。
珍しく仕事を定時にあがって夕食の弁当を頂いた後、俺はついに成し遂げることに成功した。
「よし、クリアー! あー楽しかった」
エンドロールを眺めながらコントローラーを手放し、絨毯に寝転びながらしばしの感動にひたる。
ゲーム内容はもちろん満点。
アクション性、謎解き、爽快感はもちろんストーリーも面白く、世間であれだけ評価される理由をたっぷり堪能するには十分だった。
社会人になってから、一つのゲームにこれほど熱中したのも久しぶりだ。
充実した体験だったなあと噛みしめつつ、まだまだやりこみ要素も多いんだよなあとニマニマする。
で、ルミィさんにクリアしたとメッセージを送ると『あたしももうちょい!』と返事が来た。
ちなみに彼女は最近、俺の家に顔を出していない。
ストーカー事件が小康状態になっているのと、あと単純にゲームしたくて仕方ないから、だそうだ。
彼女といちゃつけない寂しさはあるが、そこはお互い自由の身。
好きな時に来て、好きな時に遊び、気が向かない時は一人でいる。
いつも一緒に居ればいいわけじゃないんだよな、とスマホを眺めていると、彼女から再びメッセージ。
『ねね。あたしも今日にはクリアできそうだし、明日ひさしぶりに遊びにいっていい?』
『いいよ。何する?』
『んふ~。何したい?』
何って、そりゃあ、なあ?
最近ご無沙汰だし……。
『ふふふ。あたしには見える! タク君がいま、よからぬことを考えているのがね。最近かわいいあたしが遊びに来てないからむずむずするでしょ?』
『……いや、まあ』
『てのは半分冗談』
『半分本気かよ』
『察してよぅ。あたしだってゲーム好きだけど、タク君といちゃつくのも楽しいなあって思うから、君に施しをあげようと思ったのだよ。崇めたまえ』
施しをあげよう、って言葉遣いが彼女らしい。
……と同時に、明日のことにむくむく期待を膨らませてしまう。
夜は久しぶりに彼女と……と、素直な欲を滾らせつつ約束すると、彼女も『おっけー』と二つ返事をくれた。
幸い明日は土曜日で、しかも俺は半日勤務。
これは楽しい夜になりそうだ、と期待に胸を膨らませたのが――
もしかしたら、まずかったのかもしれない。
「ん……?」
もう一度スマホが震え、通話通知が届いた。
境技師長からだ。
「もしもし、津田ですが。どうかしましたか?」
『ああ、津田か。帰ったところすまん! 本当にすまんのだけどなぁ……明日半日のとこ、いきなりやけど当直に変わってくれへん?』
聞けば、藤木先輩がまた例のウィルスにやられたらしい。
真偽は疑わしいものの、技師長として対応しないワケにはいかないのだろう。……まあ、仕方ない。
「分かりました。じゃあ明日その予定で出ます」
『ほんま、すまんなぁ。あ、もしかして可愛い子とデートの約束とかあったか?』
大丈夫ですよ技師長。俺にはそんな相手いませんから。
茶化して通話を切り、ルミィさんに返信。
『ごめん、明日急に仕事が入って、遊べなくなった。日曜なら大丈夫』
『おっけ~了解。がんばってね』
『そこは普通、仕事とあたしとどっちが大切なの、とか言わない?』
『そーゆー女の子とはあたし付き合いたくありませーん。まあ、ゲームとあたしって言われると悩むけどね?』
『悩むのかよ』
『じゃあ日曜日に襲いにいくねっ』
襲われるのかよ、と笑いながら、ああ。
またひとつ、彼女のいいところに気づいてしまった。
面倒臭くないのだ。
急な仕事が入ってもあっけらかんと受け取り、すぐに予定を変えてくれる。
普段あれだけダラダラ過ごしてても、大事なところはしっかりと締めてくれる。
彼女とは、ネットを含めて一年以上付き合いがあるけれど……
まだまだ俺の気づいていない彼女の魅力が沢山あるんだなあと思うと、自分の胸の中にじんわりと広がる熱がまた一段と強くなった気がして、知らぬ間ににやついてしまった。
いいなあ、本当。
*
土曜日、予定通りに出勤した。
ちなみにうちの当直は、朝八時から翌朝九時までの二十五時間勤務だ。
といってもぶっ通しで働くわけではなく、急患などの仕事さえ来なければ仮眠できる(できるとは言っていない)ので、そこまで過酷な業務ではない(時もある)。
そして幸い、土曜日の当直は平和に終わった。
日曜の朝、のんびりと始まる朝の気配を感じながら、ルミィさんと久しぶりに遊べるなあとにんまりする。
ダラダラご飯を食べ、ゲームの話題に花を咲かせ、いちゃいちゃするだけ。
……って考えると、すっかり怠惰が身についてしまったけど、仕事は一応こなしているし、ふしだらな姿を誰かに見せつけてるワケでもない。
それに、俺には恋人もいないし……
そもそも自分のような人間に、本当の意味での恋心をぶつけてくる人なんて居ないだろうと確信できるからこそ、今の形がいいと思う。
まあ。
もし俺に、一般社会でいう本当の意味での”恋人”ができたら、ルミィさんとの関係は危うくなるとは思うけど――
なんて、当直明けのふらついた脳でぼんやり考えていたところに、里山が「おはようございます」と出勤してきた。
……って、
「里山、早いな。まだ朝七時だけど」
「先輩に会いたくて、早く来ちゃいました」
「だからって早すぎじゃないか」
「早ければ早いほど、いいなって思って。だって今日は日曜日で、当直明けの先輩以外に人がいないので」
と、里山は出勤時の私服のまま、すとん、と俺の前に腰掛けた。
……ん?
仕事着は?
にしても今日の里山は、ちょっとオシャレだ。
首筋や鎖骨周りの開いたオフショルダーのブラウスに、黒のタイトスカート。
俺の前ですこし前屈みぎみに腰掛け、上目遣いでゆったり見つめてくるせいか、何となく居心地が悪くなって目をそらす。
……普通の女の子は、出勤時にこれくらいお洒落するものだろうか?
とにかく、
「里山。着替えとか――」
「先輩、昨日の当直は忙しかったですか?」
「え。いや別に。ぜんぜん大したことなかったけど」
「それは良かったです。あ、それで先輩、この前の検査でちょっと聞きたいことがあって」
俺の話を遮り、椅子を渡される。
技師室の中央にあるテーブルに並び、里山が動かす電子カルテを眺める俺。
朝から勉強熱心だなと思うが……
「なんか距離、近くないか? それに俺、いま当直明けで汗臭いと思うけど」
「大丈夫ですよ。私、先輩のむわっとした汗のにおい好きですし」
「え」
「先輩のにおいって、ほかの男性と違って涼しげなにおいがするから癖になるんですよね。あ、ところでこの所見ですけど、先輩はどうしてこの撮影を追加したんでしょうか」
「あ、ああ。前回画像で――あ、ごめん」
説明しようと腕を伸ばしたところで、里山の袖に軽く触れてしまった。
いえ、と微笑む里山は、しかしモニター画面ではなく明らかに俺を見ていた。
ぴんと可愛く跳ねた睫に、やんわりと輝く甘い瞳。
気まずくなり視線を下ろせば、そのまま露わになった鎖骨や首筋が見えてしまい、そっと視線を電子カルテに戻す。
……これは、注意すべきだろうか?
相手が俺だからまだいいけど、普通の男相手にそんな態度見せたら危ういぞ?
でもこれ、言うとハラスメントっぽいよなあと思ったので黙ったまま、俺は検査の解説を終了した。
「ありがとうございます。勉強になりました。それと先輩、もう一つお聞きしたいことがありまして」
「ん、どうぞ」
業務のことなら何でも。
私生活がどんなに怠惰でぐうたらしてても、職場での俺は”先輩”だ。
その形は崩したくなかったし、彼女が俺に望んでいるのも先輩としての立場だろう。
あまり変なことは考えるなよ、と俺は心の中にしっかりと鍵をかける。
そんな俺に、里山はにこりと笑って――
「先週の金曜日。先輩と、駅で一緒に歩いてた女性は誰ですか?」
びくっと驚いて、彼女を見た。
里山は相変わらずにこにこと笑い、けれど、鋭くつり上がった瞳だけはなぜか全く笑っていない気がして、息を飲む。
彼女。
ルミィさんは――間違いなく――
「友達だよ」
と、俺は答えた。
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