第34話 やっぱタク君いいなぁ。こういうノリで付き合ってくれるから。最高
日々仕事に追われる社会人にとって、ゲームをする時間はとても貴重だ。
当然、出来の悪いクソゲーに付き合っている暇はなく、もっと面白いゲームがあればそちらに飛びつくのが自然の理。
では、ガチの神ゲーなら社会人に歓迎されるか?
というと……。
いや確かに、ゲーマーとしては諸手を挙げて歓迎するんだが、ひとつだけ大きな欠点がある。
――時間が足りなすぎるのだ。
「ね、ねえ、タク君。このゲーム、超面白いんだけど、全然終わりそうな気配がしなくてヤバくない……?」
「分かる。つうか、マップが広すぎる……しかも、ただマップが広いだけじゃなくて全部調べたくなるからヤバい」
帰宅して四時間、ぶっ通しで遊び続けていた俺達だったが、雲行きが怪しくなってきた。
この神ゲー、無限に遊べるのだ。
広大なマップをすこし歩く度、なんか面白そうな謎の建造物が登場する。
あれは何だろう? と近づく途中で宝箱を見つけ、その宝箱を拾ってたらまた怪しい小石を見つけ、小石を拾おうとしたらヘンなモンスターを見つけ……
「無限ループだよ、タク君。このゲーム無限に終わらないんだけど!?」
「くっ……まずいな、ルミィさん。これは俺達が想像していたより、はるかに手強いぞ……連休中に終わるか……?」
沼。
地獄の底なし沼。
アニメ一話でわいわい楽しい雰囲気を出しておきながら、気づいたら泥沼の人間関係に足を踏み入れてしまい……
けれど今さら結末を見ずにいられるなど出来ず、時間を吸い尽くされる恐るべきコンテンツに手を触れてしまった、そんな感じ。
「タク君もうこれ、あたしの家族の話とかどうでもいいくらい面白い! てかお腹すいた~」
「俺も。くそ、これ以上戦うには飯が必要だ」
「ピザ頼んでいい?」
「待て、ルミィさん。ピザだとコントローラーがべたべたになる。ゲームしながら食べるには危険すぎる」
「そうだね! タク君さすが天才っ。ここは戦略的に考えて、インスタント焼きそばでどう?」
ってわけで急ぎポットのお湯を注ぎ、二人でゲームの情報交換しながら焼きそばをすすった。
いかにも健康に悪くてカロリー大魔王な太麺に、付け合わせのマヨネーズをぶっかけ、一緒にインスタントのお吸い物をつける。
それを二人でがつがつ食う!
よし、エネルギー充電完了!
「ご馳走様、と。あ、タク君お茶いる?」
「いるいる。超いる」
「ペットボトル置いとくね。寝ながら飲みながらゲームできるしっ」
それから再び、二人でがっつり熱中した。
気づけば夜中一時を回り、それでも電気をつけっぱなしで、ひたすらに攻略した。
というかマジでやめ時が分からず、ひたすら俺達はのめりこみ……
だけどもだけども、終わらない。
一つ見つければまた一つ、或いは複数のアイテムやら敵やら発見があるせいで、逆にやりたいことが山積みになる一方。
くそ、俺まだ最初の神獣にすら到達できないぞ、どうなってんだこのゲーム。
うぐぐと唸りながらベッドの上で転がってると、ルミィさんがへばった声をあげる。
「うー、どうしようタク君。これ絶対終わんないよぉ……」
「てか、ルミィさん明日仕事だよな」
「うん……」
俺は有休中だが、彼女は悲しき社会人。
まあ、そればかりは仕方ない、諦めるしかないか――
「でもここで負けたらゲーマーとして敗北者だと思う」
「何に張り合ってるんだ、仕事はしろよ」
「一日くらい大丈夫っ。それにあたしには最終兵器があるからね」
と、スマホを掲げてこちらに見せる彼女。
LIME起動画面に書かれた文字は、
『すみません、うちの祖父が転んで入院したので、いきなりですがお休み頂いても宜しいでしょうか』と。
「いやそれ嘘だし!」
「嘘だけど嘘じゃないからセーフ! てかあたしも有休溜まってるし。そもそも有休はね、職場の許可を取らずに取っていいものなんだよ、タク君。あと明日の仕事はたぶん忙しくないから大丈夫」
「いやいや、ルミィさん……」
幾らなんでも、サボりはよくない。
そうとも、俺等はいくらゲーマーであっても、その前に立派な社会人なのだから――
なんていう建前は、窓からぶん投げて捨ててしまえ。
「せめてLIMEじゃなくて電話にしなさい」
「確かに! じゃあ頑張って辛そうな声だしてお願いするね」
「ああ。じゃあ俺も負けじと、せっかく貰った四連休を徹底的にゲームに費やす……!」
「よし、今日は徹夜だ! というわけであたし、徹夜に備えるためにお風呂に入りますっ」
実家帰りのストレスに、深夜テンションのノリ。
さらには新作ゲームの魅力にハマるあまり、時間を惜しんだルミィさんは、いそいそとその場で上着を脱ぎ始めた。って、
「んぐっ」
さすがにゲーム画面から離れて、ガン見してしまった。
簡素なTシャツを脱ぎ捨てた下から露わになるのは、黒のキャミソールになぞられた見事な曲線美。
顔は可愛らしいのに出るところはきちんと出て、引っ込むところはきゅっと引っ込んでいる魅力的なパフォーマンスが目の前にさらされ、うぐぅ、と息をのんだ。
「ん、どしたのタク君」
「いや。……てか、風呂に入るのにここで脱ぐ必要ないだろ」
「あー……んふっ。どう? エロい?」
俺の意図に気づき、下着姿のままくいっと腰をひねる彼女。
くそ、エロい。
超エロいし、しかも最近仕事が忙しかったせいで、彼女といちゃいちゃしていない。
どくん、と激しい欲求が心の底からつき上がってきて、同時に、目の前のゲームも気になりすぎて――
「くっ……どうしよう。エロいことしたいけど、ゲームもしたいけど、エロいこともしたい」
何という快楽の板挟み!
くそ、こんな幸せな地獄がこの世にあるとは。一体、どうすれば!?
って馬鹿なことを考えていると、ルミィさんが人差し指を立てた。
「じゃあさ、先にお風呂入って、一発ヤッちゃってからゲームしよう!」
「え」
「性欲は我慢すると身体に悪いっ。それにほら、男って一発やると気が抜けるんでしょ? それで十分リラックスして、仮眠してまたゲームしよう。……はっ。あたし天才か?」
「くっ……発想はIQ3レベルなのに、天才だと認めざるを得ない……俺の完敗だ」
「こういうのが案外、人生長生きする秘訣なのだよ、タク君」
二人で馬鹿なことを言い合いつつ交代でお風呂に入り、ついでに歯磨き。
風邪を引かないよう、ドライヤーでぶおお~っと頭を乾かし、いざベッドへ。
一旦ゲーム機を壊れないよう端に置き、興奮冷めやらぬまま彼女の柔らかな身体をぎゅっと抱きしめると、ルミィさんがくすぐったそうにえへへと笑う。
「うん。やっぱタク君いいなぁ。こういうノリで付き合ってくれるから。最高」
「俺も。……とりあえず、キスから。んっ」
「んっ! 対戦よろしくお願いしますっ」
きゃあきゃあパタパタ可愛く暴れる友人の唇に、軽くキスを落とす。
最近少しずつ慣れてきた、けれど未だに心臓を高鳴らせるなめらかな素肌に手を伸ばしながら、彼女の嬉しそうな瞳を見つめ――
不意に。
ああ。もしかしたら俺、この子のこと本気で好きかもしれないな、なんて、ふと思った。
って言っても、映画やドラマに出てくる恋愛感情とは、全く違う。
彼女の身体を抱き、その温もりを感じ、にゃーにゃー笑いながらじゃれ合うように混じりながら感じたのは、心の底から安心するような愛おしさだ。
恋愛のドキドキとはまた違うし、かといって友達同士の気安さともまた違う……
なんと表現すれば良いんだろうか?
寒い日に帰宅したら、彼女がコタツを暖めていてくれて、一緒に入りながらホッと一息つけるような。
でもって、コタツの中でお互い足裏をぺたっとくっつけあって「寒い~」と笑い合えるような、そんな愛おしさがふっとこみ上げてきて、思わず顔が綻んでしまうような。
そんな、うまく言葉にできない感情がふつふつと沸いてきた気がして、俺はいつも以上に丁寧に、彼女の身体を包み込む。
友達の延長上にある”好き”。
そんな言葉を思い浮かべながら、俺が誰かに好意を寄せるだなんてすごく不思議なことだなあと、ふと思った。
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