第31話 すみません、余計な質問だったら申し訳ないんですが

 車でのんびり揺られること、三十分。

 地方にある中規模病院入口のロータリーを回りながら、へえ、と俺はいつもの癖で病院の全体像を見渡した。


 医療人の癖、とでも言うべきか。

 初めての病院に来ると、つい、施設の構造が気になってしまう。


 病院には病院それぞれの癖やコンセプトが存在する。

 外観と内装を重視している施設。

 業務上の導線をしっかり整えている施設。

 増築を繰り返したせいで、妙に尖っている施設。


 受付を眺めつつ、せっかくなら俺と同職種の現場を見学してみたいなあ……。

 と考えてると、星川母からちょいちょいと手招きされた。


「すみませんね、津田さん。都会に比べたら大したことのない、ちっちゃい病院でしょう? ごめんなさいねぇ」

「いえ。大変立派な病院です」


 正直、俺の勤めてる職場と同規模か、あるいはもっとでかい。

 都会だから何でも質がいい訳ではないし、あと――よく知りもしない病院を「大したことない」と、田舎特有のへりくだりで貶めるのは、ハッキリ言って失礼だ。

 ……とは口に出さず、エレベーターに足を踏み入れた。




 そうして五階病棟に上がったところで、まず、違和感を覚えた。


「どうかしたの? タク君」

「いや。なんだろう。んー……」


 その瞬間は分からなかったが、ルミィさんの祖父が入院しているという、一番奥の病室へ足を運ぶ途中でようやく違和感の正体を掴む。


 慣れ親しんだリノリウムの床を歩きながら、しかし、口にしてよいか迷った。

 余計なことは言わない方がいい、かもしれない。

 ……けど。

 けど、さすがにこれはなぁ……。


 迷ってる間に個室の戸が引かれ、その途端、わあっと大きな声が病室中に反響した。


「おお、留美! 元気にしよったかああ!?」

「爺ちゃん声でかっ。はいはい来ましたよ、まったく。また転んだの?」

「すまんなあ、ついうっかりしておって。でもこうして顔を見せに来てくれる孫がいるだけで、わしは幸せもんよ。――で、そっちの子が彼氏か?」

「違うって。友達」


 ルミィさんが何度目かになる否定をするも、お祖父様はかかかと笑うだけで相手をしない。

 お祖父様はまさに昔の人といった、顔がしゅっとした細身のお祖父様。


「津田君か、いい名前だ。で、お前さん達はいつ結婚するのね」

「彼女とは友達で、そういう関係じゃありませんので」

「何言うとる、こうして一緒に見舞いに来てくれただけで、もう、そういうことじゃろうに」

「違うって、お爺ちゃん。お爺ちゃんが友達の顔見せてっていうから、仕方なく連れてきたんだって……ホントに迷惑かけてるんだからぁ」


 が、周りの家族は聞く耳持たず、わいわいはやし立てては彼女に「ほら、せっかくお爺ちゃんのとこ来たんだから愛想良くしなさい」とせっついてくる。


 もちろん彼女の家族に悪気はない。

 ない、が――些か見逃しがたい難点は、ある。


 はぁ、と溜息をつくルミィさん。


「……まあでも、お爺ちゃんが思ったより元気そうで良かったよ。この前頭打った時はもっと大変そうだったし。一応、心配して来たんだからね?」

「おお、ほんと死ぬかと思った。けど孫娘の顔を見たら元気出てなあ。それより留美、お前うちには寄ったか? この前わしの世話ばっかりしてたから婆ちゃんが拗ねてなあ」

「さっき寄ってきたよ。もうご飯も貰ったし十分。……じゃ、あたし帰るけど」


 思ったより元気そうだし、と背を向けるルミィさんに、家族がぎょっとした。


「いやいや、せっかく来たんだし一晩泊まっていきなさい」だの「爺ちゃんと顔合わせてそれだけって、もうちょっと挨拶してきなさいよ」だの。

 さらには「旅行疲れもあるだろうし、一晩くらい」と進めてくる。


「明日は日曜日なんだし、大丈夫でしょう? それにお爺ちゃんだって明日も来て欲しいだろうし」

「一回顔見せたし、大丈夫でしょ? それに電話の話と違うじゃん、結構元気みたいだし」

「留美! あんた何でそんなに薄情なの? それに、お婆ちゃんだってさっきご飯のとき喋っただけじゃない。ほら、彼氏さんともまだちゃんとご挨拶したいし、今日一日くらいいいでしょう!?」


 ついにはお父様も一緒になってルミィさんを宥め……責めて、と言った方がいいか?

 善意という名のお節介を押しつけ始めた。


 彼氏さんにそんな顔したら失礼でしょ。

 あんた、うちを出て中々帰ってこないじゃない。

 お爺ちゃんが困ってる時くらい顔を見せなさい、就職してから正月も盆も帰ってこないんだから本当、あんたって子は――




 ……正直、黙っていても良かったとは思う。

 俺は彼女の家族ではないし、これはルミィさんの家の問題。

 余所者が口を出すべきことじゃない。

 ……ってのは、頭では分かってる。


 けど。

 面倒臭いと思いながらも、せっかく見舞いに来てくれたルミィさんに対して、この仕打ちは――少々やり過ぎだし、我慢できる自信がなかった。


 ごめんな、ルミィさん。

 でも、さすがに一言言わないと、あまりにもルミィさんに失礼すぎる。


 静かに、俺はそっと手をあげた。


「すみません、余計な質問だったら申し訳ないんですが」

「あら津田さん、ごめんなさいね? 本当この子、聞き分けがわるくて!」

「いえ。ルミィさんはいつも、俺の話を本当によく聞いてくれます。仕事の愚痴とか含めて、本当に。……ところで」


 俺はお祖父様を見つめ、次に、その腕に下げられた点滴を見上げる。

 透明色の点滴袋はもちろん、俺にも馴染みがある。その成分も。


「質問なんですが、お祖父様は転んで、頭をぶつけて入院されたんですよね?」

「へ? ああ、うむ。頭のなかに小さな出血があったらしくてな、念のためにと医者に言われて」

「でしたら普通、頭を打った部分をガーゼで抑えるための白い網目みたいなのを、頭につけてると思うんですが」


 もちろん、お祖父様の頭にそんなものはない。

 途端にご家族そろって妙に慌てだした。


「あら。お医者様が忘れたんじゃないかしら? それに、頭をぶつけたって言っても大した怪我じゃなかったらしいのよ。でも、頭の内側に血が出てたーって」

「だとしてもこの点滴、中身がごく普通の補液で、血圧コントロール用の薬とかはいってないみたいですけど」

「へ?」

「ついでに、もし出血で緊急入院するような状態なら、こんな端っこの個室でなくもっとナースステーションに近くて監視しやすいベッドを使うと思うんですが」


 ――なんて説明しても、専門的すぎて難しいと思うので、もっと分かりやすくいこう。


「そもそも」


 俺はスマホでこの病院を検索し、病棟マップを表示する。

 公式HPにきちんと、看護部フロアマップという文字と共にこう書いてあった。




【五階病棟:消化器内科・呼吸器内科】




「ここは五階で、脳外は六階です」


 頭をぶつけて消化器内科に入院させる馬鹿はいないだろう、という、誰にでも分かる事実を突きつけると、家族全員が固まった。

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