第30話 友達ですので、そういう関係ではないので
翌朝、俺はルミィさんと朝早くから新幹線に乗り込んだ。
窓の外には田舎らしい田園風景が広がり、ルミィさんとのんびり旅行気分で眺める。
「なんかさ。電車とかでずーっと続く畑とかみてると、わー、日本ってめっちゃ田舎で田んぼばっかじゃん! って思うときない?」
「ああ。あと山道の合間走りまくったりすると、日本って超山じゃんって思うよな」
「あるある。まあほんとに山国なんだけどね」
けど見てて飽きないよねー、と二人で笑っていたが、彼女はしばらく風景を堪能したらやっぱり飽きたらしく、鞄からいつもの携帯ゲーム機を取り出して遊び始めた。
いつも通りで何よりだ。
一時間後。
「酔った」
「ルミィさんさあ……はい、酔い止め」
「神!」
「崇めたまえ」
「ははーっ。けどこれ普通、乗る前に飲むもんじゃない?」
*
新幹線から電車に乗り継ぎ、目的の駅につく。
こじんまりとしたその駅は改札口が一つと小さく、表に出たところには某有名な一行様の銅像が佇んであらせられていた。
地方の駅にある銅像って、とりあえず見ちゃうんだよな。
眺めてる間に、ルミィさんの家族が車で迎えに来てくれた。
大型バンから出てきたのは、ふくよかで気のよさそうなおばさん。
スーパーの店員をやってそうな、愛くるしく騒がしそうな方が元気に手を振ってくる。
「ああもう、やっと帰ってきた! 留美、あんた爺ちゃんのこと心配じゃないの!?」
「心配してないわけじゃないんだってば……てか、この前も会ったじゃん」
「それとこれとは別なの。この前だってお婆ちゃんが寝てる間にすぐ帰っちゃったし。……あら? あらぁ~!」
と、俺に気づいて目をギラギラ輝かせるお母様。
「留美、こっちの方は彼氏?」
「友達」
「そうなの、お友達さんね? でも今はお友達でも後々はどうなの? あ、私、留美の母親の星川舞といいます」
「津田匠です」
互いに名乗りながら、俺ははじめて彼女の本名が『星川留美』だと知った。
たぶん彼女も『津田匠』という名を、初めて聞いたはずだ。
まあ名前が人の価値を決める訳ではないけど、とヘンな抵抗感を覚えつつ車に乗り、運転手のお父様とご挨拶。
父親の方はこれまた面倒見が良さそうな、穏やかな方だった。
先方はすっかり俺を『ルミィさんの彼氏さん』扱いしながら車を発進。
と、ルミィさんが「ちょっと」と止めた。
「爺ちゃんの見舞いに行くんじゃないの? 病院そっちじゃないでしょ」
「何言ってんのアンタねぇ、せっかく顔出したんだから家にも寄りなさい! 前もそうやって爺ちゃんにだけ顔出したから、婆ちゃん寂しがってたじゃないの」
「えぇ~……?」
苦い顔を浮かべ、俺にごめんと目配せする彼女。
そこからは、ご家族の質問責めだった。
「津田君はずっとあっちに住んでるの?」
「うちの留美とはどこでお知り合いに?」
「趣味は?」
「仕事は?」
わーっと喋られたのに対し、俺は一般解答を並べていく。
あちらには大学の頃から。留美さんとは社会人になった後、ネットで知り合いまして。
俺の趣味は読書で、ミステリーを好みます。有名所だと、映画化されたあの作品とか。
世の中には、一般受けする趣味としない趣味がある。
そして何故か、名のある一般文芸やミステリを引用すると「ほほぉ!」と、よく分からないけど感心する、みたいな空気を出してくれるので偽装工作に便利だ。
間違っても、イカゲームで地面にインクを塗りたくり、推しのVのライブ配信が、と口にしてはいけない。
あと医療人だと口にすると割と面倒なので、公務員です、とでも名乗っておく。
「それで、うちの留美とはいつからお付き合いを?」
「お付き合いはしてませんけど、仲良くして貰ってる友達です」
「お母さんが文句言うから、仕方なくついてきて貰ったの。……お願いだからホント、止めてよね」
「もう、留美はすぐそんなこと言う。あ、うちの留美はこんなんですが宜しくお願いしますね?」
すっかり勘違いされてしまった。
後々面倒そうだという予感はあったものの、自分で選んだことだ。責任は取るさ。
「で、爺ちゃんは大丈夫なの?」
「え? ……ああ、うん。大丈夫よ。まあいったん家に帰ってから、きちんと病院にお見舞いに行くからね」
――その時、お母様の声がちょっとうわずった気がしたが、俺の勘違いだろうと思った。
星川家で行われた歓迎会については割愛する。
狙われていたのか、実家に着くなりお婆様が「沢山お食べ」とご馳走を並べ、俺とルミィさんはなんとも居心地悪く昼食を頂いた。
ご家族の方は大盛り上がり。
好き放題わーわー喋り、気が向いたらこっちに話を振っては勝手に満足する。
いかにも田舎っぽい距離の近さだ……とげんなりしてると、なぜか近所のおじさんまで挨拶に来て昼間から酒を注いできた。
「で、あんた達はいつ結婚するのね。予定は?」
「友達ですので、そういう関係ではないので」
「だっはっは、んな嘘つかんでいいのに! 若いうちに捕まえかんとすぐ歳取るぞぉ?」
知らないおじさんに背中を叩かれ、何でこんなに初対面で馴れ馴れしいんだろう?
と、げんなりしながら酒を断りつつ……
何となく、ルミィさんが今の性格になった理由の一端を、知った気がした。
――面倒臭かったのだろう。
――鬱陶しかったのだろう。
人との距離を強制的に近づけさせられ、プライベートなんて知ったことかとばかりに、ずかずかと他人の領域に足を踏み込まれる濃密な人間関係が。
友達だと言っても勝手に邪推され、男女が揃えばすぐ”恋人”に当てはめられてしまう閉塞感が。
ルミィさんを伺うと、彼女も余所行きの愛想笑いを浮かべながら、近所のおじさんのセクハラをあしらっていた。
そのうち俺の視線に気づいて、ほんとごめんね、と、唇だけで囁く。
――まあ、こういう日もあるさ。
人に囲まれるのは苦手だけど、ルミィさんが理解してくれてるなら十分。
仕事上の付き合いだと思って、相手をすればいい。
俺はごく平凡な社会人らしく、失礼にならない程度に会話を弾ませながら、早く彼女と二人きりになりたいなあと思った。
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ここまでお読み頂き、いつもありがとうございます。
あと六話ぐらいで、一旦一区切りの予定です。
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