第28話 ん。恋人の好きじゃないけど、大好きだよ、タク君

 それから一週間が過ぎた頃――

 ルミィさんから、状況が和らいだ(?)という連絡があった。


『よくわかんないんだけどさ。あのおじさん来なくなったんだよね。聞いたらさ、別の女につきまとい始めて、その家に不法侵入して捕まったらしいんだ。で、実家に連れ帰られたらしいんだよね』

「えぇ……なんだそれ」


 こっちはこっちで対策を考えてた間に、なんか凄いことになっていた。

 けどまあ、そのおじさんの実家はかなり遠いらしく、一旦は安全ということになったらしい。


 まあ、こういうのって突然の出来事もあるから、油断はできないけど……。


『なんか。あれだね。面倒くさいね色々!』

「だな……」


 ほんと、気が合う人とだけお付き合いしたいよなあ……と、ルミィさんと二人でげんなりしつつ。

 とりあえず一旦矛を収め、ルミィさんの支店移動の話もいったん保留となったらしい。


*


 そうして迎えた二週間後の金曜日――

 ルミィさんが自宅を訪れ、いつものようにお互いポテチをつまみながら、だはぁ~~っとオッサンみたいな悲鳴を上げながら、テーブルに突っ伏した。


「あたしってさあ、昔から面倒事によく巻き込まれるんだよねえ。うちの両親は『人の心配ができるいい子になりなさい』ってすごい煩いし、爺ちゃん婆ちゃんもなんかあたしを聖人みたく扱うし。……まあ確かにあたし、可愛いし結構モテるし美人だから仕方ないんだけどさ?」

「自分で言うのかよ。……まあ、面倒見がいいのは事実な気がするけどな」

「そう?」


 ルミィさんが首を傾げるが、彼女はゲーマー時代からお人好しだ。

 無関係な俺にDMを送って注意を促してくれたり、なんだかんだもめ事があると仲裁に入る姿を、サーバー上で何度も見た。

 家族がワガママを言っても仕方なしに会いにいくあたり、本質的にいい人なんだと思う。


「でもそれ言ったら、タク君も相当だよね」

「俺? べつに俺、面倒見はよくないけど」

「自覚ないかなあ。普通ストーカーに絡まれたからって自宅の鍵まで貸してくれる人、いないよ?」


 それは相手がルミィさんだからだし。


「俺はただ、自分にできる範囲のことをやってるだけだよ。実際この前も、ルミィさんが困ってるって聞いたとき、すぐ迎えに行かなかったし」

「仕事中だからでしょ」

「ドラマだとああいう時、主人公が仕事を飛び出して駆けつけるのが基本だろ」

「それは二次元の話ね。三次元だとそこまで他人に迷惑かけると、逆にこっちが申し訳なく思うよ」

「理性的だなあ」

「だから君はあたしにとって最適な友達なのさ。……っと」


 よっ、とルミィさんが膝を起こして立ち上がった。

 そのままするりと俺の背中側に回り込み、……おや? と、眉を寄せてる間になぜか両手を首筋に絡めてくる。


 背後から抱きつかれる格好になり、もちろん柔らかくて大きなものがふにゃっと背中から当てられたことで、俺は黙りつつもドキドキして――期待、しまう。

 ルミィさんがそんな俺に気づきながら、耳元で囁く。


「人ってさ、口ではなんとでも言えるんだよね。俺が助けます、任せてください! って。けど実際に困った時に、頼りになる行動してくれる人って、あんがい少ないんだよ?」

「それ、俺のこと?」

「もちろん」


 ふふーん、と、背中から俺の耳元向けて頬ずりしてくるルミィさん。

 猫か、本当に猫か、と気持ちがざわざわしてると、――ふいに、


 かぷっ、と。


「うおっ!?」

「耳、食べちゃった。ふふ、タク君ってば敏感だねえ」

「っ、待ったそれマジドキドキするから。あとさっきから、当たってるから」

「当ててんのよ、って言って欲しいんでしょ~?」

「っ、ぐっ」

「先週は忙しくて、金曜日のイイコトできなかったしさ。でもちょっと落ち着いたし……今日こそ、恋人じゃないあたしと、いけないこと、したい? したくない?」


 耳元で囁かれ、ふーっ……と吐息を吹きかけられ、背中にぞわぞわっ! とむずがゆさが走る。

 うおお、と背筋をぴんと弾いていきり立つ俺に、ルミィさんはほんとに悪い子らしく肩を揺らしてくすくす笑う。


「最近、タク君虐めるのちょっと癖になっちゃったかも」

「勘弁してくれ」

「イヤ?」

「……い、イヤじゃない、って言ったら?」

「トリック オア トリック!」

「イタズラしかされねぇじゃねーか!」

「されたいくせにぃ~。そりゃっ」


 そうしてルミィさんはあっさりと俺を押し倒し、絨毯の上に寝転びながら、まるで雄にマーキングをするかのように熱烈な口づけを下ろしてきた。


 ん、とつい瞼を閉じつつお互いのものを絡めながら、自然と昂ぶってしまう心に意識が揺さぶられていく。


「いつもお仕事、お疲れ様。今日はいっぱい楽しもうね♪」

「まじでエロ漫画みたいな話し方するなあ」

「い~っぱい勉強したんだよ? なんちゃって」

「……具体的には?」

「今からイメトレの成果をお見せしましょうっ」


 と、彼女にそのまま襲われつつ、勉強の成果とやらをお披露目しようと服を脱ぎ始めるルミィさん。


 彼女に思いっきりマウントポジションを取られながら――

 そういえば俺、こんなに信頼してる相手なのに、まだ彼女の名前ひとつ知らないんだよなとぼんやり考えつつ、快楽に身を任せるべく上着を脱ぐ。


 互いに素肌をさらしながら、もう一度、柔らかな口づけを交わす。


「ん。恋人の好きじゃないけど、大好きだよ、タク君」

「……おぅ。俺も、だな」


 言葉をあえて濁しつつ、けれど身体はまじえつつ。

 ほんの少し。

 心の奥底でちりっと火花が弾けるように、彼女の名前を知りたいなあ、なんて思う。



 それはもしかしたら、ルミィさんを友達ではなく、恋人として迎えたい、と感じてしまった意識の欠片。

 彼女を、本物の彼女にしたい――

 自分の恋人として束縛したい、っていう自分のワガママかもしれないと気づいて、俺はその意識をなんとか思考の外にネジ出しつつ、彼女との一時を楽しむ。


「ん……っ」


 いまの気楽な関係を、壊したくない。

 それもまた俺自身の、偽ることのない本音であった。

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