第26話 -side ルミィ- 君のサクランボは今日も元気かい?

 遡ること、すこし前の時間――


*


「おおー……!」


 病院に入るなり、あたしは物珍しさから、つい声をあげてしまった。


 自慢じゃないけど、あたしこと星川留美はあんまり病気をしたことがない。

 昔から風邪も滅多に引かなくて、学校でも皆勤賞をもらった程だ。

 まあ最近は例のウィルスのせいでお休み=悪、ていう価値観もなくなってきて、それのせいで皆勤賞をなくしましょうって話が進んでるらしいけど、とにかく病院に縁がない。


 なのでつい、物珍しさにそわそわしてしまう。

 へえ、病院って色々あるんだ。今は閉まってるけど入口側にカフェもあるしATMもあるんだ、と、うろうろ。


「どうかされましたか?」

「あ、いえ。すみません患者じゃなくて、知り合いの仕事終わるの待ってますのでっ」


 守衛さんに尋ねられ、慌ててストンと待合室の椅子に腰を下ろした。

 ああでも、病院ってきちんと守衛さんいるんだね。

 電気も明るいし、夜遅いのに患者さんもちらほらいるので、落ち着きはしないけど安心だ。


 と、ホッとしながらスマホを開くと、タク君から仕事で遅れるとのメッセージが届いた。

 仕事の邪魔をする気はない。

 それに、ゲーマーは時間つぶしの天才。スマホ一つあれば何でも出来るのです。




 ――という訳であたしはしばらくの間、最近スマホで配信された果物ゲームに興じていた。


「来い、来いっ、ブドウ……あっあっ、そこでサクランボはいらない、お前は育児放棄するしかないぐぬぬぅっ」


 昨年の据置機DL数第一位、上から果物が落ちてきて同じものがくっつくと進化する、超エクストリームなフルーツゲームだ。


「よし、いける……あっ、あーっ……!」


 何とかパイナップルをくっつけた直後、みょ~ん!

 と育児放棄していたサクランボが大ジャンプをかまし、突然の死。理不尽すぎるでしょ。人生かよ。


 はぁ~っとスマホを下ろして周りを見てみれば、時間外外来の患者も減ってきた。

 タク君、まだかな?

 と、キョロキョロしてると待合室の端にある自販機を見つけ、喉が渇いたなあ、と思い。


 ついでに自販機前で財布片手に眉を寄せる、美人なおねぇ様も発見する。


 薄水色の仕事着に、しっかり束ねた後ろ髪。

 すらりと伸びた鼻先といい、ぱっちりとした瞼といいあたしより大きく主張する胸元といい、確実に男の人なら目を見張る美人様だなぁ、いいなぁ~、って……見覚えあるな。

 前にタク君とお昼ご飯にいった時、彼に話しかけてた美人の胸デカ先輩だ。


 と――美人様が、こてん、と自販機に頭突きをするように項垂れ、疲れたような息をついた。

 ……体調悪いの? っと、それは放っておけない。


「あのぉ」

「……え? ああ、すみません。どうぞ」


 身を引いた美人様は、汗ばんでるのは仕事のせいだと思うけど、それを差し引いても息が荒くて、……ああ。昔いたなあうちの学校にも。

 体調が悪いのに自分からは言い出せない、クラスの真面目すぎる委員長タイプ。


 あたしは待合席を、どうぞと勧めた。


「ちょっと休みます? 空いてますので」

「いえ。仕事中なので」

「少しくらい良いじゃないですか。患者さんだって、お医者さんが病気してたら心配しますよ?」


 面倒事は苦手だけど、困ってる人を放っておけるほどあたしの神経は図太くない。

 美人様も仕事中だと思うけど、自販機にくる余裕があるなら、ちょっとくらい、ね?


 が、美人様は首を振るのみ。


「お気遣いありがとうございます。けど、後輩を待たせていますので」

「大丈夫じゃないですかね、その後輩君なら」

「え?」

「あ、いや、知りませんけど、仕事任せて自販機に来れるなら大丈夫かなぁって」


 想像だけど、タク君は仕事ができる。

 それにタク君なら下手な手は打たないはず。だよね?


 なので、遠慮なく押させて貰おう!


「あたしは部外者ですけど、休めるうちに休む、これ大事だと思うんですよ。それに、そんな顔でほかの患者さんの前に出たらまずいでしょ?」

「……私、そんな酷い顔してますか」

「失礼ながら、50点くらい?」

「赤点ですね」


 気合い入れ直さないと、と、仕事に戻ろうとする美人様。

 あー、この人休むの死ぬほど下手なんだなと理解したので、


「後輩さん、そんなに頼りになりませんか?」

「え」

「そこまで無理するってことは、後輩には仕事を任せられない、信用できないってことかなぁっと」

「――すみませんが、知りもしないで、うちの後輩を馬鹿にしないで貰えませんか?」


 美人様が髪をすいてじろりと睨んだ。おお、怖っ。

 ダテに胸でかいだけじゃない、雰囲気もぴりっとしてて、……あたしの苦手なタイプだ。


 けど、美人様はすぐさま失言に気づいて、ごめんなさい、と謝った。

 尖った眉がしゅんと零れ、ちょっと可愛くなる。


「……すみません。私、苦手なんですよ。人に頼るの。とくに、後輩相手には」


 まあその感覚は、分からなくもない。


 他人に頼って、もし失敗したら?

 自分の弱みをみせて、馬鹿にされたら? 言いふらされたら? 傷つけられたら?


 人に頼るってことは自分で責任を取れなくなるって意味なので、中々にハードルが高いのは知っている、けど――


「でも、たまには勇気を出して、えいやって頼むのも大切だと思うんですよね。……あたしにも凄く仲良しの友達がいて、今日はその人にワガママ言って会いに来たんですけど。最初、相談するの迷ったんですけど、いざ相談したら『全然いいよー』って言ってくれて、すごくホッとしました」

「……そう?」

「産むは安し、ってやつですよ。それに美人さんくらい普段から頑張ってそうな人なら、ちょっとくらいお願いしても受け入れてくれますよ、きっと」

「……そんなもの、かしらね」


 こめかみに手を当てて考え込む美人様。

 美人さん、という呼び方をまったく否定しないので言われ慣れてるんだろうなぁ。くそぅ。


「まあそういうことなんで、少し相談してみたらどうですかね」

「……まあ、考えておくわ」


 美人さんがくすっと微笑み、あたしをまっすぐ見た。

 おお。美人に見つめられると、ドキッとする。


「あなた、うちの病院の職員?」

「いえ、人待ち中のどこにでもいる一般人ですっ」

「そう。私は薬師寺愛香。もし患者として来たときには、検査に当たるかもしれないからよろしくね」

「星川留美です。はーいっ。出来ればお世話にならないよう気をつけますっ」


 お互い挨拶をして、美人さん――薬師寺さんは廊下の奥へと消えていった。


 ……あの様子だと、あたしの言葉は届いてないだろうなぁ。

 まあ見知らぬ女が一声かけたくらいで気が変わるのも変だ。


 けど、タク君はああいうタイプの人を放っておかない気がする。

 面倒臭いことは嫌いと言いつつ、頼りになるのが、あたしの大切な友人であるタク君だから。


「にしても、美人さんだったなあ……」


 暇になったので足をぷらぷらさせながら、あたしは自分の胸を寄せてみる。

 ……そこそこ、あたしもある方だけど、ううむ。アレには勝てない。


 あんなに胸大きかったら、タク君もアレも挟んであげられるし、もっと喜んでくれるだろうか?


 と、あたしはう~んと考えつつ、自分の胸元を寄せて――


「ごめん、ルミィさん。待たせ……何してるの?」

「ふぉあっ!? や、なんでもっ」


 タク君がやってきて、あたしは慌てて背筋をぴーんとする。

 病院で! 彼の息子を挟む練習をしてました! ……とは、さすがに面の皮が厚いあたしでも言えねぇぜ!


 と、わたわた誤魔化しつつ、タク君を見て、……一瞬ドキリとする。


 救急入口に走ってきた彼。

 Tシャツに長袖。いつもの私服姿だけど、よく見れば汗がべったり張り付き、いまも息が上がっていて。


 けど、あたしに見せる笑顔はいつも通りに優しいからこそ、察する。


 ……今日の仕事、大変だったんだろうなあ。

 それを見せずあたしを気遣ってくれるあたり、本当、いい男友達だなぁ――と、うっすら笑いつつ。

 あたしはついさっき出会った美人様の話をしようと思って、


「…………」

「ルミィさん?」

「ううん。心配してくれて、ありがと。ごめんね、いきなり呼んじゃって」

「こっちこそ遅れてごめん。とりあえず帰ろう。さすがに、この時間までストーカー野郎がいるとは思えないけど」


 優しく笑う彼に、あたしはもう一度「ありがとね」と笑いながら、美人様の話をひっこめる。


 あたしのために駆けつけてくれた、素敵な友達に――

 他の女の話なんか、したくないなぁ。


 ……なんて、らしくもなく面倒な考えがよぎってしまった自分に驚きつつ、その手を握る。

 指先が触れた瞬間、ちょっとだけあたしの心臓がいつもと違う鼓動を鳴らし始めて、ん? と思ったけど、その理由はよくわかんなくて。


 代わりに、あたしはいつものようにスマホを見せつつ、元気に声をあげる。


「さっきさ、サクランボがぴょーん、って!」

「って、ゲームの話か。いつものルミィさんだな」

「君のサクランボは今日も元気かい?」

「いきなり下ネタやめろ。つーか俺のチェリーはルミィさんにあげたし」


 二人揃って、一緒にけらけら笑いつつ。

 ようやく心の底から安心して、あたし達は家路につくことが出来たのだった。


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