第21話 疲れた時はやっぱ膝枕おっぱい最強でしょ。人類のアルテマウェポンじゃん

 里山を送ってから自宅につくと、すでに夜十一時を回っていた。

 丸一日使った研修に、先輩方との微妙な飲み会。

 それに里山と、アルコールを交えた妙な話まで。


 大喧嘩したわけじゃないから、明日の仕事に差し支えないとは思うけど。

 なんか、疲れた……。


 俺はもともと、人と話すときに気を張ってしまう方だ。

 里山相手なら多少は楽とはいえ、それでも先輩として意識するし、弱みを見せる訳にもいかない。


 その反動か、自宅マンション前に到着したところで、緊張していた糸がふっとほどけてしまった。

 ……けど、明日も仕事。

 それも月曜日だしなあ、と自分に叱咤をかけつつ階段を上ると――


「ん。お帰り、タク君」


 やあ、と手をあげるルミィさんにびっくりして足を止めた。

 あれ? なんで?


「来るって言ってたっけ。ていうか大分夜遅いけど、もしかして待ってた?」

「LIMEもらったよ?」


 マジかよ、覚えないぞと履歴を見ると、やっぱりしていなかった。

 代わりに『飲み会で先輩にちょっと腹立ったんだけど』と、八つ当たりぎみの愚痴メッセージを送っていた。


 ……もしかして、これか?


「タク君が愚痴なんて珍しいなと思ってね? そこで都合のいい現地妻が、こうして慰めに来てあげたのだよ」

「なんだ現地妻って」

「男の人が出張した先で出会う、現地の奥さんのこと。別の意味で、シリーズものの映画とかに出てくる個別ヒロインをそう呼ぶらしいよ? 昔の映画だと、007のボンドガールとか」

「そっちはよく分からないけど、アニメでよくある映画限定のヒロインみたいなキャラのことか」

「そそ。つまりあたしは主人公様に尽くす、便利で甲斐甲斐しい女なのです」


 という訳で上がらせて? とニコニコするルミィさん。


「あ。人に会いたくない気分なら帰るよ?」

「別にいいよ。てか、来て貰ったのにあげないのも失礼だし」

「いやいや、タク君。あたし達の間に遠慮はいらないさぁ」

「……そうだな。でも気にせず上がってくれ」


 せっかく来てくれたんだし、ここで帰すのも申し訳ない。

 それに……ルミィさんはそこに居るだけで、ほっと一息つけるような癒やしがある。


 とはいえ夜も遅く、俺も疲れていたし、身体に煙草のにおいも染みついていたので。


「ごめん、上がらせてなんだけど俺、先お風呂入るな」

「了解~。あたしゲームしてるね」

「おぅ」


 苦笑しながら、さっと風呂に入る。


 身体の疲れを癒すため、ぬるめのシャワーを浴びながら……

 よく考えると人の家に遊びに来ておきながら、家主はお風呂なのに自分はいきなりゲームするって自由だな!


 けど、その自由さがルミィさんらしいし、俺も余計な意識を使わなくていいんだよなあ。

 と、シャワーを浴びながら――ふと、自分の失敗に気づく。


「あ。……ごめん、ルミィさん。着替え持ってくるの忘れた。悪いんだけど、タンスの中にある俺の下着、持ってきてくれないか」

「はいはーい。全裸で出てきてもいいけど?」

「そこまで恥じらい捨ててないから」


 彼女に下着を持ってきて貰いつつ、お風呂を終え、ついでに備え付けの洗面台で歯磨き。


 さっぱりして風呂場を出ると、ルミィさんは座布団に腰掛け、先日俺が進めた放水ゲームをせっせとプレイしていた。

 ぷしゅー、と水音を鳴らし、今日もお掃除。


 その後ろ姿を見つつ、うん。

 この雑さがいいんだよなあ、と、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 後輩の前にいる”先輩”でもなく“社会人”でもなく、親の前にいる”子供”でもない、自分。


 自分のままを見せられる自分、っていうか。


「ルミィさんって、コンビニのポテトチップスみたいだよな……」

「それ褒めてる???」

「超褒めてる。ほら、高級レストランでの食事とか、美味しいのかもしれないけど、逆に緊張しすぎて疲れるだろ? マナーとか面倒くさいし。それより、家で食べるカップ麺の方が美味しいじゃん」

「銀座の寿司とかそんな感じするよねー」

「銀座の寿司食べたことあるの?」

「ないっ」

「何だそれ」

「でも、銀座のお寿司が座布団に寝っ転がって食べられないのは分かるっ」


 にひひ、と振り返って笑うルミィさんを横目に、俺も体内のアルコールを逃すべくミネラルウォーターを口にする。

 そのままベッドに腰掛け一息ついていると、ルミィさんもとくに俺を気にすることなくゲームを続け。


 のんびりした時間が過ぎている間に、気づけば瞼が落ち始めていた。



*



 ――昔から、他人に干渉されるのが苦手だった。

 学校のクラスメイト。

 親や先生。

 その他どんな人であっても、他人の目が自分に向けられている状況が苦手だった。


 学校のテストで。

 体育の授業で。

 家の手伝いで、他人に見られているだけで、自分がなにか悪いことをしたのでは? と勝手に妄想してしまう。


 学生時代、俺の成績がよかったのは勉強が好きだからではなく、他人に軽蔑されないよう意識していたからだ。

 授業を真面目に受けたのも、先生の言うことをきちんと聞いていたのも、失敗を他人に咎められたくなかったから。


 ……俺は、他人から見たら、真面目な男に見えるかもしれない。

 ……けど本当の俺は、失敗しても許されるような、楽な世界で生きたくて……もちろん手を抜きすぎるのはダメだけど、他人から受けるプレッシャーは最低限に抑えたいし、自分に関わって欲しくないなと、心のどこかで思っていた。


 生きていくには、一人がいい。

 心からの親友だとか、恋人だとか。

 相手に対して丁寧に気を使わなければならない関係を持つくらいなら、自分は独り身でいい――むにゅっ。


 むにゅむにゅ。やわやわ。

 ……ん???

 お? なんだ? この俺のストレスを和らげてくれる、マシュマロのように柔らかいものは……?



*



「ぉ?」


 寝ぼけていた意識が、ふにふにとした柔らかいものに挟まれて、ふと目覚めた。

 ……何だろう、この、揉み心地のよさそうなふくよかさ。

 すごくいい香りもする……。


 と、鼻を鳴らしつつ、ぼんやり目を開けると。

 ルミィさんがにまにまと俺を見下ろし、「タク君は甘えん坊さんだねぇ」と笑っていた。


「……え?」

「ふふーん。膝枕って、男の子の夢なんでしょ? しかも上から女の子のアレを押しつけられて……ね?」


 ぶわっと汗が噴き出てきた。

 自分がいま何に包まれていたか理解し、……けど、いきなり起き上がるのも躊躇われ、あと本音をいうと――もうちょっと膝枕を堪能したかった。

 なぜって?

 俺の目の前に、豊かで大きな膨らみという眼福がありまして……。


 とは言わず、冷静なふりをする俺。


「……どうした、ルミィさん。そんなに近くで」

「なんか悪い夢にうなされてたから、お疲れなのかな~と思って」


 ……確かに、疲れのせいかヘンな夢を見ていた気はするけど。


「で、疲れた時はやっぱ膝枕おっぱい最強でしょ。人類のアルテマウェポンじゃん」

「女性の胸をその武器に例える人、初めて聞いたぞ俺」

「でもタク君、めっちゃ気持ち良さそうに揉んでたよ? 指がこう、くにくに~ってえっちに」

「マジで!? や、確かに夢で柔らかいなあとは思ったけど」

「ウソでーす」

「嘘かよ」


 そりゃあ寝ながら胸揉んでたら変態だよな!?


「まあでも、今日のタク君はお疲れなようなので、あたしの貴重な膝枕おっぱいを授かることを許しましょう」


 授かるのかよ、と突っ込みかけた俺の顔に、腰を丸めてふにっと豊かなものを押しつけてくる彼女。

 んぐっ、と息をのむ。

 ついでに、鼻先から顔にかけて柔らかなものがダイレクトに。


 いかん……男として大変情けない格好だと自覚してるが、これは。

 これは中々に。


「ふふ。あたしという便利な友達を使って癒されるがよい。……ちなみにあたし、結構大きいと思うんだけど、どう? この前見かけた先輩ほどじゃないけど」

「めっちゃいい」

「正直だねぇ。ちなみに揉みごたえあると思うから、ついでに揉んじゃう? この前のお返しもかねて」


 ……お返し、って何だ?


「この前さ、タク君ストーカーの件で相談に乗ってくれたじゃない? あの時疲れてたあたしを慰めてくれたから、今度はあたしがタク君を励ましてあげる番なのさ」

「気にしなくていいのに」

「っていうのは嘘。あたしの自己満足。今はあたしが君に感謝したいから、あたしが勝手に胸を押しつけているのだよ。だから存分に甘えたまえ、我が友人」


 ほれほれ、ともう一度俺を誘いつつ身体を揺らすルミィさん。


 その、白いシャツと一緒に揺れる胸を見ながら……

 もしかしたら、彼女は俺に甘える言い訳をくれたのかもしれないな、と思った。


「タク君。雑に食べれるポテチは、美味しい! ということは、雑に揉めるおっぱいは気持ちいい」

「すげぇ理論」

「でも世界の真実だぜっ」

「そうか、世界の真実はコンビニに売っていたのか……」


 ルミィさんが俺の頭を包むように、ぎゅっと抱きついてきた。

 この子身体めちゃくちゃ柔らかいし胸も柔らかいなあ、と馬鹿なことを考えながら包まれていると、段々、俺のほうも緊張の糸がほどけていくような感触になる。


 そうして瞼を閉じていると、彼女の指先がさらりと俺の頭を撫でた。

 気持ちいい。

 膝枕されてる状況だと知りながら、ついそのまま、うとうとと眠気が襲ってくる。


「今日一日お疲れ様。おやすみ、タク君」

「……ありがとな、ルミィさん」

「いえいえ。どういたしまして。これくらいで宜しければ」


 これくらい、って彼女は言うけど、俺にとっては十分すぎる癒やしと心地よさだ。


 それに、こんな風に、心を休める拠り所があることは――

 俺みたいな平凡な人間には有難すぎるくらい、幸せなことだよなぁと噛みしめながら、意識がゆっくりとまどろんでいく。


「おやすみ、タク君」

「ん」

「……エロいことはまた明日ね」

「明日かよ」


 つい肩を揺らして笑いつつ、俺はそのままゆっくりと眠りについた。






 翌朝、目を覚ました時はずいぶん意識がすっきりとしていて。

 俺は頼れる友人に心のなかで感謝をしながら、いつの間にか帰宅したらしいルミィさん宛てに、感謝のメッセージを送信した。


『ありがと、ルミィさん。ホント助かった。よく寝れた』

『サービス代含めて十万億ドル円ユーロになります! 支払いはルミィコンビニまでどうぞ』

『ぼったくりすぎだろ』

『女性の胸は神の与えし至高のおっぱいなので……』

『焼き肉おごろうか?』

『神、買収されました』


 うちの神はとことん安上がりで、だからこそ喜ばしいなと思った。





――――――――――――――――

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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次から少々シリアス(面倒事)な話になりますが、同時にただいちゃいちゃしてるだけでは終わらない魅力も見せていければと思います。

本日から投稿日時を朝7時/夜20時に変更しました。

また一章分の予約投稿を行いました。1月26日まで毎日2話ずつ投稿されますので宜しくお願いします。

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