第18話 -side ルミィ- でもまあ頑張る。仕事だもん

 その翌朝、あたしはうーうー唸りながら這いずるように起き上がった。


 あたしは朝が弱い。

 しかも今日は早起きしなきゃいけない。

 仕事ヤダヤダ、と引きずる心を我慢し、仕事、仕事……と自分の尻に火をつけながら、がんばってタク君のベッドから芋虫のように這い出て、昨晩買っておいたおにぎりを口に運ぶ。


 昨晩はタク君の家にお泊まりした。

 おかげさまで、心の隅っこに疼いていた不安はだいぶ楽になったし、今度から防犯ブザーも貰えるから、ちょっと安心。


 それに……彼には言わないけど、ぎゅって抱きしめてもらったお陰で、心が満たされた気がする。

 人肌の温かさってのは性欲だけじゃなくて心の元気にもなる。

 彼には、恋人っぽく思われるのが恥ずかしいし困るだろうから、言わないけど。


 ホント、タク君は頼りになる友達だよね……と、まだお休み中の寝顔を覗いてみた。

 すやすやと眠りにつく横顔は、昨晩、ベッドの上であたしに襲われてた時に見せた、情けなさと欲望の混じる瞳とはうって変わって穏やかなものだった。


 もちろん、どっちの顔も好き。

 あたしに襲われて情けなくあえいでる時も。

 男の欲を覗かせ、彼らしくないぎらついた瞳を輝かせる狼顔も。

 普段からさりげなく心配してくれる顔も、ぜんぶ。


 タク君は自覚がないし認めないけど、彼はネット上でやり取りしてた頃から、ゲーマーオタクで攻略好きで……実は、とても面倒見がいい。


 他人事を面倒だと思いつつも、悪いことは見逃せず、気を遣ってくれて。

 それでいて相手に干渉しすぎない態度が、丁度いい。

 あたしは表向き明るく振る舞ってるけど、心の中では結構冷たい部分があるんで、タク君のそういうところに結構救われていたりする。


「ま、君とあたしは友達だけどね」


 そう、あたしと彼の関係はあくまで友達。

 昨日迎えに来てくれたことも、防犯アラームの件もすごく助かる、とても頼りになる友達。


 実際、恋人のようにドキドキするか? と言われると、ちょっと違う。

 知り合いの話しを聞くと、本当に、恋をすると心臓が張り裂けそうになるくらい顔を真っ赤にしてドキドキが止まらないというけど、あたしには覚えがないから分からない。


 けど、タク君の側だと安心する。

 単純に優しいだけでなく、あたしがだら~っとしてても、イタズラしても許してくれる……っていうより、どっちでもいいよ、っていう自由を許してくれる、その心持ちが本当に好き。


 なんて考えつつ、にまにまと彼の寝顔を見つめて――


「……おっと」


 タク君の眉がぴくりと震えたのを見て、身体を離す。

 起こしたら可愛そうだしね、と、おにぎりの残りを頬張つつ、机の上のメモ帳に『おはよう。今日は先に帰るね』とメモを残して、タク君の家を後にした。


 マンションを後にすると、ひやりと冷たい秋風が頬を撫でた。

 朝早くの電車に乗り、帰宅してあつあつのシャワーをさっと浴びることで、意識を仕事モードに武装変換。


 男の家から朝帰り、なんて隙は見せない。

 そんな香りを僅かでも匂わせようものなら、”面倒事”達がコバンザメのように一斉に襲ってくる。

 表向きは取り繕いつつ、人間関係は最低限に、があたしの基本スタイルだ。


 と、靴を踵に押し込み、出勤準備が整ったところで、スマホが震えた。


 職場の後輩、鈴木クンからのメッセージだった。


『星川さんおはようございます。先日ストーカーのやつ調べたんですけど、いまの法律だとつきまといでも警察に相談できるみたいです。何なら俺が一緒に付き添いましょうか? てか必要だったら家まで迎えに行きます。良かったら場所とか。あ、でもそういうの嫌ですかね。なんでしたら駅の近くまで――』


 その時のあたしの表情については割愛する。

 ヒキガエルが潰れたような顔、とでも思ってください。


 や、心配してくれるのは嬉しいし、ありがとう、って思う。

 思うんだけどね……?


 あたしには、あたしのやり方がある。

 あたしは子供じゃないし、何なら君より先輩の大人だ!


 あと鈴木クンの場合、あたしが風邪を引いて休んだ時、下手したら勝手に家に押しかけてくるんじゃ……なんて不安もあるので、自宅の場所まで教えるのは、ちょっとね。

 そもそも文章から、下心と見栄が滲み出てるし。


 というわけでつい、『必要ないから』と、辛辣なメッセージを返しそうになって、


「っと、いかんいかん」


 職場の人間関係。

 こーゆーところでミスると、ヒビが入るんだよ。


『心配してくれてありがと。でも大丈夫です』


 と返事をするとまた長めのメッセージが返ってきた。

 既読とスタンプを返し、はあ、と朝からげんなり。


 あたしのワガママ、ってのは分かってるんだけどさあ……。

 まあ、世の中気が合う相手だけじゃないのも、知ってるけど。

 ……こっちの空気を察して、距離取ってくれないかなぁ~。


 と、早くも心のライフゲージが削られていると、


『おはよ。すまん寝てた』


 タク君からメッセージが届いた。

 おぅ、とあたしは笑って、返信。


『仕事行くのだるい~』

『わかる。寝たい』

『あたしも』

『けど仕事だしなあ』

『だよねえ』


 頭では分かる。

 今時あたしみたいな、国家資格でもないのにお堅い銀行の正社員なんて仕事、早々ありつけるものではない。

 地方の支店なので忙しくもないし、人間関係の鬱陶しさなんてある程度、どの職場にもある。


 そして何より!

 仕事は面倒だが仕事があるから収入があり、収入があるからこそ、あたしはだらだらゲームが出来るし好きなものが食べれるのだ!

 ……って考えると、下手に仕事休んでクビになる訳にはいかんのである。

 ってゆーわけで、うだうだ言いながらも仕事に行くし、それはタク君も同じ。


 昨晩いっぱいエネルギー充電させてもらったしね、と笑いながら、


『でもまあ頑張る。仕事だもん』

『おぅ。俺も頑張る』

『お肉食べた~い』

『って言ってまたバーガーになりそうな予感

『それでもいい! また今度行こうぜっ』

『次は月見バーガー食べたい』


 今度ってのがいつかわかんないけど、また来てねという意味であるのにあたしはにっこり笑って、出勤する。


 彼に教えて貰った、防犯ブザー代わりの防犯アプリが心強い。

 スマホを握りつつ、背すじをちょっと伸ばして、冷たいアスファルトの道を歩いて行く。

 うむ。

 世の中、嫌なことや鬱陶しいことや面倒くさいことも沢山あるけど、同じくらい楽しかったり美味しかったりえっちで気持ちいいことも、たくさんだ。

 なら今日も元気にお仕事して、稼いで、そのお金で新作ゲームを買い、美味しいものを食べようじゃないか。


 大人って、案外ワガママでゴージャス。

 と、あたしはふんすと気合いを入れ、やるぞー! と、さっぱりした頭にドライヤーをぶおおっとかけ、急ぎ足で職場へ向かうのであった。


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