第17話 子供には見せられない大人だねぇ

 結局そのまま、ベッドの上で致してしまった。

 ルミィさんは宣言通り、本日は俺の上にまたがり大変ご満悦そうに「なるほど、タク君はこういうのに弱いんだねぇ」と俺の弱点をあれこれ探したが、そもそも経験の浅い俺はほぼ全身弱点みたいなものだったので完敗した。


「タク君さ、あれだよね。全属性弱点みたいなノリだよね。あ、分かった、これ噂に聞くあれでしょ? ざぁこ、ざぁこ♪ ってメスガキに罵られて『くっ、私はこんなものに屈しない……!』で歯ぎしりしながら快楽墜ちするやつ」

「それ別の混じってないか? てか、全身弱点とか言うな……はずい」

「まあまあ。ベッドの上で負けても格好悪くないと思うよ、あたし超楽しいし」


 くそぅ。いつか絶対手玉に取ってやる。

 エロゲの主人公みたく、彼女に卑猥なことを言いたくなるようなことしてやる。


 と、俺が負け惜しみでぐぬぬとしていると、ルミィさんがちろりと舌を出した。


「でも汗かいちゃった。一緒にお風呂入る?」

「……うちの風呂狭いし、先どうぞ」

「これ以上、骨抜きにされちゃったら恥ずかしい? ん? ん?」

「言わせるな。あとその、今日は結構がんばったし……」


 男には回復時間が必要なんだと告げると、彼女はけらけら笑い、先にお風呂に入っていった。


*


 そうしてお互い一段落し、ついでに小腹を満たした後、寝る前にパソコンを起動した。

 ベッドでくつろぐルミィさんを横目に、目的のものを検索する。


「ルミィさん。余計なお世話かもしれないけど、防犯アラームとかいる? ストーカー対策」

「おお。なるほど、それは思いつかなかった」

「気分すっきりした後は、ちゃんと現実の対策しないとさ」


 リラックスは大切だし、遊んでゲームするのは良い。

 その一方で、問題が起きた場合は自分にできる範囲で対策を取らないと、事態は悪化するばかりだ。


「ニュースでも聞くし、夜道とかでいきなり襲われる可能性もあるしさ」

「確かにねえ……何かあってからじゃ遅いしね」

「病院でもそうだけど、話の通じないヤツってどこにでもいるからさ」


 自分に非がないからといって対策をしないのは、家に鍵をかけないのと同じ。

 面倒くさくはあるが、現実には対応しなきゃいけない。


 ルミィさんがベッドの上で頬杖をつき、にんまりと猫みたいに見つめてきた。

 仕草が可愛くて、ついどきっとしてると、彼女がくすくす笑う。


「タク君ってそういうトコ、念入りだよね。ゲームでも安全第一だし忘れ物しないし」

「本当は、もっと格好良く解決したいけどな。……けど俺、力も強くないし頭もよくないから、普通の対策しかできない」

「その普通の対策をしてくれる人が、どれくらい居るかなぁ?」


 と、雑談しながら参考動画を開く。

 ……へえ。防犯ブザーって、アラームを鳴らして周りに連絡するだけかと思ったけど、不審者がアラームを止めようと逆上して襲いかかってくるケースも三割近くあるらしい。


 アラームを鳴らした後は、自分が逃げる方向とは反対側にアラームを投げ捨て身代わりにするのが、正しい使い方だとか。

 持ったまま逃げると、相手が執拗に追ってくる場合もあるので注意、と。


「そうなんだ。じゃあ鞄につけっぱだとまずい?」

「結局いつでも投げられるよう構えてなきゃダメ、ってことだな……男でも難しいぞ、これ」

「手榴弾のピンをいつでも抜けるように、って感じかぁ」

「みたいだな。昔のガノ○トスとかに音爆弾を投げつける感覚か」


 現実的な対処はなかなか、難しい。

 うへぇ~、と背を伸ばしながら溜息をつくルミィさん。


「ゲームなら、敵を見つけたら背後から不意打ちするけど、現実だとねぇ」

「ああ。けどこれ、何なら先制攻撃でいいと思う」

「そう?」

「相手の顔は分かってるんだろ? もし見かけたら、構えて、ヤバいと思ったら即抜いて逃げる」

「けどさあ、アラームなんて鳴らしたら、通行人に迷惑じゃない……? 騒ぎになるし」

「騒ぎになるくらいでいいと思うぞ」


 そういう時くらい、周りを頼ってもいいだろ。

 問題が起きてからでは遅いし、自分の身体に関わることだ。


「俺も病院で働いてるから、分かるんだけどさ。夜間救急でよく、あ、この人は99%大丈夫だろうっていう検査があるんだよ。頭を軽く打っただけ、とか。明らかに元気で喋ってて、これ検査いらないよなぁ~って思いながらするやつ」

「ほうほう」

「でもさ。本当にごくたまに、1%くらいの確率でガチやばの症例と当たるんだ。そんとき、検査してて良かった~ってなるんだよな」


 ゲームなら、敵の攻撃が運悪くクリティカルヒットしてやられたら、リセットすればいい。

 けど、もし敵の攻撃が直撃して、ゲーム機本体がぶっ飛ぶなら、1%の確率でも警戒するはずだ。


「トラブルを完全に防ぐのは無理でも、ちょっとでも確率を下げれるなら、念を入れるのは俺はいいことだって思う。……ごめんな、口うるさくて。こういうの、嫌いだろうけど」


 ルミィさんが他人の干渉を嫌うのは、俺も何となく察している。

 が、一応安全に関わることだし、大切なことなので……。


「ううん。ありがとね、タク君」

「大したことしてないし。ただ安全ブザー買うだけだし」

「いやぁ。他人があたしのために何かしてくれる、ってのが良いんじゃない。しかも一方的にじゃなくて、あたしの意見を聞いて考えてくれるって、すごい良いよ? それにタク君、見返り求めてないでしょ?」

「見返りっていうか、自己満足だよ」


 彼女の身を案じはするが、俺が彼女を守ってやらなきゃ! なんて図々しいことは考えてない。

 心配ってのは相手のためを思ってやるのではなく、自己満足。

 あくまで自分の気持ちを安心させるために、彼女をサポートするだけ。


「そこで俺が、お前のためにこんなにしてやったんだ! って、押しつけたら滅茶苦茶イヤじゃん。だから、これは俺の自己満足。俺が好き勝手に防犯ブザーを検索して、お勧めした。で、ルミィさんはそれを断る自由もある」

「……タク君って面白いよね。そこで格好付けてさ、俺はお前を心配して言ってるんだーって、言えばいいのに」

「そんなの”重い”だろ。当てつけがましいし」

「ん、あんがと。もし良い防犯ブザー見つけたら教えて? あとで自分で買うからさ」


 了解、と彼女にお勧めのURLを共有した。

 当然だが、俺がブザーをプレゼントするようなことはない。お互いに大人だ。自分のぶんは自分で買った方が、心の負担にならないだろう。


 これでよし、と一段落付けたのち、背伸びをする。

 身体がぱきぱきと音を鳴らし、くあ、とあくびをかみ殺す。

 今日はなんだかんだ忙しかった。

 仕事はハードで、ルミィさんも大変で、帰宅してから……少々、友達同士で楽しくいちゃつき、その後に今後の対策。


 気づけば夜十二時を回っており、ルミィさんを今から帰すのはちょっと遅いな、と心配してると、


「ねね。今日、泊まっていい? あ、今日も、かな?」

「……いいけど、着替えないぞ」

「明日早めに帰って、着替えて出勤するから大丈夫。ていうか今度から着替えおいておこうかなぁ」


 いいけど、うち敷き布団ひとつしか。

 と、彼女はぽふぽふとベッドを叩いて俺を誘う。


「一緒に寝よう。あ、普通にえっちじゃない方で一緒に寝るやつね」

「お、おぅ。まあ今日はもういちゃついたから、普通に寝れると思うけど」

「あ、途中でえっちな方してもいいよ」

「明日も仕事だから……」


 気持ちは嬉しいが節度は必要だ。

 という訳で大人しく歯磨きをしたのち一緒にベッドに入ると、ねえ、と彼女が囁いてきた。


「彼女でもない女と一緒に寝て、その子のために防犯グッズ買ってあげて、マッサージもしてあげる。子供には見せられない大人だねぇ」


 密かに思っていたことを囁かれ、けど、そんな関係がいいんだよなと思いながら、そっぽを向いて眠りについた。


 ……背徳的。

 確かに世間一般的には、背徳的だろうけど。

 俺にとって今の関係が一番、都合がよくて心地いいんだよなあと思いながら、彼女にぎゅっと抱きしめられつつゆるりと眠りにつくのだった。

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