第13話 ふふーん。タク君も朝から元気だねぇ

 カーテンの隙間から差し込む光で、目を覚ます。

 ぼーっとしながらスマホを拾えば、既に朝十時を過ぎていた。


 ……って、嘘だろ嘘だろ嘘だろオイ!?

 やばいやばい大遅刻なんてもんじゃない、技師長や薬師寺先輩に殺される!

 とベッドを飛び起きて、すぐに今日が休みなのを思い出した。


「っ……あっぶ。ああもう、びっくりさせんなよぉ」


 急に緊張がほどけ、はあ、と溜息。

 つーか、ずいぶん寝坊したなあ、とドキドキする心臓を抑え、昨晩何してたっけ戸考え――ぶわっ、と身体が熱くなる。

 そうだ。

 昨晩は彼女としっぽり二度目の体験に挑み、あれこれと夜遅くまで楽しんでいたのだ。


 初回よりは、心の余裕がちょっとあった。

 そしてお互い好奇心旺盛なゲーマーであったことから、あれこれと恥ずかしいことを試してる間に夜更かししてしまった。

 で、結局疲れて寝てしまい……


 慌てて布団をめくれば、俺はもちろん、すっぽんぽん。

 恥ずかしい姿のまま寝ていたことを恥じると同時に、隣にいたはずのルミィさんの熱がないことに気づく。


 ……ああ。

 俺が寝ぼけてる間に、帰ったかな?

 まあ彼女は気ままな猫みたいな存在だ、何となく帰りたくなったから帰ったよ、なんて普通にありそ……


「お、おはよータク君。裸でお目覚め?」


 普通にいた。

 ルミィさんは朝から座椅子に腰掛け、ちまちまとコントローラーを弄っている。

 朝からゲーム三昧とは、実に健康的な朝活をしてる……のは、ともかく。


「……ルミィさん」

「なあにー?」

「人の裸は指摘するくせに、なんでTシャツに下着一枚とかいう超エロい格好で朝からゲームしてるんですか」

「おはようタク君」

「ん、おはよう……」

「やー、昨晩いいとこまで進めてたの思い出してさ? で、朝どうする? もうお昼ご飯前だけど、なんか食べる?」


 と、立ち上がる彼女。

 その拍子に、シャツに隠されたまっさらな下着が絶妙なラインで目に映り、昨晩あれだけ元気に頑張ったあとなのに、またドキドキしてしまった。

 まったく、男ってヤツはほんと見境無いな、と自分でも呆れていると。


「ふふーん。タク君も朝から元気だねぇ」

「そこは気づかないふりしてくれよ……」


 彼女にあっさり見抜かれ死ぬほど恥ずかしくなり、俺は布団で丸くなるしかないのだった。


 ああ、恥ずかしい。

 けど、恥ずかしい姿を見せても引かれないし気にしない彼女は、やっぱり気軽で嬉しい。


*


 それから俺達はだらだらと午前を過ごした後、遅めの昼食を求めてのんびり繁華街を歩ることにした。


「おお~。タク君、地味にいいトコに済んでんねぇ」


 俺の住むマンションは幸いなことに、住宅街と繁華街のちょうど中間にある。

 夜の喧噪がうるさい時はあるが、すこし歩けば市街地に出られるため食事や買い物どころには事欠かず、近場にコンビニもある便利な立地だ。


「ルミィさん、何か食べたいのある?」

「焼き肉!」

「昼から?」

「昼から焼き肉を食べてはいけないという法はないのだよ。……と思ったけど焼くのめんどい」

「返事する前にドヤ顔で自己否定しないでくれ」

「じゃあ妥協してイタリアンでどう?」


 何を妥協した。

 たぶん本人も分かってないが、まあ分かってないからこそ楽しいし、本当はなんでもいいのだろう。


「じゃあイタリアンにするか。まあ全然詳しくないけど。適当にパスタとかピザ頼むけど」

「おっけ。近場にある?」

「ちょっと歩けば」


 と、寝ぼけた頭を揺らしながら歩くこと、五分。

 すぐに、真っ赤な背景に白文字ででかでかと強調された『豚骨ラーメン』の看板を、二人で見上げる。


 ……あー。この店、結構旨いんだよなあ。

 がっつり油を載せた豚骨スープと太麺で、いかにも、食ってる! って感じになってさ。


「なんかラーメン美味しそうじゃない?」

「イタリアンが行方不明に……」

「似たようなもんだよ、どっちも麺だし」

「それ麺に対する冒涜じゃない? あとラーメンはこの前一緒に食べたし」

「じゃあやめる?」

「でも美味しそう」


 と雑談している間に、お店を通り過ぎてしまった。

 お互い何となく戻る気にもならず、信号を渡ったところで彼女がふふんと鼻歌を歌い始める。


「通り過ぎたのは仕方ない。じゃあ次にラーメン屋を見つけたら、そこにしよう。一期一会の心得だね」


 と、俺達はのんびり信号を渡り、ショッピングモールに足を向け――

 そのまま通りかかった一階フロアのフードコートにて、至極ありふれたハンバーガーチェーン店を見つけ。


 十分後には、二人でバーガーにかぶりついていた。


「バーガー旨いな」

「結局マクトなのウケるんだけど」

「俺の中ではわりと、牛丼と激しい接戦をしてたよ」


 それでも、食べ慣れたパンと肉は血の足りない頭にしっかりと染み渡り、思考を活性化させていく。

 ま、頭が働いたからって何かするわけでもないけどさ。


「タク君って、案外テキトーなノリだよね。真面目そうに見えるのに」

「仕事で適当だと困るけど、プライベートで迷惑かけてないなら、いいかなって。つか、バーガー行こうって誘ったのルミィさんだし」

「あたしのせい~?」

「二人の責任です」

「でもバーガー旨いからいっか!」

「おぅ」


 二人でぺろりと平らげ、俺はアップルパイを追加注文。

 あつあつの一口サイズを頬張ると、これまた雑な甘味が口の中でぷちっと潰れて大変美味しい。


 対面のルミィさんも、ちまちまとリスのように残ったポテトをつまみ、むふふと唇を緩めた。


「ファミレスとかにある、身体に悪そうな揚げ物って、なんであんなに美味しいんだろうね」

「背徳の味だから、だな。何かの本で読んだけど、この世の快楽は、道徳的に正しくないか、健康に悪いか、食べると太るの三択らしい」

「なるほど~、じゃあ彼女でもない子とやって、朝寝坊して、昼から不健康なバーガーを食べてるあたし達はまさに快楽の化身であると」


 まさしく罪の役満だね、と適当なことを返していると、彼女が残ったポテトを二本つまんで口にくわえた。

 口元の左右、まるで吸血鬼の牙のようにはやしつつ笑う。相変わらず自由すぎる。


「ね。これからどうする?」

「……俺は、今日は休みだし、用事もないから好きにしていいけど」

「じゃあ続けてタク君家でゲームしようかなあ。ああでも、家の洗濯物、置いて来ちゃったしなあ。着替えもしたいし……」

「任せる」

「じゃあ神様に決めて貰おう」


 彼女が残り一本となったポテトをつまみ、トレーの上に立てる。


「右に倒れたら、タク君家。左に倒れたら帰って洗濯」

「子供の頃やったなあ。傘を落として、倒れた方向に歩いてくやつ」

「そそ。でもこれ、本当はどっちに行きたいか心の中で決まってるんだよね。で、そっちの方向にいくよう、なんとな~く傘を倒して、自分への言い訳するんだよ。ま、今日はがちでやるけどね!」


 彼女が、指を離す。

 細長いポテトが重力に引かれて傾き、左に倒れて――


 彼女がつまみ、ぱくっ! と口の中に放り込んだ。


「ってことで、タク君家に寄っていい?」

「食べたら分からないだろ」

「心の中で右に傾いてるからセーフっ」

「それ言うならお腹の中じゃ……」

「あ、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 ルミィさんが席を立った。

 自由すぎるだろ、と笑いながら見送ると、彼女がちろっと舌を出して、トイレに向かった。



 ――彼女はきっと、嘘つきなんだろう。

 彼女は自分の本音をきちんと理解しながら、けれど、言い訳をするための建前が欲しかった。


 それは、俺も同じだ。

 俺はルミィさんが来ることを拒まなかったし、ずるをしても否定する気は一切なかった。

 むしろ密かに、来てほしい、とすら思っていた程だ。


 でも、大人ってのは案外そういう生き物かもしれない。

 子供の頃は、親や先生の背中をみて、立派だな、ああいう真面目な大人になりたいなぁ、なんて思ったこともあったけれど。

 いざ自分が成人し、社会人として、大人としての立場になってみれば。

 意外と、大人ってのも子供とそう変わらない嘘つきで、卑怯者で……強いて言えば、子供のころより嘘が上手になってしまった、そんな存在なのかもしれない。


 けどまあ、仕事で嘘をついてるわけでもなく、誰にでも迷惑をかけてないのなら。

 そして、相手も自分も笑って許してくれそうなら、別に、嘘をついてもいいじゃないか。

 その程度の偽りがあった方が、人生にも嗜みがあって心地良いはずだ。





 なんて、ようやく寝ぼけた頭が回転し始めた、そのとき。


「あら。津田君?」


 ふと、現実に聞こえた声に意識を揺すられ。

 俺が、最後に余ったポテトを口にしつつ顔を上げ、――どきり、と心臓が跳ねた。


 俺の前に立つのは、見覚えのある、けれど見慣れない美人様。

 休日にも関わらずきっちり背筋を伸ばし、けれど、職場のときと違ってゆるやかな髪をゴムで縛っていない、その姿は――


「……薬師寺、先輩?」

「こんにちは。珍しいわね、こんなところで会うなんて」


 職場の先輩にして美女。

 薬師寺先輩が俺を見つめ、ぱちくりときれいな瞬きをしながら、薄く笑った。

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