第12話 下手くそ

「お邪魔しまーすっ。おかえり、タク君」

「ただいま。って俺の部屋だし」

「そうだった!」


 靴を脱ぎ、トントン、とまるで自宅のように部屋へ上がるルミィさん。

 先日はじめて身体を重ねてから四日ぶりだが、彼女に変わった様子もない。


 幸い明日は土曜日で、俺も休みだ。

 今日は自由にできるぞ、とテンションがあがる反面、……ふんふんと鼻歌交じりに腰掛けるルミィさんを見ながら、先日の出来事が頭をかすめ始めてしまったのは、よろしくない男の性か。


 でも、今日は違う。

 先日ルミィさんも、四割、と話していた。

 確率的に考えるなら、純粋に遊びに来たのだろう。そもそも友達同士の関係として、がっつきすぎるのは良くないし。


 それに俺は先日、勇者になった男だからな!

 勇者たる者、もっと心の余裕ってものを持つべきだろう。……だろう。


 と、みみっちいプライドを拗らせている間に、彼女が早速とばかりに手元のビニール袋をミニテーブルに置いた。


「晩ご飯もう食べた?」

「ごめん、もう片付けてきた」

「ではお夜食代わりに、このようなご馳走はどうかね?」


 と、ルミィさんが取りだした品は、大袋の薄塩ポテチとコーラ。

 おお、なんという背徳的ゼイタク……!


 にやりと笑う俺に、してやったり、という顔でにひひ~っと白い歯を見せる、ルミィさん。


「一人じゃ多いかな~と思ってね」

「それ見越して買ってきただろ、もともと」

「もちろん! あたしは悪い大人なのさぁ。あ、アイスも冷凍庫に入れておくね。そういえばタク君アルコールは飲む方?」

「飲み会じゃないと飲まないかな」

「了解~。テレビ借りるね」


 ミニテーブルにポテチを広げた後、彼女がいそいそと大型ディスプレイに持ってきたゲーム機を接続する。

 やがて彼女のホーム画面が映し出され、先日ダウンロードした最新ゲームが映し出された。


「今日来たのは、それ見せたかったからか」

「そそ。ついでに息抜き。ま、いつも通りパソコン越しでも良かったんだけど……」

「けど?」

「何となく顔合わせたい気分だったんだよねぇ」


 気分なら仕方ない。

 気分で仕事をされては困るけど、プライベートは気分で動いていいじゃないか。


 それに俺も会えて嬉しいし、とポテチをつまんでいると、座布団に腰掛けた彼女がくりっと振り返って。


「タク君さ。期待した?」

「何を?」

「四割」

「……四割なら、今日はしないだろ」

「律儀だねえ、タク君は」


 ルミィさんが唇の端をつり上げる。

 そもそも今の関係が続いているのは彼女の気持ちひとつ次第なので、本当は四割なのか二割なのか、はたまた気まぐれの一割五分かは、わからない。


 ……けど、えっちな関係を抜きにしても、彼女といると気が楽だし、今日は四割の日だというなら約束は守る。


「~♪」


 早速ちまちまと新作ゲームを始める彼女。

 画面には、いわゆるデッキ構築型ローグライクゲームの画面が映し出されている。


 へええ~と眺めつつ割り箸を持ち出し、ポテチをつまむ。

 ん、美味しい。

 コンソメも梅味も色々とあるが、薄塩が一番口当たりがいいよな。

 と、週末のアフターを満喫しつつスマホを取り出し、俺も途中まで進めていたソシャゲのストーリーを再開する。エデン条約を完結せねばならないのだ。




 しばらく、互いに無言だった。

 ルミィさんは初挑戦のゲームに四苦八苦し、俺もまた、スマホの中の世界に浸る。


 友達だからといって、常に喋り続けなければいけない訳でもない。

 好きな時にお互い好きなことをし、話す必要のないときは会話をしない。

 漫画に熱中してるとき、茶々を入れてくる奴がいたら苛立つだろ?

 それと同じだ。


 もちろん逆に、何となく話したくなったら口を開き、それに耳を傾けたり耳を傾けなかったりする。

 ……なんていう、静かで、安くて気楽な関係が、俺は好きだ。


「タク君さあ。ちょっとだけ愚痴りタイム、いい?」

「おぅ」


 相手を見ずに答える。

 ルミィさんも、ちまちまゲームを進めながら、ぼやく。


「最近うちの店に、気持ち悪い客がよく来てさあ。店員が他にもいるのに、毎回あたしの所に並んでくるおじさんがいるのね。それだけならいいんだけど、今日は可愛い服着てるねとか、今日はいつもより早いね、って、ぼそっと言うんだよね」


 ……ああ。今日顔見せに来たのは、遊び半分、心辛さ半分、か。

 俺は彼女をあえて見ることなく、ソシャゲのコンテンツをちまちまと消化する。


「ルミィさん。それ、警察に相談した方がいい感じ?」

「まだそこまでじゃないかなぁ。危ないようなら考える」

「問題あったら相談に乗るし、俺もついていくよ」

「や、そこまではいいって」

「それ位、心配かけてもいいって話」

「……ん。あんがと。じゃあその時は遠慮なくお願いするね?」


 なんていうけど、彼女は俺に頼る気はないだろうな。

 ルミィさんは口調は軽く、けど、割り勘には決してしない女だから――


 ……けど、ちょっとくらい頼ってくれてもいいんだぞ?

 と、心の端でちらっと考えたその時、するりと背後で気配。

 ん? と顔を上げようとしたところに――彼女の腕が首筋に絡むように、するりと滑り込んできた。


「うおっ!?」

「ふふーん」


 思わずスマホを落としそうになり、ルミィさんが構わず背中からしなだれかかってくる。

 当然、女の子の柔らかさの象徴である大きくて形のいいものが背中にふにょっと当たってきて、ぶわっと頬が熱くなった。


 ……いやまあ、期待はしないけど。

 しない、けど!


「ど。どうした、ルミィさん」

「問題です。あたしはいま、猫になりました。にゃあと鳴きます。なので君に、甘やかす権利を与えよう!」

「問題どこにいったんだよ!?」


 くるん、と姿勢を変え、今度はあぐらをかいてる俺にしなだれかかりつつ、頭を預けるように寝転んでくるルミィさん。

 当然俺と視線が合ったルミィ(猫)さんは、にまにま笑いながら、甘えるような瞳で俺を見あげてくる。


 ……女の子特有の、甘い香りがする。

 くらりと意識が揺さぶられるも、……まあ多分、お疲れな自分を甘やかしてください、っていうおねだりだろうと推測。


 なので、よしよしと彼女の頭を撫でてあげる。


「……まあ、今日もお仕事お疲れ様、ルミィさん」

「ん」

「俺の部屋でなら、いっぱい愚痴吐いていいからな」

「あんがとー。……ホント、あのおっさんキモイ。奥さんに騙され浮気されて離婚されたとか言ってるけど、じゃあなんでお前が相手に慰謝料払ってるんだーって感じ。しかも女嫌いだとか言いながら、あたしにはぐちぐちマウント取ってくるしぃ」


 もう、もうっ。

 苛立ちを思い出したのか、俺にくっついたままぺちぺちと袖を叩く、ルミィさん。


 ……まあ仕事してると、客や患者にしろ、スタッフにしろ、変な人間に当たる確率はどうしてもある。

 もらい事故は必ずあるので、鬱屈した気持ちを愚痴る場は必要だと思う。


 なので、俺は空いた手で彼女を撫でる。

 よしよし。なでなで。

 今日もよく頑張りました、猫ちゃんさん、と俺が優しく撫でていると、ルミィさんが自分のお腹におでこをつけ、額をくりくりと擦りつけながら匂いを嗅いできた。


「タク君のにおいがする」

「反応に困るだろ、その発言は……つーか仕事帰りで汗臭いし」

「っていうか、タク君は愚痴ないのー? 聞きたい」

「今は、そこまで無いかな。……職場の先輩が、やりますって言った勉強会をドタキャンしそうで、俺にお鉢が回ってきたくらいか」

「えぇ~……面倒くさ。クビに出来ないの、そういうの」

「正社員だしね。ま、そっちほど大変じゃないけど」


 と、だらだら喋ってる間に、ルミィさんの頬が心地良さそうにふやけてきた。

 本物の猫みたいに、んー、と頭をすこし揺らしながら、またもすり寄ってくる。


 ……ぐぬ。

 励ますのは、いいんだけど。

 俺も男なので、可愛い子にすり寄られまくっていると、第二の俺がズボンの下から立ち上がりそうになるんだが――


「ねえ、タク君」

「ん」

「したい?」

「何を」

「何をかなぁ~? なにか、元気になってないかなぁ?」


 あー、調子取り戻してきたなあ。

 まあその方が、ルミィさんらしくて安心する……と思いつつ、俺はわざとらしく転がっていたゲームのコントローラーを掴む。


「やるか、二人プレイ」

「違う~。まあ二人プレイではあるけどさ。分かってるでしょ? さっきから目が泳いでるし」

「仕方ないだろうが!」

「まあね! あたし可愛いすぎるから仕方ないけどね!」


 それで~? 言いたいこと、あるんじゃないの~?

 と、俺にくっつきながら、ニマニマする彼女。

 本音が隠せるはずもなく、そりゃあまたやりたいって思う、……けど、


「四割だろ。今日はナシの日じゃないのか?」

「ガチャのPUって3%とかでしょ? なら、40%が二回当たっても文句はないっしょ?」


 いいのかよ。……え、いいのか?

 戸惑う俺に、ルミィがそっと手を伸ばし、俺の太ももをそろりと撫でてくる。


「んー。要するにね、タク君。確率はどっちでもよくて、お互いにしたかったらする、でOKじゃない? それにタク君、相手が嫌がってるのに無理やりしたりしないでしょ。ていうか性格的にできなさそう」

「男は狼、ってよく言うけど」

「じゃあ君は真摯な生き物なんだね」


 だからいいんだよね、と見上げてくる彼女に、――さすがの俺も、そこまで言われて手を控えるほど、奥手ではない。

 ……いいんだな?

 と、彼女に無言の了解を込めて見下ろすと、ん、と彼女が笑った。


「今日はありがとね、励ましてくれて。じゃあ気分も晴れたところで、一緒に気持ちよくなろ――あ、ちょっ」

「じゃあ、失礼して」

「ちょっと待って。いきなりはナシ!」

「……今さら?」


 誘っておいてそれは無いだろと睨むと、ルミィさんが慌てて、


「じゃなくてさ。歯磨き、していい? キスが薄塩コーラ味になっちゃうよ」

「けど、歯磨きしたら歯磨き粉味になるぞ」

「んー。ならいっか? ……って、やっぱ良くない! という訳でいったん綺麗に致しましょうっ。ていうかお風呂入りたいし」

「それもそうか」


 彼女に誘われ、そのまま俺たちは仲良く歯磨きをし、それから交代してお風呂に入った。


 相変わらずドラマチックな展開には程遠い、ごく普通の金曜日。

 お風呂上がりで上気した身体のまま交わした口づけは、ばっちり、歯磨き粉の味がした。


 でもそれが俺達らしいかなと思いつつ、俺は彼女の身体を優しく、ベッドに押し倒す。


「あー、来週仕事したくないぁ~」

「雰囲気が台無しすぎるだろ」

「いいじゃ~ん、こんなわがまま言えるの君くらいなんだしっ! ってことで、来週の憂鬱さを忘れさせるくらい楽しませてっ」


 ルミィさんの心の叫びに、よし、期待に応えてやるぞ、とその身体を力強く抱きしめた。






 ……。

 ……。


「下手くそ」

「うっせぇよ、こっちまだ人生二回目なんだから、そんな上手くいくわけねーだろうが!」


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