第11話 ゲームの勉強! ついでにアッチの勉強も……なんちゃって?

「あー、津田。ちょっといいか? 悪いけど来月の勉強会、お前も用意しててくれへん?」

「え。俺ですか?」


 ルミィさんと初体験を終えた数日後。

 ようやく患者のはけた仕事の終わり際、境技師長にちょいちょいと手招きされ厄介事を頼まれた。


 境技師長はうちの職場のボスだ。

 年齢は確か四十半ば過ぎ。歳にしては若干チャラさの残る顔立ちに、いつも胡散臭い関西弁を使う変な人……だが、仕事はきちんとこなす人であり、俺の視点でいえば”仕事の出来る長”といった印象。


 とはいえ、その頼み事はちょっと変だった。


「技師長。来月の勉強会は、藤木先輩が担当じゃなかったでしたっけ」

「そうなんやけど、進捗聞いても曖昧にしか返事せえへんのよなあ、あいつ。ほんと、社会人なら進捗報告くらいせやって思うんやけけど……」


 あー……藤木先輩はなあ。

 口では「やるやる」っていうけど、中身が伴わない人だし。


「けどさすがに、勉強会の当番を任されてるならやるんじゃないですかね」

「でも去年、藤木、同じようなこと頼んだら当日突然休んだやろ」

「……例のウィルスのせいでは?」

「けどアイツ、当院のPCR検査は断りよったらしいんよ。別の病院で受けたから~って。しかも検査結果を職場に持ってきもせえへんし。あんま疑うのよくないけど、ホンマかなぁ~って思わへん?」


 それは怪しすぎるだろ。

 が、別病院で検査を受けたと言い張られた以上、感染対策の面から考えても休ませないわけにはいかない。

 面倒くさいというか、面の皮が厚いというか……。


「ほんまは津田に頼むことやないんやけど、念のため用意しててくれへんか? 薬師寺は前回やったし、里山にはまだ荷が思いやろうし」


 まあ別に、今月自分がやれば順番が変わるだけで、困ることはない。

 けど、なんか仕事を強引に押しつけられた感にはなる。


「分かりました。……じゃあ里山と一緒にやるのはどうでしょう。彼女の経験にもなるでしょうし」

「ああ、ええな。じゃあ里山に教えつつ頼むわ。ほんまごめんな? 無理言って」


 まあ、藤木先輩が信用ならない人だってのは、俺にも分かる。

 仕事っていうのは日々の信頼の積み重ね。

 そして一度、嘘や誤魔化しを挟んでしまうと、途端に任せられなくなるものだ。


 その点、境技師長に任せられた俺は信用されてるってことなんだろうけど……


 個人的なことを言えば、プレッシャーをかけられるのは苦手だ。

 自分の興味ある勉強は好きでも、人前で勉強の成果を発表するのは苦手だし。

 ……なんていう俺個人の欲を、表に出す気はなかった。これも仕事なので。


 はぁ、と内心では溜息をつきつつ――





 その日の夕方、里山に声をかけた。


「里山。ちょっといいか?」

「え? ……はい。なんでしょう?」


 子犬のように駆け寄ってくる里山。

 そんなに急がなくても、と思いつつ事情を説明すると、彼女はちょこんと可愛らしく首を傾けた。


「それ、本当は藤木先輩がやることでは?」

「そうなんだけどさ。……世の中、道理が通らないこともあって、な。技師長も言ってはいるんだけど」


 ホント不公平だよなあと思いつつ、けど俺もそれに抗議せず流されたまま後輩に仕事を振ってしまうのは、社会人としてすれてしまった証だろうか。

 面倒くささと申し訳なさを交えつつ説明すると、里山はぱちりと瞬きをして。


「それってつまり、津田先輩と私のふたりきりで頑張る、ということでしょうか?」

「ああ。悪いな、迷惑かけて」

「いえいえ! 津田先輩のお力になれるなら頑張りますっ」


 ぐっと拳を握り、嬉しそうにはにかむ里山。

 心なしか、柔らかそうな頬もほんのり色づいてるように見えるけど……


 なんで残業確定なのに喜んでるんだろう?

 まあ、単に里山が勉強熱心なだけか。

 勉強会は自分の知識を増やすきっかけに繋がる。俺と違って、強い学習意欲があるのは良いことだ。


 仕事のやる気がある人はいいなぁ、と後輩を羨ましく見ていると、受付から「津田ー」とお呼びがかかった。


「今日、患者さんの入れ歯の忘れ物とかなかった? さっきから、お前等が盗んだんだろうってクレーム来ててさ」

「それ九割八分くらい患者さんの勘違いですけど」

「分かってはいるが探してくれ。すまん」


 結局、入れ歯は患者の鞄に入っていた。

 けど患者であったご老人はこちらに謝ることなく、連れの家族を叱りつけながら帰宅する。


 その様子に受付をした技師とともに溜息をつきつつ、まったく、と頭を掻いた。


 ……どうして、世の中にはちょっと確認すれば分かることを確かめない人がいるんだろうか?


 返事だけはいいのに、実際には行動しなかったり。

 連絡すればいいことを、わざと連絡しなかったり。

 他人の足を引っ張ることばかりに、力を注いだり。


 本当、面倒だな……という本心を隠しつつ、そろそろ帰ろうかなと時計を確認していると。

 ふと、同じく入れ歯を探してくれた里山が、ちょこちょこと俺の側に寄ってきて、――ぐっと俺を見上げ、


「あ、あの! 津田先輩っ」

「ん?」

「良ければ、ですけど。……っ、せ、せっかくですし、このあと勉強会の予習も兼ねまして……ご飯、とか」

「や、そこまで気を遣わなくても大丈夫だよ。まだ勉強会の内容も見つけてないし、ゆっくり考えようか」


 気合い十分なのは良いけど、最初から飛ばすと疲れてしまう。

 それに里山には言わないが、仕事上がりはできるだけ直帰し、家で自由に過ごしたい。っていうかゲームしたい。


「まあ内容はこっちでも考えるし、あんまり時間外業務にしないよう考えるからさ。里山も、手伝える時だけ手伝ってくれたらいいから」


 仕事はなるだけ手早く片付ける。

 里山にもプライベートの時間が必要なはずだ。他人の恋愛事情には興味ないが、里山くらい可愛い子なら彼氏がいてもおかしくない。

 それに、残業すると病院の人件費も上がるので、なるだけ避けたい。


 そう思って気を遣った……

 はずなんだが、里山はなぜか突然捨てられた子犬みたく、あー……としょんぼりして。


「…………あ、はい。ありがとうございます」


 しまった。逆にやる気を削いでしまったか?

 けど、今日から勉強頑張ろう! と宣言するのも、圧がかかりすぎる気がするし、そもそも今回はあくまで藤木先輩のフォロー役だしなあ――


「あのぅ、先輩」

「ん」

「……えっと。その。勉強会って、技師の勉強のこと、ですよね」

「へ?」


 それ以外に、一体なにがあるんだ???

 先輩と後輩がふたり揃ってやる勉強なんて、他に無いだろうに。


「ほかに何の勉強があるんだ、里山」

「……い、いえ、そうですよね。それ以外にないですよね。すみません、私なに言ってるんでしょうか」

「よく分からないけど、疲れてるならちゃんと言えよ?」

「大丈夫です……じゃあすみません、今日はお先に失礼します」


 ぺこりと頭を下げ、控え室に引っ込んでいく里山。

 よく分からないが、俺は何となくなにかを失敗したような気がして理由を考えていると、境技師長にこつんと背中から小突かれた。


「津田ぁ。あんま口煩く言うのもアレやけど、ちゃんと察してやれよ?」

「え。何をでしょうか」

「……お前あれやな、仕事はそこそこ頑張るし察しもいいのに、そっちはからっきしやなぁ」


 そう囁く技師長に続いて、仕事からたまたま戻ってきた薬師寺先輩まで、ぼそりと。


「津田君はその辺の解像度が低いわよねぇ。なんでかしら?」

「???」

「まあ、だから津田君っぽいのかもしれないけど」


 薬師寺先輩にくすっと笑われたが、俺には最後まで意味がよく分からなかった。


*


 そうして帰宅すると、今日もルミィさんが部屋の前で待っていた。


 や、と手をあげて笑う彼女に、……あまり玄関先で待たせるのも悪いし、合鍵を渡した方がいいかな――なんて考える。


「タク君おかえり。また来ちゃった。大丈夫?」

「おぅ。寄ってっていいぞ。……今日は遊びに、か?」

「勉強しに来たっ」

「何の?」

「ゲームの勉強! ついでにアッチの勉強も……なんちゃって?」


 今日はなんだか勉強日和だなぁ。

 里山にも色々教えないとなあぁと考えつつ、あっちの勉強ってなんだろう、と考えた俺は――


 つい、勉強(意味深)という思考にたどり着いてしまい、慌てて首を振るのだった。

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