第18話 残された取り巻きの焦燥(シメイズ王国)
「まだ水晶を作ることは出来ないのか?」
シメイズ王国、王太子執務室にて、ダミアンの不機嫌な声が響いていた。
睨みつけられたティモシーは目を合わせないまま答えた。
「申し訳ありません……すぐに元の水晶を作り上げるのは難しいのです」
「チッ……」
舌打ちをされ、ティモシーは拳を握る。
それもこれも、全てはあのダメ聖女……元聖女、レナのせいだ。
あの水晶は古くから代々伝わる召喚用媒体であり、特別な物だった。
作り方などもちろんティモシーは知らない。
ティモシーどころか、誰も知らないのだ。
今はなんとか代わりになる媒体はないかと探させている最中だが、あんなものの代わりが簡単に見つかるわけもない。運よくすぐにそれが見つかったとしても、召喚の準備には膨大な魔力と時間が必要である。
ティモシーの魔力だって無限にあるわけではない。そもそも最初の召喚準備の影響ですっかり疲弊しきっているままだった。
「ダミアン様、ティモシーをあまり責めちゃ可哀想だわ。悪いのはレナ様だもの」
「ああ、クリスティナ。君はなんて優しいんだ!」
仕える主であるダミアンと、愛するクリスティナがイチャつきはじめるのを見ても、もはやそれを苦々しく思う余裕もなくなりはじめている。
ティモシーは黙って執務室を後にした。
「くそっ!そもそもどうやってあの水晶を壊せたっていうんだ!?聖女としてもろくな能力もなかったはずなのに!」
水晶が砕け散った時、ティモシーにはすぐに分かった。あの時の血の気の引く感覚は忘れられないだろう。
「おい、落ち着けティモシー」
フィリップに宥められるが、ティモシーの苛立ちは収まらない。
ダミアンが責任者のはずなのに、なぜ自分ばかりが責められるのかとも思う。
しかしこのままではまずいことは間違いないのだ。
「落ち着いていられるはずがないだろう。早く勇者を召喚しないと、いつ核持ちの魔物が現れたっておかしくないのに」
「それは……」
フィリップは黙り込む。騎士として戦場にも赴くことがあるが、確かに魔物はどんどん強くなっている。活性化が進んでいる証拠だった。
魔物の数が増え、強さを増していくと、『核持ちの欠片』と呼ばれる小さな核を持つ魔物が各地に湧き始め、そして最後には核と呼ばれる魔物が姿を表す。
その時が刻一刻と近づいているのを感じていた。
フィリップはどうしようもない不安を隠せずにティモシーを見つめる。
「……なあ、実は結界の端に魔物が現れたと報告があったんだ」
媒体の魔道具を使ってシメイズ全土に張る結界は、最大範囲で展開し続けている。
少なくともそこから1キロほど先までの場所で騎士や魔法士が討伐することになっていた。
結界の端に魔物が現れるなどということは、それが出来ていないということだ。魔物が近づき過ぎている。
だがティモシーはさもありなんと吐き捨てた。
「そりゃ、これほど数が増えてるんだ。撃ち漏らした奴が結界のそばまできたっておかしくないさ」
「そうじゃないんだ。魔物は、結界が張られているはずの境界線より内側に現れた」
「なんだって……!?」
それはつまり、結界を張れる範囲が小さくなっているということだ。
湧きあがる嫌な予感に、ティモシーとフィリップは急いで聖女たちが結界の維持や強化のために祈りをささげる神殿の祈りの間に向かう。
しかし、祈りの間に辿り着くより先に、神殿に足を踏み入れてすぐに異変は目についた。
「なんだこれは!?どうして神殿がこんなに汚れているんだ!?」
いつだって綺麗で清潔、ホコリ一つない状態で清廉な空気が漂っていたはずの神殿は見る影もない。
薄汚れ、ホコリはたまり、ゴミや枯葉も無残に散らばっている。
「おい、ティモシー、これ……!」
雑草がやまほど生え、反対に回復薬を作るために栽培している薬草は枯れ始めていた。
「どうなっているんだ……!?」
ティモシーはハッとした。
そういえば。治療院から苦情が殺到していると文官が話していなかったか。『次はいつきてくれるのか』という内容のそれに、『レナの担当患者だったためにたまたま診てもらい損ねることになったたかだか2、3人が騒いでいるのだろう』となぜか勝手に思っていたため、気にも留めていなかった。
フィリップも思い出していた。
回復薬の在庫が足りなくなると訴えてきた下っ端の騎士に、『無駄な怪我が多いせいじゃないか?無駄遣いばかりするな』と一喝したのはいつだったか……。あれはてっきり個人に支給された物を使い果たしたとばかり思っていたが、騎士団の全在庫はもう随分自分の目では確認していない。
2人の背中に嫌な汗が流れる。
無言のまま走り、祈りの間に飛び込む。
そこには、荒れ果てた部屋の中、窶れ、何日風呂に入っていないのかというひどい姿で、ブルブルと震えながら必死に祈りをささげるローラとジュリアの姿があった。
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