第14話 勇者様の事情

 


 ミカルの言う勇者様は20年ほど前にシメイズ王国で勇者召喚によって呼び出された人なんだとか。


 全然知らなかった。私が生まれる前の話とはいえ、まさかそんなに遠くない過去に勇者召喚を実際に実行していたなんて!


 ちなみにシメイズでは勇者召喚を行う責任者は、代々その時の王太子ぎ担うことになっている。

 ──どうりで国王陛下はダミアン殿下の勇者召喚に反対しないわけよね!だって自分もしたことがあるんだもの!


 ところが、その勇者召喚に問題が起こる。

 召喚自体はうまくいったものの、現れたのはなんと5歳の男の子だったらしい。


 ……胸が痛い。5歳の子が、突然両親とも引き離されて、知らない土地、ましてや異世界に有無を言わさず突然連れて来られるなんて。

 どれだけ怖くて不安で悲しかっただろう。

 残された親の気持ちを考えても辛すぎる。


 さらに最悪なことに、両親を恋しがって泣くばかりだったその子を見て、当時王太子だった国王陛下やその側近たちは『これでは魔物との戦闘などできるわけがない』とあろうことかその男の子をまともなお世話や保護もせずに放置したというじゃないか。


 その頃にたまたまシメイズを訪れていた他国の人が見かねてその子を引き取り、国外に連れ出したのだとか……。


 シメイズ王国、腐り過ぎでしょ!


「ミカルはどうしてそんなことを知っているの?」

「幼い頃、唯一僕の側にいてくれた乳母に聞きました。放置された勇者様を見かねて、その他国の方と引き合わせたのが乳母だったらしいのです」

「そっか……」


 せめて1人でも気にかけて助けようとしてくれる人がいて本当によかった。


 乳母はその後も勇者様を引き取った相手と連絡を取り合っていたらしく、乳母が亡くなった時にはミカルがかわりにその知らせを送ったらしい。

 その縁で、今どの国に暮らしているのかも知っているんだとか。

 男の子は現在25歳になり、そこでばっちり『勇者様』として魔物と戦う騎士達を率いているらしい。


 もちろん、国王陛下やダミアン殿下はそんなことは知らない。



 私たちは今、勇者様が暮らす国『ガリン王国』へ向けて馬車に揺られている最中なのだ。

 ガリンは入国審査が厳しいって聞くからちょっと心配だけど……まあなんとかなるよね!



 ちなみに、アマルニアの冒険者たちにはめちゃくちゃ残念がられた。ついでに王様にも。

 確かに最近強い魔物が襲ってきたばかりだし騎士様たちはまだ戻らないし、不安だよねえ……。


 ということで、気合いを入れてアマルニア王都に結界を張ってあげました!


 攻撃魔法も癒しの舞もあんまり効果なしな私だけど、結界は元の世界で『それはこうでしょ!』みたいなイメージがなかったのが逆に良かったのか、意外とちゃんとできるんだよね。


 とはいえシメイズにいた頃は結界自体はクリスティナが張ってたから、ちゃんと出来てホッとしたのは内緒だ。


 国璧の外にいた弱くて小さな魔物が弾かれるのを見て、冒険者たちは湧いた。


「うおお、すげえ、これが結界か!」

「人間は通れるのに魔物は阻むなんて、不思議だなあ」

「それにしてもレナはすごいな。結界って確か、普通は媒体の専用魔道具を使って張るんだろ?何もなしでこんなことができるなんて!」

「レナ……本当にありがとう」


 思い出して、むふっと笑ってしまう。


 感謝されるのっていいよね。シメイズでは馬鹿にされたり責められたりするばっかりだったから、そんな機会なかったし。


 維持のための毎日のお祈りができないから長くはもたないかもしれないけど、それでもないよりはいいはずだ。



「勇者様、どんな人かな……黒髪黒目だったらしいから、同じ日本人じゃないかなとは思うけど」


 不謹慎かもしれないけど、ちょっとだけワクワクしている。

 私が元日本人で前世の記憶があるって伝えたらきっとびっくりするよね。

 日本の話ができるかもしれないと思うと嬉しいし。当時5歳ならあんまり記憶がないかもしれないけど。


 そんなことを考えながら、ミカルをじっと見つめてみる。


「?レナ、どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないよ」


 勇者様に会えたら、その時はミカルにも前世のことを話してもいいかもしれない。

 期間限定の予定とはいえ旅の仲間なのに、内緒話されるのは悲しいだろうし。


 それにミカルのことは信用できるから。




 ガリンまでもう少しというところで、異変が起きた。


 誰かが戦っている。


 ここまでにも魔物はたびたび現れたし、その度に私たちも倒してきたけれど、どうも苦戦しているようだ。


 3台の馬車があり、そのうち1台は倒されて破壊されいる。

 側には何人か人が倒れていて、その人たちや戦えない人を背に、魔物に対峙しているのはたった1人だった。


「レナ……!」

「うん!ミカル、いきましょう!」


 危険が及ばないように離れたところで馬車を飛び降り、私はミカルと魔物たちの方へ向かった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎




「本当にありがとう!何とお礼を言っていいか……!!」


 魔物を無事に倒して話を聞いてみると、襲われていたのは商隊だった。

 怪我人に治癒と、軽傷の人には手当てをしてあげたらすごく喜ばれてしまった。


 魔物と対峙していたのもなんと商人だったらしい。

 中年のようだけど体が大きくて迫力があるから、傭兵なのかと思ったわ!


「護衛も雇っていたんだが戦闘の連続で全員疲弊したせいでやられてしまったんだ。私だけではとても凌げないと諦めかけていたところだった。どうかお礼をさせてくれ!私はガリンに拠点を構えるクレイスト商会の商会長をしてるんだ。よかったらガリンに寄っていかないか?」


 できればガリンまで護衛を引き受けてくれると嬉しい、と続けた商会長の言葉に、思わずミカルと目を見合わせた。


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