第4話 生贄なんてますます許せない!

 


「なに、これ……!」


 神殿深部の部屋は広く、祭壇のようになっていた。

 そこに、まるで祀られているかのように大きな大きな水晶のようなものが鎮座している。


 信じられないことに、その水晶から大きな魔力が渦のように伸びて、その中心に人が浮いている。

 小柄で、揺れる髪はダークグレーにもシルバーグレーにも見える。目を瞑っていて、意識はないようだ。

 あれは……。


「ミカル殿下……!?」


 ミカル殿下はこの国の第二王子で、さっき私の元婚約者になったばかりの王太子、ダミアン殿下の異母弟にあたる人だ。

 確か私より3歳年下の14歳で、病弱だからと離宮にこもり、ほんの数回しかその姿を見たことはない。

 それに、ミカル殿下の髪は確か日本人である私にもなじみ深い漆黒だったはず……。


 でも、どう見てもミカル殿下だ。ほとんど見たことないとはいえ、一度見たら忘れない程、整っていて綺麗な姿――。

 というか、これって!


「まさか、生贄なの……!?」


 冗談でしょう!?

 勇者の日記に生贄の記述はなかった。

 召喚される勇者と引き換えに消えてしまうから、勇者自身は人が生贄にされて自分が呼ばれたのだとは知らなかったということ?


「こんなのますます許せない!」


 自分が体を張ることもなく、弟に命を捧げさせている。

 ダミアン殿下、どこまで最低野郎なの……!


 よくよく見ると、水晶からの伸びる魔力の渦は、ミカル殿下から魔力を吸い上げているように見える。

 こうしちゃいられない。大丈夫よ、落ち着いて。

 私がやることは変わらない。


 あの水晶が召喚の媒体なのは間違いない。主軸になっているのは別の人の魔力のように感じる。じっと集中して観察してみる。

 これは……ティモシーの魔力?


 ティモシーは確かに天才と言われる魔法士で、その才能ゆえに宮廷魔法士の中でも年齢の割に地位がとても高い。召喚を誰よりも進めたがっていたのはダミアン殿下で、そんな殿下の側近であるティモシーが主導しているのはたしかに理にかなっている。


 ティモシーが召喚の準備をして、最後の仕上げとして命ごとミカル殿下の魔力を取り込んでいるってところだろうか?


「それじゃあ、とにかくこの水晶を壊せばいいってことよね!?」


 ハンマーにして正解だった!

 媒体については大きな神木なんじゃないかとか、聖なる泉とか、色んな想像をしていたけれど、こんな大きな水晶、普通に剣とかじゃ絶対に壊せなかっただろう。

 でも、これなら!


 私はネックレス状になっていたハンマーを取り出す。

 ここにくるまでのわずかな間ですっかり私に馴染んでいたようで、改めて魔力を流さなくとも重量は感じない。

 そのまま柄を握りこんで、大きく振りかぶった!


「ミカル殿下にあてないよー……にっ!」


 ガシャーーーン!


「きゃあっ!?」


 思い切りハンマーを当てると、さすがに反動で吹っ飛ばされてしまった。

 床に転がった私の目の前で、水晶には意外なほど簡単にヒビが走り、そのまま小さなヒビがぴしりぴしりと全体に広がっていく。


 魔力の渦がすうっと消えていき、宙に浮いていたミカル殿下の体が落ちてくる!


「うわっとっと……! セーフ!」


 慌ててハンマーを投げ出して、座り込みながらその体を全身で受け止める。

 2歳年下のミカル殿下は間近で見るともっと華奢で細く、なんとか私にも抱きかかえることができた。

 まだ成長期の途中なの、私よりもほんの少し小さいみたいだ。

 閉じた瞼に影を落とす、長い睫毛が麗しい。


 改めてみると、とんでもなく可愛いわねこの人……!


 ミカル殿下を抱きしめる私の前で、水晶はついに音を立てて粉々に弾け飛んだ。


「やった……やってやったわ」


 一気に力が抜けてしまった。

 側に転がっていたハンマーをネックレスに戻して、首にかけなおす。

 あまりに重量を感じなくなっていたから、これ自体が軽くなってしまっているんじゃないかって心配だったのだけど、そんなことはなかった。

 まさか、あれだけ大きな水晶が一振りで粉々になるなんて……思った以上に強力だ。


 これはとってもいい武器だわ。大事にしよう。


「――おい! 早くしろ!」


 聞こえてきた声に、ハッと顔を上げる。

 いつのまにか、扉の向こうからバタバタと足音と怒鳴り声が響いていた。


 追手が来た。

 さすがに水晶を壊したことで、ティモシーが私がここにいると気付いたんだろう。


 私は急いでもう一度姿くらましの魔法を自分と、そしてミカル殿下にかける。


 うまく魔法がかかった瞬間に扉が開かれた。

 何人もの騎士や魔法士を連れて、ダミアン殿下、ティモシー、フィリップ兄さま、クリスティナ嬢が勢ぞろいだ。


 粉々になった水晶や、消えたミカル殿下に気付いたティモシーが茫然としている。

 ふふふ、まさか私に壊されるなんて夢にも思わなかったに違いない。


 怒りに震えるダミアン殿下が叫び声をあげるのを聞きながら、私は部屋に入った騎士たちの後ろにそっと回り、気付かれないうちに神殿を後にした。



 王宮中が混乱に包まれているようで慌ただしい雰囲気の中、こっそりと厩に寄り、一頭の馬を連れ出した。聖女としてのお勤めの最中、たまに姿くらましでここにきて馬に乗っていたけれど、私と一番相性の良い子がこの子だった。

 真っ黒な牝馬。


「ごめんね、少しの間だけ、私たちを助けてね」


 馬に乗り、夜の暗い森に入る。それでも用心してしばらくは進み続けた。この森の向こうは隣国、アマルニア王国に繋がっている。

 ミカル殿下を抱えながら馬に乗るのはなかなか大変だったけれど、殿下が軽かったことと、賢いこの馬が慎重に走ってくれたことでなんとかなった。



 やっと国境をギリギリ超えたあたりで一度馬を降りる。


 岩陰に洞窟のようにくぼみになっているところを見つけ、その中にミカル殿下を連れて入った。



 ここまで一度も目を覚さない殿下。

 慌ただしくて気づかなかったけれど、どうやらあの水晶に魔力を吸われすぎていたらしい。


「魔力が全然感じられない……もしかして、だから髪色も変わってしまったの?」


 私の髪の先の色が濃くなっているように、魔力は色素に現れやすい。

 どの色の方が強い、なんてことはないけれど、魔力を失いすぎて亡くなった人は髪も瞳も元々の色が抜け落ちてしまっていると聞いたことがある。


 瞼を指で押し開いてみる。

 ミカル殿下は髪だけじゃなく、瞳も黒だった気がするけれど、今はほとんど色のない薄い灰色になっていた。


 このままでは命が危ないかもしれない。



「ここでこの人を諦めたら、前世のおじいちゃんとお兄ちゃんがガッカリするよね!」


 私はミカル殿下を抱き抱えたまま強く手を握り、一気に魔力を流し込んだ。

 魔力枯渇には魔力譲渡が有効なことは知っている。


「やってみたことはないから、このやり方が正しいのかは知らないけど!!」



 頑張れミカル殿下!


 しばらく魔力を流し続けていると、殿下の体に微かに力が入り、瞼が震えてゆっくりと目が開いた。


「うわっ……!」


 その目を見て、驚きに思わず少し仰け反ってしまった。



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