第2話 日本人の慎ましさが裏目に出た。もうやめる。


 謁見の間を出た私はイライラしていた。


 私が一体、何のためにムダだと思えるようなことも我慢してやってきたと!?

 何のために、に合わせて大人しく生きようと努力きてきたと思ってるのよ!


 ああっ。なんだかんだで身についた、の慎ましさが憎いっ!

 精一杯順応しようとしてしまった!



 ──私には誰にも打ち明けていない秘密がある。

 それは、私に前世、この世界とは全く違う地球の日本という国で生きた記憶があること。


 前世の私は両親を早くに亡くし、おじいちゃんとお兄ちゃんと3人で暮らす女子高生だった。


 おじいちゃんは元軍人の明るく強い人で、とにかくガサツで豪快、でも心の温かい人だった。

 私に悲しいことがあったら『飯をたくさん食って寝ろ』。辛いことがあったら『食欲なくてもとにかく飯は食え』。嬉しいことがあれば『今日はお祝いだな!好きなだけ飯を食え!』。

 おじいちゃんのこの教育方針のおかげで、私はとりあえずご飯を食べてれば元気が出る単純な子どもに育っていった。


 2つ年上のお兄ちゃんは大きな口を開けてニカっと笑うこれまた豪快な人で、いつも訳の分からないプロレス技とか格闘技技を私にかけてきていた。対抗するために鍛えようと思い立った私になぜか喜び、一緒に筋トレしたりランニングしたりするのが日課だったっけ。体を動かすのが好きな人で、フットサルや草野球には私も一緒に駆り出されたりした。インドアの遊びも嫌いではなく一緒にゲームしたりすることも多くて、私は無事に少年趣味の脳筋女子高生に成長した。


 男くさい二人に囲まれて苦労することも多かった。家事は全部私だったし、女心も分からない。本当に困ったことは保健室の先生が相談に乗ってくれていた。

 大変なことも多かったけど、曲がったことが大嫌いで熱い男な二人が大好きだった。


 私は結局、火事にあった家に取り残された子供を助けて死んでしまった。

 子どもを先に亡くしたおじいちゃんを置いて、私まで先に逝ってしまって、おじいちゃんはどれほど悲しかっただろう。

 お兄ちゃんだって、おじいちゃんと二人きりになって大変な思いをしているに違いない。長く付き合った彼女がいたから、その人が支えてくれているといいな。


 悲しませてしまって、きっと泣かせてしまったと思う。

 それでもきっと、泣きながら、『お前が死んでどうすんだ馬鹿』って言いながら、命がけで子供を助けた私を褒めてくれてもいると信じている。



 ――だからこそ、私は許せない。


 どこかで幸せに暮らしているはずの人を、自分たちの都合だけでこの世界に召喚して戦わせようとしていることも。


 非人道的な手段をとるのに罪悪感も葛藤もない自分勝手なダミアン殿下をはじめとした王族やその臣下たちも。


 人を助けることの出来る圧倒的な力を持っているくせに、それを民のためにつかわないティモシーも。


 高潔であるはずの騎士でありながら、妹を簡単に切り捨てるフィリップも。

 もちろん同じように娘に興味もなく平気で放逐できる両親もね。


 ついでに聖女でありながら弱弱しく人の背に隠れ、私を陥れたクリスティナ嬢も!

 よく考えたら彼女の方こそ聖女の風上にも置けなくない?



 なんでこんな人達のために今まで色々我慢してきたんだろう?

 そう、私はたくさんのことを我慢してきた。


 この世界のやり方に疑問を持つことはたくさんあったし、『これ無駄じゃない?』と思うこともものすごくいっぱいあった。


 例えば! 聖女の癒しの力を使うのに、いちいち『癒しの舞』が必要って何!?

 舞で人が癒せるか! 大げさに舞い踊って、癒しの力をその空間にばらまいて癒すわけだけど、どう考えても一人一人その傷に合わせた力を使った方がいいに決まっている。


 魔物が現れた時、戦場に赴いた聖女は自らの足で歩いてはならないって何!?

 いちいち籠のような乗り物にのせられるか、騎士に馬にのせてもらわなければならない。

 そして怪我人が運び込まれる場所に簡易の舞台のような物が作られ、そこで癒しの舞を踊らされるわけだ。

 絶対に戦場にともに立ち、その場で癒しの魔法を使った方が早いでしょう。


 というかそもそも、聖女は勇者と同じように聖魔力を宿す者。

 私はなんなら自ら戦場に立つこともかまわないと思っていた。


 それなのに、それだけは決して許されないのだと周りは言う。

 勇者の血を宿すダミアン殿下も戦場に出ないのに?

 聖女の癒しを受けた騎士や魔法士には少しだけ聖魔力が宿る。

 その力だけで戦えと無茶を言っているわけだ。


 普通の魔物ならば聖魔力がなくとも対抗できる。普段はそうしているわけだし。

 けれど、核を持つ魔物がそれで倒せるとはとてもじゃないけれど思えない!


 そんな葛藤を抱いていた私は、癒しの舞では十分な癒しを降らせることができず、そもそも目の前で傷つく騎士や魔法士、民が気になって集中して舞なんて踊れなかった。


 結果、私は落ちこぼれの聖女と言われるようになっていく。


 確かにクリスティナ嬢の癒しの舞は、私の3倍は効果があったと思う。

 魔法は想像力で具現化し、聖魔力は精神力にもつながっている。

 『これでいいのだろうか』と疑心暗鬼な私より、『これが正しい!』と信じているクリスティナ嬢の舞の方が効果があるのはある意味当然のことだった。


 そんな迷いを抱えながらも、私は日本人の心を持った転生者。


 郷に入っては郷に従えではないけれど、もう私はレナ・シンスターであり、この世界を生きる一人なのだから、この世界に馴染まなければと思い込んでいたのだ。


 こうすればいいのにという思いを強く抱えながら、打開策を見つけられずに悶々と無駄に悩んでいたことは認める。



 だけど……納得できないことは、無理に納得しなくていいのよね。



 いわれのない罪での糾弾や婚約破棄、国外追放命令に怒りを覚えたけれど、よく考えたらそれも悪くない。これからは何にも縛られず、誰にも何かを強制されることなく好きにさせてもらおう。


「こうなったら、やってやるわよ……」



 足早に廊下を歩きながら、気配を読み取る。

 いち、にい、さん……うーん、王家の影はざっと5人は着いてきてるわね。


 騎士の一人も差し向けられず、一人で行かせてもらえたけれど、当然監視が一人もいないわけがないのだ。

 ひょっとして、私が国を出るのを待って処分するようにとでも命じられているのかもしれない。



 前世の記憶の影響を多分に性質として受け継いだ私は、小さな頃からガサツでやんちゃ、体を動かすことが大好きで好奇心旺盛な子どもだった。

 いつ、前世のことを思い出したのかは覚えていない。きっと物心つく頃にはもう知っていたんじゃないかと思う。


 家が侯爵家となかなかの身分だったこともあり、両親は私を完璧な淑女にさせたがった。


 外で遊びたがり、剣を握りたがり、馬で駆けたがる私を押さえつけて勉強させた。

 それにストレスを感じてたくさん食べたがる私に与えられる食事も、『淑女はお腹いっぱい食べない』という謎の理由により量は少なくて。


 もっと遊びたい、もっと食べたいと願う私は前世譲りの行動力で子供の時にはすでに編み出していたのだ。

 気配を絶ち、姿を消して誰にも見つからずに好きに行動する方法を。


「≪姿くらまし≫!」


 一瞬で見えなくなり、気配も感知できなくなった私に、影たちが動揺するのが分かった。

 というか影のくせに私に感知された上にこの程度で見失うなんて、王家がいかに堕落してるか分かるというものよね。


「さーて、じゃあ行きますか!」


 このままじゃ出て行くにも出て行けない。まずはやらなくちゃいけないことがある。


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