異世界から勇者召喚するくらいなら、私(ダメ聖女)が世界を救います!

星見うさぎ

第1話 勇者召喚に反対してたら追放された。望むところよ!


「ダミアン殿下! 勇者召喚をするというお話は本当なのですか!?」


 謁見の間に飛び込み、作法も忘れて思わず叫んでいた。

 ちょうど婚約者であり、このシメイズ国の王太子であるダミアン殿下が国王陛下と話している最中に。


 夜のように深い藍色の髪と瞳を持つダミアン殿下はその目を険しく細めて私を睨みつけると、忌々しそうに吐き捨てた。


「騒々しい……君は作法や常識といものを忘れ去ってしまったのかな?」


 その言い方にカチンとくる。

 それどころではないからこうして全てを無視して飛び込んできたんでしょう!



 この国、この世界ではここ数年で魔物の発生が増え、その強さや能力も格段に上がってきている。魔物の活性化だ。

 人々は怯え、逃げまどい、騎士団や魔法士たちが討伐に出かけては傷つき返ってくる。命を落とすことさえ珍しくはない。


 そんな中で、人を癒し、魔物の邪気に対抗できる【聖女】が必要とされていた。

 聖女とは癒しや光の魔法を扱える聖魔力を持った上で、一定以上の能力の強さを有した乙女のこと。

 今、シメイズ国には聖女が4人いる。


 私は聖女の一人だった。


 私の持つ濃い色の長い金髪は、先の方だけ色がオレンジ色から赤のグラデーションのように濃くなっている。特にその部分に魔力が多く宿っているからこそそうなっているらしい。

 人体の不思議である。


 だからこそ、このダミアン王太子殿下の婚約者に選ばれたのだ。

 他の3人ではなく私だったのは、ひとえに貴族としての身分が一番高かったからだった。


「勇者召喚を行うことは以前から検討されていたことだ」


 殿下はこれみよがしにため息をつきながら言う。


「私は以前からずっと反対していました!」


 間髪入れずに反論した。


 これはダミアン殿下が嫌がる『淑女らしからぬ行動』の一つだ。だけど今はそれどころじゃない。


 魔物の活性化をおさめるには、【核】とよばれる魔石を持つ特別変異の魔物を倒さなければいけないと文献には記されている。


 勇者とは、聖女以上に強力な聖魔力を宿す者を指す言葉。

 勇者召喚は文字通り、そんな勇者たる存在を異世界から召喚すること。

 そう、自分の世界で自分の人生を生きている全くの無関係な人を、この世界を救うために強制的に召喚するわけだ。


 とても許される行為とは思えない!


 おまけに本当に世界滅亡の危機にどうしようもなく選んだ手段ならいざしらず、できることをやり尽くしたとも言えないような今! なぜ勇者召喚を選ぶのよ!


 そもそも、勇者を呼ばずとも殿下が戦場に出れば良いのだ。


 勇者に関する文献にははっきり記されていた。初代召喚勇者はこの国の王女と結ばれ、国王になったのだと。要するにダミアン殿下は勇者の子孫なわけである。

 召喚された勇者には及ばないかもしれないけれど、殿下にも魔の物に対抗する力は宿っているのだ。

 だから聖女である私や殿下が本気で力を合わせれば、きっと勇者を召喚せずともなんとかできるはずなのに。


 それなのに殿下は一度だって、自ら剣を握ったことはない。



 私を睨みつけたダミアン殿下はハッと鼻を鳴らし、嫌味な笑みを浮かべた。


「そもそも、君はそんなことを心配している場合ではないだろう」


「どういう意味ですか?」


 殿下は一度、玉座に座る国王陛下に何かを確認するように目を向けた。陛下が頷くのを待つと、こちらに向き直り。


「君の聖女としての力について、前々から多くの疑問の声が上がっていた」


 思わず息をのむ。私の聖女の力……。

 確かに、私はあまり出来の良い聖女とは言えない。……現状は。


 何も言わない私に殿下は続ける。


「おまけに君がもう一人の聖女、クリスティナに非道な行いを繰り返していたことはもう全て分かっている!全てクリスティナが打ち明けてくれたよ。能力がどうの以前に聖女の風上にも置けない悪女だったとはね」


「……は?」


 聖女らしくしろと常々お小言はもらっていたから、聖女の風上にも置けないと言われるのはまあしかたないにしても。

 非道な行い? 何それ?


「それでもクリスティナの慈悲深い嘆願によってできるだけ穏便にすませてやろうと思っていたが、君が我が国のやり方にそこまで不満の声をあげ、平和を乱そうとするならばそのような慈悲をかけてやる必要もないだろう。……今ここで宣言する!」


 ダミアン殿下はまるで演劇か何かのように、大きく手を上げ、私を睨みつけた。


「私、王太子ダミアンと、聖女を騙る悪女、レナ・シンスター侯爵令嬢の婚約を破棄する! ならびに今この時をもって罪人レナはシンスター侯爵家から放逐とし、国外追放を命ずる!」


 は。

 はあああぁ!?!?


 驚きすぎて、心の中の絶叫は一ミリも口からは出てこなかった。

 おまけに殿下のありえない宣言を合図かのように、玉座側の扉からぞくぞくと見知った顔が現れて殿下の隣に並びたつ。


 一番に現れて殿下の右隣に陣取ったのは、燃えるような赤い髪とオレンジ色に揺らめく瞳が静かに好戦的な、殿下の幼馴染であり宮廷魔法士のティモシー。

 いつものように深緑の宮廷服の上に黒のローブを着込み、フードをすっぽりと被っている。


「……君が担うべき役割はもう何もないんだよ、レナ嬢」


 無表情のまま、温度のない声でそう零す。珍しい。ティモシーは私のことが大嫌いで、いつもなら一言も言葉を交わすことはない。

 こういう時にはこの人も私に向かって言葉を発するのね。


 その次にやってきたのは、私とよく似た金髪を靡かせた兄であるフィリップと、その陰に隠れるようにしておどおどと歩くクリスティナ嬢。

 兄の冷たいアイスブルーの瞳が私を射抜く。騎士でありいつも冷たい態度のフィリップ。クリスティナ嬢に侍る様になって、私とは顔を合わすこともほとんどなくなった。元々ほとんど関りのない兄妹だったけれど。


 そんなクリスティナ嬢はミントグリーンの長い髪に、ピンク色の瞳の可愛らしい美少女で、【春の天使】なんて異名を持っている。


 春の天使は氷の騎士フィリップの氷を溶かし、宮廷魔法士ティモシーの心に燃える炎を沈め、夜の貴公子と言われる王太子ダミアンに夜明けをもたらしたと噂されていた。

 ……つまり、全員この可憐なクリスティナ嬢に恋焦がれているわけだ。


 兄フィリップがクリスティナをダミアン殿下の左隣にエスコートすると、私を見て顔を歪めた。


「最後の温情だ。自分の足でこの城から、この国から出ていくんだ。ああ、荷物を持ち出すことも禁ずるよ」


 クリスティナが兄から離れ、ダミアン殿下に縋りつきながら、震える声で言う。


「レナ様……わたくしはもうあなたに屈しません。この国はわたくしが守って見せます! あなたはもう……必要ありませんからっ」


 ダミアン殿下がクリスティナを抱き寄せ、彼女に向かって甘く微笑みながら。


「そういうことだ。私はこの後クリスティナと婚約を結び直す。君を処刑しないだけありがたいと思え」


 なるほど、そういうことね。

 後ろにいる国王陛下も何も言わない。それどころか満足そうにうなずいている。

 どうやらこれは突発的な断罪ではなく、予め決定されていたことらしい。


 驚きが落ち着いて、妙に納得した。

 湧きあがったのは絶望でも悲しみでもない。


 ……この身に降りかかっている理不尽に対する、怒り。

 私が、今まで、どれだけ……!!


「……承知しました。婚約破棄ならびにシンスター侯爵家からの放逐、そして国外追放、謹んでお受けいたします」


 反論する気も失せて頭を下げると、頭上に小さな魔法陣が浮かぶ。

 ハッと息を呑む。こちらに手を翳し、魔法を発動しているのはダミアン殿下だった。


「君が逆恨みして、我が国に害をなす可能性を排除しなければならないからね。明日の日の出までにこの国の国境からでなければ、君は地獄の業火で生きたまま焼かれ、死ぬことになる」

「なっ……!」

「もう一つ、国境を越えた時点で、君はもう2度とこのシメイズ国に入ることは出来ない。クリスティナと魔法を合わせて、罪人である君をように結界に手を加えておいたからね」


 この、人でなし!

 あまりに非道な行為につい絶句したけれど、頼まれたって2度とこんな国には来ないわよ!


 馬鹿馬鹿しい茶番にこれ以上は付き合っていられない。

 私は卑怯なやつらを一度だけ睨みつけると、すぐに浮かれたご一行に背中を向け、謁見の間を後にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る